第27話 英国の誇り
合格者は、いったん、寮に案内された。
学園は、寄宿制になっていた。
神力持ちを、一か所に集め、管理する。
そういう意図が、透けて見えた。
俺と澪奈は、別々の棟に振り分けられた。
男子棟と、女子棟。
当然だった。
だが、澪奈は、少し、不安そうだった。
「燈真と、別なんだ」
「すぐ近くだ。中庭を挟んだ向かいだろ」
「うん……まあ、そうだけど」
「何かあったら、ハサミで連絡しろ。千咲からもらったやつ、持ってるだろ」
「持ってる」
澪奈は、ハサミを、ポケットから、少し見せた。
千咲の神力で繋がった、通信用のハサミ。
離れていても、これで、連絡が取れる。
「じゃあ、また明日」
「うん。おやすみ、燈真」
澪奈は、女子棟の方へ、歩いていった。
その背中を、見送る。
一人になると、急に、現実が、重くのしかかってきた。
俺は、ここに、人を殺しに来た。
その事実が。
◇
翌日から、合格者の研修が、始まった。
神力の、基礎的な扱い方。
学園の、ルール。
そして、組織の、説明。
学園には、二つの、生徒組織がある、と教わった。
一つは、生徒会。
普通の学校と同じ、運営や行事を担う組織。
もう一つが、特殊生徒会。
治安維持と、武力を、担当する組織。
説明によれば、こうだった。
国家は、東京の復興で、手一杯だ。
学園の、内側の治安にまで、手が回らない。
だから、生徒の中から、強い神力を持つ者を、見つけ出す。
そして、その者たちに、学園と、自分自身を、守らせる。
それが、特殊生徒会。
会長は、神月華。
氷華と、呼ばれる少女。
昨日、遠くから見た、あの少女だった。
俺は、心の中で、ルートを確認した。
神月華に、近づく。
そのためには、特殊生徒会に、入る。
強い神力を持つ者として、見つけてもらう。
そして、内側に、入り込む。
味方として。
◇
研修の合間に、俺は、特殊生徒会の情報を、集めた。
会長、神月華。
そして、側近が、二人。
一人は、神影涼子。
昨日の、入学試験で、嘘つきを見抜いた、藍色ポニーテールの女。
名前と、種を、見抜く力を持つという。
もう一人は。
アリシア・アンダーソン。
金髪の、ツインテール。
イギリス人らしい。
そして、刀を、持っている。
俺は、その情報を聞いて、警戒を、強めた。
刀を持っている、ということは。
神影涼子に、信用されている、ということだ。
そして、刀を使う神力を、持っている、ということだ。
つまり、こういうことになる。
神影涼子が、俺を、敵だと見抜く。
その情報を、アリシアに、共有する。
アリシアが、その刀で、俺を、斬る。
情報と、武力の、連携。
それが、機能した瞬間、俺は、終わる。
神影―アリシアのラインは、潜入者にとって、最も警戒すべき、死の経路だった。
◇
その、アリシア・アンダーソンと、会ったのは、研修三日目のことだった。
中庭で、休憩していた時だ。
突然、声をかけられた。
「あなた、新入生ですよね!」
明るい、声だった。
振り向くと、金髪ツインテールの少女が、立っていた。
腰に、刀。
間違いない。
アリシア・アンダーソンだった。
俺は、即座に、身体を、硬くした。
警戒した。
なぜ、こいつが、俺に。
神影涼子が、俺を、疑ったのか。
もう、ばれたのか。
いや、落ち着け。
俺は、嘘をついていない。
動揺は、見せていない。
だが、それでも、警戒は、解けなかった。
アリシアは、俺の、強張った顔を見て、不思議そうに、首を傾げた。
「なんで、そんなに、怖がるんですか!?」
「……」
「大丈夫ですよ! 悪くない人を、斬ったりしませんから!」
悪くない人を、斬ったりしない。
その言葉を聞いて、俺は、内心で、思った。
悪い人だから、警戒してんだよ。
俺は、お前にとっての、悪だ。
これから、お前の、仲間を、殺す。
味方のふりをして、近づいて、裏切って。
お前が、斬るべき、悪。
それが、俺だ。
だから、警戒する。
お前が、いつ、俺を、悪だと、気づくか。
その時、俺は、斬られる。
俺は、表情を、変えずに、言った。
「いや。少し、驚いただけだ」
「そうですか? ならいいんですけど!」
アリシアは、あっさりと、納得した。
あるいは、納得したふりが、うまいのか。
判断が、つかなかった。
◇
「あなた、火と風の人ですよね! 昨日の試験で、見ました!」
アリシアは、勝手に、話を進めた。
距離感が、近い。
人懐っこい、というより、相手の警戒を、まるで、意に介していない。
「炎、作れるんですよね! すごいです!」
「……まあ」
「私は、アリシア・アンダーソン! イギリス人です!」
