第12話 帰ってこない大人たち
千咲たちの家に来て三日目の朝、俺は台所の床に座り込んでいた。
目の前には、米の袋、乾麺、缶詰、レトルト食品、粉末スープ、菓子類、調味料、ペットボトルの水、鍋に溜めた水、空の容器が並んでいる。
隣では詩乃が、真剣な顔でノートに数字を書き込んでいた。
「お米が……これで、ええと、何食分でしょうか」
「一人一食百五十グラムで計算するな。今は節約前提だ。粥にすればもっと伸ばせる」
「百グラムくらいでしょうか?」
「それでも多い日がある。朝は軽くして、昼と夜に寄せる。全員が動く日と、あまり動かない日でも変える」
「なるほど……」
詩乃は一つ一つ丁寧に書いていく。
字が綺麗だ。
こういう非常時のメモにしては綺麗すぎるくらいだった。
「すごいですね、小鳥遊さんは」
「何が」
「こういう計算が、すぐできるところです」
「キャンプと保存食の管理に慣れてるだけだ」
「それでも、私は全然できなくて……」
「昨日も言っただろ。この家がある時点で詩乃は役に立ってる」
「でも、それは私の力ではなく、両親の家ですから」
「今ここにあるものを管理してるのは詩乃だ。十分役割だろ」
詩乃は鉛筆を持つ手を止め、少しだけ俺を見た。
「……そう、でしょうか」
「そうだ」
「小鳥遊さんは、断言しますね」
「曖昧にすると動けなくなる」
「それは、少し分かります」
詩乃は小さく頷き、またノートへ視線を落とした。
この家の食料は、思っていたよりあった。
詩乃の家がそれなりに裕福で、普段から買い置きも多かったのが大きい。米、乾麺、缶詰、レトルト、調味料。電気が死んで冷蔵庫の中身は長く持たないが、常温保存の食料だけでも五人が数日は食いつなげる。
ただし、問題は火と水だった。
火は俺がいる間はどうにでもなる。
だが、俺は一週間で帰る。
だから俺がいなくても火を起こせる方法を確保する必要があった。
マッチの残数。
火打ち石の使い方。
炭と着火剤。
火種の保存。
調理をまとめて行うこと。
一つずつ教えるしかない。
水はさらに難しい。
水道はまだ細く出る時があるらしいが、安定しない。いつ完全に止まるか分からない。近くの公園や配布所で水を入手できるが、そこには人が集まる。
そして人が集まる場所には、問題も集まる。
詩乃が管理表を書いている横で、俺は残りの容器を確認した。
「空のペットボトルは捨てるな。水を溜める容器になる」
「はい」
「鍋も空にするな。使わない時は水を入れておく」
「分かりました」
「ただし、飲用と洗浄用は分ける。飲む可能性がある水には蓋をする」
「蓋……ラップでもよろしいでしょうか」
「ラップは貴重だ。板でも皿でもいい。埃や虫が入らなければいい」
詩乃は真剣に頷く。
こういうところは素直で助かる。
自信はないが、指示を出せば丁寧にやる。物資管理には向いているかもしれない。
問題は、本人が自分を足手まといだと思い込んでいることだ。
そこを変えるのは、俺の仕事ではない。
そう思う。
思うのに、つい余計なことを言いそうになる。
面倒だ。
「燈真くーん」
廊下から千咲の声がした。
俺が顔を上げると、千咲がリビング側からひょこっと顔を出していた。
「ちょっと外行ってくるね」
「一人でか?」
「透子と一緒」
「透子は?」
「二階で外見てる」
「外へ出る前に透子の神力は使わせすぎるな。今日はまだ午前中だ。午後にも必要になる可能性がある」
「分かってるって」
「本当に分かってるか?」
「燈真くん、私のお母さん?」
「違う。拠点管理上の注意だ」
「言い方」
千咲は笑いながら台所へ入ってきた。
手にはいつものハサミを持っている。
銀色の刃が、光の少ない台所でも妙に目立った。
「で、外に何しに行く」
「情報収集。配布場所と、昨日話した神力持ち探しの人たちの続報。あと、東京方面の話も聞いてくる」
