第36話 縛り
襲撃から数日が経ち、学園は、少しずつ落ち着きを取り戻していた。日常が戻り、俺はまた、訓練の日々に戻っていた。
その日、訓練場で火力の調整をしていた俺に、神影が声をかけてきた。
「お前は、一体いつになったら、接近戦を鍛えるんだ」
呆れたような声だった。
「いつも、火力を上げる練習ばかりしてるじゃないか」
「仕方ないじゃないですか」
俺は、手を止めずに答えた。
「攻撃が大規模になるほど、コスパが良くなるんですよ、この能力。エネルギーさえあれば、遠距離戦は最強なんです。近接で削るより、遠くからまとめて焼く方が、ずっと効率がいい」
それは、本当のことだった。俺の神力は、出力に応じてスケールする。小さく使うより、大きく使う方が、効率がいい。だから俺は、火力を伸ばす方向に、特化していた。
「言いたいことは分かる」
神影は、腕を組んだ。
「アリシアも、お前を認めていたしな。今回の襲撃での働きは、評価している。だが――近接戦ができないと、前線には出せないんだ」
俺は、内心で舌打ちした。やはり、そこか。
「護衛ありきの戦闘員なんて、確かに前線には出せませんよね」
俺は、認めるしかなかった。アリシアが守ってくれて、初めて成立する戦力。それでは、独立した戦闘員として、現場に投入できない。会長に近づくための、新たな壁。
◇
神影は、しばらく俺を見ていた。それから、帰ろうとして、ふと足を止め、振り返った。
「そういえば、一つ、気になっていたことがある」
「……なんですか」
「あの、光の目くらましだ」
俺は、内心で、息を呑んだ。
「お前が、襲撃の前――いや、夢世界の訓練で使った、あの閃光。あれは、どういう原理なんだ」
神影の目が、こちらを向いた。
「会長が、言っていた。目くらましができるほどの光を放つには、かなりのエネルギーが必要なはずだ、と。なのに、お前は、たいしてエネルギーを使った様子もなく、それをやってのけた。省エネで、あれだけの光を出すのは、おかしい、と」
俺は、背筋が、冷たくなった。
会長が。あの、無言の少女が。俺の能力の、不整合を、見抜きかけている。
それは、勘ではなかった。物理を踏まえた、明確な思考だった。強い光を出すには、相応のエネルギーが要る。火を圧縮した程度では、目をくらますほどの光は、出ないはずだ。だとすれば、俺は、何か別の手段で、光を出している――そう、論理的に詰めてきている。
会長は、戦いの観察眼だけじゃない。エネルギー量の計算まで、把握している。本物の、理系的な思考。これは、隠し通すのが、本当に難しい相手だ。
しかも、それを、本人ではなく、神影経由で伝えてくる。会長は、俺のいないところで、俺の能力の謎を、考え続けている。直接問い詰めずに、神影に共有する。その距離感が、かえって、じわじわと迫ってくるようだった。
◇
「確かに……なんででしょうか」
俺は、曖昧に、かわした。
下手に説明すれば、墓穴を掘る。「分からない、たまたまうまくいった」と、無知を装う方が、安全だった。
内心では、必死だった。なんで、そんなに勘が――いや、勘じゃない。あれは、思考だ。なんで、そんなに、鋭いんだよ。
俺の本当の光は、火を圧縮して生じたものじゃない。電気で起こせる、光そのものだ。本当は、電気由来の力。だが、それは絶対に、口にできない。
神影は、俺の曖昧な返事を聞いて、少し考え込んだ。そして、ぽつりと言った。
「……もしかして、縛りか」
「縛り?」
俺が聞き返すと、神影は頷いた。
「神力には、制限を加えることで、限定的に強力にできる種類が、存在すると聞いたことがある。自分に、何らかの枷をかける。その代わり、特定の力が、効率化されたり、強化されたりする」
俺は、その言葉を、聞いていた。
確かに、と思った。会長は、対象を三つに絞ることで、強力な力を保っている。神影自身も――噂では、何かを制限して、嘘を見抜く力に特化していると聞く。アリシアも、感情を抑えることで、力を制御している。この学園には、「縛ることで強くなる」神力者が、確かに存在する。
「お前の能力も、その類かもしれないな。何かを制限する代わりに、光を効率的に出せる。それなら、省エネで強い光が出ることも、説明がつく」
「……そうかも、しれませんね」
俺は、慎重に同意した。
「俺も、自分の神力のこと、ほとんど分かってないんで。確証はないですけど。その可能性は、高いと思います」
嘘では、なかった。確証はない、というのは本当だ。そして、その可能性が高い、と曖昧に同意するだけ。神影の言葉を、否定も肯定もしない。
神影は、納得したように頷いて、今度こそ、帰っていった。
◇
その背中を見送りながら、俺は、内心で、深く息を吐いた。
良かった。勘違いしてくれた。
会長の鋭い指摘――省エネで強い光が出るのはおかしい、という、俺の嘘を崩しかけた一撃。それを、神影が「縛りだ」という、別の説明で、受け止めてくれた。敵側の有能な分析が、たまたま、俺の嘘を補強してくれたのだ。俺は、何も嘘をつかずに、疑惑を逸らせた。
