第38話 接続技術
特殊生徒会の、詰所に顔を出すと、神影が、俺を待っていた。
「ちょうどいい。お前に、話がある」
藍色のポニーテール。いつもの、淡々とした口調。だが、その目には、何か、考え込むような色があった。
「お前が、神力と呼ぶ、この能力。それについて、新しい情報が入った」
俺は、内心で、警戒した。神力に関する、新しい情報。それが、俺にとって良いものか、悪いものか、まだ分からなかった。
「最近、分かってきたことがある」
神影は、説明を始めた。
「武器に、一定時間、その効果を強化する付与の神力を持つ生徒がいる。仮に、生徒Aとしよう。そして、触れた対象を頑丈にする神力を持つ、生徒Bがいる」
「はい」
「この二人が、連携の訓練をしていたら――ある時、生徒Aが、『頑丈にする』効果を、武器に付与できるようになった」
俺は、その言葉の意味を、考えた。
付与師が、別の神力者の能力を、武器に乗せる。つまり、二つの神力が、繋がった。
「もう一つ、例がある」
神影は、続けた。
「水を生み出せる神力の、生徒C。土や岩を生み出せる神力の、生徒D。この二人が連携していたら、生徒Dが、周囲一帯を、泥に変えられるようになった」
水と、土。二つが繋がって、泥。
「つまり」
神影は、俺を見た。
「神力によって、稀に、神力同士を、繋げることができる場合がある、と分かったんだ」
◇
神力同士を、繋げる。
俺は、その概念を、頭の中で、転がした。
今まで、神力は、それぞれ独立したものだと思っていた。火は火、水は水。だが、それらを連結すれば、単体ではできないことが、できるようになる。一つの神力と、別の神力を、掛け合わせる。
化学反応のようなものだ、と思った。
それは、確かに、戦術の幅を、大きく広げる。個々の能力者を、ただ並べるのではなく、組み合わせて、新しい効果を生む。特殊生徒会が、強い神力者を集める意味にも、新しい次元が加わる。集めて、繋げて、戦力を増幅する。
「この技術を、我々は、仮に、コネクティング・テクノロジーと呼んでいる。通称、CTだ」
神影は、言った。
「そして、考えていたんだ。もし、火と風を生み出せる、お前の神力を、誰かと繋げられたら。例えば、『火』という存在を、武器に付与できるようになれば」
神影の目が、わずかに、光った。
「炎を纏った武器を持つ戦闘員を、揃えられる。戦いが、大きく変わる」
◇
俺は、その言葉を聞きながら、二つの相反する考えに、引き裂かれていた。
一つは、これは、好機かもしれない、ということ。
CTの訓練は、他の神力者との連携だ。特殊生徒会の中での活動が、増える。うまくいけば、俺の戦力としての価値が上がり、前線に出られるかもしれない。そして、連携の相手次第では――会長と組む機会も、生まれるかもしれない。会長に近づく道が、また一つ、開ける可能性があった。
だが、もう一つの考えが、それを打ち消した。
これは、最大の危機かもしれない、ということ。
CTは、神力同士を、繋げる。もし俺が、CTの訓練をすれば――俺の神力の、本質が、観察される。
俺は、「火と風」しか、申告していない。だが、本当の俺の神力は、エネルギー変換。電気で起こせる現象を、再現する力だ。CTで、誰かと神力を繋げる過程で、俺の力が、「ただの火と風」ではなく、もっと根本的な、エネルギーそのものを操作する力だと、露見しかねない。
連携相手が、あるいは、それを観察する会長や神影が、気づくかもしれない。こいつの火と風は、普通の火や風とは、繋がり方が違う、と。
進んでも、退いても、リスクがあった。
そして、もう一つ、嫌な想像が、頭をよぎった。
仮に、CTで、俺の火を武器に付与するとする。その時、付与師は、俺の神力に、自分の神力を「接続」する。繋ぐ、ということは、相手が、俺の力の「中身」に、触れるということだ。火が、本当に、ただの火なのか。それとも、その火の奥に、別の何か――電気のような、もっと根源的なものが、隠れているのか。
繋いだ相手なら、それを、感じ取ってしまうかもしれない。「お前の火は、なんだか、妙だ」と。普通の火の能力者と、繋いだ時とは、手応えが違う、と。
そうなれば、終わりだ。神影が、会長が、俺の神力の正体を、疑い始める。火と風だけの、平凡な能力者という、俺の仮面が、剥がれる。
だから、本当は、CTには、一切、関わりたくなかった。だが、それを表に出せば、また、不審がられる。「なぜ、戦力が上がる技術を、避けるのか」と。
退けば、疑われる。進めば、露見する。袋小路だった。
◇
「連携の訓練を、させようと思っていたんだが」
神影は、少し、考え込むように言った。
「どの相手と組ませるか、よく考える必要が出てきてな」
CTは、稀にしか繋がらない。誰とでも組めるわけではない。相性のようなものが、あるらしい。だから、神影も、慎重に相手を選ぼうとしている。
「それで、お前に、聞きたかった」
神影の視線が、俺を、まっすぐ捉えた。
「お前は、このCTという技術を、知っていたか」
その問いに、俺は、内心で、身構えた。
これは、探りだ。神影は、ずっと、俺を疑っている。動機が薄いのに、戦術は的確で、学習が速い。その不自然さに、引っかかっている。だから、CTについても、「こいつは、何か知っているんじゃないか」と、探っている。
