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輪廻の瑕疵  作者: 朔來 織
~灰鏡に咲く緋華~

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第百八話 初鳴

——トンッ——


——トンッ——


——トンッ——


小気味いい包丁の音。


炊き立ての飯。

丁寧に引いた出汁。


昨夜の重苦しい空気を——

塗り潰すように。


現世を皿の上へ並べていく。


「……おはよう」


奥の小上がり。


沙苗が眠そうに目を擦る。


「おはよう」


「……ん」


食卓へ座る。


來。

紅葉。


「…………」


目の前に並ぶ朝餉。


湯気を立てる味噌汁。

ふっくらと焼かれた干物。

白い飯。


どこにでもある。


だからこそ——

何よりも強い。


日常。


この世に在るという証明。


——ズズッ——


「……美味しい」


沙苗が味噌汁を啜る。


表情が緩む。


「やっぱ柚の味噌汁——」


——ピタッ——


手が止まる。


「……沙苗?」


來が沙苗を見る。


「どうした」


「…………」


沙苗が——

僅かに眉を寄せる。


——スンッ——


「なんか……」


もう一度——

鼻を鳴らす。


「灰の匂いがする」


——ピタッ——


柚の手が止まる。


「……灰?」


鍋を見る。


「灰汁はちゃんと取ったわよ」


「違う」


沙苗が首を振る。


「そうじゃなくて……」


——スンッ——


「焦げたみたいな」


「…………」


「冷たい」


沙苗の瞳が——

僅かに細くなる。


「古い火の匂い」


「古い……火?」


味ではない。

匂いでもない。


もっと——

深い場所。


——パチッ——


沙苗の指先。


緋炎が——

小さく揺れる。


「…………」


その瞬間。


——カタッ——


「……紅葉?」


——カタカタッ——


隣に座る紅葉。


その身体が——

震えていた。


「紅葉?」


——ガタガタッ——


茶碗の中。

揺れる水面。


そこに映る——

紅葉の顔。


見ていない。


その向こう。


ここではない——

何か。


「……この匂い」


紅葉が呟く。


「…………」


白い指先に——

力が入る。


「私……」


——ギュッ——


「知ってます」


「紅葉?」


沙苗が手を伸ばす。


「どうしたの?」


「…………」


温かい朝餉。


炊き立ての飯。

味噌汁。

焼かれた魚。


人の温もり。


その温かさが——

浮かび上がらせる。


終わらなかった——

過去。


「……っ」


紅葉が胸を押さえる。


「紅葉!」


——ガシッ——


來が肩を掴む。


「しっかりしろ!」


「…………」


反応がない。


紅葉の意識は——

ここにはない。


「……誰か」


「え?」


紅葉の唇が——

僅かに動く。


「泣いてる」


——スゥゥッ——


音が——

消えた。


「…………」


朝の喧騒。

食器の音。


すべてが——

遠ざかる。


分厚い膜の——

向こう側へ。


代わりに——

何かが来る。


——ヒタッ——


「……っ」


——ヒタッ——


声。


赤子の——

産声。


母の——

慟哭。


誰かの——

泣き声。


幾つもの声が——

重なっていく。


明里の慈愛。

紫季の渇望。

典膳の孤独。


時代を越えた——

後悔。


それらが混ざり合い——

一つの歪な音になる。


——ズゥゥゥッ——


店内へ——

灰色が滲む。


「……聞こえませんか」


紅葉が——

顔を上げる。


「沙苗姉さま」


「……紅葉?」


その瞳。


奥底で——

小さな紫が灯る。


「誰かが——」


「…………」


「ずっと」


紅葉の声が——

震える。


「終わらせて欲しくて」


——ユラッ——


紫の火。


「泣いてる」


「——っ」


——フワッ——


藤の香り。


「…………」


柚が——

店の外を見る。


昨日までと同じ町。


そのはずなのに。


藤の香りが——

見えない影のように。


静かに——

街を覆い始めていた。


——カタッ——


柚の手が震える。


——コトッ——


包丁を台へ置く。


「…………」


一番美味い飯を——

食わせてやれ。


昨夜。

道源が残した言葉。


現世側の観測者にできる——

唯一の戦い。


その朝餉。


彼女たちを現世へ繋ぎ止めた温かさ。


皮肉にも——

世界の異物を浮かび上がらせる。


——ユラッ——


紅葉の瞳。


緋色ではない。

灰色でもない。


その奥底で——

紫が揺れる。


「…………」


——ドクン——


世界の瑕疵が——

脈打つ。


紫灰の器。


その最初の産声が——

静かな朝に響き始めていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。

※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。


もし「沙苗と來のコンビが良いな」「先が気になる」と思ってくださったら、

評価、ブックマークで応援いただけると、執筆の大きな励みになります。


そして、もうひとつの物語——

『SOUL TR@DE』も毎日18:00更新中です。


和風怪異とはまったく異なる、

魂と市場を巡る近未来ダークファンタジー。


あわせて楽しんでいただけたら嬉しいです。


今後ともよろしくお願いいたします。

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