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第26話 入学試験

東京の封鎖は、思っていたより、あっさり通れた。


 悪魔の王から送られてきた手順の通り、指定された地点で、入学希望者だと告げる。


 それだけで、検問の人間は、俺たちを通した。


 封鎖は、人を出さないためのものだった。


 入る人間、それも、学園に向かう神力持ちは、むしろ歓迎されているらしい。


 強い神力を持つ若者を、東京は、欲しがっている。


 その事実を、肌で感じた。


 澪奈は、検問を抜ける間、ずっと俺の服の裾を握っていた。


 怖がりは、変わらない。


「燈真、ほんとに大丈夫なやつ、これ」


「分からない」


「分からないんかい」


「だが、進むしかない」


 澪奈は、それ以上は言わなかった。


 東京の中は、外縁で見た光景とは、少し違っていた。


 まだ、人がいる。


 建物も、半分は無事に見える。


 だが、電気はない。


 信号は死んでいる。


 ただ、外の街よりは、秩序が残っているように見えた。


 優先的に復興させる、という噂は、嘘ではないのかもしれない。



 学園は、東京の中心に近い場所にあった。


 元は、有名な私立校だったらしい。


 大きな門。


 高い塀。


 その中に、神力持ちの若者が、集められている。


 門の前には、長い列ができていた。


 入学希望者だ。


 俺と同じくらいの年齢の人間が、ずらりと並んでいる。


 みな、胸から、プレートを下げていた。


 俺も、同じものを持っていた。


 検問で渡された、専用のプレート。


 そこに、自分の神力を書いて、提出する。


 俺は、自分のプレートを見た。


 すでに、書いてある。


『火・風(合わせて炎の生成が可能)』


 嘘ではない。


 俺は、火を出せる。


 風を出せる。


 その二つを合わせて、炎を作ることもできる。


 すべて、本当のことだ。


 ただ、書いていないことが、一つ、ある。


 電気。


 俺が、本当に隠したいもの。


 それは、プレートに、書いていない。


「澪奈、プレートは」


「書いた。洗浄、って」


 澪奈のプレートには、『洗浄(汚れ・水の浄化)』と書いてあった。


 澪奈は、隠すものがない。


 書いてある通りの能力。


 それが、少し、羨ましかった。



 列が、進む。


 門の手前に、台があり、その上に、一人の女が立っていた。


 藍色の髪を、高い位置で結んでいる。


 ポニーテール。


 手には、メガホン。


 その女が、列を見渡していた。


 ただ、見ている。


 だが、その視線には、何か、ぞっとするものがあった。


 値踏みされている。


 いや、違う。


 もっと、深く。


 見透かされている。


 そんな感覚だった。


 俺は、本能的に、警戒した。


 あれが、神影涼子。


 悪魔の王が言っていた、見抜く女だ。


 名前と、種を、見抜く力。


 悪魔の王が、近づけない、と言った存在。


 その女が、入学試験の、最初の関門として、立っている。


 心臓が、嫌な音を立てた。


 俺は、深く息を吸った。


 そして、止めた。


 感情を。


 昔、覚えた感覚だった。


 顔を、動かさない。


 心を、見せない。


 中学のあの時から、身体が、覚えている。


 感情を出せば、つけ込まれる。


 顔に出せば、食い物にされる。


 だから、消す。


 平らに、する。


 皮肉だった。


 人に壊されて覚えた、この癖が、今、人を欺くために、役に立っている。



 俺たちの番が、近づいた。


 あと、十数人。


 その時だった。


 神影涼子が、メガホンを口に当てた。


 そして、叫んだ。


「この中で、能力で嘘をついているヤツはいるか!」


 列が、ざわついた。


「いれば、不合格だ!」


 声が、響く。


「さらに、スパイの疑いがある者は、長時間の尋問を行う!」


 ざわめきが、大きくなる。


 俺は、動かなかった。


 顔を、変えなかった。


