↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽りの王女は、王国を滅ぼしたくない  作者: 安威要


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/23

第15話 帰ってくるために

 砦へ向かうことになったのは、翌朝だった。


 前日のうちに守備隊から返事が届き、日中であれば視察を受け入れられるという。


 ただし、城壁の外へは出ないこと。

 敵の動きが確認された場合は、直ちに安全な場所へ移ること。


 そんな条件がついていた。


「殿下。くれぐれもお忘れなきよう」


 出発前、ガルドが念を押した。


「分かっているわ」

「本当に?」

「昨日も同じことを聞かれたわ」

「昨日も同じお返事をいただきましたのでな」


 どうやら、まだ信用されていないらしい。

 私たちは宿場を出発した。

 ガルドが馬車に同乗し、二人の王宮騎士が馬で前後を守っている。


 街道には、砦へ向かう荷車が何台も並んでいた。

 昨日、宿場で決めた通行の順番は、今のところ守られているようだ。

 兵士が道の入口に立ち、荷車を数台ずつ通している。


 反対方向へ向かう車も、途切れることなく続いていた。

 避難する人々を乗せた荷車だ。


 その中に、昨日の女の子がいないか探してみた。

 けれど、見つからなかった。


 もう安全な町へ向かったのかもしれない。

 そうなら、よかった。


 砦が見えてきた。

 思っていたよりも大きい。


 街道を挟むように石の城壁が築かれ、その奥に見張り台が並んでいる。

 門の上には王国の旗が掲げられていた。

 城壁の外には土を盛った防御施設もあり、兵士たちが補修を続けている。


「立派な砦ね」


 私は言った。


「王国の北東を守る重要な拠点でございますからな」


 ガルドは窓の外を見た。


「正面から攻めるのは、容易ではありますまい」

「だから、魔族は別の道を探したのね」

「……何かおっしゃいましたか」

「何でもないわ」


 危ない。

 つい、余計なことを口にしてしまった。

 ガルドは私を見ていたが、それ以上は尋ねなかった。


 砦の門をくぐると、兵士たちが整列して待っていた。

 その先頭に立つ男が、一歩進み出る。


「第二王女殿下。遠路お越しいただき、恐縮に存じます」


 砦の指揮官だった。


「こちらこそ、お世話になるわ」

「宰相府からご連絡はいただいております。補給と避難の状況をご覧になりたいとのことで」

「ええ。よろしくお願いするわ」


 指揮官は一礼した。


「ただし、現在は警戒を強めております。ご覧いただける場所を限らせていただくことになりますが」

「構わないわ。あなたの判断に従うから」


 指揮官は少し驚いたようだった。

 王女が素直に従うのは、そんなに珍しいことなのだろうか。

 ガルドを見ると、何とも言えない顔をしていた。

 やはり、珍しいらしい。



 最初に案内されたのは、砦の補給倉庫だった。

 大きな木箱や樽が並び、兵士たちが荷物を運び込んでいる。

 奥には麦袋が積まれていた。


「備蓄は増えたの?」


 私は尋ねた。


「はい。宰相府からの指示を受け、通常より多めに食糧を運び込んでおります」

「どのくらい持つの?」

「現在の兵数であれば、当面の籠城には耐えられる量です。ただ、増援が到着すれば消費も増えます」


 指揮官は倉庫の一角を示した。


「保存の利くものから優先して運び込んでおりますが、すべてが揃ったわけではありません」

「そうなのね」


 私は木箱に取りつけられた札を見た。


 品目。

 数量。

 搬入日。


 以前、王都の倉庫で見たものと似ている。

 ただし、こちらは随分と乱雑だった。

 急いで運び込まれたためだろう。


「どこに何があるか、分かるの?」

「帳面には記しております」

「じゃあ、急に必要になっても取り出せるのね」

「……それが、少々」


 指揮官は苦笑した。


「兵が荷物を運び込むたびに、置き場所が変わっておりまして」


 なるほど。

 物があっても、見つからなければ使えない。


「よく使うものだけでも、置き場所を決められない?」

「もちろん、そのつもりではございます。ただ、手が足りず」

