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第28話 夢の中の三時間

特殊生徒会への、立候補者は、十数人いた。


 俺も、その中の一人だった。


 立候補者は、ひとつの、教室に集められた。


 元は、普通の教室だったのだろう。


 今は、机が、隅に寄せられ、床に、簡素なマットが、敷かれている。


 まるで、寝るための、部屋のようだった。


 その前に、一人の、男が立っていた。


 黒いローブのような、改造した制服を、羽織っている。


 片手を、額に当て、もう片手を、天に掲げていた。


 ポーズを、決めていた。


「待たせたな、未来の戦士たちよ」


 男は、低い声で、言った。


「俺は、北見千里。世界を変え、夢という、定義を、変える男だ!」


 教室が、静まり返った。


 誰も、反応しなかった。


 俺は、内心で、思った。


 なんだ、こいつ。


 だが、すぐに、別の考えが、浮かんだ。


 いや、待て。


 夢という定義を変える。


 ということは、こいつが、夢を、操る神力者か。


 試験は、夢の中で行われると、聞いた。


 だとすれば、こいつの能力は、本物。


 しかも、夢の中では、大抵のことが、できるという。


 でも、神力は、実際、強いから、できそうなんだよなあ……。


 そう思うと、笑えなかった。


 俺の、隣に、いつの間にか、アリシアが立っていた。


 試験官として、来ているらしい。


「気にしなくて、いいですよ」


 アリシアが、小声で、言った。


「ただの、実力が伴ってる、中二病なので」


「……だとしたら、尚更、厄介だろ!?」


 俺は、思わず、声を、上げた。


 実力が、伴っていない中二病なら、ただ、痛いだけだ。


 だが、実力が、伴っているなら。


 その妄想は、現実に、なる。


 夢という定義を変える、という言葉が、ただの、はったりではなくなる。


 アリシアは、きょとんとして、それから、笑った。


「あはは、確かに、そうかもしれませんね!」


 笑い事では、なかった。



「これより、特殊生徒会、入会試験を、始める」


 北見千里が、宣言した。


 もう、ポーズは、やめていた。


 説明の時は、意外と、まともだった。


「試験は、俺の神力、『夢の共有』の中で、行われる」


 北見は、続けた。


「全員、このマットの上で、眠ってもらう。眠れば、俺の夢に、入る。夢の中で、試験を行う」


「夢の中、ですか」


 誰かが、聞いた。


「そうだ。俺の能力は、まだ、実験段階だ。現実で、どこまで、できるかは、分からん。だが、夢の中では、別だ」


 北見の、目が、光った。


「夢の中では、すべてが、成功する。大抵のことは、できる。これは、確認済みだ」


 俺は、その言葉を、聞いて、少し、安心した。


 夢の中なら。


 現実では、使えない手も、試せる。


 自爆覚悟の、あの切り札も。


 夢の中なら、死んでも。


「試験の、内容を、説明する」


 北見が、言った。


「夢の中に、再現された、アリシアと、戦ってもらう」


 教室が、ざわついた。


 立候補者たちが、アリシアを、見る。


 腰に、刀を下げた、金髪ツインテールの、少女。


 あの、五十メートル、十連斬の。


「制限時間は、三時間。夢の中での、三時間だ」


 北見は、淡々と、続けた。


「ルールは、簡単だ。夢の中では、死んでも、生き返る。生き返った後も、戦闘を、続行できる。何度、死んでも、構わん」


 死んでも、生き返る。


 その言葉に、立候補者たちが、息を、呑んだ。


「合格条件は、三つ」


 北見は、指を、三本、立てた。


「一つ。アリシアに、一撃でも、有効打を、入れること」


「二つ。一定時間、生存すること」


「三つ。諦めずに、戦い続ける、姿勢を、見せること」


 北見は、指を、揃えた。


「この、三つのうち、二つ以上を、満たせば、合格だ」


 三つのうち、二つ。


