第32話 再現性
夢世界から、戻った後。
俺は、しばらく、マットの上に、座っていた。
疲労が、抜けない。
夢の中で、戦った疲れが。
現実の、身体に、残っている。
北見は、何かを、ノートに、書き込んでいた。
測定の、結果を、記録しているらしい。
その、隣で。
神影涼子が。
俺を、見ていた。
藍色の、ポニーテール。
冷たい、目。
しばらくして。
神影が、口を、開いた。
「一つ、聞いていいか」
「……はい」
俺は、身構えながら、答えた。
平らな、顔を、保ったまま。
◇
「お前は」
神影は、言った。
「なぜ、頑なに、接近戦を、挑まない」
俺は、その問いに。
内心で、警戒を、強めた。
戦術の、話を、しているようで。
その実、神影は。
俺という、人間を、探っている。
そんな、気が、した。
「お前の、戦い方を、見ていた」
神影は、続けた。
「自分の、周囲の、圧縮空気を、自由に、操れるなら。距離を、取れば、その、射程を、外れるかもしれない。だとすれば、距離を取るのは、悪手だろう。なぜ、間合いを、詰めて、戦わない」
鋭い、指摘だった。
たしかに、俺の、圧縮燃焼は。
ある程度の、距離が、必要だ。
離れすぎれば、届かない。
なら、密着して、戦った方が。
確実なはず。
なのに、俺は。
なるべく、距離を、保って、戦った。
その、慎重さを。
神影は、見抜いていた。
◇
俺は、慎重に、言葉を、選んだ。
「カウンターの、リスクの方を、優先して、抑えるべきだと、思ったからです」
「カウンター」
「はい」
俺は、続けた。
「接近すれば、こちらの、攻撃は、当たりやすくなる。でも、同時に。相手の、攻撃も、当たりやすくなる。あの相手は、重さを、無視できる。瓦礫を、軽々と、振り回せる。間合いを、詰めれば、その、一撃で、こっちが、死にます」
「だから、距離を、取ったと」
「そうです」
俺は、言った。
「敵が、反撃しない、前提の、戦略なんて。現実で、通用しないからですよ」
神影の、眉が、わずかに、動いた。
「一回、うまく、いっても。相手が、反撃してくれば、終わり。そういう、戦い方は。再現性が、ない。再現性の、ない戦い方は、すべきじゃない」
俺は、神影を、まっすぐ、見た。
「これ。神影さんが、言ったことですよ」
神影の、表情が。
初めて、変わった。
「食事会の、時。神影さん、言ったじゃないですか」
俺は、続けた。
「もし、現実に。アリシアさんと、同等の敵が、現れたら。その時、また、あんな無茶な、戦いを、するのか、って」
あの、自爆の、引き分けを。
神影は、問題に、していた。
現実で、通用しない、戦い方を。
「だから。今回は。現実でも、通用する、戦い方を、しました。再現性の、ある、戦い方を。間合いを、詰めて、一発、勝負に、賭けるんじゃなく。距離を、保って。リスクを、抑えて。確実に、勝てる、手を」
神影は、しばらく、黙っていた。
そして。
「……なるほど」
短く、言った。
その、声には。
わずかな、感心が。
混じっていた。
だが。
その、目は。
別のことを、考えていた。
俺の、戦術が、的確であること。
俺の、学習が、速いこと。
その、有能さに。
むしろ。
引っかかっている、ような。
そんな、目だった。
◇
まずい。
俺は、内心で、思った。
神影は。
俺が、自分の、指摘を。
即座に、吸収して。
戦い方を、最適化してきたことに。
感心しながら。
同時に。
警戒している。
動機が、薄いのに。
戦術は、的確で。
学習が、速い。
こいつは、何者だ。
神影の、頭の中で。
そんな、疑問が。
積み重なっている。
話題を。
逸らした方が、いい。
俺は、探られる側から。
聞く側に、回ることにした。
「っていうか」
俺は、わざと、軽い口調で、言った。
「この、犯罪者。誰が、どうやって、捕まえたんですか」
あの、鉄壁の、殺人鬼。
夢の中で、戦って、苦戦した、相手。
あれを、現実で、捕らえた者が、いる。
誰なのか。
それは。
