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第27話 英国の誇り

合格者は、いったん、寮に案内された。


 学園は、寄宿制になっていた。


 神力持ちを、一か所に集め、管理する。


 そういう意図が、透けて見えた。


 俺と澪奈は、別々の棟に振り分けられた。


 男子棟と、女子棟。


 当然だった。


 だが、澪奈は、少し、不安そうだった。


「燈真と、別なんだ」


「すぐ近くだ。中庭を挟んだ向かいだろ」


「うん……まあ、そうだけど」


「何かあったら、ハサミで連絡しろ。千咲からもらったやつ、持ってるだろ」


「持ってる」


 澪奈は、ハサミを、ポケットから、少し見せた。


 千咲の神力で繋がった、通信用のハサミ。


 離れていても、これで、連絡が取れる。


「じゃあ、また明日」


「うん。おやすみ、燈真」


 澪奈は、女子棟の方へ、歩いていった。


 その背中を、見送る。


 一人になると、急に、現実が、重くのしかかってきた。


 俺は、ここに、人を殺しに来た。


 その事実が。



 翌日から、合格者の研修が、始まった。


 神力の、基礎的な扱い方。


 学園の、ルール。


 そして、組織の、説明。


 学園には、二つの、生徒組織がある、と教わった。


 一つは、生徒会。


 普通の学校と同じ、運営や行事を担う組織。


 もう一つが、特殊生徒会。


 治安維持と、武力を、担当する組織。


 説明によれば、こうだった。


 国家は、東京の復興で、手一杯だ。


 学園の、内側の治安にまで、手が回らない。


 だから、生徒の中から、強い神力を持つ者を、見つけ出す。


 そして、その者たちに、学園と、自分自身を、守らせる。


 それが、特殊生徒会。


 会長は、神月華。


 氷華と、呼ばれる少女。


 昨日、遠くから見た、あの少女だった。


 俺は、心の中で、ルートを確認した。


 神月華に、近づく。


 そのためには、特殊生徒会に、入る。


 強い神力を持つ者として、見つけてもらう。


 そして、内側に、入り込む。


 味方として。



 研修の合間に、俺は、特殊生徒会の情報を、集めた。


 会長、神月華。


 そして、側近が、二人。


 一人は、神影涼子。


 昨日の、入学試験で、嘘つきを見抜いた、藍色ポニーテールの女。


 名前と、種を、見抜く力を持つという。


 もう一人は。


 アリシア・アンダーソン。


 金髪の、ツインテール。


 イギリス人らしい。


 そして、刀を、持っている。


 俺は、その情報を聞いて、警戒を、強めた。


 刀を持っている、ということは。


 神影涼子に、信用されている、ということだ。


 そして、刀を使う神力を、持っている、ということだ。


 つまり、こういうことになる。


 神影涼子が、俺を、敵だと見抜く。


 その情報を、アリシアに、共有する。


 アリシアが、その刀で、俺を、斬る。


 情報と、武力の、連携。


 それが、機能した瞬間、俺は、終わる。


 神影―アリシアのラインは、潜入者にとって、最も警戒すべき、死の経路だった。



 その、アリシア・アンダーソンと、会ったのは、研修三日目のことだった。


 中庭で、休憩していた時だ。


 突然、声をかけられた。


「あなた、新入生ですよね!」


 明るい、声だった。


 振り向くと、金髪ツインテールの少女が、立っていた。


 腰に、刀。


 間違いない。


 アリシア・アンダーソンだった。


 俺は、即座に、身体を、硬くした。


 警戒した。


 なぜ、こいつが、俺に。


 神影涼子が、俺を、疑ったのか。


 もう、ばれたのか。


 いや、落ち着け。


 俺は、嘘をついていない。


 動揺は、見せていない。


 だが、それでも、警戒は、解けなかった。


 アリシアは、俺の、強張った顔を見て、不思議そうに、首を傾げた。


「なんで、そんなに、怖がるんですか!?」


「……」


「大丈夫ですよ! 悪くない人を、斬ったりしませんから!」


 悪くない人を、斬ったりしない。


 その言葉を聞いて、俺は、内心で、思った。


 悪い人だから、警戒してんだよ。


 俺は、お前にとっての、悪だ。


 これから、お前の、仲間を、殺す。


 味方のふりをして、近づいて、裏切って。


 お前が、斬るべき、悪。


 それが、俺だ。


 だから、警戒する。


 お前が、いつ、俺を、悪だと、気づくか。


 その時、俺は、斬られる。


 俺は、表情を、変えずに、言った。


「いや。少し、驚いただけだ」


「そうですか? ならいいんですけど!」


 アリシアは、あっさりと、納得した。


 あるいは、納得したふりが、うまいのか。


 判断が、つかなかった。



「あなた、火と風の人ですよね! 昨日の試験で、見ました!」


 アリシアは、勝手に、話を進めた。


 距離感が、近い。


 人懐っこい、というより、相手の警戒を、まるで、意に介していない。


「炎、作れるんですよね! すごいです!」


「……まあ」


