表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/29

第11話 役割分担

 神力の初期調査が終わったあと、リビングには妙な沈黙が残った。


 さっきまでの空気とは違う。


 透子が遠くの様子を感じ取れると分かった時は、まだ驚きの方が大きかった。


 詩乃が水を植物に変えた時は、全員が目を丸くした。


 莉子が結界らしきものを張った時には、疲れ切った本人を見て慌てた。


 そして紗良だけが、今のところ何も起こらなかった。


 結果だけ見れば、この家には千咲を含めて四人の神力持ちがいる。紗良も未発動なだけで、何か条件がある可能性は高い。


 つまり、この家はただの女子五人の避難場所ではない。


 神力持ちが集まった拠点だ。


 そして、それは強みであると同時に、危険でもあった。


「……燈真くん」


 最初に口を開いたのは千咲だった。


「これ、外には絶対言わない方がいいやつ?」


「言わない方がいい」


 俺は即答した。


「絶対?」


「絶対に近い」


「そこまで?」


「ああ」


 千咲は小さく息を吐いた。


 普段なら「うわー、こわ」と軽く流すところだろうが、今回は違った。さっきまでの興奮が少し冷め、自分たちの状況をようやく理解し始めている顔だった。


 俺はノートを開いたまま、五人を見る。


「まず、神力は便利だ。これは間違いない。千咲のハサミは通信手段になる。透子は索敵に使える。詩乃は水を植物に変えられる。莉子は防御に使える可能性がある」


「私は?」


 紗良が手を上げる。


「紗良は未判明」


「未判明担当かあ」


「落ち込むな。発動条件が違うだけかもしれない」


「慰め方が研究者」


「慰めてるわけじゃない。事実だ」


「なおさら研究者」


 紗良は少し笑ったが、目の奥には不安が残っていた。


 全員が何かを見つけていく中で、自分だけ何も起きない。


 それは焦るだろう。


 だが、焦って危険な実験をする方がまずい。


「話を戻す。便利なものは、欲しがられる。水、食料、火、家、情報。それと同じで、神力持ちも欲しがられる」


 莉子が眉をひそめた。


「人間なのに?」


「人間でもだ」


「……最悪」


「最悪だが、今の街はもうそうなり始めている。千咲も見ただろ。神力持ちを探している連中がいる」


 千咲は黙って頷いた。


「避難所で聞き回ってた人たちね。火を出せる人いませんか、水を探せる人いませんか、怪我を治せる人いませんか、って」


「最初は善意でも、そのうち変わる。協力してほしい、から、協力しろ、になるかもしれない」


 詩乃の顔が青くなる。


「そんな……」


「なると決まったわけじゃない。ただ、想定はしておけ」


「はい……」


 透子がぽつりと言う。


「神力持ちはレアアイテム扱い?」


「言い方は最低だが、近い」


「そっか。じゃあ隠密行動だね」


「そうだ。だからまず、この家のルールを決める」


 俺はノートの新しいページを開いた。


 上に「拠点ルール」と書く。


 五人がそれを覗き込むように身を乗り出した。


「一つ。神力の内容は外で話さない。避難所でも配布所でも、近所でもだ」


 千咲が手を上げる。


「私のハサミはもう何人か知ってる」


「どこまで知られてる?」


「ハサミを出せること。ハサミでちょっと話せるかもってこと。全員じゃないけど、何人かには見せた」


「……もう遅い部分はあるな」


「ごめん」


「謝っても仕方ない。今後は見せる相手を絞れ。できれば、ただのハサミとして使え。通信機能は伏せる」


「分かった」


「二つ。能力を使う時は、最低一人は周囲を確認する。見張りなしで実験しない」


 透子が小さく手を上げる。


「それ、僕の仕事?」


「基本はそうなる。だが、透子一人に依存しない。神力を使いすぎれば疲れる。普通の見張りも必要だ」


「了解。索敵担当兼、見張り担当」


「ただし、無理に長時間使うな。目が重くなったらすぐ休め」


「ゲームのやりすぎと同じ?」