特殊生徒会の、戦力を、知る、情報でも、あった。
◇
その、問いに。
答えたのは。
アリシアだった。
「私です!」
明るい、声で。
あっさりと。
「え」
俺は、思わず、聞き返した。
「私が、捕まえました!」
アリシアは、胸を、張った。
「空間内の、斬撃を、自由に、配置できるので。あいつの、ガードできない、ところから。徐々に、切断して。ダメージを、与えて。数分の、持久戦で。血まみれの、状態に、して。捕らえました!」
俺は。
言葉を、失った。
空間内の、斬撃を、自由に、配置。
二十八話で、見た。
半径五十メートル、十連斬。
あれだけ、では、なかった。
斬撃を。
相手の、防御の、隙間に。
ガードできない、位置に。
精密に、配置できる。
あの、鉄壁の、盾を。
守れない、角度から。
削り続けて。
「単独で、ですか……?」
俺は、確認するように、聞いた。
「はい。単独ですけど」
アリシアは。
それが、何か、おかしいですか。
とでも、いうような、顔を、していた。
本人にとっては。
当たり前の、ことなのだろう。
だが。
俺は。
驚いていた。
いや。
驚き、を、通り越して。
絶望していた。
◇
俺が、苦戦した、殺人鬼を。
アリシアは。
単独で。
しかも、持久戦で。
確実に、捕らえた。
格が。
違いすぎた。
俺は、内心で、思った。
こんなやつ。
どうやって、出し抜こう。
もし、いつか。
現実で。
こいつと、敵対することに、なったら。
神影が、俺を、見抜いて。
アリシアに、共有して。
あの、刀が。
俺に、向けられたら。
やっべー。
勝てる気、しねえ……。
二十七話で、想定した、最悪のライン。
神影―アリシアの、連携。
その、片方が。
鉄壁の、殺人鬼を、単独で、捕らえるほど、強い。
俺の、潜入が、バレた、瞬間。
俺は。
ほぼ、確実に。
終わる。
その、現実が。
アリシアの、無邪気な、報告で。
はっきりと。
見えてしまった。
◇
俺の、内心など。
知らずに。
神影が、言った。
「お前は、接近戦が、苦手だと、分かった」
「……はい」
「だが、覚えておけ」
神影の、声は、淡々と、していた。
「相手の、中には。お前が、接近を、苦手と、見れば。積極的に、接近戦を、挑んでくる、やつもいる」
なるほど、と、俺は、思った。
俺の、戦い方を、見れば。
接近を、避けていることは。
すぐに、分かる。
なら、相手は。
その、弱点を、突いてくる。
間合いを、詰めて。
俺が、一番、嫌がる、形に。
持ち込んでくる。
「訓練くらいは。しておいた方が、いいぞ」
神影は、言った。
その、言葉は。
表面上は。
親切な、助言だった。
弱点を、指摘して。
補えと。
先輩としての、指導。
だが。
俺には。
別の、意味にも、聞こえた。
接近戦の、訓練を、しろ。
それは。
俺が、接近戦で、どう動くかを。
神影が。
見たがっている、ということ、かもしれない。
訓練の、場で。
俺が、本当の、力を。
隠している、何かを。
うっかり、出してしまわないか。
それを。
観察する、機会を。
作ろうとしている。
善意なのか。
罠なのか。
判然と、しなかった。
だが。
どちらにせよ。
「……分かりました」
俺は、応じるしか、なかった。
断れば。
それも、また。
不審だ。
従えば。
神影の、観察下に、置かれる。
どちらに、転んでも。
神影の、手のひらの、上だった。
◇
俺は。
その、状況に。
息が、詰まる、思いだった。
そして。
ふと。
口を、ついて、出た。
「……まさか。生徒会って。このレベルで、強い人ばかり、なんですか」
苦戦した、殺人鬼を。
単独で、捕らえる、アリシア。
俺の、戦術を、即座に、見抜く、神影。
そして。
その、頂点に、立つ、会長。
もし。
全員が。
この、レベルなら。
俺の、潜入は。
あまりにも。
分が、悪い。
その、問いに。
神影が、答えた。
「まさか。そんなわけ、ないだろう」
意外な、答えだった。
「戦闘力が、低い、私が、いる」
