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第29話 高嶺の氷華

結果発表は、翌日の、昼だった。


 立候補者は、再び、あの教室に、集められた。


 全員、どこか、緊張した顔をしていた。


 夢の中で、何が、あったのか。


 それを、知っている顔だった。


 みな、アリシアと、戦った。


 そして、ほとんどが、勝てなかったはずだ。


 あの、五十メートル、十連斬に。


 俺も、その一人だった。


 ただ、俺だけが。


 自分ごと、自爆して、引き分けた。


 それが、評価されたのか、どうか。


 まだ、分からなかった。



 教室の、前に。


 二人が、立っていた。


 一人は、神影涼子。


 藍色の、ポニーテール。


 入学試験で、嘘つきを、見抜いた女。


 その隣に。


 もう一人。


 白い、制服。


 長い、黒髪。


 無表情。


 神月華。


 氷華。


 俺が、殺すために、ここに来た、相手だった。


 昨日は、遠くから、見ただけだった。


 だが、今は、違う。


 同じ、教室の中。


 すぐ、近く。


 その、距離に、俺は、立っていた。


 心臓が、嫌な音を、立てた。


 近い。


 あまりにも、近い。


 手を、伸ばせば、届きそうな。


 そんな、距離に。


 俺が、毒を、盛る相手が。


 いる。


 神月華は、何も、言わなかった。


 ただ、立っている。


 その目は、誰のことも、見ていないようで。


 全員を、見ているようでも、あった。


 感情が、読めない。


 神影とは、違う、冷たさだった。


 神影が、人を、見抜く冷たさなら。


 神月華のそれは。


 人を、寄せ付けない、冷たさだった。



 神影涼子が、口を、開いた。


「これから、結果を、発表する」


 淡々とした、声だった。


「名前を、呼ばれた者は、右へ。呼ばれなかった者は、左へ」


 神影が、リストを、読み上げ始めた。


 名前が、呼ばれるたびに、立候補者が、右へ、移動する。


 俺の、名前も、呼ばれた。


「小鳥遊燈真」


 俺は、右へ、移動した。


 やがて、立候補者は、二つに、分かれた。


 右が、十人ほど。


 左が、数人。


 どちらが、合格なのか。


 まだ、分からなかった。


 神影が、言った。


「左の者は、不合格だ。退出しろ」


 左の数人が、肩を落として、教室を、出ていった。


 残ったのは、右の、十人。


 俺も、その中にいた。


 合格、らしい。


 だが。


 まだ、誰も、はっきりとは、言っていなかった。



 その時。


 神月華が、動いた。


 ゆっくりと、前に、出る。


 手に、何かを、持っていた。


 大きな、紙だった。


 巻かれた、紙。


 神月華は、それを、両手で、広げた。


 ばさり、と。


 紙には。


 太い、文字で。


『あなたたちは 合格です』


 と、書かれていた。


 ただ、それだけ。


 神月華は、その紙を、掲げたまま。


 何も、言わなかった。


 祝福も。


 労いも。


 訓示も。


 何も。


 ただ、紙を、出すだけ。


 俺は、その光景を、見ていた。


 会長なのに。


 言葉を、発しない。


 昨日、遠くで、見た時と、同じだった。


 無言で、人を助け。


 感謝も、受け取らず。


 ただ、歩いていく。


 あの少女が。


 今は、無言で、合格の紙を、掲げている。


 なぜ、こいつは。


 こんなにも、言葉を、発しないのか。


 俺は、その理由を、知らなかった。


 ただ、不気味だった。


 感情の、ない。


 言葉の、ない。


 人形のような、少女。


 それが、俺の、暗殺対象。



 神月華は、紙を、下ろした。


 そして、踵を、返した。


 もう、用は、済んだ、とでも、いうように。


 立ち去ろうと、する。


 その時だった。


 アリシアが、教室に、駆け込んできた。


「みなさーん! 合格、おめでとうございます!」


 明るい、声。


 現実の、アリシア。


 昨日、夢の中で、戦った相手の、本物。


 アリシアは、合格者を、見渡して。


 それから、俺の方を、見て。


 目を、輝かせた。


「あ! あなた!」


 アリシアが、俺を、指さした。


