第九十九話 在る先の色
第九十九話 在る先の色
「なあ」
來が足を止める。
「……ん?」
蒐が振り返った。
「ここ」
來が地面を見る。
「どこだと思う?」
「は?」
沙苗が眉を寄せる。
「何言ってんのよ」
周囲は灰色。
崩れた石。
枯れもしない草。
霧の向こうまで続く荒野。
「典膳の作った世界でしょ?」
「そうね」
朱禰が扇を弄ぶ。
「少なくとも、私たちが知ってる場所じゃないわ」
「……そうか?」
「何?」
來がしゃがむ。
「さっき、こいつと喧嘩した」
「喧嘩ちゃうわ」
蒐が顔を顰める。
「殺し合いや」
「似たようなもんだろ」
「どこがやねん」
「で」
來が指を差す。
「俺が黒雷を落とした」
全員の視線が向く。
「……」
地面が深く——
抉れている。
「これは俺がやった」
「……せやな」
——ザッ——
蒐が土を掴む。
「……」
灰色の砂が落ちる。
「残っとるな」
「そうだ」
來が煙管を咥える。
「壊した跡が」
朱禰の扇が——
止まった。
「……待ちな」
全員が見る。
「來」
「ん?」
「つまり」
朱禰が足元を見る。
「ここにあるものは——」
扇の先で。
地面を叩く。
——コンッ——
「本物?」
「少なくとも」
來が答える。
「俺たちは触れる」
蒐が地面を蹴る。
——ガッ——
土が飛ぶ。
「壊すこともできる」
「……」
朱禰の瞳が細くなる。
「そういうこと」
「何か分かったの?」
沙苗が問う。
「昔ね」
朱禰が自分の手を見る。
「私も——灰色に囚われてた」
「田中の婆……」
「ええ」
三十年間。
自分を殺し老婆として生きた。
「あの時も」
朱禰が周囲を見る。
「私は別の世界にいたわけじゃない」
「……」
「ここにいた」
扇が——
地面を指す。
「ずっと」
沙苗の瞳が動く。
「じゃあ……」
來が煙を吐く。
「世界が灰色なんじゃない」
「……え?」
「俺たちが」
煙が——
霧へ消える。
「灰色しか見えてない」
「……っ」
壁はない。
空もある。
地面もある。
歩ける。
触れる。
壊せる。
なのに——
色だけがない。
「典膳が……」
沙苗が呟く。
「世界を作ったんじゃなくて」
朱禰を見る。
「この世界に——灰色を被せた?」
「その可能性はあるわね」
「沙苗姉さま」
紅葉の声。
「ん?」
「それ……」
沙苗の胸元。
「……?」
——ドクン——
「……え?」
朱色の首輪。
沙苗が触れる。
——ドクン——
「……熱い」
シンが——
最後まで身に着けていたもの。
「シン……?」
——ドクン——
朱色が淡く灯る。
「……っ」
——スゥッ——
光が霧へ伸びる。
灰色が——
割れた。
「……え?」
誰かの声。
その先。
「嘘……」
木。
廊下。
「紫陽花……」
ほんの僅かな場所。
色が——
戻っている。
「ここ……」
——ザッ——
沙苗が一歩踏み出す。
——ズズッ——
灰色が再び覆う。
「……っ!」
色が消えていく。
「待って!」
沙苗が首輪を掲げる。
——ドクン——
再び——
灰色が薄れる。
同じ場所。
同じ廊下。
同じ庭。
「……須藤邸」
朱禰が呟く。
「間違いない」
「じゃあ」
蒐が周囲を見る。
「俺ら……」
地面を踏む。
「ずっと須藤邸におったんか?」
「場所はね」
朱禰が答える。
「たぶん」
「シン……」
沙苗が首輪を見る。
「まだ教えてくれるのね」
「……」
朱禰が首輪を見る。
「それ……」
「何?」
「ちょっと待って」
目を細める。
何かを——
探している。
遠い記憶。
若かった頃。
須藤邸。
兄。
そして——
一匹の犬。
「……あ」
「朱禰さん?」
「思い出した」
朱禰が首輪へ手を伸ばす。
触れる寸前で——
止める。
「それ」
沙苗を見る。
「兄さんが着けたものだわ」
「……え?」
「シンの首輪」
朱禰の瞳から——
笑みが消える。
「道源兄さんが」
灰色の中。
朱色だけが——
脈打つ。
——ドクン——
「シンに着けたのよ」
「父さんが……?」
沙苗が首輪を見る。
道源。
シン。
灰色。
そして——
今も残る朱。
偶然であるはずがない。
——ドクン——
首輪はもう一度——
脈打った。
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『輪廻の瑕疵』は、毎日18:00に更新予定です。
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魂と市場を巡る近未来ダークファンタジー。
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