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第21話 悪魔の王のライター

 東京方面から離れるほど、呼吸が戻ってくる気がした。


 それでも、胸の奥に残った冷たさは消えなかった。


 赤髪の少女。


 壊れた道。


 布をかけられた人影。


 武器を持った人間たち。


 千葉を知らない少女。


 外縁東部という聞き慣れない言葉。


 そして、神力で火を出すライター。


 情報が多すぎる。


 なのに、肝心なことは何一つ分かっていない。


 東京で何が起きているのか。


 父と母はどこにいるのか。


 なぜ帰ってこないのか。


 あの赤髪の少女は何者なのか。


 分からないことばかりだ。


 俺は自転車を押しながら、来た道を慎重に戻った。


 行きはまだ、道の状態を確認しながら進んでいた。


 帰りは違う。


 どこから誰かが見ているか分からない。


 赤髪の少女の部下のような連中が、まだこちらを監視している可能性もある。


 あるいは、別の集団がいるかもしれない。


 この辺りは、もう街ではない。


 誰かに管理されている場所と、誰にも管理されていない場所の境目だった。


 道端の壊れた車を避ける。


 倒れた看板を越える。


 布をかけられた人影は、見ないようにして通り過ぎた。


 見れば、たぶん記憶に残る。


 今でも十分残っているのに、これ以上は嫌だった。


「……くそ」


 声が漏れる。


 千葉に帰りたい。


 山の水場に帰りたい。


 澪奈に「ほら、だから危ないって言ったじゃん」と呆れられたい。


 千咲にハサミ越しで「燈真くん無茶しすぎ」と言われたい。


 莉子に「死ぬんじゃないって言ったでしょ」と怒られてもいい。


 そのくらい、今の場所は嫌だった。


 東京の外側は、俺が想像していた終末とは少し違った。


 水が足りない。


 火がない。


 食料配布に並ぶ。


 風呂に入れない。


 そういう生活の不便ではない。


 もっと直接的に、人が死ぬ場所だった。


 道を間違えれば、殺される。


 質問を間違えれば、殺される。


 価値がないと判断されれば、殺される。


 赤髪の少女が「殺すな」と言わなければ、俺はあの場でどうなっていたか分からない。


 それを考えただけで、指先が冷えた。


 俺はポケットの中のライターに触れる。


 金属の感触。


 小さく、軽い。


 だが、このライターはただの道具ではない。


 あの赤髪の少女が渡したものだ。


 神力を消費して炎を生み出す道具。


 普通の人間なら、かなり価値がある。


 火種がなくても火を出せる。


 中身が減らないなら、なおさらだ。


 だが、俺には必要ない。


 俺自身が火を出せる。


 神力を消費して火を出すなら、ライターを挟む意味がない。


 便利だ。


 便利ではある。


 だが、俺にはかぶっている。


 あの状況でなければ、思わず「いらない」と言っていたかもしれない。


 言わなくてよかった。


 本当に。


 あの少女の前でそんなことを言ったら、褒美を侮辱したという理由で殺されていてもおかしくなかった。


 俺は自転車を押したまま、途中の壊れたコンビニ跡に近づいた。


 行きにも見た場所だ。


 シャッターは半分壊され、ガラスは割れ、棚はほとんど空になっている。


 店内には人影がない。


 だが、完全に安全とも限らない。


 俺は自転車を物陰に置き、店内を覗いた。


 誰もいない。


 床には袋や空き箱が散らばっている。


 水や食料は当然残っていない。


 棚の奥に、乾電池のパッケージだけがいくつか落ちていた。中身は抜かれている。


 電気が使えない世界でも、人は電池を拾うのか。


 いや、使えるかもしれないと思って拾うのだろう。


 実際、俺なら使えるかもしれない。


 そう考えて、少しだけ嫌な気分になった。


 俺は店内の奥へ進む。


 バックヤードまでは入らない。


 逃げ道が減るからだ。


 ただ、外から見えにくい場所を探す。


 そこで、一度ライターを確認することにした。