アリシアは、胸を張った。
なぜか、誇らしげに。
「見てください、この所作! これが、英国の誇りです! 美しいでしょう!?」
彼女は、軽く、お辞儀をするような仕草をした。
優雅、なのかもしれない。
俺には、よく、分からなかった。
「す、すごいだろ?」
「……ああ」
俺は、適当に、相槌を打った。
だが、その時、俺は、ひとつ、気づいたことがあった。
アリシアは、終始、機嫌が良かった。
笑顔を、絶やさない。
些細なことで、苛立つ様子が、まるで、ない。
それは、ただの、陽気な性格、なのかもしれない。
だが、それにしては。
どこか、不自然なほど、機嫌の良さを、保っている。
まるで、それを、保たなければ、ならない、とでも、いうように。
その違和感の、正体は、まだ、分からなかった。
◇
「アリシアの、神力は、どんなやつだ?」
俺は、何気ないふりをして、聞いた。
本当は、必死だった。
こいつの、能力を、知らなければ。
神影―アリシアのラインが、機能した時、自分が、どう死ぬのか。
それを、知っておかなければ、ならなかった。
アリシアは、あっさりと、答えた。
「いいですよ! 半径五十メートル以内に、一撃あたり、最大で、武器の刀身の長さまでの斬撃を、デフォルトで、十発、同時に放てます!」
俺は、固まった。
「攻撃対象から、指定の存在を、除外できます! だから、味方を、巻き込みません!」
「……」
「あと、怒れば怒るほど、範囲と、斬撃の数を、増やせます!」
俺は、言葉を、失った。
半径五十メートル。
十発の、斬撃。
味方は、除外。
怒れば、増える。
それは。
対策の、しようがない、能力だった。
五十メートル以内に、いるだけで。
彼女が、その気になれば。
十発の、斬撃が、同時に、降ってくる。
避ける、隙間が、ない。
しかも、彼女が、俺を、味方から、除外した瞬間。
俺は、その斬撃の、対象になる。
神影が、俺を、敵だと見抜き。
アリシアが、俺を、除外から、外す。
その時、俺は、五十メートル以内で、十発の斬撃に、晒される。
逃げ場は、ない。
そして、俺は、もう一つ、理解した。
なぜ、こいつが、こんなに、あっさりと、能力を、教えたのか。
手の内を、明かす意味が、ないからだ。
知ったところで。
対策が、できないからだ。
強すぎる能力は、隠す必要が、ない。
知られても、勝てる。
だから、アリシアは、笑顔で、全部、喋る。
その、無邪気さが、逆に、恐ろしかった。
◇
俺は、ふと、思った。
目の前のこいつは、悪人しか斬らない、と言った。
善悪で、人を、斬る。
まっすぐで、単純な、正義。
だとすれば。
こいつは、迷わないのだろうか。
俺は、家族のために、人を、殺そうとしている。
他人を、傷つけて、家族を、取ろうとしている。
それが、正しいのか。
間違っているのか。
ずっと、分からずにいた。
覚悟が、決まらずにいた。
神月華を見た時、むしろ、決まらなくなった。
人を助ける少女を、殺せるのか、と。
だから、俺は、何気ないふりをして、聞いてみた。
答えを、求めていたのか。
それとも、止めてほしかったのか。
自分でも、分からないまま。
「なあ。家族のために、他人を傷つけるのと、他人のために、傷つくのと。どっちが、ましだと思う」
抽象的な、問いにした。
俺の、本心は、隠した。
ただの、哲学のような、問いとして。
アリシアは、きょとんとした。
それから、何の、迷いも、なく、言った。
「何言ってるんですか。家族のためが、大事に決まってるじゃないですか」
俺は、息を、止めた。
「だって、家族ですよ? 守るの、当たり前じゃないですか」
アリシアは、本当に、不思議そうだった。
悩む、要素が、どこにあるのか、分からない、という顔で。
「他人のために、傷つくのも、立派ですけど。でも、家族を、後回しにしてまで、やることじゃ、ないと思います」
「……」
「私だったら、迷わず、家族を、選びます」
軽い、口調だった。
深刻さの、欠片もない。
ただ、当たり前のことを、当たり前に、言っただけ。
彼女は、俺が、何を、抱えているのか、知らない。
俺が、これから、人を、殺そうとしていることも。
俺の、この問いが、どれほど、重いものなのかも。
何も、知らないまま。
ただ、世界で、一番、自然なことのように、言った。
家族のためが、大事に決まってる、と。
◇
その瞬間、俺の中で、何かが、決まった。
半分だけ。
ずっと、ゼロだった覚悟が。
半分に、なった。
家族のためは、間違いじゃ、ないのかもしれない。
誰も、止めてくれなかった、世界で。
止める言葉を、半ば、期待していた、俺に。
