第14話 帰らないで
帰る準備を始めると、家の空気が少し変わった。
最初に気づいたのは、たぶん透子だった。
朝食後、俺が台所の隅で荷物を整理していると、リビングのソファに座っていた透子が、眠そうな目をこちらへ向けた。
「燈真、帰るの?」
「明日な」
「そっか」
透子はそれだけ言って、しばらく黙った。
いつもなら「期間限定イベント終了」とか「火の人ロス」とか、よく分からない言い方をしそうなのに、今日は何も続けなかった。
俺はリュックの中身を確認する。
持ってきた保存食の残り。
水筒。
ノート。
鉛筆。
火打ち石。
マッチの残数。
ナイフ。
ロープ。
救急セット。
この家に残していくものと、持って帰るものを分ける。
千咲たちに渡せるものは限られている。
俺自身の拠点も、余裕があるわけではない。
けれど、完全に手ぶらで帰るのも違う。
一週間だけ手伝う。
そう決めて来た。
だから、一週間後に俺がいなくなっても、この家が最低限回るようにしておく必要がある。
台所の棚には、詩乃が作った水と食料の管理表が貼ってある。
玄関には、莉子が確認する鍵と窓のチェック表。
二階の見張り場所には、透子用の記録紙。
リビングには、千咲が集めた配布所と危険区域の情報。
紗良は、夜に小さな音でギターを弾く時間を決めていた。
ただの女子五人の家だった場所は、少しずつ拠点になっていた。
それは良いことだ。
良いことのはずだった。
「燈真」
透子がもう一度呼んだ。
「なんだ」
「帰ったら、風呂どうなる?」
「自分たちで湯を沸かせ」
「燈真いないと大変」
「だから火起こしを教えた」
「火起こし、成功率まだ低い」
「練習しろ」
「スパルタ」
「生きるためだ」
透子は少しだけ頬を膨らませた。
それでも、それ以上は言わなかった。
代わりに、ぽつりと呟く。
「風呂、またレアイベントになる」
「毎日入れると思うな」
「現実が厳しい」
「最初からそうだ」
俺は言いながら、胸の奥が少し重くなるのを感じた。
火。
湯。
温かい食事。
この家に来てから、俺が与えたものはほとんどそれだった。
特別なことをしたつもりはない。
火をつけ、湯を沸かし、食材を調理し、道具の使い方を教えた。
それだけだ。
けれど、この世界ではそれだけで大きい。
電気が消えた世界で、火を安定して扱えることは、思っていたよりずっと価値があった。
だからこそ、俺が帰るということは、この家から一つのインフラが消えるということでもある。
それを考えると、少しだけ気分が悪かった。
だが、それでも帰る。
帰らなければならない。
澪奈が待っている。
親のこともある。
東京方面の情報も集めた。
ここに長くいればいるほど、俺はこの家の問題に引きずられる。
そうなる前に戻るべきだった。
「おはよー……って、何してるの?」
リビングに入ってきた千咲が、俺の荷物を見て足を止めた。
「荷物整理」
「帰る準備?」
「ああ」
千咲の表情が一瞬だけ止まった。
すぐにいつもの笑顔へ戻る。
「そっか。約束通りだもんね」
「そうだ」
「明日?」
「明日」
「早いなあ」
「一週間だと言っただろ」
「言ったけどさ」
千咲は床に座り込み、膝を抱えた。
いつもなら距離を詰めてくるのに、今日は少し離れて座った。
「もうちょっと延長とか」
「しない」
「まだ最後まで言ってない」
「言わなくても分かる」
「ちぇ」
「ちぇ、じゃない」
千咲はわざとらしく頬を膨らませたが、その目は笑っていなかった。
困っている。
それは分かった。
この家にとって、俺は便利な人間になりすぎた。
火をつける。
食事を作る。
風呂用の湯を作る。
神力の記録を取る。
防犯の指示を出す。
東京方面の情報を地図にまとめる。