 店の隅にしゃがみ、ライターを取り出す。


 見た目は普通の金属製ライターに近い。


 ただ、底面に小さな黒い模様がある。


 QRコードのようなもの。


 そして側面には、見慣れない文字のような刻印がある。


 日本語ではない。


 英語でもない。


 模様なのか文字なのかすら分からない。


「なんだよ、これ……」


 俺は小さく呟いた。


 神力を流す。


 ほんの少し。


 すると、ライターの先端に小さな火が灯った。


 火は安定している。


 俺が直接出す火よりも、形が整っているように見えた。


 ライターという道具を通しているからかもしれない。


 指先から直接火を出す時は、自分で制御する必要がある。


 だが、このライターは、神力を入れれば火として出す構造になっている。


 変換器。


 そう考えるのが近いかもしれない。


 神力を火に変える道具。


 俺は火を消し、もう一度つける。


 また神力が少し減る。


 だが、ガスや油が減っている感じはない。


 中身が減る仕組みではない。


 純粋に、使用者の神力を消費して火を出している。


 便利だ。


 普通の人間なら、かなり便利だ。


「でも、やっぱいらない……」


 声に出してしまった。


 誰もいないことを確認してから、もう一度ライターを見る。


 いらない。


 いらないが、使える。


 人前で火を出す時、これを使えば俺の能力を隠せる。


 俺が火を出しているのではなく、ライターの効果だと言える。


 それだけでも価値はある。


 問題は、このライターの存在自体が危険なことだ。


 こんな道具を持っていると知られれば、奪われる。


 神力を火に変える道具。


 しかも中身が減らない。


 配布所や避難所に知られたら、間違いなく揉める。


 俺はライターを布で包もうとして、底面のQRコードに目が止まった。


 スマホが使えない世界で、QRコード。


 昨日までは、誰にとっても無意味な模様だった。


 だが、俺には違う。


 俺はスマホを起動できる。


 一瞬だけなら。


 いや、昨日の実験では一瞬だったが、集中すればもう少し長く保てるかもしれない。


 QRコードを読み込めば、何か分かるかもしれない。


 説明書。


 所有者登録。


 アイテム情報。


 赤髪少女の所属。


 このライターの正体。


 それが分かる可能性がある。


 同時に、危険もある。


 QRコードの先が何か分からない。


 ただの情報ページとは限らない。


 そもそも普通の通信網が死んでいるはずなのに、QRコードを読み込んだところで何が起きるのか。


 分からない。


 分からないなら、今ここでやるべきではない。


 ここは敵地に近い。


 東京の外縁。


 人も死んでいる。


 赤髪の少女の勢力圏かもしれない。


 スマホを起動して光を出すだけでも危険だ。


 俺はライターをしまった。


「帰ってからだ」


 そう自分に言い聞かせる。


 山の水場へ戻って、澪奈と相談してから試す。


 勝手に試せば、確実に怒られる。


 いや、怒られるだけならいい。


 危険なのは事実だ。


 俺はコンビニ跡を出た。


 自転車を押して、さらに戻る。


 途中、東京方面へ向かおうとしているらしい二人組とすれ違った。


 片方は俺より少し年上の男。


 もう一人は中年の女性。


 二人とも荷物を抱え、疲れた顔をしていた。


 男が俺の自転車を見て声をかけてきた。


「兄ちゃん、向こうから来たのか?」


 俺は一瞬迷ったが、頷いた。


「途中までです」


「通れたか?」


「正面は無理でした。回り道も危ないです」


「危ないって、どのくらい?」


 俺は少しだけ言葉を選んだ。


「死体を見ました。武器を持った人もいます。封鎖している集団もいる」


 中年の女性の顔が青くなった。


 男は唇を噛む。


「娘がいるんだ。東京に」


「……」


 言葉が出なかった。


 俺と同じだ。


 家族がいる。


 だから行きたい。


 危険だと分かっていても。


「行くなとは言いません」


 俺は言った。