「全部やらなくてもいいと思うの。まずは食糧と、戦いに使うものを分けるだけでも」


 指揮官は倉庫を見渡した。


「……確かに。混乱したときほど、探す時間が惜しくなりますな」


 近くにいた担当官へ、指示を出し始めた。

 私はその様子を見ていた。

 これも、以前と同じだ。

 王都の倉庫を調べたときも、物の数と置き場所を確かめることから始めた。


 戦争の準備というのは、もっと特別なことをするものだと思っていた。


 けれど、実際には倉庫の整理から始まるらしい。

 少し意外だった。



 続いて、兵士たちが休む建物へ案内された。

 大きな部屋に寝台が並び、壁には外套や手袋が掛けられている。

 休憩中の兵士たちが、私を見るなり立ち上がった。


「そのままでいいわ」


 私は言った。

 兵士たちは顔を見合わせた。


 指揮官が頷くと、ようやく座り直した。


「皆、ここで寝ているの?」

「はい。見張りの交代に合わせて休息を取らせております」


 私は部屋を見渡した。


 寝台の上には、畳んだ毛布がある。

 その脇には、家族から届いたのだろうか、小さな包みを置いている者もいた。


 一人の兵士が、手袋を繕っていた。

 指先に穴が開いているらしい。


「新しいものはないの?」


 私が尋ねると、兵士は慌てて立ち上がった。


「い、いえ。まだ使えますので!」

「でも、破れているわ」

「少し縫えば、あと何日かは」


 兵士は手袋を握り直した。


 指揮官が申し訳なさそうに言った。


「装備の補充も申請しておりますが、食糧と武具を優先しておりまして」

「そうなのね」


 私は頷いた。

 魔族の資料には、王国軍の装備についても書かれていた。

 剣。

 槍。

 弓。

 鎧。


 それぞれの数や、配備されている部隊まで調べられている。

 けれど、手袋に穴が開いているかどうかまでは書かれていなかった。


「手が冷たくならない?」

「慣れております」


 兵士は笑った。


「それに、もう少しすれば交代ですので」


 私は手袋を見た。

 リネットが、替えの手袋を持たせてくれたことを思い出す。


 王女の手は冷やしてはいけないらしい。


 兵士の手も、冷たくならない方がいいと思うのだけれど。


「不足しているものは、まとめて報告してもらえる?」

「はっ?」

「王宮へ戻ったら、オズワルドに伝えるわ。すぐに全部揃うかは分からないけれど」


 指揮官が頷いた。


「承知いたしました。必要な物資を確認いたします」


 兵士が深く頭を下げた。


「ありがとうございます、殿下」


 私は少し困った。

 まだ何もしていない。

 ただ、足りないものを聞いただけなのに。


 兵舎を出ると、ガルドが私の隣へ来た。


「殿下は、随分と細かなところをご覧になりますな」

「そう?」

「ええ。倉庫の荷物や、兵士の手袋など」


 ガルドは少し笑った。


「もっと、城壁や武具をご覧になりたがるかと思っておりました」

「そちらは、あなたたちの方が詳しいでしょう?」

「それはそうですが」

「私は、分かるところだけ見ているの」


 ガルドは黙った。

 少し歩いてから、再び口を開いた。


「以前の殿下でしたら、まず馬をご覧になりたいとおっしゃったでしょうな」

「そうなの?」

「ええ。砦の軍馬にも、よい馬がおりますので」


 私は頷いた。

 本物のエルシアは乗馬が好きだった。

 それは知っている。

 リネットからも、何度も聞かされていた。

 けれど、私は馬の違いがよく分からない。


 速く走れるかどうかなら、見れば分かるかもしれない。

 それ以上のことを尋ねられると困る。


「今日は、馬を見るために来たわけではないもの」

「……左様でございますな」


 ガルドは私の顔を見た。

 その視線が、少し長かった。



 午後、砦の指揮官から防衛状況の説明を受けた。

 机には地図が広げられている。


 正面の城壁。

 東側の丘。

 北の古橋。


 そして、後方へ続く補給路。


「古橋の見張りは、どうなっているの?」

「谷の上にある古い見張り場を使っております。橋の周辺にも巡回を出しました」

「砦からは見えないのでしょう?」

「はい。そこで、見張り場から合図を送ることにしております」


 指揮官は地図を示した。


「昼間は煙、夜間は火を使います。砦から見える高所に見張りを置いておりますので、異常があれば知らせが届く手はずです」