だが、同時に、引っかかることがあった。
縛り、か。
俺は、実際には、何も縛っていない。むしろ、電気という最強の手を、隠しているだけだ。だが――もし、神影の言う「縛り」が、本当に神力を強化するものなら。
俺が、意図的に、自分に制限をかければ。火も、風も、電気も、運動エネルギーも、さらに強くなる、ということなのか。
でっち上げの言い訳として与えられた「縛り」。それが、もし本物の強化法だとしたら。俺は、それを、研究する価値がある。
縛りって、実際のところ、どうなのだろうか。
俺は、その疑問を、頭の片隅に、留めておくことにした。いつか、試してみてもいい。今は、まだ、考えるだけだが。
◇
訓練を終えて、寮へ戻る道で、アリシアと一緒になった。彼女は、相変わらず明るく、隣を歩いていた。
「燈真さん、お疲れさまです!」
「ああ」
しばらく、他愛もない話をした。今日の訓練のこと、学園の食事のこと。アリシアは、よく喋った。だが、その明るさが、俺には、少しだけ心地よくもなっていた。
ふと、アリシアが、こちらを向いて聞いた。
「そういえば、燈真さんって、電気がなくなる前は、何が趣味だったんですか?」
何気ない問いだった。だが、なぜか、まっすぐに聞いてくる。友達のことを、もっと知りたい、というような。
「……プログラミングの勉強とか、ですかね」
俺は、答えた。それは、本当のことだった。電気があった頃、俺はよく、プログラミングを学んでいた。
「あと、まあ……一時期、ライブ配信とか、見てた時期はありましたけど」
言ってから、少し、後悔した。
「ライブ配信?」
アリシアが、興味深そうに、首を傾げた。
俺は、言葉を選んだ。
本当は――追い詰められていた、あの時期。中学で、人を信じられなくなって、一人だった頃。俺は、ある配信者の歌枠を、よく見ていた。だが、それは、趣味と呼べるほどのものじゃない。それに、話題を、重くしたくなかった。あの頃のことを、アリシアに話すつもりは、なかった。
「趣味って程じゃ、ないですけど」
俺は、濁すように言った。
「歌、うたってる配信者だったんで。勉強の、作業用BGMとして、ちょうどよかったんですよ」
それは、半分は真実で、半分は、核心を隠した言葉だった。
配信を見ていたのは、本当だ。だが、それが「作業用BGM」なんかじゃなかったことは、言わなかった。あの歌声は、孤独だった俺の、唯一の――誰にも傷つけられない、一方通行の繋がりだった。人を信じなくなった俺が、それでも、完全には人を諦めきれずにいた、証拠のようなもの。
だが、そんなことは、言えない。だから、「BGM」として、矮小化した。本当は救われていたかもしれないものを、自分でも、大したものじゃなかったと、処理する。それが、俺の癖だった。
◇
「歌の配信、いいですね!」
アリシアは、無邪気に言った。
「私、あんまり日本の配信は知らないですけど。あ、でも」
彼女は、何か思いついたように、続けた。
「電気がなくなった後、配信者だった人も、結構いるんですよ。この学園に」
「……そうなんですか」
「はい! 神力が強かったりすると、こういうところに集められますから。だから――もしかしたら、いるかもしれませんね。燈真さんが見てた、その元配信者!」
俺は、その言葉に、思わず、足を止めそうになった。
いるかもしれない。あの配信者が。この学園に。
「……そうであってくれると、嬉しいですね」
俺は、そう答えた。だが、内心では、複雑な思いが、渦巻いていた。
あの頃は、確かに、心の支えだった。一面では。一人の部屋で、知らない誰かの歌声を聞いて、かろうじて、息をしていた時期があった。だが――今は、どうか、分からない。
あれは、画面の向こうの、理想化された他人だったから、支えになれた。顔も知らない、声だけの存在。一方通行で、傷つけられない関係。
もし、その配信者が、この学園にいるとしたら。実在の、生身の人間として、目の前に現れたら。
俺は、今でも、その配信者に対して、どう感じるのだろうか。
懐かしいと思うのか。失望するのか。それとも、何も感じないのか。あるいは――まだ、何かを、感じるのか。
分からなかった。
俺は、人を信じない。そう、思い込んでいる。なのに、あの配信者のことを思い出すと、胸の奥が、わずかに、揺れる。
理想の他人と、現実の他人。その境目で、俺は、答えを持っていなかった。
「燈真さん?」
アリシアが、こちらを覗き込んだ。
「なんか、ぼーっとしてますよ」
「……いや。なんでもない」
俺は、首を振って、また歩き出した。
寮へ続く道の向こうに、電気の消えた、東京の空が広がっていた。あの暗がりのどこかに、家族がいて。そして、この学園のどこかに――もしかしたら、あの声の主が、いるのかもしれない。
俺の知らないところで、いくつもの過去が、この場所に、集まりつつあった。まだ、俺は、それに気づいていなかった。




