第41話 手がかり
翌日、特殊生徒会の詰所に顔を出すと、神影が、俺を呼び止めた。
「お前、昨日、外出していたな」
「……はい」
届け出は、出してある。だから、知られていて、当然だった。それでも、こうして直接聞かれると、自分の行動が、常に把握されているのだと、改めて思い知らされた。潜入者にとっては、嫌な感覚だった。
「桜井と、一緒だったらしいな。市場の見学、と書いてあったが」
「ええ。電気以外のエネルギーで動く道具が、出回ってると聞いたので。見に行きました」
「それで」
神影は、俺を見た。
「お前が、桜井と行った、その道具。何があった」
俺は、慎重に、答えを選んだ。
ここで、嘘をつくわけには、いかない。神影は、嘘を見抜く。だから、真実を言う。ただし、言う必要のないことは、言わない。それが、俺の、生き方だった。
◇
「俺にとっては、不要なものばかりでした」
俺は、言った。
「神力エネルギーで動く、ライター。同じく、扇風機。あと、ケトル。どれも、値段は一万円か、三万円で、高かったです」
それは、本当のことだった。
「その上、俺の神力と、被ってるんですよ。火も、風も、俺は自分で出せる。湯を沸かすのも、火があればできる。だから、買おうとまでは、思いませんでした」
これも、嘘ではない。俺の神力は、火と風。ライターも扇風機も、俺の能力で、代用できる。買う必要が、ないのは、本当だ。そして、これを言うことで、俺が、それらのアイテムに、特別な関心がないという印象を、与えられる。
神影は、頷いた。
「他に、特徴はあったか」
その問いに、俺は、一瞬、迷った。
QRコードのことを、言うべきか。
言っても、いい。それは、世間でも噂になっていることだ。隠す方が、不自然かもしれない。だが、言い方には、注意が必要だった。
「店に売ってるやつでは、謎のQRコードが、読み取れない、とも聞きましたね」
俺は、伝聞の形で、話した。
「どこかで、元の販売者から、直接買えば、読み取れる、という噂が、あるらしいですよ」
自分が、そのQRコードの先に、実際にアクセスできることは、言わない。あくまで、「噂がある」と。
◇
「謎のQRコード?」
神影が、眉を、わずかに動かした。
俺は、内心で、身構えた。
まずい。神影が、QRコードに、興味を持った。もし、ここで、踏み込んでこられたら――「お前、そのQRコードの先に、何があるか、知っているか?」と聞かれたら。
知っている、と言えば、なぜ知っているのか、追及される。知らない、と言えば、嘘になって、見抜かれる。
どちらに転んでも、まずい。
俺は、平らな顔を、保ったまま、神影の次の言葉を、待った。心臓が、嫌な音を、立てていた。突っ込まれたら、終わる。
ほんの、数秒だった。だが、その数秒が、ひどく、長く感じられた。神影の、藍色の瞳が、俺を、見ている。その奥で、彼女が、何を考えているのか。QRコードに、どこまで、興味を持ったのか。読めなかった。俺は、ただ、表情を、動かさないことだけに、全神経を、集中させていた。少しでも、動揺を見せれば、神影は、それを、嗅ぎ取る。
だが、神影は、しばらく考えてから、こう言った。
「……まあ、商品を管理するための、バーコードみたいな役割かもしれないな。購入してみないと、分からないか」
俺は、内心で、ほっと、息を吐いた。
神影は、QRコードを、ありふれた商品管理の仕組みだと、解釈した。そして、「購入してみないと分からない」と、それ以上は、追及しなかった。
助かった。
俺は、嘘を、ついていない。店に売っていない物を、持っているかなんて、聞かれていない。QRコードの意味を、知っているかとも、聞かれなかった。だから、それらを、黙っているのは、嘘じゃない。
聞かれたことには、真実で答える。聞かれていないことは、答えない。
それが、嘘発見能力者を相手にした、俺の、生存技術だった。今回も、なんとか、その綱の上を、渡りきった。
◇
その時、それまで黙って聞いていた、アリシアが、口を開いた。
「あの、神影さん」
「なんだ」
「多分、その商品たちって」
アリシアは、少し、考えるように、言った。
「作られたものじゃ、なくて。神力で、生み出されたものですよね」
俺は、内心で、どきりとした。
アリシアが、無邪気に――あるいは、直感的に。悪魔の王のアイテムの、本質を、突いた。
アイテムは、工場で、製造されたものじゃない。神力で、直接、生み出されたもの。あの、正体不明の生物を、悪魔の王が生み出したように。物を、無から、作り出す力。
「同じ意見だ」
神影が、頷いた。
「私も、それを、考えていた」
神影の目に、鋭い色が、宿った。
「考えてみろ。神力という存在が、世界に現れてから、まだ、そう経っていない。なのに、神力で動く商品が、もう、これだけ、出回っている。普通に、製造していたら、こんなに速く、こんな量は、出てこない」
俺は、その論理に、背筋が、冷えるのを感じた。
