第17話 電気という現象
翌朝、俺は乾電池式の小型ライトを前にして座っていた。
山の水場のそば。
平らな石の上に、昨日家から持ってきた道具を並べている。
古い単三電池が四本。
乾電池式の小型ライト。
スマホの充電ケーブル。
モバイルバッテリー。
古い手回し式ラジオ。
それから、壊れてもいい小型のデジタル時計。
どれも、電気が消えてからはただの置物になっていたものだ。
正確には、電気が消えたというより、電池もバッテリーも機能しなくなった。
スマホはつかない。
ライトもつかない。
車も動かない。
信号も消えた。
この世界から、電気を使う仕組みが丸ごと停止している。
けれど、人間は動いている。
俺たちの体は動いている。
そして俺は、神力を火に変えられる。
風にも変えられる。
なら。
電気にも変えられるのではないか。
「……本当にやるの?」
隣に座った澪奈が、不安そうに言った。
「ああ」
「危ないよね?」
「危ない」
「そこはちょっとくらい否定してよ」
「嘘をついても意味がない」
「そういうところだよ、燈真」
澪奈は膝を抱え、俺の手元を見ている。
今日はいつもより距離が近い。
俺が一人で勝手に実験しないように、という意味もあるのだろう。
それは正しい。
俺は興味を持つと危険な実験をしたくなる。
自覚はある。
だから今日は、澪奈に見ていてもらう。
一人でやらない。
暴発したら止める。
少しでも異常があれば中断する。
そう約束した。
「手順を確認する」
俺はノートを開いた。
「まずは直接スマホを充電しない。精密機器だから、いきなり壊す可能性がある」
「うん」
「最初は乾電池式ライト。単純な構造で、壊れても被害が少ない」
「うん」
「電池そのものに神力を流すのは危険かもしれない。破裂する可能性がある。だから、まずは電池を入れない状態で、端子にごく弱い電気を流す」
「それって感電しない?」
「する可能性はある」
「やめよう?」
「弱くやる」
「燈真の弱く、信用できない」
「俺も完全には信用してない」
「なおさらやめよう?」
澪奈の声が少し強くなった。
俺は小さく息を吐いた。
「でも、東京へ行く前に確認しておきたい」
「どうしても?」
「ああ」
「スマホがつけば便利だから?」
「それもある。地図を見られるかもしれない。メモも残せる。時計も使える。カメラも使える。場合によっては、何か保存されている情報を確認できる」
「通信は?」
「普通の通信は無理だと思う。基地局が死んでるはずだからな」
「じゃあ電話はできない?」
「たぶん無理だ」
それでも、スマホが起動するだけで価値はある。
写真。
地図。
メモ。
ライト。
時計。
電卓。
オフラインで使える情報。
電気が失われた世界では、それだけで十分すぎるほど大きい。
「それに、東京で電気関係の神力を探しているという噂がある」
「うん」
「もし俺が電気を出せるなら、知られたら終わりだ。逆に、俺自身が知らないまま東京に行くのも危険だ」
「自分の能力を知らないと、対策もできないってこと?」
「そうだ」
澪奈はしばらく黙った。
それから、渋々頷く。
「分かった。でも、絶対に無理しないで」
「分かった」
「ちょっとでも痛いとか、変な感じがしたらやめる」
「ああ」
「私が止めたら止める」
「……分かった」
「今ちょっと間があった」
「分かった」
「本当に?」
「本当に」
澪奈はまだ疑っている顔だったが、それ以上は言わなかった。
俺は乾電池式ライトを手に取った。
小型の、単三電池二本で動くライトだ。
電池を抜き、端子部分を確認する。
プラスとマイナス。
小学生でも分かるような単純な構造。
ここに電気を流せば、本来なら豆電球が光る。
いや、これはLEDライトだったか。
どちらにしても、必要な電力は小さい。
最初の実験には向いている。
俺は深呼吸した。
火を出す時の感覚を思い出す。
体の奥にある、見えない水位。
神力。
それを指先に集める。
火ではない。
熱ではない。
風でもない。
空気を動かすのではなく、光を灯すための、電気の流れ。
電気。
そう思った瞬間、体の奥がわずかに反応した。
火の時とは少し違う。
風の時とも違う。
もっと細い。
鋭い。
