第42話 志願
その日、神影が、特殊生徒会のメンバーを、詰所に集めた。
会長の神月華も、アリシアも、北見も、そして俺たち新人も。全員が、揃っていた。神影の表情は、いつもより、硬かった。何か、厄介な事態が、起きているのが、伝わってきた。
「新たな脅威が、確認された」
神影は、淡々と、切り出した。
「これまでとは、毛色の違う、犯罪者だ。能力は、結界。それも、特殊な張り方をする」
俺は、その言葉に、耳を、傾けた。
「奴は、ドーム状の、超広範囲に、二種類の結界を、ドーナツ状に張る。内側の範囲では、神力が使える。だが、外側の範囲では、神力が、一切、使えなくなる」
メンバーが、ざわついた。
「つまり」
神影は、続けた。
「遠くから、神力で攻撃しようとしても、外側の結界に阻まれて、届かない。神力を使うには、内側――敵の、すぐ近くまで、踏み込むしかない。実質、遠距離攻撃が、無効化される敵だ」
俺は、その説明を聞いて、内心で、ひやりとした。
遠距離無効。それは――俺の、戦い方を、完全に、封じる能力だった。
俺の神力は、エネルギー変換。その真価は、火と風を、遠くから、大規模に放つこと。圧縮燃焼で、敵をまとめて焼く。それが、俺の、最も得意とする戦い方だった。三十六話で、自分でも言った。エネルギーさえあれば、遠距離戦は最強だ、と。
だが、この敵は、その「遠距離」を、丸ごと、奪う。外側の結界の中では、神力が使えない。神力を使いたければ、内側――敵のすぐそばまで、踏み込むしかない。
つまり、接近戦を、強制される。
俺が、ずっと、避けてきたもの。三十二話で、神影に「接近戦ができないと前線に出せない」と言われ、訓練を促されても、ろくに取り組んでこなかった、その弱点に。この敵は、正面から、向き合うことを、強いてくる。
逃げてきた壁が、最悪の形で、目の前に、立ちはだかっていた。
◇
「この敵には、遠距離による支援が、通じない」
神影は、メンバーを、見渡した。
「だから、今回は、近接戦が得意な者を、メインに、討伐隊を編成する。これから、名前を呼ぶ。呼ばれた者は、ついて来い」
神影が、名前を、読み上げ始めた。
アリシア。会長。そして、近接戦を得意とする、何人かの生徒。
俺は、自分の名前が、呼ばれるのを、待った。
だが――呼ばれなかった。
最後まで、俺の名前は、なかった。
当然と言えば、当然だった。俺の神力は、火と風。遠距離の、範囲攻撃に、特化している。遠距離が無効化される、この戦場では、俺は、役に立たない。神影は、そう判断したのだ。
分かっていた。だが、それでも、焦りが、込み上げてきた。
この討伐に、行かなければ。会長と、同じ現場に、立つ機会を、逃す。戦力として、認められる機会を。任務が、進まない。
ここで、引き下がるわけには、いかなかった。
◇
「神影さん」
俺は、声を上げた。メンバーの視線が、一斉に、こちらを向く。
「俺の、能力なんですが」
俺は、慎重に、言葉を選んだ。
「もし、CTが、可能なら。支援として、役に立てると、思います」
神影の眉が、わずかに、動いた。
「お前の、CT?」
「はい。火を、誰かの武器に、付与できれば。遠距離が、無効でも、近接の戦闘員の武器を、強化できます。炎を纏った武器なら、内側の戦闘でも、戦力になるはずです」
それは、筋の通った、提案だった。遠距離が封じられるなら、近接戦力を、底上げする。燈真の火を、武器に乗せて。
「行かせてください」
俺は、言った。
内心では、もう一つ、考えがあった。
この戦いは、CTを試す、初めての機会になる。三十八話で、神影が、CTの存在を教えてくれた時、俺は、消極的だった。神力を繋げる過程で、電気が露見するのを、恐れたからだ。だから、できるか分からない、と濁して、先延ばしにしてきた。
だが、避けてばかりも、いられない。いずれ、CTは、やらされる。それなら――自分から、状況をコントロールできる形で、試した方が、いい。少なくとも、不意打ちで、本質を暴かれるよりは。
それに、もし、縛りというものが、本当にあるなら。CTと、組み合わせる、その第一歩にも、なるかもしれない。火と風だけを、意図的に強化する。電気を、隠したまま。そういう戦い方を、模索する、きっかけに。
避けてきたものを、自分から、差し出す。それは、賭けだったが――前に進むには、必要な賭けだと、思った。
神影は、しばらく、俺を見ていた。それから、首を、横に振った。
「できるかもしれない、という、曖昧な基準で、連れて行くのは、危険すぎる」
その判断は、正しかった。
CTは、稀にしか、成功しない。相性のようなものが、ある。俺が、付与師と、本当にCTできるかは、試してみないと、分からない。「できるかも」で、命がかかった現場に、連れて行くのは、無謀だ。
そして、神影は、新人を、無駄死にさせない主義の人間だった。曖昧な可能性で、俺を、危険に晒したくないのだろう。
だが、俺は、引かなかった。
「ダメだったら、帰ります」
俺は、まっすぐ、神影を見た。
「やれるだけのことは、やりたいんです」
◇