「でも、正面は止められます。回り道は本当に危険です。最低でも、もっと人を集めるか、情報を集めてからにした方がいい」


「情報なんか待ってたら遅くなる」


「分かります」


「分かるのかよ」


「俺も、家族が東京にいます」


 男は黙った。


 少しだけ表情が変わる。


「それで戻ってきたのか」


「今日は。これ以上は無理だと判断しました」


「……そうか」


 男はしばらく東京方面を見ていた。


 行きたい。


 でも怖い。


 その顔だった。


 俺はそれ以上何も言えなかった。


 助けることはできない。


 同行することもできない。


 情報を少し渡すだけ。


 それが限界だった。


 中年の女性が、小さく聞いてきた。


「赤い髪の女の子、見ましたか」


 俺の心臓が跳ねた。


「知ってるんですか?」


 女性は首を横に振る。


「知ってる人がいたんです。あの子に逆らうなって。名前を聞いたら、知っている人はもうほとんど死んだって」


「……知っている人は、死んだ?」


「ええ。そう言ってました。何者かは分からない。ただ、赤い髪の子がいる場所には近づくなって」


 背中に冷たいものが走る。


 知っているやつがみんな殺された。


 そういう意味か。


 あの少女の情報を持っている人間が死んだのか。


 彼女に逆らった人間が殺されたのか。


 あるいは、彼女の周囲にいた人間が何かの事件で死んだのか。


 分からない。


 分からないが、危険だけは十分に伝わる。


「見ました」


 俺は小さく言った。


 二人がこちらを見る。


「赤い髪の少女を見ました。でも、何者かは分かりません。周囲の人間は従っていました。近づかない方がいいです」


 男が息を呑んだ。


「本当にいるのか」


「います」


「子供なんだろ?」


「見た目は。でも、子供扱いできる相手じゃない」


 自分で言って、あの目を思い出す。


 地図を見る目。


 人を殺すかどうかを決める目。


 俺を「まだ使えるかもしれない」と見た目。


 年齢では測れない何かがあった。


 女性は震える声で言った。


「あなた、よく帰ってこられましたね」


「……運がよかっただけです」


 本当にそうだ。


 運がよかった。


 地図を持っていたから。


 千葉から来たと答えたから。


 あの少女が俺を何かに使えると判断したから。


 もし一つでも違えば、俺は帰ってこられなかったかもしれない。


 二人にそれ以上話すことはなかった。


 俺は簡単に道の危険を伝え、別れた。


 彼らがどうするかは分からない。


 戻るかもしれない。


 進むかもしれない。


 どちらを選んでも、俺には止める権利がない。


 俺も結局、危険だと分かっていて進んだ人間だからだ。


 街に近づくにつれて、人の気配が戻ってきた。


 封鎖された大通りの近くには、相変わらず人だかりがある。


 俺はそこを避け、遠回りして住宅地へ入った。


 早く帰りたい。


 今すぐ山へ戻りたい。


 だが、戻る前に千咲へ連絡しなければならない。


 ハサミ通信がどこで復活するかも確認したかった。


 人気の少ない路地へ入り、ハサミを取り出す。


「千咲」


 数秒。


 反応なし。


「千咲、聞こえるか」


 さらに数秒。


 しゃきん。


『燈真くん!?』


 声が大きい。


 俺は思わずハサミから顔を離した。


「声」


『ごめん! でも繋がった! 今どこ? いや、場所は言わなくていいけど、生きてる!?』


「生きてる」


『よかった……。途中から全然繋がらなくなったから、みんなで心配してたんだけど』


「距離か、場所の問題だと思う。東京外縁に近づくと繋がらなかった」


『外縁?』


「赤髪の少女がそういう言い方をしていた」


 ハサミの向こうが静かになった。


『……赤髪の少女?』


「ああ。封鎖を指揮しているらしい少女に会った。周囲の人間が従っていた。千葉を知らなかった。外縁東部という言葉を使った」


『待って、情報多い』


「俺もそう思う」


『無事なんだよね?』


「今は無事だ。攻撃されたが、話はできた」


『攻撃された!?』