「似ているかもしれない」


「分かりやすい」


「三つ。水、食料、火は記録する。誰がどれだけ使ったかまでは細かくなくていいが、残量は把握しろ」


 詩乃が緊張したように手を上げる。


「あの、水の管理は私がした方がいいのでしょうか。家のものですし」


「できるか?」


「やってみます。今まで、そういう管理はあまり……」


「なら千咲か莉子と一緒にやれ。一人で抱えるな」


「はい」


 千咲が笑う。


「じゃあ私、詩乃と水係やる。外から情報も集めるし」


「お前は外に出すぎるな」


「えー」


「ハサミで通信できるお前が一番外に出る必要があるのは分かる。だが、千咲がいなくなるとこの家の連絡手段が消える。むやみに動くな」


「燈真くん、私のこと過保護?」


「違う。機能として重要だと言ってる」


「機能扱いされた」


「神力持ちは資源扱いされると言ったばかりだろ。自分でもそう見る癖をつけろ」


 千咲は苦い顔をした。


「自分を資源として見るの、やだね」


「俺も嫌だ」


「でも必要?」


「必要だ」


 俺はノートに書き続ける。


「四つ。莉子の結界は緊急用。試しに何度も使うな」


「分かってるわよ」


 莉子はまだ少し疲れた顔をしていた。


 ほんの一瞬使っただけで、あれだけ消耗した。現状では常用できる能力ではない。


「結界の範囲、強度、持続時間、対価は後で少しずつ調べる。ただし今日はもう使うな」


「……うん」


 素直に頷いたのは意外だった。


 よほど疲れたのだろう。


「五つ。詩乃の植物は食べる前に確認する。知らない植物は絶対に口に入れない」


「はい」


「水を消費するから、実験量も制限する。今は毎日少量だけだ」


「分かりました」


 詩乃はコップの中の小さな植物を見つめていた。


 水から生まれた小さな芽。


 あれが何なのかはまだ分からない。


 食べられるのか、毒なのか、育つのか、枯れるのか。水の量と植物の大きさに関係があるのか。詩乃の意思がどこまで反映されるのか。


 調べることは多い。


「六つ。紗良は焦らない」


「私だけルールが精神論」


「発動していない能力を無理に出そうとすると危険だ。条件を探す。歌、演奏、聞き手、感情、場所。順番に試す」


「……うん。分かった」


 紗良は笑った。


 けれど、さっきより少しだけ安心したようだった。


「未発動は失敗じゃない。情報不足だ」


「燈真くんって、たまにいいこと言うね」


「たまにか」


「だいたい怖いこと言うから」


「それは否定しない」


 紗良は小さく吹き出した。


 少しだけ空気が緩む。


 俺は最後にノートへ線を引いた。


「七つ。この家を拠点として維持する。だが、逃げ道も決める」


 全員の表情が変わった。


 千咲が問い返す。


「逃げ道?」


「ああ。ここが襲われる、火事になる、近所にバレる、食料が尽きる。そういう時にどこへ逃げるか決めておく」


「そんなことまで?」


「決めておかないと、いざという時に詰む」


 莉子が腕を組む。


「でも、どこに逃げるのよ」


「まずは近場の一時避難場所。次に、数時間以内に行ける場所。最後に、長期的に移る候補地。三段階で考える」


「燈真くんの拠点は?」


 千咲がさらっと聞いた。


「候補に入れない」


「即答」


「水量が足りない。そもそも場所を教えないと言った」


「ちぇ」


「ちぇ、じゃない」


 千咲は肩をすくめた。


 半分冗談、半分本気。


 そういう顔だった。


 やはり、こいつは油断できない。


 悪人ではない。


 だが、欲しいものは欲しいと言う。


 それが千咲の強さであり、危うさでもある。


 ルールを決めたあと、俺たちは家の確認に移った。


 まず玄関。


 鍵は生きている。


 電気錠ではなく普通の鍵だったのは幸いだ。


 ただし、ガラス部分があるので強く叩けば割られる可能性がある。


「ここに棚を動かすか?」


 莉子が言う。


「完全に塞ぐな。出入りできなくなる」


「でも割られたら?」