 俺は、頭の中で、計算した。


 有効打。


 生存。


 姿勢。


 生存と、姿勢は、諦めなければ、満たせる。


 問題は、有効打だ。


 あの、アリシアに、一撃を、入れる。


 それが、できるか。



「最後に、一つ」


 北見が、言った。


「夢の中での、戦いは、俺が、すべて、見ている。そして、特殊生徒会の、上の者にも、共有される。お前たちの、戦いぶりは、採点される」


 俺は、その言葉に、引っかかった。


 見られている。


 夢の中の、戦いを。


 北見だけでなく、特殊生徒会の、上の者にも。


 ということは。


 俺は、内心で、結論を、出した。


 電気は、使えない。


 夢の中でも。


 夢の中なら、誰にも、見られないと、思っていた。


 だが、違う。


 北見が、見ている。


 特殊生徒会の、上の者が、見ている。


 夢の中で、電気を、使えば。


 火と風しか、申告していない俺が、電気を、出せば。


 それは、すべて、採点者に、見られる。


 能力を、隠している意味が、なくなる。


 だから、使えない。


 安全な、夢の中で、すら。


 俺は、最大の武器を、封じる。


 火と、風だけで。


 あの、アリシアと、戦う。


 死んでも、生き返る、夢の中で。


 唯一、失えないものは。


 命では、なく。


 秘密だった。



「では、眠れ」


 北見が、言った。


 俺は、マットの上に、横になった。


 目を、閉じる。


 眠れるか、と思ったが。


 北見の神力が、働いているのか。


 意識が、急速に、沈んでいった。


 暗闇。


 そして。


 目を、開けると。


 俺は、別の場所に、立っていた。



 そこは、広い、平原だった。


 現実には、ない場所。


 地平線まで、何もない。


 空は、灰色。


 夢の中の、戦場だった。


 目の前に、アリシアが、立っていた。


 いや、アリシアの、姿をした、何か。


 夢の中に、再現された、アリシア。


 本物では、ない。


 だから、罪悪感は、なかった。


 思い切り、戦える。


 再現アリシアは、腰の刀に、手を、かけた。


「では、始めましょうか」


 声まで、同じだった。


 だが、その目には、本物のような、無邪気さは、なかった。


 ただ、戦うための、機械のような、冷たさ。


 俺は、身構えた。


 火と、風。


 その二つだけで。


 始まりの、合図は、なかった。


 再現アリシアが、刀を、抜いた瞬間。


 俺の、視界が。


 斬撃で、埋まった。



 即死だった。


 反応する、暇も、なかった。


 半径五十メートル。


 十発の、斬撃。


 それが、同時に、放たれた。


 俺は、避けることも、防ぐことも、できず。


 全身を、斬り裂かれた。


 痛みを、感じる間も、なかった。


 視界が、暗転した。


 そして。


 次の瞬間。


 俺は、また、平原に、立っていた。


 生き返った。


 無傷で。


 目の前に、再現アリシアが、いる。


 また、刀に、手を、かけている。


 死んでも、生き返る。


 北見の、言葉は、本当だった。


 だが。


 今ので、分かった。


 正面から、戦えば。


 一瞬で、死ぬ。


 あの斬撃は、避けられない。


 範囲が、広すぎる。


 数が、多すぎる。


 正攻法では、勝負に、ならない。


 考えろ。


 俺は、自分に、言い聞かせた。


 何度、死んでも、いい。


 その間に、こいつの、斬撃を、読む。



 二度目。


 俺は、再現アリシアが、刀を抜く、瞬間を、見ていた。


 斬撃が、どこから、来るのか。


 全方位から、来た。


 俺を、中心に、囲むように。


 また、死んだ。


 三度目。


 今度は、斬撃の、軌道を、見た。


 十発の、斬撃は、完全な、ランダムでは、ない。


 一定の、間隔で、放たれている。


 扇状に、広がる。