「大声を出すな」


『いや、出すよ!』


 遠くで莉子らしき声が「だから危ないって言ったじゃない!」と聞こえた。


 その後、千咲が何か説明しているような小声が続く。


『燈真くん、澪奈ちゃんには?』


「まだ。これから帰る」


『早く帰って。絶対帰って。澪奈ちゃん心配してると思う』


「ああ」


『赤髪の少女の話、あとで詳しく聞かせて。こっちでも噂を集める』


「知っている人間は死んだという話を聞いた」


『……なにそれ』


「分からない。だが危険だ。東京方面へ行こうとする人がいても、赤髪には近づくなと伝えろ」


『分かった』


「あと、神力ライターを渡された」


『ライター?』


「使用者の神力を消費して火を出す道具らしい」


『なにそれ、めちゃくちゃ便利じゃん!』


「普通はな」


『燈真くんにはかぶってるね』


「言うな」


 千咲が少しだけ笑った。


『でも、それ人前で火を使う時の言い訳にできるんじゃない?』


「俺もそう思った」


『やっぱり。便利じゃん』


「便利だが、危険物だ。存在は伏せる」


『了解』


 通信の向こうで、千咲は少し黙った。


『燈真くん』


「なんだ」


『今日はもう帰って。これ以上進まないで』


「そのつもりだ」


『本当に?』


「本当だ」


『じゃあ、帰ったら連絡して。澪奈ちゃんにもちゃんと謝って』


「なぜ謝る前提なんだ」


『攻撃されたから』


「俺が悪いのか?」


『心配かけたから』


「……分かった」


 通信を切る。


 千咲にまで帰れと言われるとは。


 いや、当然か。


 俺でも、誰かが同じ状況なら帰れと言う。


 俺はハサミをしまい、自転車を押して山へ向かった。


 帰り道、街の様子は行きよりも悪く見えた。


 実際に悪化したわけではないのかもしれない。


 俺の見方が変わっただけかもしれない。


 配布所の列。


 神力登録所の紙。


 水を持つ人々。


 座り込む老人。


 荷物を抱えた家族。


 それらが、すべて東京外縁で見た死体と繋がって見える。


 ここも、放っておけばああなるのかもしれない。


 水が足りない。


 食料が足りない。


 神力持ちが管理される。


 人が移動できなくなる。


 道が封鎖される。


 そして、誰かが誰かを殺す。


 その流れは、遠い話ではない。


 俺はペダルを踏む力を強めた。


 山道に入る。


 人の気配が減る。


 水の音が近づく。


 そこでようやく、少し息ができた。


 水場が見えた。


 澪奈が立っていた。


 俺を見るなり、彼女は駆け寄ってきた。


「燈真!」


「ただいま」


「早い……いや、早くない? 大丈夫? 怪我は?」


「怪我はない」


「本当に?」


「ああ」


 澪奈は俺の腕や服を確認する。


 その手が少し震えていた。


「千咲ちゃんからハサミで連絡があった。途中で通信切れたって。心配してた」


「悪い」


「謝るなら、何があったか言って」


「分かった」


 俺は自転車を置き、荷物を下ろした。


 水を一口飲む。


 ようやく帰ってきた実感が湧く。


 澪奈は黙って待っていた。


 俺は順番に話した。


 正面の封鎖。


 腕章の連中。


 東京優先復興の噂。


 人を東京に留める話。


 回り道で見た死体。


 壊れたコンビニ。


 攻撃されたこと。


 赤髪の少女。


 千葉を知らなかったこと。


 地図を見せたこと。


 外縁東部という言葉。


 神力ライターを渡されたこと。


 澪奈は途中で何度も顔を強張らせた。


 特に、攻撃された話と死体の話では、唇を噛んでいた。


「だから言ったじゃん」


 全部聞き終えた後、澪奈は小さく言った。


「危険だって」


「ああ」


「本当に危険じゃん」


「ああ」


「それでも、また行くの?」


「……行く必要はある」


 澪奈は目を閉じた。


 怒鳴られるかと思った。


 だが、彼女は怒鳴らなかった。


 代わりに、深く息を吐いた。


「今は、休んで」


「まだ報告が」


「休んで」


「ライターの確認も」