「割られた時に時間を稼げればいい。棚を斜めに置いて、開けにくくする。非常時には内側から動かせる重さにする」


「面倒ね」


「防犯は面倒なものだ」


 次に窓。


 一階の窓は多い。


 大きい窓もある。庭に面した掃き出し窓は特に危険だ。


 詩乃の家は広いが、広い家は守る場所も多い。


「ここ、雨戸は?」


「あります。ただ、普段あまり閉めていなくて」


「夜は閉めろ。昼も必要に応じて閉める。ただし全部閉めると中が暗くなる。外から生活していると分かりにくくする場所と、見張り用に開ける場所を分ける」


 透子が庭を見ながら言う。


「見張りポイントは二階の窓がいいかも。道路が見える」


「後で確認する」


「高所有利」


「そうだな」


 ゲーム知識が妙なところで役に立つ。


 次に二階。


 女子たちの部屋があるので、俺は廊下までしか入らなかった。


 部屋の中は本人たちに確認してもらう。


 窓の位置。


 隣家との距離。


 屋根伝いに入れる場所があるか。


 ベランダ。


 見張りに使える場所。


 莉子が少し意外そうに見ていた。


「本当に部屋には入らないのね」


「入る必要がない」


「……ふーん」


「不満そうにするな」


「別に不満じゃないわよ。ただ、ちょっと意外だっただけ」


「この状況で女子の部屋にずかずか入る男の方が危険だろ」


「それはそう」


 莉子は少しだけ口元を緩めた。


 警戒が薄くなった、というより、評価基準の一つを通過したという感じだろう。


 それでいい。


 信用は一気に作るものではない。


 積み重ねるしかない。


 二階の窓から外を見ると、住宅地の様子がよく見えた。


 道を歩く人はまばらだが、昨日より確実に増えている。


 ポリタンクを持つ人。


 リュックを背負った若者。


 自転車を押す家族。


 どこかへ移動しようとしている人々。


 電気が消えてから、まだ数日。


 それなのに、人の動きはもう変わっている。


「透子」


「なに?」


「この窓から見張りをする時、神力は常に使うな。普段は目で見る。違和感があった時だけ使う」


「了解。パッシブじゃなくてアクティブスキル」


「たぶんそうだ」


「便利だけどMP消費あり」


「MPと言うな」


「神力ポイント?」


「略すな」


 透子は相変わらずだった。


 だが、能力の扱いについては理解が早い。


 見張り役には向いている。


 一通り家を確認したあと、俺は役割分担を書き出した。


 千咲、外部連絡・交渉・ハサミ通信。


 透子、見張り・索敵。


 詩乃、水管理・物資管理補助・植物実験。


 紗良、生活記録・雰囲気維持・音の能力調査。


 莉子、防犯確認・緊急時結界。


 燈真、火・調理・神力記録・拠点改善。


 書き終えた瞬間、紗良が笑った。


「雰囲気維持って何?」


「昨日のギターは、少なくとも全員の気分を少し上げた。メンタル維持は重要だ」


「おお、正式採用された」


「ただし、夜に大きい音は出すな。外に聞こえる」


「そこは現実的」


「現実だからな」


 詩乃が控えめに手を上げた。


「あの、私、物資管理ができるか分かりませんが」


「最初は数えるだけでいい。水が何本、米がどれだけ、缶詰が何個。毎日減った量を書く」


「書くのですね」


「そうだ。感覚で管理するとすぐなくなる」


「分かりました。やってみます」


 詩乃の声には、少しだけ力があった。


 足手まといだと思っていた少女に、役割ができる。


 それだけで表情が変わる。


 俺はそれを見て、少しだけ胸の奥が重くなった。


 誰かに役割を与えること。


 それは助けることに近い。


 俺は他人を助けるためにここへ来たわけではない。


 それなのに、結果的にそうなっている。


 自分で決めたルールが、自分を縛っていくような気がした。


「燈真くん」


 千咲が横から覗き込む。


「私、外部交渉ってことは、今まで通り声かけしていい?」


「条件付きだ」


「条件?」