「私は、アリシア・アンダーソン! イギリス人です!」


 アリシアは、胸を張った。


 なぜか、誇らしげに。


「見てください、この所作! これが、英国の誇りです! 美しいでしょう!?」


 彼女は、軽く、お辞儀をするような仕草をした。


 優雅、なのかもしれない。


 俺には、よく、分からなかった。


「す、すごいだろ?」


「……ああ」


 俺は、適当に、相槌を打った。


 だが、その時、俺は、ひとつ、気づいたことがあった。


 アリシアは、終始、機嫌が良かった。


 笑顔を、絶やさない。


 些細なことで、苛立つ様子が、まるで、ない。


 それは、ただの、陽気な性格、なのかもしれない。


 だが、それにしては。


 どこか、不自然なほど、機嫌の良さを、保っている。


 まるで、それを、保たなければ、ならない、とでも、いうように。


 その違和感の、正体は、まだ、分からなかった。



「アリシアの、神力は、どんなやつだ?」


 俺は、何気ないふりをして、聞いた。


 本当は、必死だった。


 こいつの、能力を、知らなければ。


 神影―アリシアのラインが、機能した時、自分が、どう死ぬのか。


 それを、知っておかなければ、ならなかった。


 アリシアは、あっさりと、答えた。


「いいですよ! 半径五十メートル以内に、一撃あたり、最大で、武器の刀身の長さまでの斬撃を、デフォルトで、十発、同時に放てます!」


 俺は、固まった。


「攻撃対象から、指定の存在を、除外できます! だから、味方を、巻き込みません!」


「……」


「あと、怒れば怒るほど、範囲と、斬撃の数を、増やせます!」


 俺は、言葉を、失った。


 半径五十メートル。


 十発の、斬撃。


 味方は、除外。


 怒れば、増える。


 それは。


 対策の、しようがない、能力だった。


 五十メートル以内に、いるだけで。


 彼女が、その気になれば。


 十発の、斬撃が、同時に、降ってくる。


 避ける、隙間が、ない。


 しかも、彼女が、俺を、味方から、除外した瞬間。


 俺は、その斬撃の、対象になる。


 神影が、俺を、敵だと見抜き。


 アリシアが、俺を、除外から、外す。


 その時、俺は、五十メートル以内で、十発の斬撃に、晒される。


 逃げ場は、ない。


 そして、俺は、もう一つ、理解した。


 なぜ、こいつが、こんなに、あっさりと、能力を、教えたのか。


 手の内を、明かす意味が、ないからだ。


 知ったところで。


 対策が、できないからだ。


 強すぎる能力は、隠す必要が、ない。


 知られても、勝てる。


 だから、アリシアは、笑顔で、全部、喋る。


 その、無邪気さが、逆に、恐ろしかった。



 俺は、ふと、思った。


 目の前のこいつは、悪人しか斬らない、と言った。


 善悪で、人を、斬る。


 まっすぐで、単純な、正義。


 だとすれば。


 こいつは、迷わないのだろうか。


 俺は、家族のために、人を、殺そうとしている。


 他人を、傷つけて、家族を、取ろうとしている。


 それが、正しいのか。


 間違っているのか。


 ずっと、分からずにいた。


 覚悟が、決まらずにいた。


 神月華を見た時、むしろ、決まらなくなった。


 人を助ける少女を、殺せるのか、と。


 だから、俺は、何気ないふりをして、聞いてみた。


 答えを、求めていたのか。


 それとも、止めてほしかったのか。


 自分でも、分からないまま。


「なあ。家族のために、他人を傷つけるのと、他人のために、傷つくのと。どっちが、ましだと思う」


 抽象的な、問いにした。


 俺の、本心は、隠した。


 ただの、哲学のような、問いとして。


 アリシアは、きょとんとした。


 それから、何の、迷いも、なく、言った。


「何言ってるんですか。家族のためが、大事に決まってるじゃないですか」


 俺は、息を、止めた。


「だって、家族ですよ? 守るの、当たり前じゃないですか」


 アリシアは、本当に、不思議そうだった。


 悩む、要素が、どこにあるのか、分からない、という顔で。


「他人のために、傷つくのも、立派ですけど。でも、家族を、後回しにしてまで、やることじゃ、ないと思います」


「……」


「私だったら、迷わず、家族を、選びます」


 軽い、口調だった。


 深刻さの、欠片もない。


 ただ、当たり前のことを、当たり前に、言っただけ。


 彼女は、俺が、何を、抱えているのか、知らない。


 俺が、これから、人を、殺そうとしていることも。


 俺の、この問いが、どれほど、重いものなのかも。


 何も、知らないまま。


 ただ、世界で、一番、自然なことのように、言った。


 家族のためが、大事に決まってる、と。



 その瞬間、俺の中で、何かが、決まった。


 半分だけ。


 ずっと、ゼロだった覚悟が。


 半分に、なった。


 家族のためは、間違いじゃ、ないのかもしれない。


 誰も、止めてくれなかった、世界で。


 止める言葉を、半ば、期待していた、俺に。


 来たのは、止める言葉では、なかった。


 背中を、押す言葉だった。


