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転移先は密室殺人事件の渦中!? 悪役令嬢に憑依した私が、魔法世界で異能力探偵になります   作者: 堀吉 蔵人


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符号

しばらく不定期更新で進みます。

夜明けの空が白み始める前に、局の詰め所で令状申請書が書き直された。


 シリルが机に向かっていた。一行書き直し、また一行追った。ペンを持つ手は止まらなかったが、瞬きの回数が少なかった。眠っていない人間の目だった。


 テーブルの向かいでレティシアは手を組んだまま待った。蝋燭の炎が揺れた。外の風が扉の隙間から入ってきた。


 申請書に三つの請求が盛り込まれた。証人二名への面会令状。移送記録の開示請求。収容区画の管理権限者の特定申請。シリルが封をして立った。



 令状審査官の執務室は正面棟の二階にあった。朝の四つ刻を過ぎた頃に訪ねた。廊下の窓から霧が見えた。建物の輪郭が白く滲んで、遠くの城壁が消えていた。


 審査官は書類を受け取り、声を出さずに読んだ。額に横皺が寄った。二回同じ箇所を読み返した。


「移送記録の開示まで含めるのですか」


「収容者の移動には記録義務があります。令状の範囲内です」


「施設側が応じない場合の措置は」


「未提出として記録します。その記録をもって次の申請に使います」


 審査官はペンを取り、書類の端に署名した。判が押された。



 第三補助施設の所長は昨夜と同じ顔をしていた。令状を差し出されても、表情が動かなかった。


「記録の準備に時間がかかります。午後になるかと思います」


「令状の有効時間は本日中です」シリルが答えた。「午後の二つ刻までに準備が整わない場合、未提出として記録します」


 所長が奥に消えた。


 廊下の椅子で待った。シリルは壁に背をつけて立ち、窓の外を向いていた。廊下を職員が行き来した。昨夜もここにいた男が通った。視線が合った瞬間、目が逸れた。急ぐわけでもなく、ただ方向を変えた。意識的な動きだった。


 午後に入ってしばらく、書類が運ばれてきた。


 一枚だった。受け取り、広げた。移送先の欄があった。施設名ではなかった。符号が記されていた。「B-17」という文字だけが、小さく書いてあった。


「符号です」


「局内の管理コードです」シリルが答えた。「対応表がなければ場所が分かりません」


「対応表の開示を求めます」


 所長に向けて言った。表情は動かなかった。


「守秘事項になります。対応表は中央管理部の管轄です。この施設では提供できません」


 シリルが書類の写しを受け取った。符号だけが残された紙だった。



 局の本棟へ戻る途中、廊下で職員に声をかけられた。


「符号対応表の照会が制限になりました。今朝、副局長から通達が出ています」


 シリルの足が一瞬だけ止まった。


「今朝の何刻のものですか」


「九つ刻の前です」


 令状申請が審査官に受理されたのは九つ刻を過ぎた後だった。


 書類のほうが先だった。令状申請の内容が漏れることを想定した上で、先に符号照会の経路を塞いでいた。



 廊下に面した小部屋を借りた。書類をテーブルに広げた。シリルが窓の外を向いていた。空が曇っていた。


 符号の欄に指を置いた。


 感触があった。


 書類の他の部分とは違った。様式の文字や受付印の周辺は、施設の職員の感触だった。慣れた手で、処理の早い人間の跡だった。しかし符号の欄だけ、別の人間の感触が混じっていた。迷いがなかった。この文字を知っている人間が書いた跡だった。符号を日常的に扱い、書き慣れている人間の手だった。書く目的への意識がなく、記入することだけがあった。業務の中の一動作だった。


「符号の欄だけ別の人間が書いています」


 シリルが振り向いた。


「この書類の他の部分は施設の職員のものです。でも移送先の符号の欄だけ、外から来た別の人間が書いている。中央管理部の人間です。施設の外から、この欄だけを記入しに来た」