糸のようなものが、指先から伸びようとする感覚。
「……来た」
俺は呟いた。
「え、もう?」
「まだ流してない。感覚があるだけだ」
「怖いんだけど」
「俺も怖い」
正直に言う。
本当に怖い。
火より怖い。
火は見える。
熱も分かる。
風も、葉が揺れれば分かる。
だが、電気は見えない。
どこへ流れるか分からない。
自分の体を傷つけるかもしれない。
機械を壊すかもしれない。
それでも、試す。
俺はライトの端子に、指を近づけた。
直接触れない。
まずはほんの少し。
指先から、糸のような神力を電気へ変える。
次の瞬間。
ぱち、と小さな音がした。
「っ」
指先に軽い痛み。
反射的に手を引く。
「燈真!」
「大丈夫」
「痛かったでしょ!」
「静電気くらいだ」
「静電気も痛いよ!」
「大丈夫だ。続ける」
「……本当に?」
「ああ」
指先を見る。
焦げてはいない。
火傷もない。
ただ、胸の奥の神力がほんの少し減っている。
確かに変換された。
今のは、電気だった。
そう確信できた。
「今の、電気?」
澪奈が聞く。
「たぶん」
「ライトは?」
「まだついてない」
「じゃあ失敗?」
「電気は出た。だが、流し方が悪い」
「流し方って」
「プラスとマイナスがある。回路を作らないと駄目なんだろう」
「燈真、詳しいの?」
「詳しくない。一般知識程度だ」
「大丈夫なの、それ」
「大丈夫じゃないから小さいもので試してる」
俺は再びライトを見る。
電気は出た。
だが、ただ放電しただけでは機器は動かない。
必要なのは流れだ。
電位差。
回路。
プラスとマイナス。
中学か高校で習った知識を必死に思い出す。
電気を「出す」だけではだめだ。
電気を「通す」必要がある。
俺の神力を、電池の代わりにする。
なら、片方の端子からもう片方の端子へ、一定の電圧で流す。
……一定の電圧。
無理だろ。
自分で考えて、少し嫌になる。
俺は専門家ではない。
キャンプ道具には詳しいが、電気工学に詳しいわけではない。
火なら、燃えればいい。
風なら、空気が動けばいい。
だが、電気は細かい。
強すぎれば壊れる。
弱すぎれば動かない。
流す向きもある。
「難しい顔してる」
澪奈が言った。
「難しい」
「やめる?」
「もう少しだけ」
「少しだけね」
「ああ」
俺はライトに電池を入れ直した。
死んでいるはずの乾電池。
普通なら使えない。
だが、この電池を媒介にすれば、直接流すより安定するかもしれない。
危険はある。
破裂する可能性もある。
だから、ライトを石の上に置き、俺たちは少し距離を取った。
俺は細い導線代わりに、家から持ってきた古いケーブルの芯を使った。
ライトの端子部分に触れさせる。
その先に指を添える。
澪奈は少し離れたところで、水を持っている。
「水で電気って止められるの?」
「普通は危ない」
「じゃあなんで水持ってるの」
「火が出た時用」
「電気用は?」
「離れる」
「怖い!」
俺も怖い。
だが、やる。
神力を細く流す。
今度は、乾電池そのものに電気を満たすイメージではなく、乾電池を一時的な道として使う。
電気が流れる。
回路が閉じる。
ライトが光る。
そうイメージする。
胸の奥の神力が少し減った。
指先に、微かな痺れ。
次の瞬間。
ライトが、一瞬だけ光った。
「ついた!」
澪奈が声を上げる。
俺は息を止めた。
ライトはすぐに消えた。
ほんの一瞬だった。
だが、確かに光った。
電気が流れた。
俺の神力が、ライトを動かした。
「……成功だ」
自分の声が少し震えていた。
火を初めて出した時より、重い。
風を起こした時より、ずっと重い。
光った。
電気で。
世界から失われたはずの電気で。
「燈真、今の」
「ああ」
「電気、出せたってこと?」
「たぶん。いや、ほぼ確実に」
俺はノートを開く手が少し震えていることに気づいた。
記録する。
乾電池式ライト。
電池あり。
神力を電気へ変換し、端子へ流す。
一瞬点灯。
指先に軽い痺れ。
神力消費あり。
出力制御が難しい。
継続点灯は未成功。
「もうやめる?」
澪奈が言った。
「もう少しだけ。継続できるか確認する」
「本当に少しだけだよ」
「ああ」
今度は、最初から長く流そうとしない。