「一人で行くな。透子の索敵で周囲を確認してから動け。相手にこの家の場所を悟られるな。神力持ちだと確信させるな」


「注文多い」


「それくらいしないと危ない」


「でも、情報集めないとでしょ?」


「ああ。だから止めはしない」


 千咲の情報網は必要だ。


 東京方面の情報。


 神力持ちの噂。


 危険なグループ。


 配布場所。


 水場。


 若者の動き。


 俺一人では集めきれない。


 だが、千咲が外を動けば、それだけ危険も増す。


「今日は外に出るな」


「えー」


「今日はこの家の整理と、能力の記録が優先だ。情報収集は明日からでいい」


「分かったよ」


 千咲は不満そうだったが、引いた。


 意外と、必要なところでは聞く。


 その日の昼は、残り物と米で簡単に済ませた。


 火を使えるだけで、調理の幅はかなり広がる。


 ただし、俺の神力を使い続けるのもよくない。


 マッチや火打ち石も併用し、神力は最初の着火や急ぎの時だけにする。


「燈真くんがずっと火を出せばいいんじゃないの?」


 紗良が何気なく言った。


「駄目だ」


 俺は即答した。


「なんで?」


「神力は消費する。使いすぎれば倒れる可能性がある。俺が倒れたら、火に依存した生活ごと崩れる」


「そっか」


「だから、俺がいなくても回る方法を作る。マッチ、火打ち石、火種の保存、調理のまとめ作り。全部必要だ」


「一週間だけだもんね」


 紗良の言葉に、部屋が少し静かになった。


 俺は一週間で帰る。


 それは最初に言ってある。


 ここは俺の居場所ではない。


 帰る場所は澪奈のいる山の水場だ。


 そして、その先には家族の問題がある。


 父と母が東京から帰ってこない理由。


 京都にいる妹との連絡。


 東京方面の封鎖らしき噂。


 俺がここで女子五人の拠点改善をしている間にも、それらは何一つ解決していない。


 忘れてはいけない。


「一週間で、俺がいなくても最低限回る形にする」


 俺は言った。


「それが目標だ」


 莉子が少しだけ不満そうに言う。


「一週間後、本当に帰るの?」


「帰る」


「……そう」


「最初からそういう約束だ」


「分かってるわよ」


 莉子はそっぽを向いた。


 千咲も黙っていた。


 透子は「期間限定イベント」と呟き、紗良は苦笑し、詩乃は少し寂しそうに目を伏せた。


 空気が重くなりかけたので、俺はノートを閉じた。


「午後は倉庫と台所を整理する。使える道具を全部出すぞ」


「うわ、忙しい」


 千咲が言う。


「忙しくする。暇だと不安になる」


 それは俺自身のことでもあった。


 考え込むと、余計なものが追いついてくる。


 他人を助けるべきか。


 家族を優先すべきか。


 自分の火をどこまで使うべきか。


 東京はどうなっているのか。


 俺は何をするべきなのか。


 そういう問いから逃げるように、俺は作業を進めた。


 倉庫には、思ったより使えるものがあった。


 古い工具箱。


 ロープ。


 ブルーシート。


 園芸用の支柱。


 軍手。


 未開封の炭。


 着火剤。


 手回し式の古いラジオ。


 ただしラジオは電気がないので使えない。


 手回し発電もおそらく無理だろう。


 俺はそれを見て、少しだけ手を止めた。


 手回し発電機。


 発電。


 電気。


 もし俺の神力が、火や風だけでなく、エネルギーの形を変えられるものなら。


 電気も再現できるのではないか。


 その考えは、何度も頭をよぎっている。


 だが、試すには危険すぎる。


 感電。


 機器の故障。


 暴発。


 それに、もし成功すれば。


 俺はただ火を出せる人間ではなくなる。


 電気を失った世界で、電気を生み出せる人間になる。


 その意味を考えるだけで、背筋が冷える。


「燈真くん?」


 詩乃の声で我に返った。


「どうかしましたか?」


「いや。これは今は使えない」


 俺は手回しラジオを箱に戻した。