 ただ、列の前を、見ていた。


 神影涼子は、メガホンを下ろし、列を、ゆっくりと見渡した。


 そして、また、口に当てた。


「今、百人ほど見たが」


 彼女の声は、淡々としていた。


「嘘をついているのは、二十人だ」


 列が、凍りついた。


 二十人。


 百人のうち、二十人。


「お前ら、舐めてるな?」


 神影涼子の声に、初めて、感情が混じった。


 怒りだった。


「この学校は、日本復興の、最後の礎だ!」


 声が、列の端まで、突き刺さるように届く。


「嘘をついて入ろうとするやつが、信用を得られると思うな!」


 その瞬間、列の何人かが、走り出した。


 逃げた。


 明らかに、嘘をついていた人間が、耐えきれずに、列を離れた。


 彼らの背中に、神影涼子は、もう、視線を向けなかった。


 逃げた時点で、答えは出ている。


 そういう、目だった。



 俺は、その様子を見ながら、考えていた。


 神影涼子は、嘘をついている人間を、当てた。


 どうやって。


 名前と種を見抜く力、と悪魔の王は言った。


 だが、今、彼女がやっているのは、それとは、少し違う気がした。


 彼女は、列を「見渡して」、嘘つきを数えた。


 一人ずつ、名前を読んでいるようには、見えなかった。


 もっと、全体を。


 表情の、揺れ。


 逃げ出す者の、動揺。


 脅しが強まるにつれて、変わっていく、様子。


 彼女は、それを、見ている気がした。


 嘘をついている人間は、脅されれば、動揺する。


 顔が、強張る。


 目が、泳ぐ。


 呼吸が、乱れる。


 神影涼子は、その兆候を、読んでいる。


 だとすれば。


 俺は、内心で、ひとつの結論に達した。


 動揺しなければ、いい。


 俺は、嘘をついていない。


 プレートに書いた、火と風は、本当のことだ。


 書いていないことは、ある。


 だが、それは、嘘ではない。


 言っていないだけだ。


 沈黙は、嘘ではない。


 だから、俺が、動揺する理由は、ない。


 脅されても。


 見渡されても。


 俺は、真実だけを、持っている。


 ただ、一つだけ、言っていないものを、抱えたまま。



 俺たちの番が、来た。


 神影涼子の前に、立つ。


 近くで見ると、彼女は、思っていたより、若かった。


 俺たちと、そう変わらない。


 だが、その目は、年齢に合わない、冷たさを持っていた。


 彼女は、俺のプレートを見た。


「火と風。合わせて炎」


「はい」


「戦えるのか、それで」


「工夫すれば」


 俺は、短く答えた。


 余計なことは、言わない。


 動揺も、見せない。


 ただ、事実だけを。


 神影涼子は、俺の顔を、じっと見た。


 その視線が、肌を、刺すようだった。


 心臓を、覗き込まれているような。


 だが、俺は、動かなかった。


 顔を、平らに保った。


 息を、一定に。


 脈を、乱さないように。


 彼女が読んでいるのが、動揺なら。


 俺に、読まれる動揺は、ない。


 長い、数秒だった。


 神影涼子は、やがて、視線を外した。


「……次」


 それだけ、言った。


 通った。


 俺は、表情を変えずに、前へ進んだ。


 だが、背中に、冷たい汗が、伝っていた。



 澪奈の番が、来た。


 俺は、少し、離れた場所で、待った。


 澪奈は、緊張した顔で、神影涼子の前に立った。


 怖がりの澪奈が、あの女の前で。


 大丈夫か、と、思った。


 だが、澪奈は、隠すものがない。


 洗浄、と書いた。


 その通りの、能力。


 嘘も、隠し事も、ない。


 だから、動揺する理由も、ない。


 神影涼子は、澪奈のプレートを見て、顔を見て。


「……次」


 あっさりと、通した。


 澪奈が、こちらに駆け寄ってくる。


「通った!」


「ああ」


「めっちゃ怖かった……あの人、何なの。心の中まで見られてる感じした」


「気のせいじゃないかもな」


 俺は、小さく言った。


 澪奈は、本当に、隠すものがないから、通れた。


