第百十四話 境界を繋ぐ緋
視界を埋め尽くした白光。
紅葉を中心にゆっくりと引いていく。
世界はまだ崩れ続けていた。
足元の地面が形を失う。
底のない闇へ溶けていく。
「……離さない」
沙苗の声が響く。
強く紅葉を抱きしめる。
「…………」
紅葉の身体は熱い。
——ジリッ——
沙苗の腕が焼ける。
皮膚が赤く染まる。
それでも離さない。
緋色の瞳は——
紅葉を見ていた。
——スゥ——
空に浮かぶ月。
その一つが消えた。
「…………」
また一つ。
在るはずのない月が——
消えていく。
空間の軋みが止まる。
「え……?」
柚が震える指を開く。
紅葉の足元。
崩れていた地面が戻る。
世界が輪郭を取り戻す。
「……ああ、そうか」
道源が薄く目を開く。
沙苗を見る。
その身体から——
緋炎が溢れていた。
紅葉を焼かない。
拒まない。
ただ、包んでいる。
「お前は……」
道源の瞳が揺れる。
「拒まなかったんだな」
「…………」
世界が紅葉を拒む。
沙苗は——
紅葉を受け入れた。
緋炎が広がる。
理の外へ弾き出される紅葉。
家族を——
この世界へ繋ぎ止める。
「世界に……」
沙苗が紅葉の肩へ顔を埋める。
「…………」
熱い。
涙が流れる。
それでも笑う。
「あんたをいらないなんて言わせない」
腕に力を込める。
「あたしがいるって決めたんだ」
世界が軋む。
「理解なんて、できなくていい……」
緋炎が紅葉を色で包む。
「紅葉は紅葉でしょ」
「…………」
「牛鍋が好きで」
紅葉の瞳が揺れる。
「お豆腐が好きで」
「…………」
「あたしの妹なんだから」
——パキッ——
何かが砕けた。
世界の拒絶。
緋色が鮮やかに彩る。
「……沙苗、姉さま……」
紅葉の声が震える。
灰色の瞳。
その奥に——
緋色が映る。
「…………」
來が黒刀から手を離す。
「……そうか」
沙苗を見る。
「お前は、そこまで行くのか」
僅かに笑う。
——ザッ——
沙苗と紅葉の前へ出る。
二人を背に。
崩れ続ける世界を見る。
「道源」
「…………」
「お前も沙苗の我儘に、最後まで付き合えよ?」
「……言われずとも」
道源は紅葉を直視しない。
それでも、口元が僅かに緩む。
「元より世界の理がひっくり返る様を拝むつもりだ」
「いい趣味だ」
二人が笑う。
紅葉は拒まれた。
世界という器に。
ただ一人。
沙苗だけが——
紅葉を受け入れた。
「さあ」
沙苗がゆっくりと腕を解く。
「帰るわよ、紅葉」
「……はい」
「お豆腐、冷めちゃうわよ?」
紅葉は自分の手を見る。
その輪郭。
薄い緋色が——
残っている。
「…………」
世界はまだ狂っている。
街並みは歪み。
空の色は定まらない。
二人の足元は消えない。
沙苗。
紅葉。
二人が立つその場所。
確かな現実として——
そこに在り続けていた。
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