東京。
その単語に、俺の意識が向く。
「無理はするな」
「するわけないじゃん。私、逃げ足には自信あるし」
「逃げ足に頼る時点で危ない」
「じゃあ、交渉力にも自信ある」
「それも相手次第だ」
「心配性だなあ」
「危険を軽く見るなと言ってる」
千咲は肩をすくめた。
だが、完全に聞き流しているわけではなさそうだった。
昨日からこの家のルールを決め、役割を作り、防犯を見直したことで、千咲たちの意識は少し変わっている。
少なくとも、以前のように「なんとかなるでしょ」と軽く外へ出る感じではなくなった。
たぶん。
「透子の調子は?」
「今のところ平気。朝からちょっと遠く見てもらったけど、頭痛はないって」
「使わせたのか」
「ちょっとだけ! 本当にちょっとだけ!」
「何を見た」
「配布所の方。人が増えてるって。あと、公園の水場に列ができてるっぽい」
「そうか」
水場に列。
やはり状況は悪化している。
水道が完全に止まっていなくても、人々はもう不安に押されて水を集め始めている。配布所や公園に人が集まれば、そこは揉め事の温床になる。
今のうちに、この家の水管理を整える必要がある。
詩乃が不安そうに言った。
「水、もっと集めた方がいいのでしょうか」
「集めたい。ただし目立つ量を運ぶと狙われる。少量を複数回か、複数人で分散する方がいい」
「はい」
千咲が指を鳴らすようにハサミを開閉した。
「じゃあ、情報見てから決めるよ。危なそうなら戻ってくる」
「連絡はハサミで」
「もちろん」
「それと、外でこの家の能力の話は絶対にするな」
「分かってる」
「本当に?」
「本当に。透子は見張りがちょっと得意なだけ。莉子は怖がりなだけ。詩乃は家主。紗良はギター。私は普通のかわいい女の子」
「最後だけ嘘だな」
「ひどっ」
千咲はわざとらしく胸を押さえた。
だが、すぐに笑って手を振る。
「じゃ、行ってくる」
「気をつけろ」
「はーい」
千咲が廊下へ戻る。
少しして、二階から透子が下りてきた。
透子は肩掛けの小さなバッグを持ち、いつも通り眠そうな顔をしている。
「行ってきます、燈真」
「透子」
「なに?」
「戦闘禁止。異常を見つけたら逃げろ。千咲が突っ走りそうなら止めろ」
「了解。ゼロキルゼロデス」
「そうだ」
「千咲が突撃しそうならフラッシュバン投げたい」
「持ってないだろ」
「心のフラッシュバン」
「意味が分からない」
透子は小さく頷いて、千咲と一緒に玄関を出ていった。
玄関の鍵が閉まる音がする。
それを聞いて、詩乃が小さく息を吐いた。
「外に出るの、怖くなってきました」
「怖いと思えるのは正常だ」
「千咲さんはすごいですね。ああやって外に出られて」
「千咲は千咲で怖いんだろ。ただ、黙っていられないだけで」
「そうなのでしょうか」
「たぶんな」
千咲は軽い。
だが、何も感じていないわけではない。
むしろ、怖いから動いているタイプかもしれない。立ち止まると不安になる。だから外へ出て、情報を集め、誰かに声をかけ、ハサミを渡し、繋がりを作る。
少し、俺と似ている。
そう思って、すぐに否定した。
俺はあそこまで社交的ではない。
台所整理が一段落した後、俺は火起こしの練習を始めた。
相手は莉子と紗良。
詩乃は物資管理を続ける。
莉子は防犯担当にしたので、火の扱いも最低限覚えてもらう。紗良は未発動だが、生活面では手が空きやすい。火起こしを覚えて損はない。
庭に出て、焚き火台代わりの金属トレーを用意する。
近くに水。
燃えやすいものを避ける。
風向きを見る。
「まず、火は便利だが危険だ。特にこの家は住宅地にある。煙を出しすぎると目立つ。火事になれば終わる」
莉子が腕を組んで頷いた。
「分かってるわよ」
「分かってる人間でも失敗する。だから手順を守れ」
「はいはい」
「はいは一回」
「燈真、たまに先生みたいで腹立つ」