俺は、慎重に、答えた。
「知りませんでした」
それは、本当だった。CTという概念を、俺は、今初めて聞いた。だから、嘘をつかずに済む。
「もし知っていたなら、それをアピールして、特殊生徒会に入っていましたよ。連携で戦力が上がるなら、隠す理由がない」
それも、筋が通っていた。CTができれば、戦力価値が上がる。普通の神力者なら、それを隠す理由はない。だから、「知っていたら使っていた」は、もっともらしい。俺が、CTを隠しているわけではない、という印象を、与えられる。
「それに」
俺は、付け加えた。
「俺に、それができるかも、分からないです。稀にしか繋がらないなら、俺の神力が、誰かと繋がる保証もない」
それは、俺を守る言葉だった。CTは「稀に」繋がる。誰でもできるわけじゃない。だから、「自分にできるか分からない」と言えば、CTの訓練を、ある程度、回避できる。
本当は――CTで神力を繋げる過程で、電気の本質が露見するのが、怖かった。だが、それを、表には出さない。ただ、消極的に、応じる。
◇
神影は、しばらく、俺を見ていた。嘘を、動揺を、探るように。
だが、俺は、表情を変えなかった。平らに、保ったまま。
「……まあ、そうだよな」
神影は、納得したように、息を吐いた。
「知っていたら、隠す理由はない。それに、繋がるかどうかは、試してみないと分からん」
「はい」
「分かった。考えておく」
神影は、そう言って、話を切り上げた。
だが、その「考えておく」には、含みがあった。CTの訓練を、諦めたわけではない。相手を選び、いずれ、俺に試させるつもりだろう。今は、保留にしただけ。
俺は、内心で、息を吐いた。とりあえず、今すぐ、というわけでは、なさそうだ。それだけで、少し、安心した。
◇
詰所を出て、俺は、一人になった。
CT。神力を、繋げる技術。
厄介な、ものが出てきた、と思った。
俺は、ずっと、電気を隠して、戦ってきた。火と風だけで、なんとか、やってきた。神影の嘘発見も、会長の光への指摘も、切り抜けた。だが、CTは、それらとは、質が違う。
神力を繋げる、という行為は、能力の本質を、晒す。隠し通すのが、最も難しい場面だ。
もし、CTを使うことになったら。俺は、電気を出さずに、火と風の連携だけで、乗り切らなければならない。炎を、武器に付与する――それは、火の能力の応用で、電気そのものは出さない。だから、CTをやっても、電気は、隠せるはずだ。
だが、本当に、隠し通せるのか。神力を繋げる、その瞬間に、俺の力の、本当の姿が、漏れてしまわないか。
考えても、答えは出なかった。試してみないと、分からない。そして、試すのは、できれば、避けたかった。
ふと、俺は、別のことを思い出した。
縛り。神影が、前に言った言葉。神力には、制限を加えることで、限定的に強力にできる種類が、存在する、と。
もし、CTで本質が露見しそうになっても、「これは縛りの効果だ」と、誤魔化せるかもしれない。あるいは――CTと、縛りを、組み合わせれば。電気を隠したまま、火と風の連携で、戦力を増やせるかもしれない。
俺は、その考えを、頭の片隅に、留めた。まだ、漠然とした、可能性に過ぎない。だが、いつか、必要になる時が、来るかもしれなかった。
縛りで、本質を覆う。あるいは、縛りで、火と風だけを、意図的に強化する。そうすれば、電気を使わなくても、CTで、十分な戦力になれるかもしれない。火の付与を、極限まで磨けば。
だが、それも、まだ机上の空論だ。縛りが、本当に効くのかすら、試していない。俺は、自分の神力のことを、まだ、半分も理解していなかった。電気が消えて、神力が現れて、まだ日が浅い。誰も、何も、分かっていない。手探りなのは、俺も、特殊生徒会も、同じだった。
ただ、一つだけ、確かなことがある。俺は、この力を、隠し続けなければならない。会長に近づき、毒を盛り、家族を取り戻すまで。それまでは、何があっても、電気を、見せるわけにはいかない。
◇
その日の夜、俺は、寮の部屋で、自分の手のひらを、見つめていた。
火を、出してみる。小さな炎が、指先に灯る。次に、風を。手のひらの上で、空気が、渦を巻く。そして――電気を。細い、糸のような電気が、指の間に、走った。
火、風、電気。そして、まだ誰にも見せていない、運動エネルギーの操作。
俺の神力は、エネルギー変換。電気で起こせる現象を、再現する。その本質を、俺は、ずっと隠してきた。火と風だけの、平凡な能力者を、演じてきた。
だが、CTという技術は、その仮面を、剥がしかねない。
俺は、電気を消した。部屋が、また、暗くなる。
会長に近づくために、戦力として認められなければならない。だが、活躍するほど、本質に近づかれる。隠すほど、不審がられる。CTは、そのジレンマを、さらに深めるだろう。
進むことも、退くことも、できない。
俺は、その狭間で、ただ、自分の手のひらを、見つめていた。電気の消えた、この世界で。俺だけが持つ、電気を生み出す力を。誰にも、知られてはならない、その力を。
いつか、CTを、使う日が来る。その時、俺は、この秘密を、守り通せるのか。
答えは、まだ、なかった。ただ、漠然とした、不安だけが、夜の中に、残っていた。




