第18話 登録所
翌朝、俺はスマホをリュックの一番奥にしまった。
布で二重に包み、その上から着替えを重ねる。
まるで危険物のような扱いだった。
実際、危険物だった。
昨日、俺はスマホを一瞬だけ起動させた。
乾電池式ライトも点けた。
モバイルバッテリーも反応した。
つまり、俺の神力は火だけではなかった。
風だけでもない。
電気も生み出せる。
それが何を意味するのか、考えれば考えるほど頭が痛くなる。
電気を失った世界で、電気を生み出せる人間。
もしこの事実が知られれば、俺は終わる。
神力持ちとして登録されるだけでは済まない。
どこかの組織に囲われるか、連れていかれるか、あるいはもっと悪い扱いを受けるかもしれない。
だから今日は、絶対に使わない。
街へ下りる。
追加情報を集める。
東京方面の封鎖状況を確認する。
神力持ちの登録をしている連中の様子を見る。
だが、俺の能力は見せない。
火もできるだけ使わない。
電気は論外。
「燈真、顔怖い」
澪奈が言った。
水場のそばで、彼女は自分の服の袖に少し土をつけている。
昨日洗浄したばかりの服を、わざと汚す。
相変わらず嫌そうな顔だった。
「考えることが多い」
「東京のこと?」
「それもある」
「電気のこと?」
「それもある」
「神力登録のこと?」
「それもある」
「全部じゃん」
「全部だな」
俺はリュックの口を閉めた。
中には、最低限の水と食料、ノート、地図、ハサミ、スマホ、乾電池式ライト、ケーブル、救急用品が入っている。
スマホとライトは、本来なら持っていきたくない。
しかし、東京へ向かう前にどこで何が必要になるか分からない。
特にスマホは、電気さえ確保できれば地図や写真、メモを確認できる可能性がある。通信は期待できないが、それでも持つ価値はある。
問題は、見つかった時だ。
電気が消えた世界でスマホを持ち歩いているだけなら、まだおかしくない。
ほとんどの人間が、使えないと分かっていてもスマホを捨てられずにいる。
だが、起動しているところを見られたら終わる。
「今日は、スマホ使わないんだよね?」
澪奈が確認するように聞いてきた。
「使わない」
「絶対?」
「絶対だ」
「火も?」
「できるだけ使わない」
「できるだけ?」
「緊急時は別だ」
「緊急時って言うと、燈真はすぐ緊急って判断しそう」
「信用がないな」
「あるよ。でも、燈真の危険判定はたまに変」
「変か?」
「自分の危険には鈍い」
返す言葉がなかった。
澪奈は俺を見て、少しだけため息をつく。
「今日は一緒に行く。だから、勝手に突っ走らないで」
「分かってる」
「本当に?」
「本当に」
「じゃあ、変な登録所に近づきすぎない」
「近づかないと見えない」
「近づきすぎない」
「……分かった」
澪奈は満足そうに頷いた。
俺たちは山の水場を後にした。
街へ向かう道は、もう何度も通っている。
だが、日を追うごとに様子が変わっていた。
最初はただ静かだった。
車が動かず、信号が消え、家々の明かりが消えているだけだった。
次に、水を求める人が増えた。
川や公園へ向かう人たち。
配布所へ並ぶ人たち。
不安そうに歩き回る若者たち。
そして今日は、さらに違っていた。
人の目が、以前より鋭い。
すれ違う時、こちらの荷物を見る。
水筒を見る。
靴を見る。
服の汚れを見る。
顔色を見る。
生き延びているかどうか。
何かを持っているかどうか。
そういう目だった。
「……見られてるね」
澪奈が小声で言った。
「ああ」
「私たち、まだ目立つ?」
「目立つ。少なくとも、完全に疲れ切っているようには見えない」
「疲れた顔すればいい?」
「わざとらしいと逆に目立つ」
「難しい」
「普通に歩け」
「普通が難しいって言ってたの、燈真でしょ」
「そうだったな」
俺たちは住宅地を抜け、繁華街の方へ向かった。
配布所の近くへ行くと、すぐに人の多さが分かった。
