5.僕の愛しい恋人だからね
グスン、という効果音が聞こえてきそうなほど上目遣いで目をウルウルと潤ませ、ジュリアン様の袖口へすがりつこうと手を伸ばすヒロイン。
だがジュリアン様は、その手をサラリと躱して一歩身を引いた。
「『平民だから』?おかしいな。僕の周りには平民の女の子もたくさん来るけど、マデリーンはいつも優しく気遣っているよ」
ええ、貴族平民関係なく彼女たちの管理をするのも古株の務めですもの!
『二人きりでジュリアン様にお伝えしたい事が…』なんて要望にも、スケジュール調整を含め全力でサポート致しますわ。
「へっ、平民ってだけじゃなくて、私がエルネスト様と親しくしてるから気に入らないんだと思います!」
「なんでマデリーンが、第一王子殿下と仲良くしている君を疎むんだ?」
「それは…その、マデリーン様がエルネスト様のことが本当は好きだから、嫉妬で…」
「それはあり得ないよ」
クスリと小さく鼻で笑うと、ジュリアン様は後ろにいるわたくしの肩をぐっと抱き寄せた。
「だって――マデリーンは六年も前から、僕の愛しい恋人だからね」
「「へっ…」」
わたくしとヒロインの声が見事に重なり、庭園に間抜けに響く。
…いえ、確かにそうなんですけれど!嫉妬して虐めたと思われないように、六年前からジュリアン様の『彼女』をやらせていただいていたのは事実ですけども!
こんな体勢で恋人だなんて言われると、まるで一途に想い合っていたかのようでとても恥ずかしい…!!
本来ならここは悪役令嬢らしく『貴女ごときに嫉妬するわけないでしょう、野ネズミさん』なんて高笑いして言えば良かったのだろう。
だけど、口をパクパクと開閉させるだけで何も言う事が出来ず、耳まで真っ赤に染めて固まるわたくしの様子を見て、ヒロインがハッと我に返った。
わたくしとジュリアン様、二人の顔を見比べた後、ヒロインは拳をプルプルと震わせ…
「ず…ずるいッ!ジュリアンルート奪うなんてずるい!断罪される悪役令嬢のくせに!!
運営に訴えてやる!!消されろバグ!覚悟してろ、バーカ!!」
地踏みを鳴らし、思いつく限りの悪態をついて、来た道をスカートを翻して走り去っていった。
ええと…運営って、この世界に実在しますの…?
熱くなった頬を両手で包みながらぼんやりと考える。
「………あは、マデリーン。可愛い顔してる」
「もう!ジュリアン様が恋人だなんて紹介するからですわ!
…確かに、複数いる中の彼女の一人ではありますけど、そんな特別な意味なんて……」
「うん、マデリーンが『彼女』をそう捉えているのは知ってるよ」
不思議な物言いに首を傾げながら、ジュリアン様の胸を押し、その腕からするりと抜け出す。
「――それじゃマデリーン、これは知ってる?」
そう言ってジュリアン様はいたずらっぽく笑い、わたくしの前に人さし指を一本立ててみせた。
「ひとつ。僕が複数人の『彼女』を作る事になった原因――初代の彼女二人とはとっくに切れていること」
「え?ええ。ジュリアン様が入学前に別れたのでしょう?それがなにか…」
わたくしが『彼女』に仲間入りして一年ほど経った頃だっただろうか。確か彼女二人から直々に申し出があったそうだ。
一方は『飽きた』、もう一方は『別の人に惚れた』でしたっけ。幼心って移ろいやすいものね…。
そう答えると、ジュリアン様は満足そうに頷きながら二本目の指を立てた。
「ふたつ。学園でいつも僕の周りにいた令嬢たちは『彼女』じゃないということ」
「えっ?」
彼女たちが『彼女』じゃない?
パチクリと大きく目を瞬かせるわたくしの前に、すっと三本目の指が立てられた。
「みっつ。僕が『彼女』扱いしているのは、マデリーンだけということ」
「え……え?えっ!?」
待て待て、何をおっしゃっているの?
運営はもちろん存在しないぜ!