一瞬ずつ。
短く。
弱く。
ライトが点くたびに、神力が削れる。
最初は一瞬。
次は少し長く。
また消える。
何度目かで、ライトが三秒ほど点灯した。
白い光が、山の水場の朝に浮かぶ。
明るい。
ただの小型ライトの光なのに、異様に眩しく見えた。
澪奈も黙っていた。
電気の光。
ここしばらく見ていなかった光。
火とは違う。
太陽とも違う。
人工の光。
文明の光。
それが、俺の神力で灯っている。
「……やばいね」
澪奈が小さく言った。
「ああ」
「これ、絶対知られちゃ駄目なやつだ」
「ああ」
俺はライトを消した。
消したというより、神力を止めた。
ライトはまた沈黙する。
だが、もうただの沈黙ではない。
俺が神力を流せば、また光る。
それが分かってしまった。
「燈真」
「なんだ」
「嬉しい?」
その問いに、俺はすぐ答えられなかった。
嬉しい。
確かに嬉しい。
電気を生み出せた。
それは大きい。
スマホが使えるかもしれない。
ライトが使えるかもしれない。
乾電池機器が動くかもしれない。
東京偵察にも、山の生活にも、千咲たちの拠点にも、あらゆる面で役立つ。
でも、怖い。
あまりにも怖い。
火を出せるだけでもまずい。
洗浄能力も隠すべきだ。
ハサミ通信も危険だ。
だが、電気は別格だ。
電気が消えた世界で、電気を生み出せる。
それが知られたら、俺はもうただの高校生ではいられない。
「嬉しい」
俺は正直に言った。
「でも、それ以上にまずい」
「うん」
「俺は、たぶん一番知られちゃいけない能力に近づいてる」
「……うん」
澪奈は真剣な顔で頷いた。
「でも、燈真は嬉しいんだね」
「そうだな」
「ちょっと分かるよ」
「そうか?」
「うん。だって、久しぶりに光ったもん」
澪奈はライトを見ていた。
「電気って、こんなに安心するものだったんだね」
「そうだな」
俺はライトを手に取った。
軽い。
何の変哲もない小型ライトだ。
それが今は、世界のルールをひっくり返す証拠のように見える。
次に、スマホを試す。
そう考えただけで、心臓が速くなった。
だが、いきなりスマホは危険だ。
まずはモバイルバッテリー。
昨日家から持ってきた古いものだ。
電気が消えてから完全に反応しなくなっている。
これに充電できるか。
もしできれば、電気を一時的に蓄えることができる。
ただし、バッテリーは危険だ。
発熱、膨張、発火。
知識はある。
だから慎重にやる。
「次はモバイルバッテリー」
「危なくない?」
「ライトより危ない。だから少しだけ」
「本当に少しだけ」
「ああ」
俺は充電ケーブルを接続した。
モバイルバッテリーの入力端子にケーブルを挿す。
反対側をそのまま指で触れるのは危ない。
古いUSBアダプタを分解したいところだが、道具が足りない。
俺はケーブルの端子を見ながら考える。
ここに電気を流す。
五ボルト程度。
スマホやモバイルバッテリーが扱う低電圧。
五ボルトがどのくらいか、体感で分かるわけがない。
また難しい。
俺は指先に神力を集める。
電気。
細く。
弱く。
安定して。
火や風のように勢いで出すのではない。
一定の流れにする。
胸の奥の神力が、少しずつ削れていく。
ケーブルの先に電気を流す。
モバイルバッテリーは沈黙している。
反応なし。
もう少しだけ強く。
まだ反応なし。
さらに少し。
その瞬間、モバイルバッテリーの小さなランプが一瞬だけ点いた。
「ついた!」
「見えた」
「今の、充電?」
「分からない。反応しただけかもしれない」
俺はすぐに神力を止めた。
モバイルバッテリーを触る。
熱はない。
膨らんでもいない。
異臭もない。
ひとまず大丈夫。
「危なそう?」
「今のところは」
「今日はそこまでにしない?」
「……」
「燈真」
「分かった。モバイルバッテリーはここまで」
澪奈が明らかにほっとした。
俺も少し疲れている。
火や風より、電気は神経を使う。
神力消費そのものはそこまで大きくないが、制御に集中力を持っていかれる。
長くやるべきではない。
だが、スマホは試したい。
一瞬だけでも起動するか確認したい。
そう思ってしまう。
澪奈が俺の顔を見て、目を細めた。
「スマホ、試したいと思ってるでしょ」