前より明らかに増えている。
長机の数は変わらない。
段ボールの数も減っているように見える。
それなのに、並んでいる人間は増えていた。
列は広場を越えて、駅前の歩道まで伸びている。
人々の顔には疲れと苛立ちがあった。
子供の泣き声。
大人の怒鳴り声。
誰かが順番を抜かしたと揉めている声。
配布側の人間が「一人一回です」と繰り返している声。
そのすべてが、昨日より荒れている。
「並ぶ?」
澪奈が聞いた。
「今日は並ばない。情報を見るだけだ」
「うん」
俺たちは配布列から少し離れた場所に立った。
距離を取る。
近づきすぎると巻き込まれる。
遠すぎると聞こえない。
視線だけで広場の様子を追う。
そこで、俺は見つけた。
広場の端に、配布所とは別の机がある。
そこには手書きの紙が貼られていた。
『神力協力者受付』
『火・水・医療・電気・防衛・通信・探索』
『申告者優先支援あり』
俺は思わず足を止めた。
澪奈もその紙に気づいたらしい。
顔が強張る。
「燈真……」
「ああ」
神力協力者受付。
ついに、看板が出た。
噂ではない。
目の前にある。
机の前には、数人が立っていた。
腕章をつけた大人たち。
白地に青い線。
千咲と透子が言っていたものと同じだろう。
彼らは紙の束を持ち、並んだ人間に何かを書かせている。
名前。
年齢。
住所。
能力。
たぶん、そういうものだ。
机の横には、若い男が一人立っていた。
周囲の人間に向かって、少し大きめの声で説明している。
「神力を使える方は申し出てください。危険なことはありません。登録は協力者管理のためです。火を出せる方、水を作れる方、怪我を治せる方、索敵や通信ができる方、電気関係の能力を持つ方は特に協力をお願いします。登録者には食料と水の優先配布を検討しています」
食料と水の優先配布。
それを聞いた瞬間、周囲の空気が揺れた。
配布列に並んでいる人たちが、そちらを見る。
誰かが小さく「優先だって」と呟く。
別の人間が「能力あるなら協力するのが当然だろ」と言う。
その言葉に、俺の背筋が冷えた。
当然。
出た。
協力してほしい、ではない。
できるならするべきだ。
その空気が、もう生まれ始めている。
「まずい」
俺は呟いた。
澪奈が小さく頷く。
「これ、登録したらどうなるんだろう」
「最初は優遇されるかもしれない」
「最初は?」
「その後は、管理される」
「……だよね」
机の前には、実際に何人かが並んでいた。
一人は年配の女性。
一人は高校生くらいの少年。
一人は若い男。
登録しているのか、ただ質問しているのかは分からない。
だが、腕章の大人たちは熱心に話を聞いていた。
「もっと近づく?」
澪奈が聞く。
「少しだけ」
「近づきすぎないって言ったよ」
「見える範囲までだ」
俺たちは、人混みに紛れるように移動した。
俺はなるべく視線を落とし、興味がないふりをする。
だが、耳は向ける。
登録机の近くで、少年が話していた。
「火花みたいなのは出せるんですけど、火はまだ……」
「火花ですか。いつからですか?」
「昨日からです。指の間で、ぱちって」
「火起こしに使えますか?」
「まだ分かりません」
「住所と名前を書いてください。後で確認担当が伺う場合があります」
確認担当が伺う。
住所を聞く理由はそれか。
いや、当然それだけではない。
居場所を把握するためだ。
少年は迷っているようだった。
その隣で、母親らしき女性が言う。
「登録したら、水を優先していただけるんですよね?」
「検討中です。現時点では、協力内容に応じて支援を調整します」
「この子、まだ子供なんです。無理はさせないでください」
「もちろんです。安全に配慮します」
その言葉は、表面上は丁寧だった。
だが、俺にはあまり信用できなかった。
安全に配慮。
協力内容に応じて支援。
確認担当。
どれも、きれいな言葉だ。