俺がいる間、この家は安定した。
だから、いなくなるのが不安なのだろう。
それは当然だ。
当然だからこそ、俺は早めに帰らなければならない。
長くいればいるほど、俺が抜けた時の反動が大きくなる。
「千咲」
「なに?」
「今日中に、俺がいなくても回る手順を確認する。火起こし、水管理、見張り、非常時の逃走経路。全部だ」
「うん」
「俺が帰った後、分からないことがあったらハサミで連絡しろ。ただし、毎回助けに来られるとは思うな」
「分かってるよ」
「本当に?」
「分かってる」
千咲は少しだけ声を低くした。
「でも、寂しいとは思う」
その言葉に、俺は返事に詰まった。
千咲は笑った。
「なにその顔。別に告白じゃないよ?」
「分かってる」
「この家、燈真くんが来てから一気にまともになったから。いなくなるの、普通に怖いんだよ」
「……怖いのは分かる」
「分かるだけ?」
「俺はここに住むわけじゃない」
「うん」
「帰る場所がある」
「澪奈ちゃん?」
「ああ。それと、家族のこともある」
千咲は少し黙った。
そして、小さく頷く。
「家族優先。分かってる」
「ならいい」
「でも、分かってるのと、引き止めたくならないのは別だよ」
そう言われると、何も返せなかった。
引き止めたくなる。
それくらいは、分かる。
俺だって、もし澪奈がどこかへ一週間だけ行って、そのまま帰ると言ったら、不安になるだろう。
いや、たぶん不安どころではない。
だから澪奈は、俺に毎日連絡しろと言った。
三日帰ってこなかったら自分も行く、と言った。
誰かが帰る場所で待っているというのは、そういうことなのだろう。
午前中は、火起こしの総復習に使った。
参加者は千咲、紗良、莉子。
透子は見張りと索敵の練習。
詩乃は水と食料の管理表を更新している。
庭に火起こし用の場所を作り、マッチを使う場合、火打ち石を使う場合、炭を使う場合、カセットコンロを使う場合を順番に確認する。
俺が手を出すのは最後だけ。
基本は自分たちでやらせる。
「うわ、消えた!」
千咲が火種を覗き込みながら叫ぶ。
「息を吹きすぎだ」
「だって大きくしようと思って」
「強く吹けばいいわけじゃない。火種が小さい時は、空気を送りすぎても消える」
「難しい!」
「だから練習してる」
千咲はもう一度火打ち石を握る。
彼女は器用だが、せっかちだ。
火起こしはせっかちには向かない。
小さな火を育てるには、手順と我慢が必要だ。
紗良はその点、かなり上達していた。
音楽をやっているからか、リズムと力加減を掴むのが早い。
「火ってさ、ギターの練習に似てるね」
「どこが」
「焦ると変な音になる。力を入れすぎても駄目。順番にやらないと鳴らない」
「……そうかもしれないな」
「でしょ?」
紗良は少し得意そうに笑った。
莉子は文句を言いながらも、三人の中で一番慎重だった。
火種ができると、焦らず細い燃料を乗せる。
大きくなりすぎないように、すぐ近くに水を置く。
火の向きも確認する。
「莉子は火の管理、向いてるな」
俺が言うと、莉子は少し驚いた顔をした。
「私が?」
「ああ。慎重だし、危険を先に見る」
「……そう」
「防犯担当に近い。火事も外敵も、拠点への脅威という意味では同じだ」
「なるほどね」
莉子は少しだけ口元を緩めた。
「なら、やるわ。火事なんて冗談じゃないし」
「頼む」
「頼まれたわ」
その返事は、初日に比べるとずいぶん柔らかかった。
火起こしの練習を終えた後、俺は湯を作った。
今日は最後に、五人全員が少量ずつ体を拭けるようにする。
全員分の風呂は無理だ。
だが、俺がいる間に一度くらいは少し余裕を持たせてもいい。
そう判断した。
千咲は湯の入った洗面器を見て、目を輝かせる。