 俺は、隠すものを、隠し通したから、通れた。


 同じ「通過」でも、中身は、まるで違う。



 門を、くぐる。


 学園の、敷地の中に、入った。


 広い、中庭があった。


 その向こうに、校舎。


 神力持ちの若者たちが、合格者として、集まり始めている。


 俺は、ふと、神影涼子の方を、振り返った。


 彼女は、まだ、台の上にいた。


 次の列の人間を、見渡している。


 その時、彼女が、ぽつりと、何かを言ったのが、聞こえた。


 俺に向けてではない。


 独り言のような、小さな声。


「……見えるものしか、見ない」


 俺は、その言葉の意味を、考えた。


 見えるものしか、見ない。


 嘘をついている兆候。


 動揺。


 表情。


 そういう、見えるものだけを、見る。


 そういう意味だと、思った。


 その時は、そう、思った。


 後になって、その言葉の、本当の意味を、知ることになるとは、思わなかった。



 中庭で、合格者が、説明を待っていた。


 その時だった。


 ざわめきが、起きた。


 人々が、一斉に、ある方向を見る。


 俺も、つられて、視線を向けた。


 校舎の方から、一人の少女が、歩いてくる。


 白い制服。


 長い、黒髪。


 表情は、ない。


 無言だった。


 ただ、まっすぐ、前を見て、歩いている。


 その周りを、何人かが、囲んでいた。


 怪我をした人間。


 包帯を巻いた人間。


 彼らが、その少女に、頭を下げている。


 ありがとう、と。


 助けてくれて、ありがとう、と。


 だが、少女は、何も言わなかった。


 頷きもしない。


 ただ、歩いていく。


 まるで、感謝を、受け取る資格などない、とでも言うように。


「……誰だ、あれ」


 俺は、近くにいた合格者に、聞いた。


 その合格者は、少し、声を潜めて、言った。


「知らないんですか。特殊生徒会の、会長ですよ」


「特殊生徒会」


「治安維持の、武力組織です。普通の生徒会とは別の。あの人が、会長」


 合格者は、続けた。


「いつも、無傷で帰ってくる。どんな現場でも。大量の人を、助けて。なのに、何も言わない。ずっと、無言で」


「……」


「だから、みんな、こう呼んでます」


 合格者は、少し、憧れるような目で、言った。


「高嶺の、氷華。略して、氷華、って」


 氷華。


 神月華。


 俺が、殺すために、ここに来た、相手。



 俺は、その少女を、見ていた。


 遠くから。


 無言で、人を助け、無言で、感謝を受け取らず、歩いていく少女。


 あれが、暗殺対象。


 異常に厄介な、神力持ち。


 マイナスという概念を、付与する力。


 攻撃を、反射する。


 神力が、尽きない。


 だが、今、俺の目の前にいるのは。


 人を、助ける少女だった。


 無傷で、誰も死なせずに、現場を収めて。


 そして、感謝の言葉さえ、受け取らない。


 まるで、自分が、感謝されるべき存在ではない、と思っているように。


 胸の奥が、ざわついた。


 覚悟が、半分も、決まっていない。


 いや。


 半分すら、決まっていなかった。


 俺は、あの少女を、殺せるのか。


 味方のふりをして、近づいて。


 信頼させて。


 毒を、盛って。


 あの、人を助ける少女を。


「燈真?」


 澪奈の声で、我に返った。


「どうしたの、こわい顔して」


「……いや」


 俺は、視線を、戻した。


 氷華の姿は、もう、校舎の中に、消えていた。


 澪奈は、何も知らない。


 あの少女が、誰なのかも。


 俺が、何をしに、ここに来たのかも。


 俺は、空を見上げた。


 電気の消えた、東京の空。


 ここから、始まる。


 俺が、一番されたくなかったことを、俺が、する。


 その、始まりだった。


 止めてほしいのか。


 止めないでほしいのか。


 まだ、分からないまま。


 俺は、その学園の、門の内側に、立っていた。

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