「それなら安心ね」

「……そうであればよいのですが」


 指揮官は、あまり安心していないようだった。


「何か問題があるの?」

「古橋の周辺で、複数の足跡が発見されております」

「魔族の?」

「まだ断定できません。ただ、近くの村人が使う道ではないとの報告もございます」


 私は地図を見た。


 やはり、古橋を狙っているのだろうか。

 魔族の侵略計画書には、橋を渡って砦の背後へ回り込む方法が記されていた。


 けれど、今は見張りが置かれている。

 そのことを魔族が知っていれば、計画を変える可能性もある。


「ほかの道は調べているの?」

「斥候を出しております。現在のところ、別の経路から大きな部隊が近づいているという報告はありません」

「そう」


 それなら、今のところはよいのだろう。

 ただ、魔族の資料がすべて正しいとは限らない。

 王宮側の責任者が死んでから、命令系統も変わっているはずだ。


 私は、自分の知っている情報をそのまま信じない方がいいと思った。


「もし、古橋以外から来たら?」

「その場合は、見張りからの報告に応じて兵を動かします。正面の守備を薄くしすぎるわけにもまいりませんので」


 指揮官は落ち着いて答えた。

 どうやら、必要なことは考えているらしい。

 私は頷いた。

 私の役目は、軍の指揮を執ることではない。


 魔族の知っている弱点を、王国側が知らないままにしないことだ。

 それなら、今のところはできていると思う。



 説明を終えると、指揮官は城壁の内側にある見張り台へ案内してくれた。

 外へ出るわけではないが、上から周囲の地形を見ることができるという。

 ガルドと二人の王宮騎士も同行した。

 階段を上がると、風が強くなった。

 見張り台からは、東側の丘がよく見えた。


 その向こうに、魔族の軍勢が集まっているらしい。

 私は目を凝らした。


 遠くに、小さな影が動いている。

 ただ、それが人間なのか魔族なのかまでは分からなかった。


「近いのね」

「ええ。あちらが動けば、すぐに分かる距離でございます」


 ガルドは丘を見た。


「砦の正面を攻めるには、それなりの兵が必要でしょうな」

「そうね」


 私は頷いた。


 魔族の計画では、正面からの攻撃は砦の兵を引きつけるためのものだった。

 本当に狙っているのは、北の古橋と補給路だ。

 ただし、今回の魔族が同じ方法を使うとは限らない。


 私は北側へ目を向けた。

 谷の奥は、ここからでは見えない。


「橋は、あの山の向こうなのね」

「左様です。谷の上の見張り場なら、橋へ続く道を確認できます」


 ガルドは遠くを指した。

 小さな見張り場が、山の斜面に見えた。


「あそこから合図が来るのね」

「ええ」


 私は頷いた。

 少なくとも、知らないうちに橋を渡られることは避けられそうだった。



「殿下」


 ガルドが静かに呼んだ。


「何?」

「あなたは、本当に変わられた」


 私はガルドを見た。


「……悪い方に?」


 ガルドはすぐには答えなかった。

 遠くの山を見つめたまま、少しだけ眉を寄せる。


「それが分からぬから、困っております」


 私は黙った。

 ずいぶんと困らせているらしい。


「以前の殿下は、何事にもご自分のお考えをお持ちでした」

「そう」

「乗馬を楽しまれているときなど、私が止めても聞き入れてはくださいませんでしたな」

「……そうなのね」

「ええ。それはもう、手を焼いたものでございます」


 ガルドは少し笑った。


「けれど、今の殿下は、こちらの言葉をよく聞かれる」

「その方がいいのでしょう?」

「近衛騎士としては、ありがたいことでございます」


 それなら、問題はないはずだ。

 私はそう思った。


「ただ、以前なら気にも留めなかったようなことを、随分と気になさる」


 私は見張り台の下を見た。


 兵士が二人、荷車から木箱を下ろしている。

 そのうち一人は、腕に包帯を巻いていた。


「気になることが増えたの」

「それは、なぜですかな」


 私は少し考えた。


「……分からないわ」


 本当に、よく分からなかった。


 昨日の女の子は、父親を早く帰してほしいと言っていた。

 今朝、倉庫で荷物を運んでいた兵士たちにも、帰りを待つ人がいるのだろう。