 しかも、悪意なく。


 無邪気に。


 これから、俺が、殺す相手の。


 その、仲間が。


 俺の、覚悟を、半分、固めた。


 皮肉だった。


 あまりにも、皮肉だった。


 アリシアは、自分が、何を、したのか、気づいていない。


 次の瞬間には、もう。


「あ、そういえば! 英国の紅茶の、淹れ方って、知ってます!?」


 また、英国自慢に、戻っていた。


 俺の、人生を、半分、動かした一言を。


 本人は、覚えても、いない。



 その夜、俺は、寮の部屋で、一人、考えていた。


 特殊生徒会に、入る。


 神月華に、近づく。


 そのためには、強い神力者として、認められなければ、ならない。


 だが、ここで、問題が、あった。


 俺の神力は、エネルギー変換。


 電気で、起こせる現象を、神力で、再現する。


 火、風、電気。


 だが、電気は、隠している。


 火と、風だけ。


 それは、戦闘においては、弱い。


 アリシアの、五十メートル十連斬。


 神月華の、マイナス付与。


 それに、比べたら。


 火と風など、地味な、能力だ。


 アリシアは、俺が、電気を使えることを、知らない。


 だとすれば。


 火と風しか、使えない俺が、特殊生徒会に、入ろうとするのは。


 不自然に、見えるかもしれない。


 なぜ、その程度の能力で、精鋭を、目指すのか、と。


 疑問に、思われても、仕方が、ない。


 疑問は、不審に、繋がる。


 不審は、神影の、視線を、引く。


 だから、俺は、切り札を、用意する、必要があった。


 電気を、使わずに。


 火と、風だけで。


 戦闘力が、あるように、見せる、手段を。



 俺は、ノートを開き、考えを、書き始めた。


 火と、風。


 この二つを、ただ、別々に、出すだけでは、弱い。


 だが、組み合わせれば。


 風で、空気を、圧縮する。


 一点に、集める。


 圧縮された空気は、密度が、高い。


 そこに、火を、つければ。


 燃焼は、激化する。


 酸素が、濃い場所での、燃焼。


 あるいは、圧縮による、急激な、発火。


 火力は、跳ね上がるはずだ。


 通常の、火など、比べ物にならない。


 爆発的な、炎。


 俺は、ペンを、止めた。


 理屈は、通っている。


 頭の中では、成立している。


 だが。


 危険だった。


 空気を、圧縮して、発火させる。


 それは、制御を、誤れば。


 自分を、巻き込む。


 爆発は、敵だけを、選ばない。


 至近距離で、暴発すれば。


 俺自身が、燃える。


 だから、俺は、実験を、していなかった。


 理論だけ。


 頭の中だけ。


 まだ、一度も、試していない。


 未検証の、切り札。


 成功するか、自爆するか。


 使ってみるまで、分からない。


 俺は、ノートを、閉じた。


 使う日が、来ないことを、祈りたかった。


 だが。


 その願いは、すぐに、裏切られることになる。



 翌朝。


 研修の場に、一人の少女が、現れた。


 金髪ツインテール。


 アリシア・アンダーソンだった。


 彼女は、合格者たちの前に立ち、明るく、宣言した。


「みなさん、おはようございます! 今日は、いいお知らせです!」


 合格者たちが、ざわつく。


「特殊生徒会に、入りたい人を、募集します!」


 俺の、心臓が、跳ねた。


 来た。


 神月華に、近づく、ルートが。


「特殊生徒会は、学園の、治安を守る、精鋭組織です! 強い神力を持つ人を、探しています!」


 アリシアは、にこやかに、続けた。


「入りたい人は、ぜひ、立候補してください! ただし」


 彼女は、相変わらず、笑顔のまま。


 だが、その言葉は。


「入会には、試験があります!」


 まっすぐに、突き刺さった。


「命懸けの、試験を、一つ、クリアしたら。入れますよ!」


 命懸けの、試験。


 その言葉を、アリシアは、世間話のように、軽く、言った。


 彼女にとっては、当たり前のこと、なのだろう。


 だが、合格者たちは、凍りついた。


 命懸け。


 冗談には、聞こえなかった。


 あの、アリシアの能力を、神月華の存在を、知っていれば。


 特殊生徒会が、どれほどの、領域にいるのか。


 その入り口に、命懸けの試験が、あるのは。


 当然のこと、だった。


 俺は、立ち上がった。


 ためらいは、なかった。


 いや。


 ためらいは、あった。


 だが、それを、押し殺した。


 半分、決まった覚悟で。


 残り半分は、まだ、決まらないまま。


 俺は、手を、挙げた。


「立候補する」


 アリシアが、こちらを見て、にっこりと、笑った。


「あ! 火と風の人ですね! いいですよ、来てください!」


 その笑顔の、向こうに。


 神月華が、いる。


 俺が、殺す、相手が。


 命懸けの試験の、その先に。


 俺は、未検証の、切り札を、握りしめた。


 使う日は。


 もう、すぐ、そこに、来ていた。

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