第十話 博物館の展示は、海辺へ続いている(後編)
予定より少し長く遊んでしまい、こよみにスマホの時計を示されて、四人はようやくショッピングセンターを出た。
そこから住宅地を抜け、南へ向かって歩いた。建物の間から海が見え始めると、風の中に潮の匂いが混じってくる。
最初に到着したのは、明石原人の腰骨が発見された場所だった。
「ここ、なんですね」
つむぎは、案内板と、その向こうに広がる海岸を見比べた。
博物館の展示室では、明石の歴史を揺るがすほど大きな発見に思えた。けれど現地に立ってみると、波の音が聞こえる、ごく静かな海辺だった。
「もっと、特別な場所みたいになってると思ってました」
「あの腰骨が見つかるまでは、ここも普通の海岸だったはずです」
こよみが答える。
「歴史的な発見というのは、最初から目立っている場所で起こるとは限りません。誰かが足元にあるものを見つけて、調べようと思ったところから始まるんです」
つむぎは案内板の内容と位置をノートに書き、かなめは周辺の地形を写真に収めた。
さらに、海岸沿いに延びる「浜の散歩道」を東へ歩くと、アカシゾウ化石発掘地を示す案内が見えてきた。目の前にあるのは海と崖の続く風景で、博物館で見上げた二頭の骨格はどこにもない。
「ここから、あのゾウにつながってるんやな」
あかりが足元を見ながら言う。
「展示室にある骨だけ見てたら、発見された場所までは想像してませんでした」
つむぎは、海岸から博物館までの道のりを思い浮かべた。土の中に埋まっていた化石が見つかり、調べられ、骨格として組み上げられ、今は多くの人に昔の明石を伝えている。
「博物館の展示って、そこで終わっているわけではないんですね」
「はい。その先には、必ず見つかった場所があります」
こよみは海の方へ顔を向けた。
「展示と場所を結びつけて見ると、昔の出来事が、少しだけ近く感じられます」
四人は最後に、二つの発見地の位置を地図へ書き込み、活動記録用の写真を撮った。
そろそろ駅へ向かおうとしたところで、こよみが海岸沿いに続く道の先へ目を向けた。
「あの……もう一か所だけ、寄ってみたい場所があるんですけど」
「まだあるん?」
あかりが驚いたように聞き返す。
「ここから『浜の散歩道』を東へ三キロ少し歩くと、赤石の碑があります。海中にある赤い石が、明石という地名の由来の一つになったと伝えられている場所です」
こよみは申し訳なさそうに三人を見た。
「ただ、ここからだと少し歩きますので、今日はやめておいても……」
「その話、小学生のころに聞いたことがあります」
つむぎは、海岸の先へ目を向けた。
「でも、実際に碑がある場所へ行ったことはありません。せっかくここまで来たんですから、行ってみたいです」
「わたしも賛成」
かなめが頷く。
「発掘地から地名の由来まで、同じ海岸沿いで確かめられるのは面白いと思う」
「二人が行くなら、うちだけ帰るわけにもいかんな」
あかりはそう言ってから、こよみへ笑いかけた。
「ほな、案内よろしく」
「はい」
こよみの返事は、申し訳なさそうだった先ほどより、少しだけ弾んでいた。
しばらく歩くと、海を望む休憩所のそばに、石碑が立っていた。表面には、大きさの違う二頭の鹿が寄り添うように刻まれている。
「これが、赤石ですか?」
つむぎが碑を見上げると、こよみは首を振った。
「これは、赤石のいわれを伝えるための碑です。本物の赤石は、この海の沖に沈んでいるそうです」
「三キロ以上歩いてきたのに、肝心の石は見えへんの?」
あかりが海へ目を凝らす。
「現在は海の中にあるから、ここから見るのは難しいと思います」
こよみが申し訳なさそうに答えると、あかりはもう一度、碑に刻まれた二頭の鹿を見た。
「でも、見えへん石の名前が、今も町の名前に残っとるって、おもしろいな」
「この鹿にも、何か由来があるんですか?」
つむぎが尋ねる。
「はい。海を渡った鹿と赤石にまつわる伝説が残っているんです。昔は『明石』ではなく、『赤い石』と書いて『赤石』と呼んだともいわれています」
「実際の石が先にあって、そこに伝説が重なり、さらに地名として残ったということですね」
かなめが、海と碑を交互に見ながら言った。
「石そのものは見えなくても、名前と物語は残るんだ」
「小学生のころに話を聞いたときは、ただの地名の由来だと思っていました」
つむぎはノートを開いた。
「でも、実際にここまで歩いてくると、本当にこの海から明石の名前が生まれたのかもしれないって、前より身近に感じます」
こよみは三人の反応を見て、嬉しそうに微笑んだ。
「来てよかったです」
「うん。歩いた甲斐はあったわ」
あかりはそう答えたあと、少し疲れたように足を伸ばした。
赤石の碑を見たあと、四人は山陽電車の林崎松江海岸駅へ向かった。朝からいくつもの場所を歩き回ったせいで、駅へ着くころには、全員の足取りが少し重くなっていた。
「博物館と昼ごはんと買い物とゲームと海岸沿いで史跡巡り。今日、詰め込みすぎちゃう?」
あかりがホームのベンチへ座りながら言う。
「ですが、全部楽しかったです」
こよみがそう答えると、あかりは意外そうに隣を見た。
「こよみさんが誘ってくれたから、知っているだけだった場所にも、実際に足を運べました。また、こよみさんがよく行くところを教えてください」
つむぎが言った。
「はい。まだ、いくつもあります」
こよみの返事は、朝よりも少しだけ弾んでいた。
かなめは、今日撮った海岸の写真を確認しながら口を開いた。
「次は、この辺りの石や地層も、ちゃんと調べてみたい」
「また海に来るん?」
「今日とは違う調査になると思う」
電車がホームへ入ってくる音が近づいてきた。
博物館で見た遠い昔の明石と、午後に歩いた現在の海岸。その二つが、四人の活動記録の中で、一つの道としてつながり始めていた。
☆
週明けの月曜日、カモノハシのぬいぐるみのトックは、星時研究部の新しい仲間として部室に迎えられた。
その日の朝、秋月先生にトックを預け、昼休みに四人で部室をのぞいてみると、天球儀の下で、チックがトックにもたれて気持ちよさそうに眠っていたのだった。
「もう、仲良くなったみたいやな」
あかりが声を潜める。
四人は顔を見合わせて笑い、チックとトックを起こさないよう、そっと部室の扉を閉めた。




