第二十話 発表テーマがまとまりません
七月七日、七夕。期末テストは今日で終わり、校内研究発表会まで残り十日余りに迫っていた。
「そろそろ、発表の構成を、ちゃんと決めないと」
秋月先生が、部室のホワイトボードに「発表構成」と書きながら言った。
「これまで調べてきたことを、十五分にまとめないといけないのよね」
その言葉に、四人はそれぞれのノートを持ち寄った。天文と気象の観測記録、地層や化石、海辺の調査結果、古地図と町歩きでの発見、そしてカフェ・メリディアンと標準時にまつわる話。一学期分の活動が、机の上に山のように広がっていた。
「これ、全部話したら、絶対十五分じゃ収まらへん」
あかりが資料の山を見ながら、頭を抱えた。机の上の紙の山は、もはやどこから手をつけていいのかわからないほどの量になっている。
「これ、いっそ全部読み上げるだけで、十五分過ぎそうやな」
「読み上げるだけの発表、それはそれで、新しい試みかもしれません」
こよみが、半分本気とも冗談ともつかない顔で言った。
「新しい試み、というより、無謀な挑戦だと思う」
かなめが即座に否定する。
「じゃあ、優先順位をつけないと」
あかりがそう言うと、かなめが最初に具体案を出した。
「わたしは、天文の話を中心にすべきだと思う。星の南中、恒星時、太陽高度――それに、姉さんの協力もあったし、写真も何枚か撮れた」
「でも」
こよみが、控えめに言葉を挟んだ。
「町の歴史や、古地図の話も、大事だと思います。明石という土地に、時間がどう積み重なってきたか、っていう視点は、他ではあまり見られない発表になると思うので。柏木先輩たちの記録まで外してしまったら、あの人たちの言葉が、また途中に置き去りにされる気がするんです」
「うちは……」
あかりが、少し焦った様子で言った。
「うちの店の話も、外したくない。標準時プリンとか、床の線のこととか。せっかく、あの話、大事な発見やったのに」
「気象観測のデータも、まとめてきたよ」
かなめが付け加える。
「梅雨の湿度と、シフォンケーキのふくらみの関係とか、簡易気象観測の記録とか」
つむぎが、少し慎重に言った。
「あと、部室の時計のずれと、チックのことも。これ、発表にどこまで入れられるか、正直、迷ってます」
それぞれが、自分の担当分野への思い入れを口にするうちに、話し合いは、次第に噛み合わなくなっていった。
「天文中心にすべきだと思う」
かなめが繰り返した。
「でも、町の時間の話を抜きにするのは、もったいないです」
こよみが冷静に、けれどはっきりと反論する。
「うちの店の話も、絶対入れたい」
あかりが少し強い口調で言った。
「みんなの意見、全部大事だとは思うんですけど……」
つむぎは、まとめようとして言葉を探したが、うまく出てこなかった。天文、地学、地歴、喫茶店、気象、そしてチックの不思議現象――どれも切り捨てられない気がして、頭の中がまとまらない。
「つむぎ、どう思う?」
かなめに聞かれて、つむぎはしばらく黙り込んでしまった。
「えっと……全部、大事だと思うので……その、なんて言うか……」
「はっきり言ってよ」
かなめの声はいつもより張り詰めていた。天文の記録が思うように集まらなかった焦りが、まだ心のどこかに残っているのかもしれない。
「ごめんなさい……まだ、うまく、まとめられなくて」
つむぎが、俯きがちにそう言うと、部屋の空気が少しぎこちなくなった。
「べつに、責めてるわけじゃないけど」
かなめが少し早口で言う。
「でも、時間がないのは事実だから」
「わかってます……」
部屋の隅で、それまで空気のように黙っていたチックが、ぼそりと言った。
「みんな、けんか?」
「けんかちゃう」
あかりが慌てて否定する。
「でも、雰囲気、悪い」
「それは……まあ、否定できひんけど」
「わたし、仲直りの手伝い、できる……お菓子あれば」
「あんた、絶対それ、この空気便乗して、お菓子欲しいだけやろ!」
あかりが思わず声を上げると、こよみとかなめも、こらえきれずに小さく笑ってしまった。張り詰めていた空気が、そのひと言で、わずかに緩む。
「とりあえず、休憩しよ。うち、お茶でも淹れてくるし」
あかりが部室を出ていくと、部屋にはなんとなく気まずい沈黙が残った。こよみは黙って古地図を見つめている。
かなめは腕を組んだまま、窓の外を見ていた。廊下の向こうから、別の部活の笑い声が聞こえてくる。机の上では、誰にも選ばれなかった資料の端が、部屋の隅で回るサーキュレーターの風にかすかに揺れていた。
つむぎは、自分のノートを開いた。これまでの活動の記録が、びっしりと書き込まれている。天文の話、地層や化石の話、古地図の話、喫茶店の話、気象観測の話、そして、部室の壁時計とチックのこと。
(全部、大事な話だと思う。でも、どうやって、ひとつにまとめたらいいんだろう)
ページをめくりながら、つむぎはこれまでの活動を改めて振り返ってみた。