だが、その下には「能力者を把握したい」という意図が透けている。
俺の能力が知られたら、同じように書かされるのか。
名前。
住所。
年齢。
神力内容。
火、風、電気。
いや、そんなものを書いた時点で終わる。
澪奈の洗浄も同じだ。
水を浄化できる。
服や体を洗える。
それを知られたら、彼女も狙われる。
俺は澪奈の袖を軽く引いた。
「離れる」
「うん」
広場から少し離れた路地へ入る。
そこでようやく息を吐いた。
澪奈も顔色が悪い。
「思ったより早いね」
「ああ」
「神力登録って、もう本当に始まってる」
「登録というより、囲い込みの準備だろうな」
「でも、登録したら水とか食料がもらえるって言われたら、困ってる人は行っちゃうよね」
「行くだろうな」
それを責めることはできない。
水も食料も足りない。
家族がいる。
子供がいる。
老人がいる。
少しでも優先支援を受けられるなら、能力を申告する人間は出る。
問題は、その後だ。
一度登録すれば、居場所を知られる。
能力を知られる。
求められる。
断りにくくなる。
それはもう、自由ではない。
「千咲たちにも伝える必要がある」
俺は言った。
「ハサミで?」
「ああ。今日中に」
「でも、千咲ちゃんはもうハサミ見せてるんだよね?」
「だからまずい。通信機能までは知られていないはずだが、ハサミ生成だけでも登録対象になる」
「透子ちゃんたちも?」
「絶対に隠すべきだ」
索敵。
植物生成。
結界。
どれも危険だ。
特に透子の索敵と莉子の結界は、防衛面で価値が高い。詩乃の植物生成も、水を食料や資源に変える可能性がある。紗良は未発動だが、それでも神力持ちの疑いがある。
あの家が登録されたら、終わる。
少なくとも、自由ではいられなくなる。
「燈真」
「なんだ」
「登録所、東京と関係あるのかな」
「ある可能性が高い」
「腕章の人たち、東京から?」
「分からない。地元の有志かもしれないし、行政の一部かもしれない。東京側の組織と繋がっている可能性もある」
「電気関係って書いてあったね」
「ああ」
火・水・医療・電気・防衛・通信・探索。
はっきりと書かれていた。
電気。
俺の能力が、そこに直撃している。
「絶対に隠す」
俺は言った。
「分かってる」
澪奈の声も固かった。
「燈真の電気は、絶対駄目。火もできれば隠す。私の洗浄も言わない」
「ああ」
「山の水場も」
「言わない」
「千咲ちゃんたちにも、登録しないように伝えよう」
「そうだな」
路地から出て、次は東京方面の情報を集める。
配布所から離れた場所には、手書きの掲示板のようなものがあった。
紙が何枚も貼られている。
『○○小学校 避難所』
『水配布 午後予定』
『医療相談 中央公園』
『東京方面への移動は危険』
『橋付近封鎖の噂あり』
『家族を探しています』
人探しの紙が増えていた。
名前。
年齢。
最後に見た場所。
東京へ行ったまま戻らない父親。
出勤したまま連絡の取れない母親。
学校から帰ってこない子供。
携帯が使えない世界で、人探しは紙に戻っていた。
その中に、俺の両親の名前はない。
当たり前だ。
俺が出していないからだ。
だが、見ているだけで胸が重くなる。
帰ってこないのは、うちだけではない。
多くの家で、大人が、家族が、誰かが帰ってきていない。
「燈真」
澪奈が紙の一枚を指した。
『東京方面から戻った方、情報求む』
その下に、いくつか手書きの追記がある。
『新木場方面通行不可』
『大橋封鎖』
『徒歩移動者多数』
『戻された』
『腕章の集団あり』
『電気復旧作業のため通行制限との話』
俺はその文字をじっと見た。
「電気復旧作業……」
父のメモにも、復旧計画という言葉があった。
東京では本当に、何かを復旧させようとしているのか。
電気を。
あるいは、電気の代わりとなる神力網を。
「これ、父さんと関係あるかもしれない」
