第十七話 夏至の日は、影なしソーダ
六月二十一日、夏至。
放課後、四人は部室の机に集まり、その日の南中時刻に撮影された写真を確認していた。
「観測を始めた日の影と比べると、かなり短くなってます」
つむぎは、六月初めの写真と今日の写真を並べた。棒の高さは同じなのに、足元から伸びる影の長さは、目で見てもわかるほど違っている。
「理論値とも、ほぼ一致してる」
かなめが計算結果を確かめる。
「一年のうちで、太陽の南中高度が最も高くなるころですからね」
こよみも、約三週間分のグラフを満足そうに眺めていた。
「ほな、観測成功ってことでええんやな」
「うん。ただ――」
かなめが、グラフの途中にある一点を指差した。
「記録の中で一番影が短かったのは、今日じゃない」
それは、数日前に観測された、理論値から大きく外れた日の記録だった。
「夏至の今日より、あの日の影の方が短いんですね」
つむぎの言葉に、四人はしばらく黙り込んだ。
「やっぱり、ただの測り間違いではなかったみたいですね」
こよみが冷静に言った。
「それは明日から、また調べようや」
あかりが、重くなりかけた空気を切り替えるように手を叩いた。
「今日は夏至やで。三週間も観測を続けたんやから、ちゃんとお祝いせんと」
「もしかして、完成したんですか?」
「もちろん。影なしソーダ、今日だけの限定メニューや!」
その日の部活動を終えると、四人はそろってカフェ・メリディアンへ向かった。
店の入口には、あかりが描いたらしい小さな看板が立てられていた。青いソーダの絵の上に、大きな文字で「夏至限定・影なしソーダ」と書かれている。横には、短い影を落とす棒と、真上から照らす太陽の絵も添えられていた。
「ちゃんと今日から出してたんですね」
つむぎが看板を覗き込む。
「夏至の日に出さんかったら、限定メニューの意味ないやろ。観測を始めた頃から、お母さんと試作しとったんよ」
店内へ入ると、夕方になっても窓の外はまだ明るかった。一年で最も昼が長い日らしく、西から差し込む光が、床の真鍮のラインを淡く輝かせている。
「いらっしゃい。四人分、用意してあるわよ」
灯子さんが、細長いグラスを載せた盆を運んできた。
ソーダは夏空を思わせる淡い青色で、その中に丸い氷が浮かんでいた。グラスの縁には、太陽を表した薄いレモンが一枚添えられている。
「氷、本当に丸くしたんですね」
つむぎがグラスを覗き込んだ。
「細長い氷やと、影も長そうに見えるやろ。せやから、できるだけ丸くしてみた」
あかりは得意そうに胸を張った。
「実際の影の長さとは、あまり関係ない気もするけど」
かなめが冷静に指摘する。
「こういうのは雰囲気が大事やねん。科学的な説明は、メニューの裏にちゃんと書いてあるから」
つむぎがメニューを裏返すと、夏至と太陽の南中高度について、短い解説が載っていた。その横には、四人が測った影の長さをもとにした、小さなグラフまで印刷されている。
「観測結果が、そのままメニューになっています」
「うちらの研究、急においしそうになったな」
あかりの言葉に、四人は笑った。
床に座ってグラスを見上げていたチックが、首をかしげる。
「影、ある」
見ると、夕方の光を受けたグラスの下には、細長い影が伸びていた。
「影なし言うても、本当になくなるわけやないって、前にも言うたやろ。名前の勢いや」
「影、あるのに、影なし」
「細かいこと気にするようになったな、あんた!」
あかりが言い返すと、チックは納得していない様子で、グラスの影を前足でちょんと押さえた。
「では、三週間の観測に」
こよみがグラスを持ち上げる。
「それと、影なしソーダの完成に、ですね」
つむぎも続いた。
「乾杯!」
四つのグラスが、涼しげな音を立てて触れ合った。
つむぎが一口飲むと、炭酸の細かな泡と一緒に、レモンの爽やかな香りが広がった。
「すっきりしていて、おいしいです。暑い日にちょうどよさそうですね」
「観測のあとに飲むことまで考えられてる」
かなめも、感心したようにグラスを光へ透かした。
「夏至のことを知らない人でも、これをきっかけに興味を持つかもしれませんね」
こよみは、メニューの裏に載った解説を丁寧に読んでいる。
「難しい説明を全部読んでもらえんでもええねん。夏至って何やろ、くらいに思ってもらえたら」
あかりの言葉に、つむぎは頷いた。
「誰かの『わかった』につながる言葉を選ぶのと、少し似てますね」
「うちの場合は、『おいしかった』につながったら、それでも成功やけどな」
あかりは笑いながら、自分のソーダを一口飲んだ。
「こうして季節の節目を、みんなで味わうのもよいものですね」
こよみが、丸い氷の浮かぶグラスを見つめる。
「今年の夏至は、たぶん、ずっと覚えていると思います」
窓の外には、まだ明るい空が広がっていた。四人は観測を始めた日のことや、雨で撮影できなかった日のこと、校庭で棒を立てて体育の先生に不思議がられた秋月先生のことを話しながら、ゆっくりとソーダを味わった。
やがてグラスが空になるころ、つむぎは鞄から観測ノートを取り出した。
三週間かけて短くなってきた影。理論値とほぼ一致した、夏至当日の記録。そして、その途中に一つだけ残っている、今日よりも短い影。
影なしソーダにも、グラスの下には薄い影があった。
けれど、あの日の異常な記録だけは、まだ理由の分からないまま、グラフの中に残り続けていた。