「生徒の態度が悪いからな」
「誰が生徒よ」
紗良が横で笑った。
「二人、相性いいね」
「よくない」
俺と莉子の声が重なった。
紗良はさらに笑った。
「ほら、合ってる」
「紗良、火打ち石を持て」
「ごまかした」
「いいから持て」
まずマッチ。
次に火打ち石。
着火剤の使い方。
炭の扱い。
新聞紙が使える場合と使えない場合。
湿った枝は使いづらいこと。
煙を少なくするには、乾いた燃料と十分な空気が必要なこと。
全部を一度に覚えろとは言わない。
だが、俺がいなくなった後、誰か一人でも再現できなければ意味がない。
紗良は意外と器用だった。
ギターで指先を使うからか、細かい作業に慣れている。火打ち石の扱いは最初こそ苦戦したが、何度か試すうちに火花を飛ばせるようになった。
「お、出た!」
「そこで喜ぶな。火花を麻紐に移す」
「難しいなー」
「火は簡単につくものじゃない。今までライターが楽すぎただけだ」
「文明ってすごかったんだね」
「そうだな」
莉子は最初こそ文句を言っていたが、実際にやらせると真剣だった。
結界の神力を持っているせいか、彼女は守ることへの意識が強い。
火の管理も、防犯の一部だと説明すると納得が早かった。
「煙が出たら外からバレる。火事になったら拠点が消える。つまり火の扱いも防衛ってことね」
「そうだ」
「なら覚える」
莉子は短く言って、火打ち石を握った。
こういうところは素直だ。
性格は刺々しいが、必要だと判断したことはやる。
莉子が何度目かの挑戦で小さな火をつけた時、紗良が拍手した。
「おー、莉子すごい」
「べ、別に普通でしょ」
「さっきまでできなかったじゃん」
「うるさい」
莉子は顔を少し赤くしながらも、火から目を離さなかった。
その小さな火を見ながら、俺は思う。
俺がいなくても火を扱えるようにする。
それがこの家の自立には必要だ。
だが、それは同時に、俺の役割を減らすことでもある。
それでいい。
俺はここに残り続けるわけではない。
一週間後には帰る。
澪奈のところへ。
そして、東京のことを調べる。
父と母が帰ってこない理由を探る。
妹と連絡を取る方法も探す。
俺の優先順位は決まっている。
そう自分に言い聞かせていると、紗良がふいに言った。
「燈真くんってさ」
「なんだ」
「帰ったら、やっぱ東京行くの?」
手が止まった。
莉子もこちらを見る。
「……なぜそう思う」
「だって、親が東京なんでしょ? 千咲から聞いた」
「千咲……」
「ごめん。でも、そんな詳しくじゃないよ。燈真くんの親が東京から帰ってこないってことくらい」
紗良は少し気まずそうに言った。
俺はため息をつく。
千咲にあとで確認する必要がある。
ただ、完全に隠すほどの情報でもない。俺の両親が東京にいることは、いずれ話すつもりだった。
「行くかどうかはまだ決めてない」
「でも気になるんでしょ」
「当然だ」
莉子が眉をひそめる。
「東京から人が来ないって、やっぱりおかしいわよね」
「ああ」
「東京から千葉なら、歩けない距離じゃないんでしょ?」
「場所によるが、無理ではないはずだ。時間はかかるが」
「なのに帰ってこない」
「そうだ」
口にすると、胸の奥が重くなる。
父と母は帰ってこない。
電車が止まり、車が動かないとしても、歩くという選択肢はあるはずだ。少なくとも数日あれば、どこかまで移動できる。
なのに、東京から来たという人をほとんど見ない。
それは、来られない理由があるということだ。
事故か。
混乱か。
治安か。
封鎖か。
あるいは、大人たちが帰ることを許されていないのか。
「父さんたちは、仕事かもしれない」
俺は無意識に呟いていた。
紗良が首を傾げる。
「この状況で?」
「だから納得いかないんだよ」
声が少し低くなった。
自分でも分かった。
莉子も紗良も黙る。