神影は、淡々と、言った。
「私の、神力は。戦闘向きでは、ない。直接、戦えば、弱い。お前の方が、強いくらいだ」
戦闘力が、低い。
神影が、自分で、そう、言った。
俺は。
その、情報を。
頭に、刻んだ。
神影の、神力は。
見抜く、力。
情報系。
戦闘では、ない。
だから。
神影、単体なら。
戦闘では。
怖くない。
怖いのは。
神影の、目と。
アリシアの、刀が。
連携した、時。
その、役割分担が。
神影の、自己申告で。
はっきりと。
見えた。
「私は、見る、専門だ。戦うのは、アリシアや、会長の、役目だ」
神影は、続けた。
「アリシアが。おかしいだけだ」
◇
「ひどい!?」
アリシアが。
声を、上げた。
「おかしいって、何ですか! 失礼じゃ、ないですか!」
「事実だろう」
神影は、冷静に、言った。
「単独で、あの殺人鬼を、捕らえる、新人レベルの、人間が。どこに、いる」
「いや、私は、新人じゃないですけど!?」
「だから、おかしいと、言っている」
神影と、アリシアの。
やりとりを、聞きながら。
俺は。
少しだけ。
肩の力が、抜けた。
張り詰めていた、空気が。
わずかに、緩む。
「だいたい!」
アリシアが、頬を、膨らませた。
「特殊生徒会が、強くて。何が、悪いんですか!」
彼女は、胸を、張った。
「弱いより。いいでしょう!?」
その、言い方が。
あまりにも。
まっすぐで。
俺は。
思わず。
苦笑、しそうに、なった。
強くて、何が、悪い。
弱いより、いい。
卑下も、しない。
拗ねも、しない。
ただ、自分の、強さを。
誇りに、思っている。
英国の、誇り。
あの、過剰な、明るさと。
同じ、ものだった。
◇
だが。
俺は。
その、アリシアの、言葉に。
ふと。
三十話の、ことを。
思い出した。
家族と、生きて、再会するため。
多分、無理だと、思いますけど。
アリシアは。
強さを、誇りながら。
その、強さでもって。
しても。
家族には。
もう、会えないかもしれないと。
諦めていた。
強く、あろうとする、理由が。
家族なのに。
その、強さが。
家族との、再会を。
保証しない。
「強くて、何が、悪い」
その、明るい、言葉の、裏に。
うっすらと。
切なさが。
滲んでいる、気が、した。
俺だけが。
それに、気づいていた。
いや。
気づいて、しまった。
関わるほど。
こいつらの。
見えなくて、いい部分まで。
見えてしまう。
◇
その日の、夜。
俺は、寮の、部屋で。
今日のことを、整理していた。
神影は。
俺を、警戒している。
いや。
警戒と、興味の。
中間、くらいの、目で。
俺を、観察している。
動機が、薄いのに。
戦術は、的確で。
学習が、速い。
その、不自然さに。
引っかかっている。
そして。
接近戦の、訓練を、しろ、と。
俺を。
観察できる、場に。
引き込もうと、している。
一方。
アリシアは。
鉄壁の、殺人鬼を。
単独で、捕らえるほど、強い。
もし。
神影が、俺を、見抜き。
アリシアに、共有すれば。
俺は。
終わる。
神影の、目と。
アリシアの、刀。
その、二つが。
繋がった、瞬間。
俺の、潜入は。
破綻する。
俺は。
その、二人の、間で。
綱渡りを、している。
神影の、嘘発見を、欺き。
神影の、観察を、かわし。
そして。
いつか。
会長に。
毒を、盛る。
味方の、ふりを、して。
俺は。
ポケットの、ハサミを。
見た。
澪奈と、繋がった、ハサミ。
今日も。
澪奈は。
何も、知らずに。
女子棟で。
過ごしている。
俺が。
何を、しているのかも。
知らずに。
俺は。
目を、閉じた。
神影の、視線。
アリシアの、強さ。
会長の、無言。
そして。
覚悟の。
決まらない、半分。
すべてが。
俺の、肩に。
重く、のしかかっていた。
明日も。
俺は。
味方の、ふりを、して。
この、学園で。
生きていく。
殺すべき、相手の、近くで。
笑わない、顔で。
嘘を、つかずに。
最も、大きな、嘘を。
抱えたまま。