「今日もお湯ある!」
「今日だけだと思え。俺が帰ったら毎日は無理だ」
「分かってるけど、嬉しいものは嬉しい」
透子が頷く。
「温水イベント、ラストチャンスかもしれない」
「イベントと言うな」
詩乃が申し訳なさそうに言う。
「水、かなり使いますよね」
「管理表の範囲内だ。今日は問題ない」
「ありがとうございます」
「礼はいい。明日から節約しろ」
「はい」
紗良が冗談めかして言う。
「燈真くん、最後の晩餐ならぬ最後のお風呂?」
「最後にするな。不吉だ」
「あ、ごめん」
「冗談でも避けろ。今の世界は洒落にならない」
「うん。ほんとにごめん」
紗良は素直に謝った。
こういうところで、以前より全員が現実を見始めているのが分かる。
冗談で流せることと、流せないこと。
その境目が少しずつ共有されている。
昼食後、俺は詩乃と一緒に管理表の最終確認をした。
「食料は、今の消費ペースなら何日持つ?」
「節約すれば、十日以上は。ただし、配布が受けられない場合はかなり厳しくなります」
「水は?」
「今ある分だけなら三日から四日。水道が少しでも出るなら延びます。配布や公園で補給できればさらに」
「危険な時は無理に取りに行くな」
「はい」
「詩乃の植物化は、食料として期待しすぎるな。水を消費する以上、非常用だ。食用かどうかも分からない」
「分かっています」
詩乃はノートを胸に抱えた。
「小鳥遊さん」
「なんだ」
「本当に、ありがとうございました」
「まだ帰ってない」
「明日帰られるのでしょう?」
「ああ」
「だから、今のうちに」
詩乃は深く頭を下げた。
「私、自分が何もできないと思っていました。家も、食料も、水も、全部両親が用意してくれていたものです。私はただ、それを消費しているだけだと」
「……」
「でも、小鳥遊さんが、家があることも役割だと言ってくださって。管理することも役割だと言ってくださって。少しだけ、何かできる気がしました」
「俺は事実を言っただけだ」
「それでも、嬉しかったです」
詩乃はそう言って、少しだけ笑った。
その笑顔は弱いが、最初よりずっと前を向いている。
俺は視線を逸らした。
礼を言われるのは苦手だ。
善意として受け取られると、どう返せばいいか分からなくなる。
「管理表、続けろよ」
「はい」
「自分を足手まといだと言う暇があったら、水を数えろ」
「……はい」
詩乃は少し困ったように笑った。
午後は、透子と見張りルートの確認をした。
二階の窓。
庭。
玄関。
裏口。
家の周囲を歩きながら、透子に確認させる。
「普段は目で見る。違和感があったら神力。神力を使ったら、何を見たか記録。頭痛や目の重さも書く」
「了解」
「索敵できるからといって、外へ出る必要はない。むしろ出るな。高所から見ろ」
「高所有利」
「そうだ」
「僕、スナイパーじゃなくて偵察兵だった」
「この状況では偵察兵の方が重要だ」
「そっか」
透子は少し嬉しそうだった。
最初は魔力の矢を出したかったと言っていた。
だが今は、自分の遠視・索敵能力を少しずつ受け入れ始めている。
「燈真」
「なんだ」
「僕の能力、ほんとに当たり?」
「ああ」
「撃てないのに?」
「撃つ前に見つけられる方が重要な場面は多い。特にこの家ではな」
「じゃあ、僕が見つけて、莉子が防いで、千咲が連絡する」
「そうだ」
「詩乃が水と植物、紗良が音楽」
「紗良はまだ未発動だがな」
「でも、雰囲気担当」
「それも大事だ」
「燈真は火」
「俺は明日帰る」
透子は少し黙った。
そして、珍しくまっすぐ俺を見る。
「帰んないでよ」
その言葉は、あまりに素直だった。
俺は返事に詰まる。
「風呂、もう二度と入れないんだけど」
「……理由がそれか」