「電気が消えて、家族と連絡も取れない。そんな状況で、仕事を優先するのかって思う。でも、東京で何かが起きていて、帰れないのかもしれない。あるいは、帰らない理由があるのかもしれない」
「燈真くん」
紗良が静かに言う。
「心配なんだね」
「……当たり前だろ」
「うん。当たり前だよ」
その言い方が、少し優しかった。
俺は顔を逸らす。
心配。
そんな単純な言葉で済むなら楽だった。
両親が無事かどうか不安だ。
それはある。
でも、それだけではない。
どうして帰ってこない。
どうして家族を優先しない。
そういう苛立ちもある。
中学の頃、俺が追い詰められていた時、両親は何もできなかった。
忙しかったのかもしれない。
気づけなかったのかもしれない。
俺が隠していたのかもしれない。
理由はいくらでもある。
それでも、心のどこかには残っている。
助けてほしかった時に、助けてくれなかった。
その記憶が。
だから今、父がまた仕事を優先しているのだとしたら。
たぶん俺は、かなり怒る。
「燈真」
莉子が声をかけてきた。
「なに」
「あんた、顔怖い」
「悪い」
「別に謝れとは言ってないけど」
莉子は少し迷ったように目を逸らした。
「親が帰ってこないのが不安なのは、普通でしょ」
「……そうだな」
「普通に不安がればいいじゃない」
「普通が難しい」
「面倒くさいわね」
「自覚はある」
莉子は少しだけ笑った。
それは、今までの辛辣な笑いではなかった。
火起こし練習を終えた頃、千咲と透子が帰ってきた。
玄関の扉が開く音がして、千咲の声が響く。
「ただいまー!」
「声」
俺が庭から言うと、千咲はすぐに声を落とした。
「ただいま」
「極端だな」
「燈真くんが声って言うから」
透子は少し疲れた顔をしていた。
「透子、神力を使いすぎたか?」
「少しだけ。人混み見るの、疲れる」
「今日はもう使うな」
「了解」
千咲はリビングに入るなり、水を飲んだ。
その様子を見る限り、かなり歩き回ったらしい。
「情報は?」
「あるよ。まず、配布所は人が増えてる。水の量が足りなくなりそう。あと、神力持ち探してる人たちはやっぱりいる」
「誰が探してる」
「若者グループ、大人の団体、あと変な腕章の人たち」
「腕章」
「うん。透子も見たよね?」
「見た。白地に青い線みたいなの」
「組織名は?」
「分かんない。でも、避難所の人たちと話してた。神力が使える人は申し出てください、みたいな感じ」
「半強制か?」
「今のところは任意っぽい。でも、空気はちょっと怖かった」
千咲が言う。
「火が出せる人、水を出せる人、怪我を治せる人を探してるって。あと、電気関係の力がある人を特に探してるって噂もあった」
俺の背中が冷えた。
電気関係。
まだ俺は電気を試していない。
だが、もし俺の仮説が正しければ、俺はまさにその対象になる。
火や風どころではない。
電気を生み出せる可能性がある人間。
そんなものが知られれば、ただでは済まない。
「燈真くん?」
千咲が俺を見る。
「どうしたの?」
「……いや」
「今の反応、めっちゃ怪しいんだけど」
「気にするな」
「気になるよ」
「千咲」
俺は低く言った。
「電気関係の話を、詳しく聞いてきてくれ。ただし、絶対に俺のことは出すな」
千咲の目が細くなる。
「燈真くん、電気も関係あるの?」
「まだ分からない」
「まだ?」
「分からないと言った」
千咲はしばらく俺を見ていたが、やがて肩をすくめた。
「分かった。聞くだけ聞く。燈真くんの話は出さない」
「頼む」
「あと、東京方面の話もあったよ」
俺は顔を上げる。
「何だ」
「やっぱり、東京から千葉に来た人は少ない。でも、東京へ行こうとして止められた人は何人かいるらしい」
「どこで」
「大きい道と橋。全部じゃないけど、通れない場所が増えてるって」
「理由は?」