「うん」
澪奈は静かに頷いた。
「でも、通行制限ってことは、普通に行っても止められるよね」
「ああ。だから正面は避ける」
「回り道?」
「そうなる」
俺は地図を取り出し、掲示板の情報をノートに書き写した。
新木場方面不可。
橋封鎖。
大橋封鎖。
電気復旧作業名目の通行制限。
腕章の集団。
戻された人あり。
情報は不確かだが、方向性は見えてきた。
東京へ向かう主なルートは止められている。
人が集まる場所は管理されつつある。
神力持ちの登録が進んでいる。
電気関係の能力は特に求められている。
俺が行くのは、そこだ。
馬鹿げている。
だが、行かないわけにはいかない。
「もう少し聞く」
俺は言った。
「誰に?」
「戻された人がいないか探す」
「気をつけて」
「ああ」
広場から離れた道端に、数人の男が座り込んでいた。
荷物を抱え、疲れ切った顔をしている。
そのうちの一人が、東京方面から戻された話をしているのが聞こえた。
俺は少し近づく。
「すみません」
男が顔を上げた。
年齢は三十代くらい。
目の下に濃い隈がある。
「なんだ」
「東京方面から戻されたって聞こえたんですが」
「……ああ。行くのはやめとけ」
「何があったんですか」
「橋の手前で止められた。通行制限だとよ。復旧作業中だから危険だとか、避難誘導に従えとか、そんなことを言われた」
「誰に?」
「腕章つけた連中と、警備員みたいなやつ。警察かと思ったが、違うのも混じってた」
「通してもらえなかった?」
「無理だった。食い下がったやつは別の場所に連れてかれた」
「別の場所?」
「知らん。話し合いとか言ってたが、戻ってきてない」
澪奈が隣で息を呑む。
俺は表情を変えないようにした。
「東京から来た人は見ましたか」
「ほとんど見ない。向こうから出るのも止められてるんじゃねえかって話だ」
「理由は?」
「東京を先に復旧させるんだとよ。人が外に逃げると困るんだろ。神力持ちも集めてるって噂だ。特に電気がどうとか」
「電気……」
「ああ。電気を戻せるやつがいるなら、東京に連れてくとか何とか。まあ、噂だ。俺は知らん」
「ありがとうございます」
「行くなよ。ガキが行ってどうにかなる場所じゃない」
「……はい」
返事だけして離れた。
行くなと言われた。
正論だ。
俺だって、普通なら行かない。
だが、父と母がいる。
復旧計画というメモがある。
電気関係の神力を探しているという噂がある。
そして俺は、電気を生み出せる。
行く理由ばかりが増えていく。
路地へ戻ると、澪奈が俺を見た。
「燈真」
「なんだ」
「やっぱり危険だよ」
「ああ」
「戻ってこない人がいるって」
「ああ」
「それでも行くんだよね」
「行く」
澪奈は目を閉じ、小さく息を吐いた。
「分かった。でも、一つ条件」
「条件?」
「今日はもう帰る。これ以上情報集めない」
「まだ」
「燈真」
澪奈の声が強くなる。
「今の情報だけでも十分重い。これ以上聞いたら、燈真はそのまま東京に行きそうな顔してる」
「……そんな顔か」
「してる」
「今は行かない」
「信じたいから、今日は帰る」
俺は少し黙った。
まだ聞きたいことはある。
腕章の組織。
登録の詳細。
電気復旧作業。
東京から戻った人。
だが、澪奈の言うことも分かる。
情報を得るほど、焦りが増す。
今のまま動けば、判断を間違える可能性がある。
俺は頷いた。
「分かった。帰る」
「うん」
「ただ、千咲に連絡してからだ」
「それは必要」
俺たちは人目の少ない場所へ移動し、布に包んだハサミを取り出した。
俺が声をかける。
「千咲」
少し待つ。
ハサミが小さく鳴った。
『はいはーい。燈真くん?』
「声を落とせ」
『落とした。どうしたの?』
「神力登録が本格化してる。配布所の近くに受付ができていた」
『……やっぱり』
千咲の声から軽さが消えた。
