第百二十話 導影
沙苗が空を見る。
雲一つない青空。
「……酷くなってる」
正午。
陽は高い。
町を歩く人々。
その影だけが——
長い。
「…………」
細く歪みながら。
同じ方向へ伸びている。
道源が影の先を見る。
「行くぞ」
「……うん」
町の北西。
人通りが消える。
焼け落ちた家屋。
崩れた壁。
草に埋もれた瓦。
「ここか」
道源が足を止める。
一歩荒れ地へ入る。
「…………」
その瞬間——
音が消えた。
道源の視界。
「……これは——」
煤けた部屋。
一人の男がいる。
典膳。
不器用に——
笑っている。
「何よ……これ——」
沙苗の視界。
赤ん坊。
小さな紅葉を——
女が抱いている。
明里。
その口が動く。
声は聞こえない。
泣きそうな顔で——
笑っている。
朱禰の視界。
一人の男。
誰かを背に——
立っている。
典膳。
その背中の向こう。
家族がいる。
來の視界。
藤色。
「…………」
紫季。
優しく笑っている。
その顔が——
歪む。
涙。
声にならない慟哭。
蒐の視界。
真っ白な世界。
境界。
その淵に——
女が立っている。
「…………」
明里。
一人。
ただ——
誰かを待つように。
——ザアッ——
音が戻る。
「……っ!」
沙苗が息を吸う。
全員が立ち止まっている。
「…………」
朱禰が額を押さえる。
「今の……」
「朱禰さんも?」
沙苗が見る。
「…………」
「あたし……明里さんが」
「俺は典膳だ」
「……え?」
來が目を細める。
「紫季」
蒐が白い指を握る。
「寂しそうな女やったわ」
全員が道源を見る。
数珠を握る。
その視線は——
廃墟の奥へ向いている。
「……そこにいるな」
「え?」
崩れた土壁。
その影。
「…………」
朱。
「……あ」
沙苗の瞳が見開かれる。
「昨日の……」
影の中。
獣が横たわっている。
燃えるような朱毛。
「…………」
來が柄へ手を伸ばす。
「犬……」
目を細める。
「……いや」
獣が來を見る。
「…………」
低い身体。
強靭な四肢。
鋭い眼。
「狼……?」
「…………」
獣は答えない。
吠えない。
牙も剥かない。
ただ——
五人を見ている。
「アンタ……」
朱毛の獣が立ち上がる。
「…………」
一人ずつ——
その瞳に映す。
——ザッ——
廃墟の奥へ歩く。
「……?」
——ザッ——
——ザッ——
足が止まる。
朱毛の獣が——
振り返る。
「…………」
沙苗が目を細める。
「ついて来いってこと……?」
獣は再び前を向く。
「行くぞ」
道源が歩き出す。
「父さん」
「…………」
迷いなく朱い背中を追う。
「…………」
朱毛の獣が影の中を進む。
長く伸びた町の影。
そのすべてが——
獣の進む先へ続いている。
「…………」
知らない。
名前も。
正体も。
何一つ——
分からない。
「……やっぱり」
小さく呟く。
「あたし……」
朱い背中が——
影の奥へ消える。
「アンタを知ってる」
「…………」
五人は——
朱い影を追った。
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