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輪廻の瑕疵  作者: 朔來 織
~灰鏡に咲く緋華~

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第百三十八話 灰の導き

「……あいつは」


道源が口を開く。

誰に向けたわけでもない。


声はいつになく掠れていた。


「信鷹が、俺に残したものがある」


「……?」


沙苗が父を見る。


「灰色の世界についてだ」


「…………」


道源の声が、座敷に響く。


「あいつは、最後まで典膳様を信じていた」


囲炉裏の火が揺れる。


「俺は、その意味がずっと分からなかった」


道源が目を伏せる。


「典膳様はすでに怪異へ堕ちた」


「…………」


「そう思っていた」


「…………」


「だが、信鷹は違った」


道源は、ゆっくりと己の手を見る。


「あいつは……どんな姿になろうと、典膳様の傍にいた」


命を落とす、その瞬間まで。


狂気へ堕ちていく当主の傍で——

信鷹は離れなかった。


「だったら、どうして……!」


沙苗の声が響く。


「それなら、どうしてもっと早く言ってくれなかったの!?」


道源は静かに首を横へ振った。


「言えなかった」


「……え?」


「俺にも言えなかったんだ」


掠れた声に、痛みが滲む。


「明里様が、灰色の観測者であることも」


沙苗の目が見開かれる。


「典膳様が、あの暗闇の底で……今も戦い続けていたことも」


——パチッ——


薪が爆ぜた。


「信鷹は、すべてを知っていた」


道源の拳が、ゆっくりと握られる。


「そして、そのすべてを託された俺も——決して口にすることはできなかった」


「……父さん……」


道源の視線が、熾火へ落ちる。


「今なら分かる」


「え?」


「俺にも、信鷹にも」


朱い火が、その瞳に映った。


「因果は牙を向けていた」


因果。


それは外からの敵ではなかった。


紅葉を縛った。

信鷹の忠義を閉ざした。

道源の口を封じた。


そして——

典膳から、帰る道を奪った。


「…………」


沙苗は息を呑む。


典膳だけではない。


紅葉も。

信鷹も。

道源も。


誰もが見えない檻の中にいた。


抗い。

傷つき。


それでも、それぞれの場所で戦い続けていた。


「因果……」


沙苗が呟く。


その言葉の意味が、形を持った。


——スゥッ——


座敷の奥から、気配が抜けていく。


「…………」


道源が立ち上がる。


囲炉裏を囲む須藤家の魂たちへ。


深く。

頭を下げた。


「…………」


長い間。


背負い続けてきたものを——

ようやく下ろすように。


道源が顔を上げる。

沙苗を見る。


「迎えに行こう」


「…………うん」


沙苗は迷わなかった。

深く頷く。


その瞬間——


——フッ——


古びた座敷が、光に溶け始める。


柱。

障子。

畳。

朱く燃えていた囲炉裏。


集っていた須藤家の魂たち。

すべてが淡い光となっていく。


「……っ!?」


光が、沙苗たちを包む。


紅葉が、小さく微笑んだ。


「皆さんが、待っています」


光が満ちる。


在りし日の須藤家の景色。


行っておいで。

そう背中を押すように。


ゆっくりと遠ざかっていく。


視界は——

静かに暗転した。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。

※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。


もし「沙苗と來のコンビが良いな」「先が気になる」と思ってくださったら、

評価、ブックマークで応援いただけると、執筆の大きな励みになります。


そして、もうひとつの物語——

『SOUL TR@DE』も毎日18:00更新中です。


和風怪異とはまったく異なる、

魂と市場を巡る近未来ダークファンタジー。


あわせて楽しんでいただけたら嬉しいです。


今後ともよろしくお願いいたします。

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