「火、水、医療、電気、防衛、通信、探索。能力を書かせている。住所も聞いている。登録者には優先支援の話も出ている」
『うわ、かなり進んでるね』
「絶対に登録するな。千咲のハサミも見せるな。透子、詩乃、莉子、紗良の能力も隠せ」
『分かった。みんなにも言う』
「特に通信機能は絶対に隠せ。ハサミ生成だけでも危ないが、通信はもっと危ない」
『うん』
「東京方面も危険だ。通行制限、橋封鎖、電気復旧作業、神力持ち集めの噂がある」
『東京行き、やめる?』
「やめない」
『だよね』
千咲は小さく息を吐いた。
『燈真くん、行く前にうち来る?』
「今は行かない。明日、準備する」
『そっか』
「何かあればハサミで連絡しろ。ただし、登録の連中には絶対に見せるな」
『了解。燈真くんも気をつけて』
「ああ」
通信を切る。
ハサミをしまう。
澪奈が言った。
「千咲ちゃんたち、大丈夫かな」
「分からない」
「でも、連絡できたのはよかった」
「ああ」
俺たちは山へ戻った。
帰り道、何度も振り返った。
つけられていないか。
見られていないか。
今日は情報を集めただけのはずなのに、やけに疲れていた。
山の水場に戻る頃には、日が傾き始めていた。
荷物を下ろす。
水を飲む。
澪奈が洗浄能力で手を綺麗にしようとして、途中で止めた。
「……街に行く前は汚してるのに、帰ってきたら洗いたくなるね」
「洗え。ここではいい」
「うん」
澪奈が手を洗浄する。
水をあまり使わず、汚れが落ちる。
本当に便利な能力だ。
そして、絶対に知られてはいけない能力でもある。
夕食の準備をしながら、俺は今日の情報をノートにまとめた。
神力協力者受付。
火・水・医療・電気・防衛・通信・探索。
住所、名前、能力の記録。
登録者優先支援の可能性。
確認担当が訪問する可能性。
東京方面、橋封鎖。
電気復旧作業名目の通行制限。
戻らない人あり。
電気関係の神力持ちを探している噂。
腕章、白地に青線。
書いているだけで、胃が重くなる。
澪奈は隣で黙っていた。
俺が書き終えるのを待ってから、静かに言う。
「明日、行く準備?」
「ああ」
「明後日、出る?」
「そのつもりだ」
「泊まる場所は?」
「候補を二つ決める。途中で無理だと思ったら戻る」
「三日」
「ああ。三日で戻らなかったら、千咲に連絡して状況確認。それから動く」
「うん」
「澪奈は一人で東京方面へ突っ込むな」
「燈真も一人で突っ込みすぎない」
「……努力する」
「約束」
「分かった。約束する」
澪奈は頷いた。
それから、少しだけ笑う。
「なんか、約束ばっかりだね」
「約束しておかないと、俺が勝手に動くと思われてるからな」
「思ってるよ」
「信用がない」
「ある。でも、燈真は自分のことになると信用ならない」
「そうか」
「そう」
否定はできなかった。
夜。
俺はリュックからスマホを取り出した。
起動はしない。
ただ、布に包んだまま手に持つ。
今日見た登録所の紙が頭に残っている。
電気。
あの項目の中に、俺はいた。
まだ誰にも知られていない。
澪奈以外には。
でも、東京へ行けば、いつか使わざるを得ないかもしれない。
その時、俺はどうする。
能力を隠すために死ぬのか。
生きるために使うのか。
使った後、どう逃げるのか。
考えても答えは出ない。
ただ、一つだけ決めた。
俺は登録されない。
管理されない。
俺の能力は、俺が使う。
家族を探すために。
澪奈を守るために。
帰る場所を守るために。
他人のためではない。
そう自分に言い聞かせる。
けれど、千咲たちの家を思い出すと、その線は少しだけ揺らいだ。
人は簡単には割り切れない。
それが面倒だった。
俺はスマホをしまい、ノートを閉じた。
明日、準備する。
明後日、東京方面へ向かう。
電気の消えた世界で、電気を生み出せることを隠したまま。
封鎖された東京へ。
帰ってこない両親のいる場所へ。
俺は行く。