「詳しくは分かんない。事故、治安悪化、復旧作業、通行制限。色々言われてる。でも、こんな噂もあった」
千咲は声を少し落とした。
「東京を優先的に復興させるために、人を東京に留めてるんじゃないかって」
部屋の中が静かになった。
俺は千咲を見た。
「人を東京に留める?」
「うん。東京にいる人を外に出さない。逆に、必要な人や神力持ちは東京へ集める。そこだけ先に立て直す。……まあ、噂だけどね」
噂。
ただの噂。
そう思いたかった。
だが、父と母が帰ってこない現実と、あまりにも噛み合っていた。
東京から人が来ない。
道が止められている。
神力持ちを探している。
電気関係の力を探している。
東京を優先的に復興させる。
それらが、嫌な形で一本に繋がり始める。
「……東京に行く必要がある」
俺は呟いていた。
千咲が目を丸くする。
「燈真くん?」
「親がいる。確認しないといけない」
「でも、止められるって話だよ」
「だから、まず様子を見る」
澪奈が聞いたら、危険だと言うだろう。
実際、危険だ。
だが、何もしないで待っていても状況は変わらない。
父と母は帰ってこない。
東京で何かが起きている。
なら、見に行くしかない。
「燈真」
莉子が険しい顔で言う。
「今すぐ行く気じゃないでしょうね」
「今すぐではない」
「ならいいけど」
「ただ、一週間後に帰ったら、東京方面を確認する」
そう言うと、千咲は少し困ったように笑った。
「燈真くん、やっぱり家族優先なんだね」
「当たり前だ」
「うん。当たり前だと思う」
千咲はそう言った。
軽い口調ではなかった。
「でも、東京に行くなら情報集めてからにして。女子ネットワーク、もう少し使えると思うから」
「頼む」
「任された」
千咲は胸を叩いた。
頼りになるのか、不安になるのか分からない仕草だった。
その夜、ハサミで澪奈に連絡した時、俺は東京の噂を伝えた。
『東京を優先的に復興……?』
「ああ。噂だが、道が止められている話もある」
『燈真、まさか行く気?』
「一週間が終わったら、まず様子を見る」
『危険じゃない?』
「危険だろうな」
『東京から地方に来たって人を見ないんでしょ? つまり、来られないくらい危険な状況になってるのかも』
「だから俺は一人でもいいと思ってる」
『……燈真』
澪奈の声が低くなった。
『それ、本気で言ってる?』
「澪奈を連れて行く方が危険だ」
『だからって一人で行くのも危険』
「分かってる」
『分かってない』
珍しく、澪奈の声が強かった。
『行くなら、泊まる場所を教えて。どの道を通るかも。三日帰ってこなかったら、私も行く』
「それは」
『約束して』
ハサミ越しでも、澪奈が本気なのは分かった。
俺はしばらく黙った。
そして、小さく息を吐く。
「分かった。行く時は、行き先と予定を教える」
『絶対』
「ああ」
『あと、今はまだ行かないで。ちゃんと帰ってきてから考えて』
「分かってる」
『燈真の分かってるは信用しきれない』
「ひどいな」
『事実でしょ』
「否定はしない」
澪奈は少しだけ息を吐いた。
『ちゃんと帰ってきて』
「ああ」
通信が切れた後、俺はしばらくハサミを見つめていた。
東京。
両親。
電気関係の神力。
優先復興。
人を留める噂。
俺の火。
まだ試していない電気。
全部が繋がり始めている。
俺は、他人を助けるために動くつもりはない。
家族を優先する。
それは変わらない。
だが、もし東京が神力持ちを集めているなら。
もし電気を取り戻す鍵を探しているなら。
俺は、家族を探しに行く先で、もっと大きなものに巻き込まれることになるのかもしれない。
それでも行く。
父と母が帰ってこない理由を知らなければならない。
俺はハサミを布で包み、そっと置いた。
電気のない夜は静かだった。
けれど、その静けさの奥で、何かが少しずつ動き始めている気がした。




