第百二十一話 残された願い
——ザッ——
影から影へ。
五人が後を追う。
「…………」
沙苗が足を速める。
距離が縮まる。
——ユラッ——
朱い輪郭が消える。
「……っ」
少し先。
別の影。
朱毛の獣が——
現れる。
「…………」
來が目を細める。
「近付くなってことか?」
「いや」
道源が歩き続ける。
「導いている」
「…………」
朱毛の獣が振り返る。
そして——
再び歩き出す。
廃墟の奥。
影が濃くなる。
「……っ」
記憶が流れ込む。
典膳。
明里。
紫季。
笑顔。
涙。
怒り。
後悔。
別れ。
「……ぐっ」
沙苗が頭を押さえる。
朱禰が膝を折る。
蒐が息を呑む。
道源が数珠を握る。
來だけが——
違う。
「……何だ——」
白い世界。
灰色の海。
「……ここは」
手が見える。
傷だらけの——
男の手。
「…………」
來が息を呑む。
違う。
これは自分の手ではない。
歩く。
灰色の中を。
何度も。
何度も。
「…………」
誰かを探している。
遠くに揺らぐ。
白い影。
「……っ」
男が走る。
手を伸ばす。
「…………」
女も——
手を伸ばしている。
あと少し。
指先が届く。
——ザアッ——
灰色が二人を呑む。
「…………」
また離れる。
歩く。
探す。
見つける。
手を伸ばす。
——ザアッ——
届かない。
また——
歩く。
「…………」
どれほど経った。
何度——
繰り返した。
白い影が見える。
「…………」
男が立ち止まる。
何かを——
探していた。
「……お前は」
何を。
誰を。
分からない。
それでも——
胸が痛い。
何かを失った。
大切な——
何かを。
「……そうか」
男は再び歩く。
灰色の中で。
ただ一人。
「……典膳」
來の声が落ちる。
——ザアッ——
「かはっ!」
音が戻る。
——ドサッ——
來が膝をつく。
「來!」
沙苗が駆け寄る。
「大丈夫!?」
——ギリッ——
來が唇を咬む。
「……あいつ」
「え?」
「……典膳は——」
來が顔を上げる。
「見捨ててなかった」
道源の瞳が動く。
「何を見た」
「……ずっと探してた」
來が拳を握る。
「明里を」
「……っ」
「何度も」
声が掠れる。
「何度も……手を伸ばしてた」
「…………」
「届かなかっただけだ」
——ポタッ——
來の拳から血が零れる。
「忘れたんじゃない」
「…………」
「探してることすら忘れるまで——」
拳が震える。
「探し続けてた」
道源が目を閉じる。
「…………」
灰牙。
鍾鬼。
紅葉。
伸び続ける影。
そして——
朱毛の獣。
「……そうか」
道源が呟く。
「……そうだったか……」
朱禰が顔を上げる。
「全部……」
「…………」
「残ってたんだね」
沙苗が見る。
「残ってた……?」
「願いがさ」
「…………」
朱禰が影の奥を見る。
「消えなかったんだ」
「明里さんも……?」
沙苗が來を見る。
「……ああ」
來は静かに頷いた。
——ザッ——
音がする。
全員が振り返る。
朱毛の獣。
「…………」
こちらを見ている。
崩れた壁。
その隙間から夕陽が差す。
朱い光。
朱毛が燃える。
「…………」
獣の瞳が僅かに細くなる。
——ザッ——
再び歩き出す。
さらに深い影へ。
「…………」
沙苗がその背中を見る。
「行こう」
朱い背中を追う。
「まだ——」
瞳に意志の色が宿る。
「待ってる」
五人の影が長く伸びる。
朱い影が——
彼らを導いていた。
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