 だが、その、隙間が。


 ほんの、一瞬。


 あった。


 また、死んだ。


 四度目。


 その、隙間に、身体を、ねじ込もうとした。


 間に合わなかった。


 死んだ。


 五度目。


 六度目。


 七度目。


 俺は、何度も、死んだ。


 そのたびに、生き返り。


 そのたびに、斬撃の、癖を、読んだ。


 間隔。


 軌道。


 隙間。


 再現アリシアは、同じ、パターンを、繰り返していた。


 怒っていない、からかもしれない。


 淡々と、同じ斬撃を、放ってくる。


 だから、読めた。


 八度目。


 俺は、ついに。


 最初の、十連斬を。


 避けた。



 身体を、低くして。


 斬撃の、隙間に、滑り込む。


 風で、自分の、身体を、後ろに、押し出し。


 火で、足元の、地面を、爆ぜさせ、軌道を、変える。


 火と、風を、移動と、回避に、使う。


 攻撃では、なく。


 生き残るために。


 俺は、再現アリシアの、斬撃を。


 一度、二度、と、避け始めた。


 完璧では、ない。


 時々、死ぬ。


 だが、確実に。


 生存時間が、伸びていた。


 夢の中の、時間で、どれくらい、経ったか。


 一時間は、過ぎただろうか。


 俺は、まだ、生きていた。


 諦めずに、戦い続けている。


 二つの条件。


 生存と、姿勢。


 それは、もう、満たし始めていた。


 だが。


 俺は、それで、満足しなかった。


 有効打。


 あの、アリシアに、一撃を、入れる。


 それを、しなければ。


 火と風だけの、地味な能力者だと、思われる。


 神影の、視線を、引く。


 そう、思われては、いけない。


 だから、俺は。


 あの、切り札を、使うことに、した。


 自爆覚悟の。



 俺は、避けながら、準備を、始めた。


 風を、操る。


 空気を、圧縮する。


 一点に、集める。


 ただし、自分の、すぐそばでは、ない。


 頭上。


 はるか、上空に。


 圧縮した、空気の、塊を。


 作り、待機させる。


 密度の、高い、空気の、球。


 そこに、火を、つければ。


 爆発的な、燃焼が、起きる。


 通常の、火など、比べ物に、ならない。


 だが、それを。


 すぐには、つけない。


 上空に、待機させたまま。


 俺は、地上で。


 囮に、なる。


 再現アリシアの、視線を。


 斬撃を。


 すべて、自分に、集める。


 上空の、爆弾に、気づかせないように。


「どうしました? 逃げてばかり、ですね」


 再現アリシアが、言った。


 その、刀が、また、斬撃を、放つ。


 俺は、避ける。


 根性で。


 読んだ、癖を、頼りに。


 身体を、限界まで、酷使して。


 一発。


 二発。


 三発。


 避ける。


 避ける。


 避ける。


 時々、掠る。


 血が、出る。


 痛い。


 夢の、痛みは、現実と、同じだった。


 それでも。


 俺は、避け続けた。


 上空の、爆弾を、悟られないように。


 地上で、必死に、踊り続けた。



 そして。


 その、瞬間が、来た。


 再現アリシアの、斬撃が。


 俺の、退路を、塞いだ。


 もう、避けられない。


 次の、一撃で。


 俺は、死ぬ。


 だが。


 それで、いい。


 俺は、上空を、見た。


 圧縮した、空気の、塊。


 そこに。


 火を、放った。


 爆発。


 上空の、空気の球が。


 巨大な、炎の塊と、なって。


 落ちてきた。


 俺の、真上に。


 俺ごと。


 再現アリシアを、巻き込んで。


 世界が。


 白く、染まった。



 爆炎が、平原を、薙ぎ払った。


 俺の、身体も。


 再現アリシアの、身体も。


 その、爆発に、呑まれた。


 俺は、死んだ。


 だが。


 その、寸前に。


 見た。


 炎の中で。