「すごいです! 引き分けてます!」


 教室が、ざわついた。


「会長以外で、初めてじゃ、ないですか!?」


 引き分け。


 会長以外で、初めて。


 その言葉に、合格者たちが、俺を、見た。


 驚きと、羨望の、入り混じった目で。


 俺は、内心で、少しだけ、安堵した。


 評価された。


 火と風だけで、引き分けた。


 地味な能力者だとは、思われなかった。


 神影の、視線を、引くことも、ない。


 うまく、いった。


 そう、思った。


 だが。



「いや、そうでもない」


 神影涼子の、声が、した。


 淡々と。


 冷静に。


「引き分け自体は、前例がある」


 俺は、その言葉に、内心で、息を、呑んだ。


 前例が、ある。


「アリシアと、引き分けた者は、過去にも、いた」


 神影は、続けた。


「ただ」


 彼女の、視線が、俺に、向いた。


 あの、肌を刺すような、視線。


「三つの条件を、すべて、満たしたのは、初めてだな」


 三つ、すべて。


 有効打。


 生存。


 姿勢。


 その、三つを、すべて。


「有効打を、入れ、一定時間、生存し、最後まで、諦めなかった。三つとも、満たしたのは、お前が、初めてだ」


 神影は、そう言って、視線を、外した。


 その、評価は。


 称賛のようで。


 称賛では、なかった。


 ただ、事実を。


 正確に、述べただけ。


 引き分けは、珍しくない。


 ただ、三条件達成は、初。


 その、線引きを。


 彼女は、冷静に、引いた。


 俺の、成果を。


 否定もせず。


 持ち上げもせず。


 ただ、正確な、場所に。


 置いた。



 そして。


 その時。


 今まで、一度も、口を開かなかった、神月華が。


 立ち去ろうとしていた、足を、止めた。


 そして。


 振り返らないまま。


 背を、向けたまま。


 初めて、口を、開いた。


「夢の中のアリシアは」


 静かな、声だった。


 感情の、ない。


 だが、はっきりと、通る声。


「そもそも、一度も、怒っていない」


 俺は、その言葉に。


 全身が、冷えるのを、感じた。


 神月華が、振り返った。


 その目が、初めて、俺を、まっすぐ、見た。


「もし、怒っていたら」


 神月華は、言った。


「勝負には、なっていない」


 その、一言が。


 俺の、引き分けを。


 根底から、覆した。


 夢の中の、アリシア。


 あれは、怒らなかった。


 だから、五十メートル、十連斬の、ままだった。


 パターンも、一定だった。


 だから、俺は、読めた。


 避けられた。


 自爆で、巻き込めた。


 だが。


 もし、怒っていたら。


 アリシアの能力は、怒れば、範囲も、斬撃の数も、増える。


 パターンも、崩れる。


 そうなれば。


 俺の、囮戦術も。


 上空の、爆弾も。


 何の、意味も、なかった。


 範囲が、広がれば、上空まで、斬撃が、届く。


 数が、増えれば、避けられない。


 俺の、引き分けは。


 ただ。


 夢の中のアリシアが、怒らなかったから。


 成立した、だけだった。



 神月華は、それだけ、言うと。


 もう、何も、言わなかった。


 再び、背を、向けて。


 教室を、出ていった。


 無言で。


 来た時と、同じように。


 俺は、その背中を、見送った。


 冷たい、汗が、伝っていた。


 神月華は。


 俺の、戦いを。


 見ていた。


 夢の中の、戦いを。


 そして、正確に、見抜いた。


 俺の、引き分けが、まやかしであることを。


 相手が、本気で、なかったから、成立した、ものであることを。


 殺す相手に。


 実力を、見抜かれた。


 いや。


 実力の、なさを。


 俺は、唇を、噛んだ。


 あの少女は。


 無言で。


 人を、助け。


 感謝も、受け取らず。


 そして、口を開けば。


 戦いの、本質を、的確に、突く。


 とんでもない、相手だった。


 俺が、これから、殺す相手は。


 俺の、想像を、はるかに、超えた、領域にいた。



「会長、相変わらず、容赦ないですね……」


 アリシアが、苦笑いした。


「でも、本当のことですから。夢の中の、私が、怒ってたら、誰も、引き分けられませんよ」