「ご飯も。火も。あと、神力の先生もいなくなる」
「先生じゃない」
「でも、帰んないでよ」
透子の声は相変わらずおっとりしていた。
けれど、冗談ではなかった。
「無理だ」
「澪奈が待ってるから?」
「ああ」
「家族も?」
「ああ」
「そっか」
透子は空を見上げた。
「じゃあ仕方ない」
「分かってくれるのか」
「でも、帰んないでほしいとは思う」
「……そうか」
その言葉は、思ったより重かった。
夕方、全員で最後の確認をした。
火起こし道具の置き場所。
水の管理表。
配布所へ行く時の組み合わせ。
千咲が外へ出る時の連絡方法。
透子の見張り交代。
莉子の防犯確認。
詩乃の物資記録。
紗良の生活記録。
逃げる時の集合場所。
一つずつ確認していく。
五人とも、真剣に聞いていた。
最初の日とは違う。
もう誰も、ただ俺に任せていればいいとは思っていない。
それは良いことだ。
良いことのはずなのに、胸の奥がざわついた。
この家は、俺がいなくても少しは回る。
そうなった。
だから帰れる。
そのはずなのに。
「燈真くん」
千咲が言った。
「本当に明日帰るんだよね」
「ああ」
「一日だけ延長とか」
「しない」
「二日」
「しない」
「じゃあ半日」
「変わらない」
「けち」
「約束だ」
千咲は唇を尖らせた。
「みんな言ってるよ? いてほしいって」
「聞いた」
「私も言ってる」
「聞いた」
「それでも?」
「それでもだ」
莉子が腕を組み、少し苛立ったように言う。
「認めるわけじゃないけど、もう風呂入れないし、まともな食事取れないのしんどいんだけど」
「認めてるだろ」
「認めてない!」
「火起こしはできるようになってきた。食事も手順を残した。風呂は毎日は無理でも、湯を作る方法は教えた」
「それでも、あんたがいる方が楽じゃない」
「楽に慣れるな」
「うわ、むかつく」
莉子は本気で不満そうだった。
けれど、その目には初日のような拒絶はない。
むしろ、いなくなることへの不安がある。
紗良がギターケースを抱えながら言った。
「燈真くんがいると、夜がちょっと安心だったんだよね」
「俺より莉子の結界と透子の索敵の方が重要だ」
「そういう意味じゃなくてさ」
「じゃあどういう意味だ」
「なんか、考えてくれる人がいるって安心する」
その言葉に、俺は少し黙った。
考えてくれる人。
それは俺にとって、あまり聞き慣れない言葉だった。
俺は他人を信用していない。
他人に期待していない。
だから、自分で考える。
それが当たり前だった。
でも、他人から見れば、俺は「考えてくれる人」になっていたのかもしれない。
「……考えるだけなら、千咲もできる」
「私?」
千咲が自分を指差す。
「情報を集めて、判断する。お前はそれができる」
「燈真くんほどじゃないよ」
「役割が違うだけだ」
「燈真くん」
「俺がいなくても回せ」
俺は五人を見る。
「この家はもう、最初よりずっとマシだ。火起こしも、水管理も、見張りも、防犯も、全部最低限はできる。神力のルールも決めた」
「でも」
「でも、じゃない」
少しだけ声が強くなった。
「俺は帰る。帰って、澪奈と合流する。それから東京方面を確認する。親が帰ってこない理由を調べる。妹とも連絡を取りたい」
五人は黙っていた。
「俺は、ここだけを見ているわけにはいかない」
言いながら、自分にも言い聞かせていた。
ここだけを見ていたら、残ってしまう。
そう分かっていた。
この家は危うい。
それでも、確かに少しずつ良くなっている。
俺が手を入れれば、もっと良くなる。
そう思えてしまう。
それが危険だった。
「だから明日帰る」
千咲はしばらく黙っていた。
やがて、諦めたように息を吐く。
