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第40話 探検隊

学園の外に出るには、届け出が必要だった。


どこに、何の目的で行くのか。大雑把にでも、書いて、提出しなければならない。特殊生徒会の生徒は、管理されている。勝手な外出は、許されない。


俺は、「市場の見学」と書いて、提出した。未玖と、二人で。アイテム探し探検隊、などとは、さすがに書けなかったが。


「わくわくしますね!」


学園の門を出ると、未玖は、上機嫌だった。


「なんか、こういうの、探検みたいで、楽しいですよね」


「……まあ、そうだな」


俺は、適当に、相槌を打った。内心では、別の目的があった。悪魔の王が、他にどんなアイテムを、世界にばらまいているのか。それを、知っておきたかった。ネタは、もう知っている。あの不思議なアイテムの正体が、悪魔の王のものだということは。だが、その全容は、俺も、把握していなかった。


電気の消えた東京の街を、二人で歩く。崩れかけた建物。動かない車。だが、人は、思っていたより、多かった。みな、それぞれに、この世界で、生きていた。



歩きながら、未玖が、アイテムの流通について、教えてくれた。


「あのアイテムね、行商人みたいな人が、運んで売り歩いてるらしいんですけど」


「ああ」


「でも、その大半は、企業に買い占められちゃうんですって。だから、個人が買うには、大きな売り場に行くしかないんです」


なるほど、と思った。混乱の後でも、人は、秩序を作る。物を流通させる仕組みを、作る。企業が買い占めて、売り場で売る。電気は消えても、経済は、形を変えて、動き続けていた。


「その売り場が、こっちにあるんです」


未玖が、案内してくれたのは、大きな建物だった。


元は、大規模なスーパーだったらしい。広い駐車場。色褪せた看板。今は、その建物が、アイテムの売り場として、使われていた。電気がなくても、広い空間と、元々商業施設だった場所は、流通拠点として、ちょうどよかったのだろう。


中に入ると、薄暗かった。電気がないから、照明もない。高い天窓から差し込む光だけが、頼りだった。だが、人は、大勢いた。みな、棚に並んだアイテムを、熱心に、見ている。


俺は、その棚に、近づいた。



最初に目に入ったのは、ライターだった。


見覚えのある、形。俺が、悪魔の王からもらって、普段、持ち歩いているものと、同じシリーズだ。火をつけるだけの、便利な道具。


その、値札を見て、俺は、固まった。


一万円。


ライター一つが、一万円。


俺は、思わず、自分のポケットに手をやった。そこには、同じライターが、入っている。俺が、何気なく、人前で使っていた、あのライターが。


一万円。


驚愕した。今まで、ただの便利な道具だと思っていたものが。実は、見せびらかしていいものじゃ、なかった。一万円の価値がある、貴重品だった。


思い返せば、俺は、このライターを、ソロキャンプの感覚で、無造作に使っていた。火種として、便利だから。誰かの前で、火をつけたことも、あったかもしれない。もし、その価値を知っている人間が、見ていたら。「あいつは、一万円のライターを、無造作に使っている」と、不審に思われていたかもしれない。冷や汗が、出た。これからは、人前では、極力使わないようにしよう、と思った。


俺は、悪魔の王の世界の中にいた。取引と、ネットワークの中に。だから、外の経済から、隔離されていた。ライターが、世間でいくらの価値を持つのか、知らなかった。今、初めて、それを知った。


そして――背筋が、冷たくなった。


ただ火をつけるだけの道具が、一万円。なら、本物の電気を、無限に生み出せる俺の力は、いくらの価値になるのか。


値段すら、つかないだろう。


だから、絶対に、知られてはならない。捕まれば、処分などされない。代わりに、永遠に、利用される。あの恐怖が、経済的な実感として、改めて、俺の胸に、突き刺さった。



棚を、見て回った。


神力エネルギーで動く、扇風機。三万円。電気がなくても、風を送る道具。


ケトルもあった。「五分間触れると、体内エネルギーにより、中の水が沸騰します」という説明書きがついている。これも、三万円。


「おかしいだろ……」


俺は、思わず、呟いた。


ケトル一つに、三万円。だが、よく考えれば、電気の消えた世界で、湯を沸かせる道具は、貴重だ。火を起こすのも、楽じゃない。そう思えば、需要があるのも、分かる。


日用品ばかりだった。ライター、扇風機、ケトル。どれも、生活を、少しだけ便利にする道具。そして、どれも、高い。


俺は、棚を、隅々まで、見た。だが――。


ないものが、あった。


俺が、悪魔の王からもらった、無限水筒。補給銃。大容量電池。


それらは、どこにも、売っていなかった。


日用品は、これだけ出回っているのに。俺がもらった、あの三つは、一つもない。



なぜだ、と俺は考えた。


そして、一つの結論に、行き着いた。


おそらく、あれらは、特殊な枠組みなのだ。


悪魔の王は、アイテムを、二種類に分けている。一般に流通させる、日用品。ライター、扇風機、ケトル。生活を、便利にするもの。そして、俺のような、特別な取引相手にだけ、与える、別格のアイテム。


