第十三話 何処吹く影
鬼がヒトに興味を持つ。
それは構わない、と影は思う。
鬼がヒトの世で生きる。
それも構わない、と鬼は嘯く。
だが、鬼がヒトで在ろうとする――
「……それは違う」
緑が生い茂る廃寺の境内。
手入れの途絶えた石段に腰を下ろし、蒐は深く、重い溜息をついた。
頭上では木漏れ日が揺れているが、彼の周囲だけは光を拒むような濃い影が沈殿している。
「鬼はどこまで行っても鬼……微笑ましいが、それじゃあ守れない。鈍の刀じゃ、あの理には勝てないんだ」
かつて天災とまで恐れられた、最凶の鬼。
その絶対的な力すら飲み込もうとする、この世の理という名の深淵。
それを誰よりも理解しているのは、影に生きる蒐自身だった。
脳裏に、あの日の道源の、静かな、けれど有無を言わせぬ眼差しが蘇る。
老いさらばえた身で、未来を託すために死を選んだ男。
その自嘲気味な笑みを思い返し、蒐は苦虫を噛み潰したような、何とも言えない表情を浮かべた。
「僕の命はくれてやる。だから、貴方の牙を僕は研ぐ……それで僕の世界は、鮮やかなまま終われる」
蒐の言葉に、覚悟の熱が入る。
「……あの爺の言葉通りになってるのは癪だが、そろそろ気付くか。あの二人なら」
自分の役割は、迫り来る理の枠を見せつけること。
それが、蒐の憧れであるあの男が愛する世界を、彼が守りたいと願った日常の色を守る、唯一の手段。
「損な役回りだとは思いませんよ……ただ」
蒐は、自分の掌を見つめる。
道源を貫いた手の感覚は、まだ生々しく残っている。
憧れの王から向けられた、あの凍てつくような殺意も。
「……少しは、悲しんでほしいですね……俺が、貴方の前から永遠に消えた時は」
鋭く尖ったその瞳に、一瞬だけ、誰にも見せることのない哀愁が過る。
それは、どれほど尽くしても決して交わることのない、影の宿命。
「さてと……気付けよ、バカ共。好き好んで、俺たちの命を遊ばせるんだ」
ゆっくりと、蒐の輪郭が足元の影へと溶け込み始める。
月日を経てボロボロになった本堂の床を、影の爪が軋ませる。
「大根役者なら、鬼が喰らうぞ」
闇に沈みゆく声には、一抹の決意と、耐え難いほどの寂寥が混じっていた。
こうして、誰に知られることもなく。
背負うべき瑕疵の受け渡しが、静かに始まった。
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『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。
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