神影は、その言葉を聞いて、少し、目を、細めた。
その視線に、俺は、ひやりとした。
神影の目が、いつもの、探るような色を、帯びていた。こいつは、なぜ、そこまでして、参加したがるのか。動機が、薄いはずなのに。そう、問うような目だった。
考えてみれば、不自然だった。
普通の新人なら、遠距離無効の、厄介な敵が出たと聞けば、むしろ、行かなくて済むことに、安堵するだろう。命がかかった、危険な現場だ。歓迎会で、他の新人たちが、アリシアを怖がったように。
なのに、俺は、自分から、危険な現場に、志願している。しかも、できるかどうかも、分からないCTを、持ち出してまで。
神影は、それを、訝しんでいた。
こいつは、なぜ、ここまでするのか。何かを、隠している。その「何か」のために、無理をして、前に出ようとしているのではないか。
神影の、その疑念が、ひしひしと、伝わってきた。
まずい、と思った。
俺の本当の動機――会長に、近づくため。だが、それは、言えない。だから、俺は、別の理由を、必要とした。嘘では、ない、しかし、本当でもない、理由を。
「俺は」
俺は、言った。
「ずっと、訓練ばかりで。一度も、本当の戦いで、役に立てていません。今回の襲撃でも、護衛がいないと、戦えなかった。それが、悔しいんです」
それは、半分は、本当だった。
「自分の力が、本当に、使えるのか。試したいんです。役立たずのままでいるのは、嫌なんですよ」
神影の嘘発見に、引っかからないように。真実を、選んで、並べた。役に立ちたい、というのは、本当の気持ちだ。ただ、その奥にある、本当の目的――会長への接近――は、隠したまま。
◇
神影は、しばらく、黙っていた。
俺の言葉を、吟味するように。あるいは、その奥に、隠されたものを、見透かそうとするように。
だが、俺は、表情を、変えなかった。平らに、保ったまま。神影が、見ているのは、嘘か、動揺か。俺は、嘘を、ついていない。役に立ちたい、というのは、本当だ。だから、動揺も、ない。
長い、沈黙だった。
やがて、神影は、息を、吐いた。
「……分かった」
俺は、内心で、身構えた。
「3日、やってみろ。それでダメなら、帰れ」
「……!」
「いいか。3日だ。その間に、CTが、成立しなければ、お前は、後方に、戻す。無理は、許さん。命が、最優先だ」
「分かりました!」
俺は、頷いた。条件付きだが、討伐隊に、加われる。会長と、同じ現場に、立てる。
だが、神影が、なぜ、折れたのか。俺には、二つの理由が、見えた気がした。
一つは、純粋に、戦力としての判断。CTが成功すれば、確かに、戦力になる。3日、試す価値はある。
そして、もう一つ。
神影は、俺を、疑っている。動機が薄いのに、無理をして前に出ようとする、その不自然さを。だから――CTをやらせれば、俺の神力の、本質を、観察できる。俺が、CTで、どう動くか。何を、見せるか。それを、見極めようとしている。
神影の「分かった」には、その、探りの意図も、混じっている気がした。
こいつが、何を隠しているのか。それを、近くで、見てやろう、と。
俺は、自分から、観察される場に、飛び込んだのだ。会長に近づける。だが、神影に、本質を、見られる危険も、増す。諸刃の剣だった。
◇
招集が、解かれた後。
俺は、一人、詰所の外で、空を見上げていた。
CTが、できるかどうか。それは、賭けだった。
俺は、まだ、一度も、CTを、試していない。城井という、付与師がいると聞いたが、その相手とも、組んだことがない。事前の、訓練もない。現場で、初対面の相手と、ぶっつけで、CTを試す。
うまくいくのか。相性が、合うのか。何も、分からなかった。
そして、もし、成功しても――CTで、神力を繋げる、その過程で、俺の電気の本質が、露見しないか。それも、賭けだった。
火を、武器に付与する。それは、火の能力の、応用だ。電気そのものは、出さない。だから、隠せるはずだ。だが、本当に、隠し通せるのか。神力を、繋げる、その瞬間に、俺の力の、本当の姿が、漏れてしまわないか。
考えれば、考えるほど、不安だった。
だが、行くと、決めた。
会長に、近づくため。それは、本当だ。だが――それだけでは、なかった。
俺は、ふと、気づいた。
みんなが、危険な戦いに、行く。アリシアも、会長も。なのに、自分だけ、安全圏にいるのは、嫌だった。
その感情が、いつの間にか、俺の中に、芽生えていた。任務とは、関係なく。役に立ちたい。みんなと、同じ場所で、戦いたい。
人を信じない、と決めた俺が。他人のために動く義理なんてない、と思っていた俺が。いつの間にか、そんなことを、思うようになっていた。
それが、自分でも、少し、戸惑わしかった。
俺は、変わり始めているのか。この、学園で。殺すために、来た場所で。
答えは、出なかった。
ただ、3日後――いや、もうすぐ。俺は、結界使いとの、戦いに、臨む。ぶっつけ本番の、CTを、抱えて。電気を、隠したまま。
そして、その戦いが、俺の、また一つの、転機になることを。
この時の俺は、まだ、知らなかった。