「……思ってる」
「今日はやめよう」
「少しだけ」
「燈真」
「一瞬だけだ。起動するかどうかを見るだけ」
「それ、絶対一瞬で終わらないやつ」
「終わらせる」
「本当に?」
「約束する」
澪奈はかなり迷っていた。
俺も、ここで押し切るのはよくないと思った。
でも、スマホが起動するかどうかは重要だ。
東京へ行く前に、最低限確認しておきたい。
「一回だけ」
澪奈が言った。
「一回だけ。変な熱とか出たら即やめる。画面がついても、続けない」
「分かった」
「絶対だよ」
「ああ」
俺は自分のスマホを取り出した。
電気が消えた日から、ただの黒い板になっていたもの。
何度ボタンを押しても反応しなかった。
バッテリー残量はあったはずなのに、完全に沈黙していた。
それを手に取る。
ケーブルを挿す。
反対側を、俺の指先に触れさせる。
本来なら充電器が必要だ。
だが、今は俺が電源になる。
考えると馬鹿みたいだ。
危険すぎる。
でも、やる。
俺は神力を電気へ変える。
細く。
弱く。
一定に。
スマホを壊さないように。
胸の奥から、神力が少しずつ流れていく。
最初は反応なし。
少し強める。
まだ反応なし。
さらに少し。
その瞬間、スマホが震えた。
びくりと、俺の手も震える。
「今!」
澪奈が声を上げる。
画面が、薄く光った。
黒い画面に、白いロゴが浮かぶ。
何度も見たはずの起動画面。
それなのに、まるで奇跡みたいに見えた。
「……ついた」
声が漏れた。
スマホが起動している。
電気が消えた世界で。
俺の手の中で。
スマホが、起動している。
澪奈は口元に手を当てていた。
「燈真……」
「ああ」
画面は数秒だけ光っていた。
俺は約束通り、すぐに神力を止めた。
画面が消える。
スマホはまた黒い板に戻った。
だが、もう違う。
起動した。
一瞬でも。
確かに。
俺はスマホを石の上に置き、深く息を吐いた。
体が少し重い。
神力の消費だけではない。
緊張が一気に抜けたのだろう。
「今日はここまで」
澪奈が言った。
「ああ」
俺も素直に頷いた。
これ以上は危ない。
分かったことは十分すぎる。
俺は電気を生み出せる。
乾電池式ライトを点けられる。
モバイルバッテリーを反応させられる。
スマホを一瞬起動できる。
出力制御は不安定。
長時間使用は危険。
神力消費あり。
でも、できる。
それだけで世界が変わる。
俺はノートに記録した。
電気生成成功。
火・風に続き、神力を電気現象へ変換可能。
仮説:神力は特定属性ではなく、エネルギー現象への変換能力。
低出力電気は生成可能。
出力安定化が課題。
スマホ一瞬起動。
危険性高。秘匿必須。
書き終えた文字を見て、俺はしばらく動けなかった。
「燈真の能力、火じゃなかったんだね」
澪奈が言った。
「ああ」
「エネルギー?」
「たぶん」
「火も、風も、電気も」
「全部、エネルギーの形だ」
「じゃあ、他にもできるの?」
「可能性はある。光、熱、音、運動。もっと危険なものも」
「怖いね」
「ああ」
「でも、すごい」
「そうだな」
否定できなかった。
すごい。
とんでもない。
そして危険だ。
この能力は、俺の生活を助ける。
澪奈を守る助けにもなる。
千咲たちの拠点を大きく変えることもできるだろう。
東京へ行く時にも、強力な手札になる。
だが、同時に俺を狙われる理由にもなる。
神力持ちを登録しようとする連中。
電気関係の神力を探しているという噂。
もし俺の能力が知られたら、俺は間違いなくその中心に引きずり込まれる。
「澪奈」
「なに?」
「このことは、誰にも言うな」
「うん」
「千咲にもだ」
「分かってる」
「火や風はまだいい。いや、よくないが、まだ誤魔化せる。電気は絶対に駄目だ」
「うん」
「もし東京で何か聞かれても、俺は火起こしができるだけだ」
「ライターとか、火打ち石とかで誤魔化す?」
「そうだ。神力も、できれば隠す」
澪奈は静かに頷いた。
それから、少し不安そうに言う。
「でも、東京で使わないといけない時が来るかもしれないよね」
「ああ」
「その時は?」
「その時は、使う」
「燈真」
「生きるためなら使う。親を探すために必要なら使う。でも、使ったら終わりに近いと思った方がいい」