 再現アリシアの、姿が。


 崩れて、いくのを。


 巻き込んだ。


 自分ごと。


 相討ち。


 引き分け。


 視界が、暗転する、最後に。


 俺は、思った。


 現実では、絶対に、できない。


 自分ごと、自爆など。


 一度で、終わりだ。


 だが、夢の中だから。


 死んでも、生き返るから。


 俺は、迷わず、自爆を、選べた。


 迷わず。


 現実で、人を殺す覚悟は、半分も、決まらないのに。


 夢で、自分を殺す覚悟は。


 あっさりと、決まった。


 その、歪みに。


 俺は、薄く、気づいて。


 そして、意識を、失った。



 目を、開けると。


 教室の、マットの上だった。


 現実に、戻っていた。


 身体は、無傷。


 だが、ひどく、疲れていた。


 夢の中で、何十回と、死んだ、疲労が。


 全身に、残っていた。


 周りを、見ると。


 他の、立候補者たちも、目を、覚まし始めていた。


 みな、青い顔を、している。


 夢の中で、何が、あったのか。


 その、表情が、語っていた。


 北見千里が、立っていた。


 腕を、組んで。


 その目が、俺を、見ていた。


 さっきまでの、中二病めいた、態度は、なかった。


 ただ、静かに。


 何かを、見極めるような、目で。


「……お前」


 北見が、口を、開きかけた。


 だが、その言葉は、続かなかった。


 代わりに、別の声が、した。


 アリシアだった。


「結果は、後で、発表します!」


 明るい、声。


 現実の、アリシア。


 夢の中の、冷たいアリシアとは、違う、本物。


「みなさん、お疲れさまでした! ゆっくり、休んでくださいね!」


 俺は、その、笑顔を、見て。


 ふと、思い出した。


 夢の中で、俺が、自爆で、巻き込んだ、アリシア。


 あれは、本物では、なかった。


 再現された、模造品。


 だから、罪悪感は、なかった。


 だが。


 目の前の、本物のアリシアを、見ると。


 なぜか、胸が、少し、痛んだ。


 夢の中で、こいつを、殺した。


 模造品とはいえ。


 その、感触が。


 まだ、手に、残っている、気がした。



 その日の、夜。


 俺は、寮の部屋で、横になっていた。


 身体は、疲れきっていた。


 だが、頭は、冴えていた。


 夢の中で、切り札が、使えた。


 圧縮燃焼。


 あれは、理論通り、機能した。


 爆発的な、炎。


 ただし、自分も、巻き込む。


 夢だから、試せた。


 現実では、まだ、使えない。


 使えば、自分が、死ぬ。


 だが。


 もし。


 いつか。


 現実で、これを、使う日が、来たら。


 その時、俺は。


 自分ごと、誰かを、巻き込むのだろうか。


 俺は、その考えを、振り払った。


 今は、結果を、待つだけだ。


 特殊生徒会に、入れたか、どうか。


 神月華に、近づく、ルートが、開けたか、どうか。


 ポケットの、ハサミが、震えた。


 澪奈からだった。


『試験、どうだった?』


 千咲のハサミ越しの、文字。


 俺は、短く、返した。


『たぶん、大丈夫だ』


『よかった! 無理してない?』


 無理してない。


 その言葉に。


 俺は、すぐには、返せなかった。


 夢の中で、何十回も、死んだ。


 自分ごと、自爆した。


 無理を、していないと、言えるのか。


 それでも、俺は、返した。


『してない』


 また、嘘を、ついた。


 澪奈に。


 明日には、結果が、出る。


 合格していれば。


 俺は、いよいよ。


 神月華の、すぐ近くに、立つことになる。


 殺す相手の、すぐ近くに。


 俺は、目を、閉じた。


 夢の中の、爆炎の、白さが。


 まぶたの、裏に。


 まだ、残っていた。


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