「分かった」
「千咲」
「分かったよ。引き止めない」
彼女はそう言った。
だが、その後すぐに付け足す。
「でも、遊びに来て」
「遊びじゃないだろ」
「じゃあ、点検」
「点検?」
「燈真くんが作った拠点がちゃんと回ってるか、点検しに来るの。たまにでいいから」
「……考えておく」
「そこは約束してよ」
「状況次第だ」
「出た、燈真くんの状況次第」
千咲は苦笑した。
その夜、紗良はいつもより少し長くギターを弾いた。
音は小さい。
外に漏れないよう、窓を閉め、部屋の中央で静かに弾いている。
上手くはない。
だが、最初の日より少し安定していた。
千咲はハサミを膝に置いて聞いていた。
透子はソファで目を閉じている。
詩乃はノートを抱えている。
莉子は腕を組みながらも、文句を言わずに聞いていた。
俺はリビングの隅で、その光景を見ていた。
電気のない夜。
蝋燭の明かり。
小さなギターの音。
五人の少女たち。
最初に来た時は、不安と混乱しかなかったこの家が、少しだけ落ち着いた場所になっている。
それを見て、胸の奥が重くなった。
俺は、ここを少しだけ救ってしまったのかもしれない。
その自覚が、嫌だった。
俺は救世主じゃない。
他人を助けるために生きるつもりはない。
家族を優先する。
澪奈のところへ帰る。
それでいい。
そう何度も思う。
それでも、五人の表情を見ていると、完全には割り切れない。
演奏が終わると、紗良が俺を見た。
「どうだった?」
「前よりよかった」
「ほんと?」
「ああ」
「やった。燈真くんに褒められた」
「褒めたわけじゃない」
「それ、褒めてるよ」
千咲が笑う。
透子も小さく拍手した。
莉子は「まあ、悪くなかった」と言った。
詩乃は静かに微笑んでいた。
俺は立ち上がる。
「明日は朝に出る」
五人の顔がこちらを向く。
「最後に、水と火と戸締まりの確認をしてから出る。それで終わりだ」
千咲が少しだけ寂しそうに笑った。
「了解。じゃあ、明日の朝はちゃんと見送る」
「見送らなくていい」
「見送るよ」
「普通でいい」
「普通に見送る」
「……好きにしろ」
俺はそう言って、和室へ向かった。
寝袋に入る前に、ハサミで澪奈へ連絡する。
『燈真?』
「ああ。明日帰る」
『本当に?』
「ああ」
『よかった』
澪奈の声には、明らかな安堵があった。
それを聞いて、ようやく少しだけ肩の力が抜ける。
「朝に出る。昼過ぎには戻れると思う」
『分かった。待ってる』
「何か変化は?」
『こっちは大丈夫。水場も無事。人は来てないと思う。あ、でも街の方は少し騒がしいかも』
「分かった。戻ったら聞く」
『うん』
少し沈黙があった。
澪奈が静かに言う。
『燈真』
「なんだ」
『帰ってきたら、ちゃんと休んで』
「休む暇があるか分からない」
『休んで』
「……分かった」
『あと、千咲ちゃんたちのこと、気にしすぎないでね』
「気にしてない」
『嘘』
「……」
『でも、気にするなとは言わない。燈真はそういうところあるし』
「俺は他人が嫌いだ」
『知ってる』
「助けたいわけじゃない」
『うん』
「でも、見てしまった」
『うん』
澪奈は、それだけで分かったようだった。
『だったら、帰ってきてから一緒に考えよう』
その言葉に、俺は目を閉じた。
一緒に考える。
俺一人ではなく。
それは、思ったより悪くない言葉だった。
「ああ」
通信を切った後、俺は寝袋に入った。
この家で寝る最後の夜。
リビングからは、五人の小さな話し声が聞こえる。
明日、俺は帰る。
帰る場所がある。
待っている人がいる。
やるべきことがある。
それでも、この家を出ることに、少しだけ寂しさを感じている自分がいた。
それが一番、面倒だった。