無限水筒は、水の問題を、根本から解決する。大容量電池は、電気を、溜めて持ち運べる。補給銃は、弾切れのない、武器。


どれも、日用品とは、比べ物にならないほど、強力で、危険だ。水と、電気と、武器。それらを、無限に。


一般に流通させるには、強力すぎる。だから、悪魔の王は、それらを、市場に出さない。限られた者にだけ、渡す。


悪魔の王は、段階を、コントロールしている。何のために。


考えても、答えは、出なかった。だが、一つだけ、分かった。俺がもらったものは、世間に出回っているものとは、別格だ、ということ。俺は、悪魔の王にとって、それだけ、特別な駒だった、ということだ。



「ねえ、小鳥遊くん」


隣で、アイテムを眺めていた未玖が、ふと、首を傾げた。


「これ、安すぎませんか?」


「……安い?」


俺は、聞き返した。俺にとっては、一万円も三万円も、高い、という印象だった。


「だって」


未玖は、ケトルの値札を、指さした。


「考えてみてください。電気がなくなった世界で、水を沸かせるんですよ? 風を送れるんですよ? こんな、革命的な技術が、たった三万円って」


未玖は、真剣な顔で、続けた。


「もっと、高値でもおかしくないと思うんです。需要を考えたら、もっと吊り上げられるはず。みんな、喉から手が出るほど、欲しいはずなんですから。なのに、こんなに安いなんて……絶対に、おかしいですよ」


俺は、その言葉に、はっとした。


確かに、そうだ。


普通、こんな技術を独占していれば、法外な値段で売って、富を独占する。それが、商売だ。だが、悪魔の王は――発明者は、これほど価値のあるものを、安く流通させている。


なぜだ。


悪魔の王の目的は、金儲けでは、ないのかもしれない。


俺は、その考えに、ぞっとした。


もし、金が目的でないなら、何のためだ。アイテムを、安く広めることで――世界中の人々を、自分のネットワークに、依存させようとしているのか。安く普及すれば、みんなが使う。みんなが、悪魔の王の作ったものに、頼る。あのQRコード、あの専用のネットワークが、世界のインフラに、なっていく。


安さは、金儲けの失敗ではなく、支配のための、投資なのかもしれない。金より、依存と支配を、取っている。


あるいは――もっと、別の、不穏な何かを。



俺は、知らずのうちに、黙り込んでいた。


未玖が、悪魔の王の正体も、俺が悪魔の王と組んでいることも、知らずに。ただ、純粋な疑問として、「安すぎる、おかしい」と言った。だが、その素朴な違和感が、俺の知る、悪魔の王の不気味さを、改めて、浮き彫りにした。


俺は、あいつのアイテムを使い、あいつと手を組んでいる。なのに、あいつが、本当は何を企んでいるのか、知らない。


未玖の方が、ある意味、鋭かった。歌で人を癒すだけの少女だと、思っていた。だが、彼女は、一番、核心に近いところに、偶然、たどり着いていた。


「小鳥遊くん? どうしました?」


未玖が、俺の顔を、覗き込んだ。


「ぼーっとして。何か、考え事ですか?」


「……いや」


俺は、首を振った。


「お前の言う通りだな、と思って。確かに、安すぎる」


「でしょう!? 絶対、何か裏がありますよ、これ」


未玖は、得意げに言った。彼女は、ただの、好奇心で言っている。だが、その「裏」が、どれほど深いものか、彼女は、知らない。


そして、俺も、その「裏」の、本当の底までは、知らなかった。



結局、俺たちは、何も買わずに、売り場を出た。


未玖は、それでも、楽しそうだった。


「いやー、面白かったですね! いろんなアイテムがあって。でも、結局、謎は深まるばかりですね」


「……ああ」


「また、何か新しいアイテムが出たら、探検しましょうね!」


「気が向いたらな」


俺は、曖昧に答えた。


帰り道、東京の街を、二人で歩いた。未玖は、今日見たアイテムのことを、あれこれ、楽しそうに話していた。俺は、その隣で、別のことを、考えていた。


悪魔の王。


俺が、手を組んだ存在。世界に、アイテムをばらまき、ネットワークを広げ、安く普及させ、何かを企んでいる。だが、その目的は、俺にも、見えない。


俺は、あいつを、利用している。家族を、取り戻すために。だが、本当は――利用されているのは、俺の方なのかもしれない。あいつの、大きな計画の、一つの駒として。


その考えは、嫌な、後味を残した。


「小鳥遊くん、今日はありがとう!」


学園に戻ると、未玖が、笑顔で言った。


「楽しかったです。また、いろいろ話しましょうね」


「……ああ。また」


俺は、頷いた。


殺すために、この学園に来た俺と。歌で人を救おうとする、彼女と。今日、二人で、何でもない探検をして、笑い合った。


その時間だけは、嘘じゃなかった。だが、その嘘のない時間の裏で、俺は、相変わらず、いくつもの秘密を、抱えていた。悪魔の王のことも。暗殺のことも。そして、自分が、何に巻き込まれているのか、本当は、分かっていないことも。


電気の消えた、東京の空の下で。俺は、また一つ、答えの出ない問いを、抱えて、歩いていた。

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