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転移先は密室殺人事件の渦中!? 悪役令嬢に憑依した私が、魔法世界で異能力探偵になります   作者: 堀吉 蔵人


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消えた宛先

しばらく不定期更新で進みます。

翌日の昼過ぎ、カルロが書斎の扉を叩いた。


「シリル様から。例の書庫の件について、今夜お時間をいただきたいとのことです」


一日早かった。


上着を取った。


「場所は」


「昨日と同じ薬屋の裏、十八時とのことです」


「分かりました」


書斎の机に広げていた覚え書きを引き出しの底に収めた。ルーファスが写した書類は、裏表紙に挟み込んだ手帳の中にある。


カルロに頷いて、扉を閉めてもらった。


一日早い。何かが出た、ということだった。



薬屋の裏は夕方になると人の往来が増えた。市場が閉まる時間と重なるらしく、近くで荷車が石畳を擦る音がしていた。


シリルは先に来ていた。昨日と同じ場所に立っていたが、表情が昨日と違った。何かを見つけた時の顔ではなく、何かを整理し終えた後の顔だった。


「閲覧記録は残っていましたか」


シリルが周囲を一度確認してから答えた。


「残っていた。書き換えはなかった」


「ヴァン・テルフの名前は」


「ある。三年前の九月から十一月にかけて、査察関連の文書分類で七回、閲覧記録が残っている。うち四回は、ランゲが閲覧した日付の翌日だった」


七回。翌日。


ランゲが書類を引いて、翌日にヴァン・テルフが同じ書類を確認した。指示の確認か、内容の修正を確かめるための手順として。


「アルヴィン・ケロウの記録は」


シリルが少し止まった。


「ある」


「三年前に」


「ある。だが、閲覧記録だけじゃない。提出記録がある」


提出。


「書類を提出したということですか」


「三年前の十月。査察書類とは別の分類だが、同じ書庫に収められた記録がある。提出者の名義がアルヴィン・ケロウになっている」


「内容は」


「確認申請書。記録に添付書類の種別だけが残っていて、本文は別封管理になっている。通常、この種の申請は外部向けの書類ではない。内部通報に近い性格のものだ」


内部通報。


三年前の十月、アルヴィン・ケロウが内部通報に近い書類を書庫に提出した。同じ頃、ランゲとヴァン・テルフが査察書類を操作していた。


「アルヴィンは、何かに気づいていた」


「確認申請という形にしている。正式な告発ではない。誰か一人に確認を求める形だ」


「宛先は」


「そこが問題だ」シリルが壁に背をつけた。「宛先が記録から削除されている。本文は別封だからまだ確認できていないが、宛先の欄だけが空白になっていた」


空白。削除された宛先。


「書き換えられた」


「そう見ていい。提出日から二週間以内に記録に変更が入っている痕跡がある。元の記録者の印字と、後から入った印字の特徴が違う」


二週間以内。アルヴィンが何かを誰かに伝えようとして、その記録が書き換えられた。


「アルヴィンが提出した後、誰かがその宛先を消した」


「そしてアルヴィンが消えた」


路地の奥で、市場の呼び声が遠く聞こえた。



別封の本文をどう確認するか、という話になった。


「別封管理の書類は、副長以上の承認がないと開封できない」シリルが言った。「現在の副長は、三年前とは別の人物だ」


「承認を取れますか」


「通常の手順では、申請から開封まで最低でも五日かかる。申請者と閲覧目的の審査が入る」


五日。申請の記録も残る。局内に情報が伝われば、誰かに動きを察知される。


「別の方法はありますか」


シリルが視線を落とした。石畳の上で、夕刻の影が斜めに伸びていた。


「本来なら、局長の緊急承認という手順がある。事件に直接関連すると判断した場合だ」


「使えますか」


「使えない。現在の局長がその申請を受け付けた場合、どこに情報が流れるかが分からない」


「別封を開けずに、アルヴィンの所在を掴む方法は」


しばらく沈黙があった。


「一つある」シリルが言った。「アルヴィン・ケロウの退職記録を調べると、退職の手続きが正式ではない。辞表の提出なしに、在籍記録が更新されている」


「辞表なしに」


「辞職ではなく、異動の可能性がある。局内には直属外の部署があって、そこに移った場合は退職と似た形で在籍記録から消えることがある」