その通りだった。神力が現れて、まだ日が浅い。なのに、アイテムは、大量に流通している。製造では、間に合わない速さ。だから、これらは――誰かが、神力で、直接、生み出している。
そして、その「誰か」を。
俺は、知っている。悪魔の王だ。
だが、特殊生徒会は、まだ、そこまでは、特定していない。「神力で生み出されている」「速すぎる」という、違和感まで。
◇
「誰が、こんなものを、量産しているのか」
神影は、独り言のように、呟いた。
「一人の神力者が、これだけのアイテムを、生み出しているとしたら……相当な、出力だ。あるいは、複数の神力者が、組織的に、やっているのか」
俺は、その言葉を、黙って、聞いていた。
特殊生徒会が、悪魔の王の存在に、近づきつつある。
俺は、悪魔の王と、手を組んでいる。その悪魔の王のアイテムが、世界に出回り、特殊生徒会が、「これは神力で生み出されている、おかしい」と、気づき始めた。
俺の協力者の痕跡を、俺が所属する組織が、追い始めている。
いつか、特殊生徒会が、悪魔の王に、行き着くかもしれない。そして――俺が、悪魔の王と組んでいることも、露見しかねない。
包囲網が、じわじわと、狭まっていく予感が、した。
そして、何より、苦しかったのは。
俺は、答えを、知っているのに、言えないことだった。
神影が、アリシアが、純粋に、謎を追っている。「神力で生み出されている」「速すぎる」「誰が量産しているのか」と。みんなが、手探りで、真実に近づこうとしている。
その真実を、俺だけが、知っている。悪魔の王だ、と。
だが、言えない。言えば、なぜ知っているのか――手を組んでいるから――が、露見する。だから、黙る。仲間と一緒に、謎を追うふりをしながら、本当は、答えを、抱えている。
知っているのに、言えない。
その孤独が、俺の胸を、また一つ、重くした。
◇
「まあ、今は、推測の域を出ないな」
神影は、息を吐いて、話を、切り上げた。
「だが、覚えておけ。この、出所不明のアイテムは、何か、大きなものの、一部かもしれない。神力で物を生み出し、それを、世界中に、ばらまいている、何者か。それが、特殊生徒会にとって、敵なのか、味方なのか。あるいは、ただの商人なのか。まだ、分からん」
敵なのか、味方なのか。
その問いに、俺は、内心で、苦く笑った。
俺は、知っている。悪魔の王が、敵か味方か。それは――どちらでもあり、どちらでもない、何かだ。俺の協力者であり、俺を駒として利用する存在であり、世界に、得体の知れない計画を、巡らせている、何か。
「お前も、何か、気づいたことがあれば、報告しろ」
神影は、そう言って、俺を見た。
「はい」
俺は、頷いた。
嘘では、ない。今は、報告すべきことは、ない。聞かれていないことは、答えなくていい。そして、俺が、悪魔の王と組んでいることは――誰にも、聞かれていない。
◇
詰所を出て、俺は、一人になった。
特殊生徒会が、悪魔の王の痕跡に、気づき始めた。それは、俺にとって、新しい緊張の種だった。
今までは、神影が、俺の「動機」を疑い、会長が、俺の「能力」を疑っていた。その二つを、なんとか、かわしてきた。だが、これからは、もう一つ。組織全体が、「悪魔の王」という存在を、追い始める。そして、俺は、その悪魔の王と、繋がっている。
三つの方向から、俺は、詰められていく。動機。能力。そして、悪魔の王との繋がり。
どれか一つでも、露見すれば、俺は、終わる。
そして、皮肉なことに、その三つは、別々のものではなかった。すべて、根は、一つだ。俺が、電気を生み出せる、特別な存在であること。家族を取り戻すために、悪魔の王と取引したこと。会長を、殺すために、潜り込んだこと。一つの嘘が、別の嘘を呼び、その嘘が、また別の嘘を、必要とする。嘘の上に、嘘を重ねて、俺は、ここに、立っている。
崩れ始めたら、一気だろう。動機を疑われ、能力を疑われ、悪魔の王との繋がりを疑われ――そのどれか一つが、ほつれた瞬間、すべてが、解けていく。
俺は、空を見上げた。電気の消えた、東京の空。
あの暗がりのどこかで、悪魔の王は、アイテムを生み出し、ばらまき、何かを企んでいる。安く広めて、世界を、自分のネットワークに、依存させながら。その目的は、俺にも、見えない。
そして、俺は、そいつと、手を組んでいる。家族を、取り戻すために。
利用しているのか。利用されているのか。
味方を、欺きながら。敵の、底も見えないまま。
俺は、ただ、進むしかなかった。会長に、近づくために。毒を、盛る、その日まで。
覚悟は、まだ、半分。
そして、その半分すら――この学園で、過ごすほど。アリシアと、未玖と、関わるほど。少しずつ、揺らいでいく。
俺は、自分が、どこへ向かっているのか、分からなくなりそうな、自分を、必死に、押しとどめた。
進め。止まるな。今さら、引き返せない。
そう、自分に、言い聞かせながら、俺は、詰所を、後にした。足元の影が、傾いた陽に、長く伸びていた。




