第百話 首輪と希望
「兄さんが言ってたわ」
朱禰が朱色の首輪を見る。
「犬ってのはね」
——ドクン——
首輪が脈打つ。
「主人がどんな姿になっても」
沙苗を見る。
「その魂の色だけは——」
朱禰が笑った。
「見間違えないもんだって」
「……魂の色」
沙苗が首輪を握る。
温かい。
「父さんが……」
須藤道源。
あの笑顔が浮かぶ。
「これをシンに?」
「ええ」
「……」
沙苗は首輪を見る。
「何のために?」
「さあね」
「は?」
朱禰が肩を竦めた。
「ただの迷子札だって言ってたわ」
「……迷子札?」
「そう」
——ドクン——
「こんなものを——」
朱禰の瞳が細くなる。
「わざわざシンに着けてね」
「……」
來が煙管を咥える。
「怪しいな」
「でしょ?」
「怪しいって……」
沙苗が二人を見る。
「父さんよ?」
「だからだ」
「だからよ」
二人の声が重なる。
「……」
沙苗が額を押さえた。
「なんでそこで息合うのよ……」
「道源だからな」
「兄さんだからねえ」
「理由になってない!!」
「なるやろ」
蒐が口を挟む。
「ならないわよ!」
「いや」
蒐が首輪を見る。
「なる」
「……」
沙苗は黙った。
紅葉が——
小さく首を傾げる。
「道源様って……そんな方なのです?」
「最悪よ」
「最低だ」
「性格悪いで」
「……」
紅葉が瞬きをする。
「皆様、すごく信頼しているのですね」
「「「してない」」」
「……そうなのです?」
「してない」
「してへん」
「絶対してないわ」
——ドクン——
首輪が——
脈打った。
「……」
全員の視線が集まる。
來が煙を吐く。
「で」
「何よ」
「その性格の悪い男が」
首輪を指す。
「ただの迷子札を残すと思うか?」
「……」
沙苗が首輪を見る。
「思わない」
「だろうな」
——パサッ——
朱禰が扇を開く。
「兄さんのことだからねえ」
朱色を見る。
「万が一」
扇が揺れる。
「億が一」
「……」
「その先まで——」
朱禰が笑う。
「考えてても、私は驚かないわ」
「その先って……」
沙苗が周囲を見る。
灰色。
どこまでも広がる——
灰色の世界。
「シンが典膳と戦って」
首輪を握る。
「こうなることまで?」
「そこまでは知らない」
朱禰が即答する。
「……え?」
「兄さんは神様じゃないもの」
——パチン——
扇を閉じる。
「ただ——」
朱禰が沙苗を見る。
「人よりずっと」
おかしそうに笑う。
「性格が悪かっただけ」
「褒めてる?」
「最高にね」
「……」
來が鼻で笑う。
「否定できんな」
「だから」
朱禰が首輪を見る。
「何か残していても、おかしくはない」
「仕掛けか?」
「かもしれない」
來が首輪へ手を伸ばす。
——バチッ——
「……っ」
來の指が弾かれた。
「來!?」
「大丈夫だ」
指先を見る。
僅かに——
焦げている。
「触れない?」
「いや」
來が沙苗を見る。
「俺を拒んだ」
「……」
蒐が眉を寄せる。
「ほな、沙苗様しか触れへん?」
「紅葉」
「はい」
紅葉が恐る恐る——
指を伸ばす。
——ドクン——
「……あ」
触れる寸前。
首輪の光が——
弱くなる。
「……」
紅葉が手を引いた。
「嫌がってるみたいです」
「首輪が?」
「はい」
紅葉が沙苗を見る。
「沙苗姉さまから離れるのを」
「……私?」
沙苗が胸元を見る。
——ドクン——
強く——
脈打つ。
「……」
朱禰が目を細める。
「シンは」
「何?」
「誰を主人だと思ってた?」
「……」
沙苗は答えない。
答える必要など——
なかった。
「……シン」
首輪を握る。
熱い。
「まだ私を——」
——ドクン——
「迷子にさせないつもり?」
朱色が——
少し強くなる。
「……」
蒐が頭を掻いた。
「せやけど」
「何?」
「これだけやと、どうしようもないで」
周囲を見る。
「ちょっと灰色が剥がれるだけや」
「そうなのよね……」
沙苗が首輪を掲げる。
——スゥッ——
朱色が伸びる。
灰色が——
僅かに薄れる。
木。
廊下。
庭。
そして——
——ズズッ——
すぐに灰色が覆う。
「……」
「もっとこう」
蒐が手を広げる。
「ドーン!いうて」
「……」
「全部浄化するとか」
「雑ね」
「分かりやすいやろ」
「まあね」
朱禰が扇で口元を隠す。
「世界を浄化、か……」
「……」
扇が——
止まる。
「朱禰さん?」
返事がない。
朱禰は——
沙苗を見ている。
正確には沙苗の手を。
「……そうか」
「何?」
「あんた」
朱禰が首輪を指す。
「それ——燃やしてみなさい」
「……は?」
沙苗が首輪を見る。
「これを!?」
「ええ」
「ちょっと待って!」
胸元へ抱える。
「シンの形見よ!?」
「知ってるわよ」
「燃やせるわけないでしょ!!」
「誰が灰にしろって言ったの」
「燃やせって言ったじゃない!」
「沙苗」
朱禰の声から——
笑みが消える。
「あんたの炎は」
「……」
「何を燃やす?」
「何って……」
沙苗の手に——
緋色が灯る。
——ボッ——
「……」
炎を見る。
「灰色」
朱禰が答える。
「違う」
「え?」
「もっと前」
「……」
「あんたが」
朱禰の扇が——
胸元へ触れる。
「最初に燃やしたもの」
「……」
沙苗の瞳が揺れる。
父。
須藤。
鬼。
人。
そして——
緋色。
「……穢れ」
「そう」
朱禰が笑う。
「なら」
首輪を見る。
「それを穢しているものだけ——」
沙苗を見る。
「赦してやりな」
「……赦す」
「焼き尽くすんじゃない」
朱禰の声が——
静かに落ちる。
「そこにある朱を」
——ドクン——
首輪が応える。
「灰色から——」
——ドクン——
「取り戻すんだよ」
「……」
沙苗が首輪を両手で包む。
目を閉じる。
「シン」
温かい。
まだ——
ここにいる。
「……ちょっとだけ」
沙苗が笑う。
「熱いわよ」
——ボッ——
緋色が灯った。
「……っ」
炎が——
首輪へ触れる。
燃えない。
焦げない。
ただ——
——シュウゥゥゥ——
首輪から灰色が——
剥がれていく。
「……」
朱色が——
鮮やかになる。
——ドクン——
「シン……」
——ドクン——
緋色が——
朱色を包む。
そして。
中心で——
小さな白が灯った。
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『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。
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