第百四話 澱の味
古びた暖簾が揺れる。
何度も。
何度も——
訪れた馴染みの店。
「…………」
道源の背中を追い——
暖簾を潜る。
「いらっしゃ——」
声が——
止まる。
——パサッ——
布巾が落ちた。
「…………」
柚は動かない。
「……柚?」
沙苗の声にも——
反応しない。
——ザッ——
道源が柚の横を通り過ぎる。
「…………」
隅の卓。
かつて信鷹が——
座っていた場所。
「そこは……」
掠れた声。
「今は……予約で……」
——ギィ——
道源が腰を下ろす。
あまりにも自然に。
遥か昔から——
そこが自分の席だったかのように。
「構わん」
——スッ——
卓を指先でなぞる。
「柚」
「っ!!」
柚の顔から——
血の気が引く。
「随分と店を広げたな」
道源が目を細める。
「あの頃は……もっと煤けた味がしたものだが」
「…………」
柚の瞳が——
揺れた。
「あの頃……?」
沙苗が道源を見る。
道源は——
答えない。
「柚——いつもの牛鍋を頼む」
「…………」
「酒は——鬼殺す、を」
「…………」
柚が台所から出る。
——チラッ——
沙苗。
來。
二人を見る。
「……分かったわ」
澄んだ声。
沙苗は——
息を呑む。
知らない。
こんな柚を——
知らない。
いつもの——
柔らかな瞳ではない。
鋭く。
深く。
懐かしむような——
色。
「柚……?」
道源だけを——
見ている。
過去を——
観測するように。
「沙苗」
道源が告げる。
「座れ」
「…………」
沙苗。
來。
逃げ場もなく——
腰を下ろす。
——コトッ——
鍋が置かれる。
湯気。
甘い割り下の香り。
「…………」
來が鍋を見る。
葱は——
ない。
いつもと変わらない牛鍋。
立ち上る甘い香りは——
いつもより妙に重かった。
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『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。
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