「書き換えた可能性がありますか」


「判断できません。最初から符号で書くよう指示されていた可能性もある。どちらにしても、中央管理部の誰かがこの移送に直接関与しています」


 シリルが書類を手に取り、符号の文字を見た。「筆跡の鑑定は取れます。依頼先を局外にすれば、今の通達の管轄から外れます。時間がかかりますが」


「他の経路はありますか」


 シリルが書類を折り畳んだ。「一人います。局内で、符号を非公式に確認できる人間が。以前、中央管理部で記録係を長くやっていた人物です。今は資料室にいます」


「なぜ移動したんですか」


「三年前の異動です」



 資料室は西棟の端にあった。窓が高く、採光が少なかった。古い紙の匂いが廊下から漂ってきた。書棚が天井近くまで並んでいた。


 男が棚の整理をしていた。五十代に見えた。肩が丸く、背が低かった。地味な制服で、局の記章がかすれていた。シリルの顔を見て、棚から手を離した。


「ハートウェル捜査官」


「コーバン記録係。少しよいですか」


 奥に案内された。小さな机があった。椅子が二つあった。外の音が届かない場所だった。


「符号の照会が制限になりました」シリルが言った。


「知っています。通達が来ました」コーバンは机の表面を見ていた。


「以前の業務で覚えていた符号の対応が、記憶の中に残っている場合、確認いただけますか」


 コーバンは指先を机の縁に置いた。動かさなかった。


「覚えていたとして、それを教えれば通達違反です」


「通達の有効性について今日付けで審査申し立てをします。審査の結果次第では通達が無効になります」


 部屋が静かだった。遠くで書類を運ぶ足音がした。通り過ぎた。窓の外で鳩が飛んだ。


「B-17」コーバンが言った。声が低かった。「記憶の中では、カリエント伯爵家の私設預かり施設に割り当てられた符号です。ただし、私は何も言っていません」


「分かりました」


 立ち上がった。机の端に手をついた。


 コーバンの手の感触が残っていた。怖れではなかった。教えた後の感触だった。三年間持ちながらここにいた何かを、ようやく置いた後の感触だった。重さの消えた、ただ軽い感触だった。



 局を出た。


「カリエント伯爵家」


「知っています」シリルが言った。「ラインホルト副局長の義兄の家です」


 石畳の上で足が止まった。


「令状の管轄はどうなりますか」


「私設施設への捜査令状は、施設が所在する領の裁判所から取る必要があります。管轄が別の審査機関になります。二日ほどかかります」


「察知されれば、また移送されますか」


「可能性はあります」


 風が冷えていた。石畳の先に局の本棟が見えた。


「令状を悟られない方法はありますか」


 シリルが少し間を置いた。「申請の名目を変える方法があります。捜査令状ではなく、人身安全確認の申請です。収容者本人への通知義務が果たされているかどうかの確認という形で出せば、担当部署が変わります。ラインホルトの管轄から外れる」


「申請できますか」


「私の名前では難しい。別の捜査官名が必要です」


「いますか」


 シリルが曇り空を見た。「一人います。信頼できる人間が」



 戻る道で、ラインホルトの動きを辿った。


 移送記録を符号にした。符号対応表の照会を塞いだ。しかしコーバンがいた。三年前に閑職に追われながら、符号の記憶を持って資料室にいた。ラインホルトはそのことを知っていたのかどうか、あるいは知っていて捨て置いたのか。


 消し切れないものが残っていた。アルヴィンとベルナルドを義兄の施設に移したことは、令状の届かない場所に隠すためだけではないかもしれなかった。自分の手の届く距離に置いておく必要があった。消すためではなく、使うために。


 証人がまだ生きている。移送記録が存在する。記録には手を動かした人間がいる。その人間が書いた符号に、別の人間の手の感触が残っていた。消えたように見えても、触れた手の跡は物の上に留まる。


 壁の傷を思い出した。ベルナルドが残した、十三番の収容室の傷を。問いかけに返事が来なかった夜の足跡を。抵抗でも問いかけでもなく、連れていかれた足跡だった。二人はまだいる。


「その捜査官には今日連絡を取れますか」


「取ります」シリルが答えた。


 本棟の灯りが近づいた。曇り空から雨が落ちてきた。細い雨だった。石畳が濡れた。


 先手を取られるたびに、ラインホルトは足跡を増やした。符号で隠した移送先が、別の経路で見つかった。今夜中に動かそうとしても、別の名目の令状が先に届くかもしれなかった。


 追える。


 まだ、終わっていなかった。

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