6.君ひとりだってこと(終)
本来なら『日替わり彼女』を取っ替え引っ替えしているはずの、遊び人ジュリアン様の『彼女』がわたくししかいないですって…!?
「え、で、でも、あの子たち…、いつもジュリアン様のお側に…!??」
「うん、僕の特別がマデリーンだって事を理解してくれた子だけ、友達として側にいたんだ」
ジュリアン様はそう言って、呆然とするわたくしの髪を一房すくい上げ、そのまま優しく唇を落とす。
「じゅ、ジュリアン様!?」
「…つまり、僕の最愛の彼女は何年も前から君ひとりだってこと――知ってた?」
そんなの!!知るはずがない!!!
いつもより熱を感じる緑の瞳に怖気付いて、思わず一歩後退してしまった。
「…最初に『友達みたいなもの』って言ったのは僕だけどさ、まさかここまで本気にしてくれないとは思わなかったよ」
ジュリアン様は深いため息をつきながら、わたくしが後退した分だけ距離を詰める。
「こっちはどんどん君に惹かれてるっていうのに、いつまでも友達気分でさ」
もう一歩下がれば、ジュリアン様も逃がさないように一歩詰めてくる。
「気軽に体に触れられて、『愛しい』だなんてまるで心がこもってない言葉を聞かせられる僕がどんな気持ちだったかわかる?」
ついに背中が校舎の外壁にトンと当たり、これ以上逃げられないことを悟った。
「あまつさえ、新しい『彼女』の斡旋までしてくるし」
切なげに眉を八の字に下げたその表情はあまりに色っぽくて、心臓がバクバクと騒ぎ出す。
「何度クラウゼル家に婚約の申し込みをしても侯爵に『娘はファンなので』ってもみ消されるしさ…」
これまた初耳情報に驚いて目を見開くわたくしに、彼は意地悪くフッと微笑んだ。
「――マデリーン、君が何かの目的を持って僕の『彼女』でいたことは知ってる。婚約という関係になりたくないのも知ってる。……でも」
「ひゃっ!?」
「六年間も最愛の恋人でいながら、今更逃げ出したりしないよね?」
逃げ道をふさぐように腕を壁についたジュリアン様が、低く、しかしとびきり甘い声でそう問いかけてくる。
「そ――それは、そのぉ…」
――おかしい。関係の精算が容易なはずの『遊び人の日替わり彼女作戦』がこんな終わりを迎えようとしているなんて、一体誰が予想できたというのだろうか。
逃げたい。でも逃げられる気がしない。ここから入れる保険はなさそうだ!!
視線を逸らしながら、モゴモゴと口の中で呟くしか出来ないわたくしの様子に、フッと笑って彼は髪を揺らしながら顔を寄せ、耳に甘く囁いた。
「――それとも、僕を弄ぶつもり?この、遊び人令嬢」
「んなっ!??誰があそ…っん――」
驚愕に目を見開くわたくしの唇を、塞ぐようにジュリアン様がそっと重ね合わせた。
驚き咄嗟に持ち上げた両手は口付けを拒むどころか、力なく彼の胸元を掴むだけで、何も意味を成さない。その柔らかく温かな感触に思考だけが甘く溶かされていく。
――意識したことなんてなかったのに。
ただ平和に生きるための隠れ蓑として、都合の良い関係だと思っていただけだったのに。
その緑の瞳を甘く細める瞬間に少しだけときめいて。彼の『特別』が嬉しくて。
ゆっくりと唇が離れ、満足げに微笑むジュリアン様と視線が絡み合う。心臓の音が聞こえてしまうのではないかと心配しながら、彼を初めて意識してしまった。
「責任、とってよね」
「〜〜〜〜それはこちらの台詞ですわぁっ!!!」
――愛なんてまだ分からない。
でも名残惜しさを少しだけ感じてしまった口付けが悔しくて。
真っ赤に染まった顔をこれ以上見られないよう、わたくしは頭突きするように、彼の胸元へ頭をグリグリと押し付けるのだった。
◇おしまい◇
それを校舎の陰から見守り、祝福する彼女集団があったとかなかったとか…。
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