 あの子の父親が誰なのかは分からない。

 けれど、無事に帰れる者が一人でも増えればいいと思った。


「殿下?」


 ガルドが私を見ていた。


「何でもないわ」


 私は答えた。

 ガルドはそれ以上、尋ねなかった。

 しばらくして、静かに言った。


「今日、倉庫や兵舎でなさったことは、私も見ておりました」

「そう?」

「ええ。兵たちの暮らしにまで、お心を配っておられた」


 私はガルドを見た。


「……ありがとう」


 ガルドは少しだけ頷いた。


「ですが、私にはまだ、分からぬことが多い」


 その言葉には答えられなかった。

 ガルドは、昔から本物のエルシアを知っている。

 私がどれほど姿を真似ても、知らないことはある。

 それに、私自身の行動についても、疑問を持ち始めているらしい。


 もし本当のことを知れば、この人はどうするのだろう。


 私は、見張り台の向こうへ目を向けた。

 今は、考えないことにした。



 見張り台を降りた頃には、日が傾き始めていた。

 砦の指揮官から、最後の報告を受ける。


 補給物資の搬入は続いている。

 古橋の巡回も、予定通り行われているという。


 宿場へ戻るための馬車も、すでに準備されていた。


「殿下。本日の視察は、これまでとさせていただきます」


 指揮官が言った。


「分かったわ。いろいろとありがとう」

「こちらこそ、必要な物資についてご確認いただき、感謝申し上げます」


 私は頷いた。

 あとは王宮へ戻って、オズワルドに報告すればいい。


 不足している手袋。

 補給倉庫の整理。

 避難する人々の移動状況。


 いろいろと書かなければならないことがあった。

 ガルドが近づいてきた。


「殿下。そろそろ出発いたしましょう」

「ええ」


 私は馬車へ向かった。

 そのとき、砦の北側の見張り台で、短い鐘が鳴った。


 一度。

 二度。


 少し間を置いて、もう一度。

 近くにいた兵士が顔を上げた。


「北の見張り場から、煙の合図です!」


 指揮官が振り返った。


「何があった!」

「合図が上がっています! 谷道に複数の人影を確認したとのこと!」


 私は足を止めた。


 北の谷道。

 古橋へ続く道だ。

 ガルドが私の前へ出た。


「殿下。馬車へお戻りください」

「ええ」


 私は頷いた。

 そのとき、別の鐘が鳴った。

 今度は、正面の門の方だった。


「東側の丘にも動きが!」


 城壁の上から、兵士の声が響いた。


「魔族の集団が、こちらへ向かっております!」


 指揮官は、すぐに兵士たちへ命令を飛ばした。


「正面の守備兵は持ち場へ! 北側の見張り場には、橋の状況を確認させろ!」

「はっ!」

「補給隊は荷車を内側へ入れろ。門の前を空けておけ!」


 兵士たちが走り始めた。


 私は、その様子を見ていた。


 正面の丘。

 北の古橋。


 二つの場所で、同時に魔族が動いている。

 魔族の侵略計画書には、そう書かれていた。


 正面の部隊で守備兵を引きつける。

 その間に、北の古橋を渡った部隊が背後へ回り込む。


 補給路を塞げば、砦は食糧を失う。

 けれど、今回は違う。


 古橋には見張りがいる。

 砦には食糧を運び込んである。

 後方の倉庫も、一か所に頼らないよう準備してきた。


 それでも、戦いが始まれば人は死ぬかもしれない。


 私は昨日の女の子を思い出した。

 両手で布袋を抱え、父親を早く帰してほしいと言っていた。

 あの子の父親も、今ごろ武器を手に取っているのだろうか。


「殿下!」


 ガルドが呼んだ。

 二人の王宮騎士が、すでに私の周囲を守る位置についていた。


「今から街道へ出るのは危険です。砦の内側へお移りいただきます」

「分かったわ」


 私はガルドに従った。


 指揮官たちは忙しく動いている。

 私が口を挟む必要はなかった。


 古橋と補給路を狙われる可能性は、すでに伝えてある。

 あとは、その情報が役に立つことを願うしかない。


 私はもう一度、北の山を見た。

 古橋の向こうに、魔族がいる。

 王国を滅ぼすために準備された道だ。


 その道を、私は知っている。

 そして今、王国の兵士たちは、そこを守ろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。