「どういう部署ですか」


「王立魔法捜査局の付属施設がいくつかある。証人保護に近い役割を持つ施設も、その中に含まれる」


証人保護。


「アルヴィンは消された側ではなく、保護された可能性があるということですか」


「あるいは、保護という名目で封じ込められた」


封じ込め。外から見れば保護でも、本人の自由がない状況がある。


「その施設の記録は、誰がアクセスできますか」


「施設の担当者と、任命した局長だ」


また局長のところに戻ってくる。



帰り道、馬車の中で窓の外を見た。


夕暮れの街が流れていった。石造りの建物の角に、まだ明かりがついていない街灯が並んでいた。


ヴァン・テルフとランゲを繋ぐ記録が出た。アルヴィンが何かを提出しようとした記録が出た。しかしアルヴィンの確認申請の宛先が消えていた。本文も開けられない。アルヴィン本人の所在も、施設の記録の中にある。


証人として生きているかもしれない人間が、どこかにいる。


取り出せない形で。


馬車が公爵家の正門前で止まった。御者が扉を開けた。屋敷の明かりが灯っていた。玄関の脇に、グレゴールが立っていた。


扉が開くより先に、グレゴールが近づいてきた。


「お帰りなさいませ」


それだけだった。けれどグレゴールの目が、一瞬だけ視線を後ろへ流した。玄関の内側を確認していた。


「少しよろしいですか、グレゴール」


書斎に入った。扉を閉めた。


「ルーファスが書類を写すきっかけになった話を、もう一度聞かせてもらえますか。書庫に通い始めた時期を含めて」


グレゴールが正面に立った。


「ルーファス様は、五年前から何度か書庫に通われていました。当時は公爵家と局の間で書類の照合作業があり、お手伝いとして書庫に入る機会があったと聞いています」


「五年前から」


「三年前の査察の後、ルーファス様から一度だけ話を聞きました。書庫で見た書類に、見覚えのない署名があったと。自分の証言だけでは足りない、確認できる形で残さなければならないと」


見覚えのない署名。


アルヴィン・ケロウは自分で確認申請を提出しようとした。ルーファスは写しを作った。同じ時期に、二人が同じ書類に気づいていた。


「ルーファスとアルヴィン・ケロウは、接点がありましたか」


グレゴールが少し間を置いた。


「一度だけ、ルーファス様から名前を聞いたことがあります。局に知り合いがいると。ただ、具体的にどういう関係かは存じません」


「書庫で会った可能性は」


「十分にあると思います」


ルーファスとアルヴィンが、書庫で接触していた可能性がある。二人が同じ事実に気づいて、それぞれが別の手段で残そうとした。


アルヴィンは提出した。ルーファスは写した。


アルヴィンの宛先が消えた。ルーファスは最後まで写しを持ち続けた。



グレゴールが下がった後、机に向かった。


覚え書きに書き足した。


*アルヴィン・ケロウ——五年前から書庫に通っていた可能性がある。三年前の十月に確認申請を提出。宛先削除、本文別封。ルーファスと書庫で接触した可能性。局の付属施設に移された可能性。*


シリルに伝える必要があった。グレゴールの証言が、アルヴィンとルーファスを繋ぐ一本の線だった。


ペンを置いた。窓の外は夜になっていた。


アルヴィン・ケロウが施設のどこかにいるとして、その施設を動かしている人間が局内にいる。局長の下に繋がっている。局長が関与しているのか、利用されているだけなのか。どちらかによって、アルヴィンに近づける手段が変わる。


覚え書きを閉じた。


ヴァン・テルフの行方、アルヴィンの宛先、別封の中身——一つずつ確かめていくしかない。どこかに、誰かが意図的に残した痕跡がある。


三年前から今まで、誰かがこの構造を維持してきた。ルーファスが死んだのは、維持する側がそれを必要と判断したからだ。ヴァン・テルフとアルヴィンが封じ込められているのも、同じ理由からだ。


この構造を維持する側は、今もどこかで動いている。


次に動くのが向こうより先でなければならない。


覚え書きを引き出しに入れた。鍵を閉めた。


明日、シリルに連絡を取る。グレゴールの証言を伝える。アルヴィンが移された施設について、局内で信頼できる誰かに確認する手段があるか聞く。


窓の外の暗がりを見た。


アルヴィン・ケロウが生きているなら、今夜も同じ暗がりの中にいる。


手の届く距離に証人がいる。

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