来たのは、止める言葉では、なかった。
背中を、押す言葉だった。
しかも、悪意なく。
無邪気に。
これから、俺が、殺す相手の。
その、仲間が。
俺の、覚悟を、半分、固めた。
皮肉だった。
あまりにも、皮肉だった。
アリシアは、自分が、何を、したのか、気づいていない。
次の瞬間には、もう。
「あ、そういえば! 英国の紅茶の、淹れ方って、知ってます!?」
また、英国自慢に、戻っていた。
俺の、人生を、半分、動かした一言を。
本人は、覚えても、いない。
◇
その夜、俺は、寮の部屋で、一人、考えていた。
特殊生徒会に、入る。
神月華に、近づく。
そのためには、強い神力者として、認められなければ、ならない。
だが、ここで、問題が、あった。
俺の神力は、エネルギー変換。
電気で、起こせる現象を、神力で、再現する。
火、風、電気。
だが、電気は、隠している。
火と、風だけ。
それは、戦闘においては、弱い。
アリシアの、五十メートル十連斬。
神月華の、マイナス付与。
それに、比べたら。
火と風など、地味な、能力だ。
アリシアは、俺が、電気を使えることを、知らない。
だとすれば。
火と風しか、使えない俺が、特殊生徒会に、入ろうとするのは。
不自然に、見えるかもしれない。
なぜ、その程度の能力で、精鋭を、目指すのか、と。
疑問に、思われても、仕方が、ない。
疑問は、不審に、繋がる。
不審は、神影の、視線を、引く。
だから、俺は、切り札を、用意する、必要があった。
電気を、使わずに。
火と、風だけで。
戦闘力が、あるように、見せる、手段を。
◇
俺は、ノートを開き、考えを、書き始めた。
火と、風。
この二つを、ただ、別々に、出すだけでは、弱い。
だが、組み合わせれば。
風で、空気を、圧縮する。
一点に、集める。
圧縮された空気は、密度が、高い。
そこに、火を、つければ。
燃焼は、激化する。
酸素が、濃い場所での、燃焼。
あるいは、圧縮による、急激な、発火。
火力は、跳ね上がるはずだ。
通常の、火など、比べ物にならない。
爆発的な、炎。
俺は、ペンを、止めた。
理屈は、通っている。
頭の中では、成立している。
だが。
危険だった。
空気を、圧縮して、発火させる。
それは、制御を、誤れば。
自分を、巻き込む。
爆発は、敵だけを、選ばない。
至近距離で、暴発すれば。
俺自身が、燃える。
だから、俺は、実験を、していなかった。
理論だけ。
頭の中だけ。
まだ、一度も、試していない。
未検証の、切り札。
成功するか、自爆するか。
使ってみるまで、分からない。
俺は、ノートを、閉じた。
使う日が、来ないことを、祈りたかった。
だが。
その願いは、すぐに、裏切られることになる。
◇
翌朝。
研修の場に、一人の少女が、現れた。
金髪ツインテール。
アリシア・アンダーソンだった。
彼女は、合格者たちの前に立ち、明るく、宣言した。
「みなさん、おはようございます! 今日は、いいお知らせです!」
合格者たちが、ざわつく。
「特殊生徒会に、入りたい人を、募集します!」
俺の、心臓が、跳ねた。
来た。
神月華に、近づく、ルートが。
「特殊生徒会は、学園の、治安を守る、精鋭組織です! 強い神力を持つ人を、探しています!」
アリシアは、にこやかに、続けた。
「入りたい人は、ぜひ、立候補してください! ただし」
彼女は、相変わらず、笑顔のまま。
だが、その言葉は。
「入会には、試験があります!」
まっすぐに、突き刺さった。
「命懸けの、試験を、一つ、クリアしたら。入れますよ!」
命懸けの、試験。
その言葉を、アリシアは、世間話のように、軽く、言った。
彼女にとっては、当たり前のこと、なのだろう。
だが、合格者たちは、凍りついた。
命懸け。
冗談には、聞こえなかった。
あの、アリシアの能力を、神月華の存在を、知っていれば。
特殊生徒会が、どれほどの、領域にいるのか。
その入り口に、命懸けの試験が、あるのは。
当然のこと、だった。
俺は、立ち上がった。
ためらいは、なかった。
いや。
ためらいは、あった。
だが、それを、押し殺した。
半分、決まった覚悟で。
残り半分は、まだ、決まらないまま。
俺は、手を、挙げた。
「立候補する」
アリシアが、こちらを見て、にっこりと、笑った。
「あ! 火と風の人ですね! いいですよ、来てください!」
その笑顔の、向こうに。
神月華が、いる。
俺が、殺す、相手が。
命懸けの試験の、その先に。
俺は、未検証の、切り札を、握りしめた。
使う日は。
もう、すぐ、そこに、来ていた。