「休んで」


 声が強かった。


 俺は黙る。


 澪奈は続ける。


「燈真、今すごく変な顔してる。怖いのと、考えたいのと、試したいのが全部混ざってる顔」


「……」


「今日は帰ってきた。それだけでいい。生きて帰ってきたんだから、まず休んで」


 言い返せなかった。


 実際、疲れている。


 神力はほとんど使っていない。


 だが、精神的にかなり削られていた。


 赤髪の少女の前で、ずっと神経を張っていた。


 死体を見ないようにして通った。


 攻撃された。


 帰り道でも周囲を警戒し続けた。


 体より先に、頭が疲れている。


「分かった」


 俺は頷いた。


「休む」


 澪奈は少しだけ安心した顔をした。


 その後、簡単な食事を作った。


 火は、いつものように俺の神力でつける。


 だが、指先に火を灯した瞬間、ポケットの中のライターの重さを意識した。


 あれを使えば、同じことができる。


 俺でなくても、神力さえあれば火を出せる。


 神力を道具で変換する技術。


 それが存在する。


 赤髪の少女は、そんなものを褒美として渡した。


 つまり、あれ以上のものを持っている可能性がある。


 東京側には、俺たちの知らない仕組みがある。


 神力を道具にする仕組み。


 人をエリアで管理する仕組み。


 外縁という区分。


 そして、神力持ちを集める登録所。


 全部が繋がっているように見えた。


 食後、澪奈が洗浄能力で食器を綺麗にした。


 その様子を見ながら、俺はポケットからライターを取り出した。


「燈真」


「試すんじゃない」


「見るだけだ」


「本当に?」


「本当に」


 俺はライターの裏面を見せた。


 QRコードのような模様。


 澪奈が眉をひそめる。


「これ、QRコード?」


「たぶん」


「スマホで読めってこと?」


「普通ならそうだ。だが、普通のスマホは使えない」


「燈真なら使える」


「ああ」


 澪奈は少し黙った。


「……試したいんでしょ」


「試す価値はある」


「危ないよね」


「危ない」


「何が起きるか分からない」


「分からない」


「今日じゃない」


「……」


「今日じゃない」


 二回言われた。


 俺はライターを布で包んだ。


「分かった。今日はやらない」


「約束」


「約束する」


 澪奈はじっと俺を見ていた。


 俺が本当にしまうのを確認してから、ようやく息を吐く。


「明日、ちゃんと準備してから。私もいるところで」


「ああ」


「スマホを起動するなら、光が漏れないようにする。場所も考える。何かあったらすぐ止める」


「分かった」


「あと、もし変な通信とか始まったら、即切る」


「通信?」


「分かんないけど。QRコードって、何か開くんでしょ? 普通のネットは死んでるけど、神力アイテムなら何があるか分からない」


 澪奈の警戒は正しい。


 俺は説明ページを期待している。


 だが、相手は赤髪の少女だ。


 普通の道具ではない。


 普通のQRコードではない可能性がある。


 何が起きてもおかしくない。


「そうだな」


 俺は頷いた。


「明日、準備してから試す」


 その夜、俺はなかなか眠れなかった。


 目を閉じると、赤髪の少女の顔が浮かぶ。


 どこから来た。


 答えたら殺さないでおいてやる。


 千葉というのは、どこのエリアだ。


 褒美だ。取れ。


 声が頭の中で繰り返される。


 俺は寝袋の中で、ポケットのライターを意識した。


 小さな道具。


 いらないはずの褒美。


 だが、その裏面にはQRコードがある。


 それはたぶん、ただの説明書では終わらない。


 そんな予感があった。


 そして、その予感は当たるのだろう。


 嫌な方向に。


 水場の音が静かに響く。


 澪奈の寝息が聞こえる。


 俺はようやく目を閉じた。


 明日、ライターのQRコードを読む。


 その先に何があるのか。


 俺はまだ知らない。

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