第百三十六話 欠片
座敷に、再び静寂が下りた。
線香の香り。
囲炉裏を囲む魂たちの気配。
そのすべてが——
どこか温かかった。
「…………」
紅葉は、熾火を見つめていた。
その横顔はどこか、少し寂しい。
それでいて、どこか救われたような笑み。
やがて顔を上げる。
沙苗。
來。
蒐。
朱禰。
道源。
一人ずつ見渡した。
「もう、お話ししても大丈夫ですね」
「……?」
沙苗の胸がざわつく。
「何を……?」
紅葉は微笑んだ。
そして——
告げる。
「私は、明里の魂の片割れです」
「…………え?」
沙苗の声が響く。
「明里の……」
道源の目が、ゆっくりと見開かれる。
これまで幾度となく。
誰より先に疑い。
考え。
因果の先を読んできた男。
その道源の中で——
何かが繋がった。
紅葉が知っていたこと。
紅葉にしか見えていなかったもの。
須藤家へと続く因果。
「…………」
道源は否定しない。
いや——
否定できなかった。
「ここへ帰って来るまでは、言えませんでした」
紅葉が言葉を継ぐ。
宿命。
因果。
そして、須藤家。
すべてが揃わなければ、語ることすら許されなかった。
その呪縛から——
ようやく解き放たれた。
紅葉の視線が、囲炉裏を囲む人影へ向く。
「明里様は、いつも笑っていました」
その声は真実を語るというより。
遠い日の記憶を、懐かしむようだった。
「典膳様が迷う時ほど、あの方は強く、笑っていらっしゃいました」
「…………」
最強と謳われた当主。
須藤典膳。
その傍らに一人の女がいた。
典膳を人として、繋ぎ止めていた灯。
「あの子は、お母様によく似ています」
「……あの子?」
紅葉が、優しく目を細める。
「紫季」
その名が——
座敷へ溶けていく。
どこか懐かしい響きを残して。
「私は、あの日からずっと——」
紅葉が微笑んだ。
今まで見たどの笑顔よりも。
穏やかに。
「お二人の約束を、見届けてきました」
——スゥッ——
「……!」
沙苗が目を見開く。
紅葉の背中。
そこに——
もう一人。
ほんの一瞬。
女性の影が重なった。
輪郭は柔らかな陽光に——
優しく溶けていった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。
※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。
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魂と市場を巡る近未来ダークファンタジー。
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