カフェ・メリディアンで、時計の十二時と太陽の正午の違いを知ったこと。天文科学館で、星の南中と恒星時について学んだこと。古地図を見ながら、町に積み重なった時間を感じたこと。海辺で、石や地層が持つ途方もなく長い時間について考えたこと。部室の壁時計のずれから、「時のほつれ」というものの存在を知ったこと。
つむぎは、ページをめくる手をふと止めた。
(これ、全部――)
これまで、それぞれ別々の話として捉えていた出来事が、ある一つの視点で見ると、すっとつながっていくような感覚があった。
「あの……」
つむぎは思わず声を上げた。かなめとこよみがこちらを見る。
「全部、違う種類の『時間』だったんじゃないか、って、今、思いました」
「違う種類の時間?」
かなめが、聞き返す。
「はい」
つむぎは、ノートを広げながら続けた。
「星の時間は、恒星時とか、南中とか、宇宙のスケールの時間。地層の時間は、何万年もかけて積み重なった、地質学的な時間。古地図の話は、町が何百年もかけて形を変えてきた、人間の営みの時間。カフェ・メリディアンの話は、時計の時間と、太陽の時間の違い。気象観測は、日々の天気の記録――これも、積み重なっていく時間の一種だと思います」
こよみが、はっとしたような顔をした。
「私、過去の記録を残すことばかり考えていました。でも、今の私たちが見つけたことも、いつかは過去の記録になるんですね。では、部室の壁時計のずれと、チックさんの話は――」
「まだ説明できない、時間そのものの謎です。でも、それも別の話ではないと思います」
つむぎの言葉に、かなめも少しずつ表情を変えていった。
「つまり、ばらばらに見えた記録が、全部『時間』という一つのテーマにつながっていた、ということ?」
「はい」
お茶を運んで部室に戻ってきたあかりが、扉を開けた瞬間、その話を聞いて目を輝かせた。
「それ、めっちゃいいと思う! うちの店の話も、ちゃんと意味のあるパーツとして入れられるってことやろ?」
「うん。誰の記録も、外さなくていいと思う」
「よっしゃ! じゃあ、このお茶、お祝いのお茶にしよ」
あかりが、湯気の立つカップをみんなの前にどんと置いた。
「まだ何も解決してないのに、勢いでお祝いしようとするの、あかりさんらしいですね」こよみが、微笑みながら言った。
「勢い、大事やねん。気分から入る派」
その調子の良さに、部屋の空気がすっかり軽くなっていた。
こよみも、見つめていた古地図から顔を上げた。
「私たちが、それぞれ好きなことを調べてきた結果、こんなふうにひとつのテーマにまとまるなんて、素敵だと思います」
かなめはしばらく黙って、つむぎのノートを見つめていた。
「つむぎ」
「はい」
「さっき、強く言い過ぎた。ごめん」
「いえ、そんな……わたしも、うまく言葉にできなくて」
「ううん」
かなめは、首を振った。
「みんなの意見をまとめるのって、簡単なことじゃないと思う。それを、ちゃんとやってくれた」
その言葉に、つむぎは少し照れくさそうに微笑んだ。
「じゃあ、発表のタイトル、どうしましょうか?」
こよみが、みんなの顔を見渡しながら尋ねた。
しばらくの沈黙の後、つむぎがおずおずと口を開いた。
「『東経百三十五度の町で、わたしたちは何を見ているのか』――っていうのは、どうでしょうか」
その言葉に、部屋の空気が変わった。
「いいと思う」
かなめが即答した。
「素敵なタイトルです」
こよみも微笑む。
「決まりやな!」
あかりが、明るい声で言った。
部屋の隅で、いつの間にか目を覚ましていたチックが小さく呟いた。
「みんなの時間、ひとつになった」
「あんた、さっきお菓子ほしいだけとか言うてたのに、いいこと言うタイミングだけは完璧やな」
「わたし、多才」
「その自信、どこから来るん」
あかりの突っ込みに、チックはどこか誇らしげに耳を動かすだけで、それ以上は答えなかった。四人は、顔を見合わせて笑った。
☆
その日の帰り、四人はカフェ・メリディアンに立ち寄った。
「期末テスト終了と、発表テーマ決定。今日は二つまとめて打ち上げやな」
あかりが、いつもより弾んだ声で言う。
灯子さんが運んできたのは、七夕限定の「天の川のゆらぎソーダ」だった。
深い青色のソーダの中に、透明なクラッシュゼリーと、小さな星形のゼリーが浮かんでいる。グラスの底には淡い紫色の層があり、炭酸の泡が上がるたび、天の川のようにゆらゆらと揺れていた。
「こちらのレモンシロップを入れてみて」
灯子さんに言われ、つむぎが小さな器のシロップを注ぐ。
青かったソーダの中に紫色の筋が広がり、やがて二つの色がゆっくりと重なっていった。
「色が変わりました」
こよみが目を輝かせる。
「別々だった色が、混ざって一つになる」
かなめが、グラスを光に透かした。
「今日の私たちみたいですね」
こよみの言葉に、つむぎは頷いた。
あかりがグラスを持ち上げる。
「期末テスト終了と、発表テーマ決定に――乾杯!」
四つのグラスが、涼しげな音を立てて触れ合った。
窓の外は、まだ明るい。
七夕の星が見えるまでには、もう少し時間がありそうだった。