「アリシア」


 神影が、たしなめるように、言った。


「余計なことを、言うな」


「あ、すみません」


 アリシアは、舌を、出した。


 俺は、その、やりとりを、見ながら。


 考えていた。


 神月華の、強さ。


 それは、ただの、無敵の能力だけ、ではなかった。


 あの、観察眼。


 戦いを、見て、本質を、見抜く力。


 あれが、あるから。


 無傷で、人を、助けられる。


 どんな現場でも。


 俺は。


 あの少女に。


 毒を、盛らなければ、ならない。


 味方の、ふりをして。


 近づいて。


 信頼させて。


 あの、観察眼を、欺いて。


 できるのか。


 神影の、嘘発見すら、欺くのが、精一杯だったのに。


 神月華の、あの目を。


 欺き、通せるのか。


 覚悟は。


 まだ、半分。


 残りの、半分は。


 あの少女を、近くで見るほど。


 遠のいて、いく、気がした。



 その日の、夕方。


 俺は、合格の、報告を、するために。


 澪奈と、中庭で、会った。


「合格したんだ! すごいじゃん!」


 澪奈は、自分のことのように、喜んだ。


「特殊生徒会、入れたの?」


「ああ。入れた」


「よかったね!」


 澪奈は、笑っていた。


 何も、知らずに。


 俺が、何のために、特殊生徒会に、入ったのか。


 その、本当の目的を。


 知らないまま。


 ただ、俺の、合格を、喜んでいた。


 俺は、その、笑顔を、見ながら。


 胸が、痛んだ。


「燈真? なんで、嬉しそうじゃないの?」


 澪奈が、首を、傾げた。


「合格したのに」


「……疲れてるだけだ」


「また、それ」


 澪奈は、少し、頬を、膨らませた。


「燈真、最近、それ、ばっかり」


「悪い」


「謝らなくて、いいけど」


 澪奈は、ため息を、ついた。


「無理してるなら、無理してるって、言ってよ。何度も、言うけど」


 俺は、何も、言えなかった。


 無理を、している。


 夢の中で、何十回も、死んだ。


 殺す相手を、間近で、見た。


 その相手は、俺の、想像を、超える、強さだった。


 覚悟は、半分のまま。


 残り半分は、遠のいていく。


 無理を、していないわけが、なかった。


 だが、言えなかった。


 言えば。


 澪奈に。


 全部、話すことに、なる。


 俺が、人を、殺しに来たことを。


 それだけは。


 言えなかった。


「……行こう。寮、戻るぞ」


 俺は、話を、変えた。


 澪奈は、何か、言いたそうだったが。


 結局、何も、言わずに。


 俺の、隣を、歩き始めた。


 いつものように。


 何も、知らないまま。


 俺の、隣を。



 その夜。


 俺は、ベッドの中で。


 神月華の、言葉を。


 思い出していた。


 もし、怒っていたら、勝負には、なっていない。


 あの、冷たい声。


 感情の、ない目。


 だが、その奥に。


 何か、あった気が、した。


 うまく、言えない。


 ただ。


 あの少女は。


 ただの、無感情な、人形では、ない気が、した。


 無言で、人を、助ける。


 感謝も、受け取らない。


 まるで、自分には、その、資格がない、とでも、いうように。


 なぜ。


 なぜ、あの少女は。


 あんなにも。


 自分を、押し殺しているのか。


 俺は。


 その、理由を、知らない。


 知る、必要も、ない。


 俺は、ただ。


 あの少女を、殺せば、いい。


 それで、家族が、助かる。


 それで、いい。


 はずだった。


 なのに。


 あの少女の、ことを。


 考えてしまう、自分が、いた。


 明日から。


 俺は、特殊生徒会の、一員として。


 あの少女の、近くで、過ごすことになる。


 味方の、ふりをして。


 毒を、盛る、機会を、探りながら。


 始まる。


 本当の、潜入が。


 俺は、目を、閉じた。


 神月華の、あの、紙を。


 思い出した。


『あなたたちは 合格です』


 無言で、掲げられた、その紙が。


 なぜか。


 まぶたの、裏から。


 消えて、くれなかった。


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