胸キュンイベント!……になるワケないでしょ
楽しく、少し切ないキャンプファイヤーも終わり、部屋へと戻っていく面々。ついに、あのイベントがやってくる。
そう、入浴タイムである。
文字でお届けする上に主人公は男の体であるため男湯の描写がほとんどになるから、待ちに待ったイベントとは言いがたい。むしろ、その主人公である勇美にとっては、できることなら来てほしくなかったイベントである。男に免疫のない自分が、大量の男と裸の付き合い。想像するだけでも恐ろしい。同室の沖野や龍二らは黙々と入浴の準備をしている。
これは……どうするべきか……。ああ……頭が痛くなってきた。それに暑い……いや、フラフラ……?みんなの声が遠……い…………。
「いさみん?おーい」
あれ……。
天井。
…………マジでか。あー、そうですか。疲れたんだ。昔からそうだ。慣れない環境の中で過ごすと、すぐに体調を崩してしまう。図太いクセに、こういうことに弱い。でも、……ラッキー。これで風呂入らずに済む。なんて考えるオレは、ホントにクズだなぁ。あーもうダメ。
…………。
て、天井。アレ?デジャヴ?
「起きたかぃ、神田よ」
「先生、ですか」
どうやら、ここは先生の泊まる部屋のようだ。仰向けのまま目線だけを動かすと、新塚があぐらをかいて布団の横でこちらを見ていた。他の先生はいない。
「全く、倒れる奴がいるとは思ったが、お前とはな。どうせなら女子を看たかったね」
相変わらず浮ついたことを言っているが、勇美のことをずっと看ていてくれたらしい。額には熱を下げるシートが貼ってある。生徒のことを一応考えているその気持ちに、素直に「ありがとうございました」と伝えた。
「ま、気が付いて良かったさ。どうする、まだ気分が優れないようなら、ここで寝てもいいが」
一瞬、え、この先生と?と身構えてしまった。自分が男であることを忘れてしまうくらいに、この先生が危険だと感じてしまった。過敏すぎるだろうと思うかもしれないが、目線、仕草、言葉、口調、すべてが女を口説くための言動に思えてならない。
そんな勇美の複雑な心境を察知してしまったのか、新塚は苦笑いを浮かべた。
「そんな変な顔をするな。みんなの所へ行きたいならそうしろ。軽い熱中症だったみたいだし?楽しんでこい」
どちらにしろ、男と一緒に寝ることになるのだが、このホスト教師と寝るくらいなら龍二の横の方が落ち着いて寝られるかもしれない。勇美は布団から出て、お辞儀をして退出した。
「……はぁ、妙な男だ」
まだ温もりの残る布団を、ゆっくりと片付けた。
部屋に戻るやいなや、龍二が勇美に飛び込んできた。寝起きで油断しており、尻から床へついた。とてつもなく痛い。心配してくる龍二を宥めて体から引き剥がし、部屋を見渡した。布団は既に敷かれている。勇美の布団は端っこのようで、心の底からホッとした。の、だが……、隣に寝転がっているのは、沖野である。龍二なら、なんだか安心できた。だからといって今更変わるのは申し訳ない。おずおずと自分の布団へ向かい、寝転がった。
「神田、体調、大丈夫か」
「ひゃほい!?だ、大丈夫。軽い、熱中症」
声が上ずってしまった。沖野は体をこちらに向けたまま怪訝そうな顔をするも、そうか、と言って仰向けになった。勇美は壁側を向き、布団を深く被った。
周りの布団で男子が雑談をしているのが聞こえる。誰が可愛いだの、好きだの、元女子としては聞きたくない話だ。誰がどうだっていいじゃないか。お前らに決めつけられるだなんて、かわいそうに、女子。
「女の子はみんなかわいーじゃん!男なら女の子のいいとこ三つずつ挙げられるよーにするくらいじゃないとモテないよ」
沈黙。頭の上から声がした。龍二だ。その言葉に、胸がスッとした。さっきまでワイワイしていた男子共は押し黙り、そうだなーなんて笑いながら別の話を始めた。
睡魔が襲ってきた。勇美は深い眠りについた。
翌日、一同は軽い朝食を終え、学校へ戻り、解散式をし、帰るのであった。短い期間であったが、親睦を深めるという教師の思惑は見事に果たされたのではないだろうか。まだまだ謎な人もいるが、そんなに焦って知ることでもないだろう。これからの学校生活が楽しみになった、それだけで十分だ。
大変長かったですが、これにて第1転完結でございます。主要キャラの特性がある程度わかればそれでいいかな、というものでした。まだ全然掘り下げてないし足立晴夏さんに至っては何回喋った?ってくらい影薄い子になっちゃいました。これからですよこれから。龍二がやたら出てきますが私気に入ってるのかな。
なんやかんやで第2転をお楽しみに。