「終わり?」
「誰かに見られたら、隠せなくなる」
電気の光は目立つ。
火より目立つ。
この世界でライトが点けば、それだけで異常だ。
スマホが動けば、さらに異常だ。
それは希望にもなる。
そして、争いの種にもなる。
俺はスマホを布で包んだ。
まるで危険物を扱うように。
実際、危険物だった。
俺自身も含めて。
「燈真」
「なんだ」
「今日は休むって約束」
「分かってる」
「本当に?」
「本当に。電気実験はここまでだ」
「よし」
澪奈は少し安心したように息を吐いた。
俺はライトやケーブル類を片付ける。
スマホをリュックの奥へしまう。
乾電池式ライトも一緒に入れる。
東京へ持っていくべきだ。
だが、使う時は慎重に。
人前では絶対に使わない。
その後、俺たちは昼食を作った。
いつも通り、神力で火をつける。
湯を沸かす。
粉末スープを作る。
アルファ米を少し。
何も変わらない作業のはずなのに、俺の中ではすべてが違って見えた。
火は、俺の能力の一部でしかない。
風も。
電気も。
俺の神力は、もっと広い。
エネルギーを変える力。
それがどこまでできるのかは分からない。
分からないからこそ怖い。
食事を終えた後、澪奈が俺の袖を軽く引いた。
「ねえ、タイトルみたいだね」
「何が」
「電気を失った世界で、燈真だけが電気を生み出せる」
俺は少しだけ黙った。
その言葉は、冗談のようで、冗談ではなかった。
この世界は電気を失った。
そして俺は、電気を生み出せた。
まだ一瞬だけ。
不安定で、危険で、使い物になるとは言い切れない。
でも、確かに生み出せた。
「最悪のタイトル回収だな」
俺が言うと、澪奈は少し笑った。
「でも、燈真らしい」
「どこが」
「すごいことできるって分かっても、最初に言うのが『まずい』とか『最悪』なところ」
「実際まずいだろ」
「うん。まずいね」
澪奈は空を見上げた。
木々の間から、昼の光が差し込んでいる。
電気ではない。
太陽の光。
世界が壊れても、それは変わらない。
「でも、少しだけ希望でもあるよ」
「希望か」
「うん。電気が全部消えたわけじゃないって、分かったから」
「俺の中だけだ」
「それでも」
澪奈は俺を見た。
「それでも、ゼロじゃない」
その言葉は、思ったより胸に残った。
ゼロじゃない。
電気は消えた。
文明は止まった。
親は帰ってこない。
東京は封鎖されているかもしれない。
神力持ちは資源として見られ始めている。
状況は最悪だ。
それでも、ゼロではない。
火がある。
水場がある。
澪奈の洗浄がある。
千咲のハサミがある。
透子の索敵、詩乃の植物、莉子の結界、紗良の音がある。
そして、俺の電気がある。
それが希望なのか、災厄なのかは分からない。
たぶん、両方だ。
夕方、俺は東京方面の地図を広げた。
澪奈が隣に座る。
封鎖の噂。
人が戻された場所。
危険区域。
情報の空白。
千咲たちから得た情報を整理する。
「明日、まず街で追加情報を集める」
俺は言った。
「東京へは明後日?」
「準備次第だ」
「泊まる場所は?」
「候補をいくつか決める。無理なら戻る」
「三日ルール」
「ああ。三日帰らなかったら、澪奈は千咲に連絡して状況確認。それから動く」
「うん」
「一人で突っ込むな」
「燈真もね」
「……努力する」
「約束」
「分かった。約束する」
地図の上に、指を置く。
東京へ向かう道。
正面は封鎖されている可能性が高い。
なら、回り道。
人の少ない道。
情報の少ない道。
危険かもしれないが、行くしかない。
父と母がいる。
帰ってこない理由がある。
そして、東京では電気関係の神力を探している。
俺は、自分の能力を知ってしまった。
だからこそ、東京へ行く意味はさらに大きくなった。
同時に、危険も増えた。
俺はノートの最後に書いた。
東京偵察目的。
一、両親の安否確認。
二、東京封鎖の実態確認。
三、神力持ち登録の組織確認。
四、電気関係の神力情報収集。
五、自分の能力は絶対に隠す。
最後の一行に、強く線を引く。
自分の能力は絶対に隠す。
俺は電気を生み出せる。
その事実は、今は俺と澪奈だけの秘密だ。
たぶん、この世界で一番危険な秘密だった。




