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転移先は密室殺人事件の渦中!? 悪役令嬢に憑依した私が、魔法世界で異能力探偵になります   作者: 堀吉 蔵人


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ライエの消えた跡

しばらく不定期更新で進みます。

封書の表面を、指先でなぞった。


糊付けの縁が少し剥がれかけていた。三年前に書かれて、一度も開かれなかったもの。エドワードが兄の代わりに持ち歩き、届けようとしていた。今は自分の手の中にある。


封を破くつもりはなかった。


それでも触れていた。


物に残る感情の残滓は、強い意思を持って動いた人間のものほど濃く出る。この封書には、決意のような形をした何かがあった。結果を見届けられないかもしれないと知りながら、それでも届けようとした人間の決意。怒りではなく、恐れでもなく。何度も飲み込んだ後の、静かな確信だった。


窓の外で、鳥が鳴いた。


夜が明けていた。



シリルが来たのは、それから二時間後だった。


「ライエの記録を当たりました」


玄関広間ではなく書斎に通した。グレゴールが茶を置いて出て行った。シリルは椅子に座らず、机の上に資料を広げた。


「コルネリウス・フォン・ライエ。三十八年、王家の記録管理部門に在籍。退官理由は体調不良。三年前の十月に辞表が受理されています。辞職後の届出住所は東市区、染物屋通りから二筋北。現在その住所に居住している記録はない」


「引っ越した記録は」


「ありません。住所変更の届けを出していない。国外移転の記録もない」


つまり公式には、三年前から存在していない。


「消えた人間が二人になった」


「ドルンとライエ。方向性は違います。ドルンは先に名前を消して逃げた。ライエは職を辞してから住所を変えず、そのまま記録の外に出た。能動的に隠れたのか、追われたのか」


「住所に行けますか」


シリルが地図を広げた。東市区の一角に、鉛筆で小さな印がついていた。


「今日動きます。局内には出来るだけ知られたくない」


「分かりました」



東市区は静かな通りだった。


高級住宅地でも商業区でもない。官僚や職人が暮らす、実際的な街並み。建物はどれも質素で頑丈だった。シリルが馬車を手前の通りで止めた。二人で歩いた。石畳が湿っていた。朝の空気が服に入ってきた。


目的の建物は四階建ての石造りだった。一階が小さな雑貨店になっていた。


店の主人は五十代の女性だった。シリルが証票を見せた。女性が少し眉を上げたが、対応した。


「三年前まで、二階の一室をライエという方が借りておられました。その後の状況を聞かせてもらえますか」


女性が眉間に皺を寄せた。


「ライエ様。覚えています。静かな方でした。急に引き払われたんです、三年前の秋。家賃を前払いで三ヶ月分置いて行って、荷物は後で取りに来ると言ったまま、二度と来なかった」


「荷物はどうされましたか」


「そのままで。どうしようもなくて、屋根裏に上げました。もう処分しようと何度も思ったんですが——なんとなく、できなくて」


女性の目に、説明できない何かがあった。後ろめたさではない。長く続いた心配と、決断できない迷いが重なっていた。


「拝見できますか」



屋根裏は埃臭かった。


木箱が三つ。衣類の入った革袋。本が数冊。それだけだった。急いで逃げた人間の荷物ではなかった。置いていく前提で整理されていた。最小限に、丁寧に。


三冊の本の表紙をめくった。蔵書印があった。几帳面な字でライエの名が入っていた。


木箱の一つに鍵がかかっていた。


シリルが道具を取り出した。作業に慣れた手つきだった。少し時間がかかったが、鍵が外れた。


中に書類があった。


整然としていた。用紙は揃えられ、折りたたまれていた。三年分の埃は積もっていたが、元々は丁寧に保管されていたと分かった。


最初の一枚を取り出した。会議の議事録だった。日付は四年前。記録管理部門の内部会合のものだった。


「切られています」


シリルが言った。次の一枚も。その次も。


名前が入るべき欄が、きれいに切り取られていた。はさみで、まっすぐに。


「同じ部分が全て除去されている。補助承認者の欄だ」


胸の中で、何かが固くなった。


ライエは消える前に、これらの書類を持ち出していた。完全な形ではなく、最も危険な部分だけを切り取って残し、切り取った部分を別に持って逃げた。あるいは誰かに渡した。


「切り取った部分がここにない」


「はい。ここにあるのは証拠として不完全なものだけです」


「完全な版は別に持ち出した」


「そう考えるのが自然です」


書類の束を全部確認した。大半は切り取りのあるものだった。最後の一枚だけが違った。


議事録ではなかった。手書きのメモ用紙だった。インクが薄くなっていたが、文字は読めた。走り書きではなかった。考えながら書いた文字だった。


  南市の商会——レヴァルト。


その下に日付。三年前の秋。ライエが消えた時期と重なっていた。


「レヴァルト商会」


シリルが繰り返した。声がわずかに変わった。


「心当たりがありますか」


「——あります」


一段低い声だった。


「三年前、局内で非公式の調査報告があった。輸入品の流通記録と魔道具の製造元が食い違っているという内容だった。調査はそのまま立ち消えになった。報告書が上に届く前に、取り下げられた」


「取り下げた人間は」


「不明です。その時私は出張勤務の時期で、詳細を追えなかった。ただ——その商会名を資料の中で挙げていた人間がいた。ケロウです」


空気が変わった気がした。


アルヴィン・ケロウ。消えた証人。三年前に封じられた人間。


「ケロウとレヴァルト商会がつながっている。ライエも同じ商会を調べていた。ケロウが封じられる直前に」


「タイミングが一致します。ケロウが商会名を報告した。報告が握り潰された。ライエが消えた。ケロウが封じられた」


メモ用紙を手に取った。紙の感触に、意識を向けた。


物に残る感情は、書いた人間の状態を映す。急いて書かれたものは追い立てられた残滓が残る。絶望の中で書かれたものには重さがある。このメモには、どちらもなかった。


集中だった。


手がかりを追いかけている人間の集中。足跡を見つけた瞬間の、静かな緊張。


「ライエはこれを書いた時、まだ追っていた。逃げる前に最後の確認をしていた。この商会が繋がりの中心だと判断して——そして動いた」


「何かを掴んだか、掴む前に追われたか」


「どちらにしても、ここを出た後に何かがあった。ここに荷物を残したまま」


木箱の蓋を見た。三年間、ここにあった。取りに来られなかった。


「ライエはまだどこかにいると思います」


シリルが少し間を置いた。


「根拠は」


「この荷物です。死んでいれば、これを残す意味がなかった。持ち出した書類の完全版を誰かに渡すために、まだ動いている。それが出来ていないから、取りに戻れていない」


「——可能性としては十分です」


屋根裏の小窓から光が入っていた。埃の粒子が浮いて、ゆっくり落ちていた。古い木と乾いた紙の匂いがした。


メモ用紙をコートの内側に収めた。


レヴァルト商会。三年前に誰かが報告書から消した名前。ケロウが封じられる前に挙げた名前。ライエが消える前に書き残した名前。


「南市に行きます」


「はい」


次の扉は、そこにあった。

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