第百三十七話 継ぎ火
囲炉裏の火が、静かに揺れていた。
集う須藤家の魂たちも——
熾火を見つめている。
どこか懐かしむように。
「典膳様は……」
一人の若い人影が、口を開いた。
——サラッ——
微かな衣擦れ。
その人影が、少しだけ笑った。
「一度も、自分のために剣を抜いたことがありませんでした」
「…………」
座敷に、深い静寂が落ちる。
その言葉が呼び水となった。
別の声が続く。
「子供が泣けば、真っ先に駆けつけてくださった」
「畑が荒れれば、泥にまみれて手伝ってくださったなあ」
「祭りの日は、誰よりも楽しそうに笑っていらっしゃった」
次々と重なる声。
語られる記憶はどれも温かい。
平穏なものだった。
「でも……」
一つの声が、途切れる。
「最後まで、ご自分だけは帰りませんでした」
「…………」
沙苗の呼吸が止まった。
誰もが帰る場所を守るために。
典膳は剣を振るい続けた。
それなのに——
守り続けた本人だけが、その輪の外にいた。
「……どこまでも……」
道源が、ゆっくりと目を閉じる。
掠れた声。
その先を道源は言わなかった。
紅葉は熾火を見つめている。
「典膳様は、自分が帰れなくなることを……知っていたのだと思います」
責める声ではない。
悲しむ声でもない。
遠い昔から変わらない事実。
それを、受け入れているようだった。
「だから私たちは、ここで待っています」
小さな老婆の影が、穏やかに笑った。
「…………」
沙苗は何も言えなかった。
世界を壊そうとする怪物。
輪廻の元凶。
命懸けで拒絶しようとしていた男。
その男は——
帰りたかった。
帰り方さえ失った。
遠くへ行ってしまった。
——パチン——
囲炉裏の火が爆ぜた。
座敷の奥。
——スッ——
ずっと薪をくべていた人影。
広い背中。
——ザッ——
人影は座敷の奥へ歩いていく。
灯りの届かない——
深い暗闇へ。
「典膳様は、きっとお一人では帰って来られません」
魂の一人が呟いた。
まるで——
それが当たり前であるかのように。
「…………」
紅葉が目を閉じる。
「だから——」
そして、静かに開いた。
「私たちが、迎えに行くんです」
——パチッ——
囲炉裏の熾火が——
優しく揺れた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。
※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。
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そして、もうひとつの物語——
『SOUL TR@DE』も毎日18:00更新中です。
和風怪異とはまったく異なる、
魂と市場を巡る近未来ダークファンタジー。
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今後ともよろしくお願いいたします。