「今は?」


「……いつか使えるかもしれない」


「そうなのですか?」


「分からない」


 分からない。


 今はそれでいい。


 電気の実験は、まだ早い。


 この家でやるべきではない。


 少なくとも、澪奈と相談してからだ。


 午後いっぱい使って、物資の整理と防犯の準備を進めた。


 透子は見張り位置を確認し、詩乃は水と食料を数え、紗良は紙に役割表を書き、莉子は窓の鍵と家具の配置を確認し、千咲は全員に指示を飛ばしたり茶化したりしながら動いた。


 俺は火を使い、湯を作り、調理をし、必要な場所に道具を配置した。


 気づけば、家の空気が少し変わっていた。


 ただ不安に固まっていただけの女子五人の家が、少しずつ拠点らしくなっていく。


 それは達成感に近かった。


 同時に、嫌な感覚もあった。


 俺が関われば、何かが改善する。


 火を灯せば、食事ができる。


 ルールを作れば、少し安全になる。


 役割を決めれば、誰かの表情が変わる。


 その事実が、俺に問いかけてくる。


 じゃあ、もっと多くの人間にも同じことをするべきではないのか。


 街には、もっと困っている人がいるのではないか。


 東京には、もっと多くの人がいるのではないか。


 その声を、俺は無理やり押し込めた。


 俺は救世主じゃない。


 俺は家族を優先する。


 それでいい。


 いいはずだ。


 夕方、ハサミで澪奈に連絡を入れた。


『燈真?』


「ああ。二日目も問題ない」


『よかった。そっちは?』


「能力調査をした。透子は遠視か索敵。詩乃は水を植物に変える。莉子は結界。紗良は未発動」


『え、みんなすごくない?』


「すごい。だから危ない」


『そっか……』


「この家は神力持ちの拠点になりかけてる。知られたら面倒だ」


『燈真、また大変なところに首突っ込んでない?』


「突っ込んだ気はある」


『気じゃなくて、突っ込んでるよ』


「否定はしない」


 澪奈が小さく息を吐く音がした。


『でも、燈真が必要だと思ったんでしょ』


「情報のためだ」


『うん』


「家族のために、東京方面の情報も必要だ」


『うん』


「だから、他人を助けるためじゃない」


 少し沈黙があった。


 やがて、澪奈は静かに言った。


『そういうことにしておくね』


「……どういう意味だ」


『そのままの意味』


「澪奈」


『ちゃんと帰ってきてね』


「ああ」


 通信が切れた後、俺はしばらくハサミを見ていた。


 澪奈は、たぶん俺より俺のことを見ている。


 それが少し面倒で、少しありがたかった。


 夜。


 紗良が小さな音でギターを弾き、透子が二階の窓から外を見て、詩乃が水の残量表を書き、莉子が玄関の鍵を確認し、千咲がハサミを磨いていた。


 俺はリビングの隅でノートを開く。


 この家は少しずつ回り始めている。


 だが、それは同時に、この家の価値が上がるということでもある。


 価値が上がれば、狙われる。


 だから、もっと備えが必要だ。


 一週間で、どこまでできるか。


 俺は鉛筆を握り、次のページに書いた。


 目標。


 一、火に依存しすぎない調理体制。


 二、水と食料の記録。


 三、見張りと逃走経路。


 四、神力使用ルール。


 五、東京方面の情報収集。


 六、一週間後に帰る。


 最後の行だけ、少し強めに書いた。


 一週間後に帰る。


 ここに残り続けるわけにはいかない。


 澪奈が待っている。


 家族のこともある。


 俺は、他人のために自分の目的を見失うわけにはいかない。


 そう思いながら、俺はノートを閉じた。


 しかしリビングを見渡すと、五人はもう昨日とは違っていた。


 役割を持ち、少しだけ前を向き、明日やるべきことを話している。


 その変化を見てしまった以上、俺はもう完全に無関係な他人だとは思えなくなっていた。


 それが、一番面倒だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