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転移先は密室殺人事件の渦中!? 悪役令嬢に憑依した私が、魔法世界で異能力探偵になります   作者: 堀吉 蔵人


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封じの方向

しばらく不定期更新で進みます。

窓の外で鳩が飛んだのは午後のことだった。


 それから四時間、机の前を離れなかった。七枚の紙が広がったままだった。最後の一枚の裏に書いた名前を、何度か読んだ。局員の名前。補助承認者欄に記された名前。三年前の偽署名手続きに、王立魔法捜査局の人間が関与していた、ということを意味する一行だった。


 だが——本当にそうか。


 承認欄に名前が載るのは、手続きの流れの中で求められた署名だったかもしれない。実態を知らずに書かされた可能性もある。それでも、アンブロスが三年前に手紙を出した理由が「この名前を渡したかったから」だとすれば、話は変わる。アンブロスは知っていた。知っていたから、死ぬ前に手放そうとした。


 窓の外の光が橙から赤みがかった灰色に変わっていた。


 もう一つ、午前から考えていた問題があった。密室の封鎖魔法についての問題だった。単純な疑問ではなかった。仮定が正しければ、事件の構造が根本から変わる問いだった。


 廊下で足音がした。規則的な間隔だった。


 扉が叩かれた。三回。均等な間隔だった。



 開けるとシリルだった。外套の肩に石畳の埃があった。片眼鏡が夕光の最後の残りを受けていた。一日動き回った跡だった。目の下に薄い影があった。昨夜も眠れていなかった、という跡だった。


「入れ」


 自分でも驚いた。命令形で言っていた。シリルは表情を変えずに入った。


 七枚の紙が机に広がったままだった。シリルが一枚ずつ見た。書架の訪問記録の写し。テスラに関する走り書き。三年前の手紙のメモ。アンブロスの行跡をまとめた紙。そして補助承認者欄の写し。


 灯りを点けた。蝋燭の光の下で、七枚の紙が浮かんだ。長い沈黙だった。


「知っていた名前ですか」


 シリルは窓の外を向いた。石造りの中庭。夕光が壁面の最後の一筋を照らしていた。


「知らなかった」


 声は平坦だった。感情の色がなかった。平坦すぎた。


「それを送ってきた理由は」


「あなたが先に気づくと思った」


 全身を薄い感覚が走った。先に。シリルが「先に」と言った。つまりシリルも、何かに気づいている。気づいていて、こちらが先に気づくことを予測した。この数日間、こちらがどう動くかを見ていた、という意味だった。


「局員が台帳の承認に関与していた。それが今回の事件に繋がる、とそう考えたからですか」


 シリルが静かに息を吐いた。


「話してほしい」


 命令でも依頼でもない、ただの確認のような口調だった。



 机の前に立って、七枚の紙を順番に指差した。


「アルヴィン・ケロウが書架に定期的に通っていたのは、台帳に残した自分の痕跡を確認するためだった。六年前から訪問の間隔が空き始めた。そこで何かが変わった」


「何が変わったと見る」


「局員が関与していることを、その時期に知らされた。もしくは局員から接触があった。書架に来る必要がなくなったか、来ることを避けるようになったか、どちらかだと思います」


 シリルが椅子を引いた。座った。写しを手に取った。補助承認者欄の名前を見た。


「三年前、アンブロスが手紙を出した。渡せるものがある、と書いた。テスラに届いた内容はそれだけでしたが、他の者にも同じ手紙が届いていた可能性がある。ケロウにも」


「渡せるもの、とは」


「局員の名前を記した何かだった。台帳の関与を証明する写しではなく、名前そのもの。アンブロスだけが知っていた名前。それが危険だったから、アンブロスは手放そうとした」


 シリルの指が写しの端に触れた。触れて、止まった。一拍だった。


「ケロウがその名前を受け取ったとすれば、ケロウは持っていた。局員の名前を」


「だから消えなければならなかった」


「ルーファス様も同じ名前に近づいていたとすれば、同じことになる」


 シリルが息を吐いた。静かだった。


「ケロウは今も生きていますか」


「分からない」


「局が調べていますか」


 間があった。窓の外で鳥が鳴いた。遠かった。


「今朝から」



 蝋燭の炎が揺れた。部屋が少し暖かくなった。


 午前から考えていた問いを出す前に、もう一度整理した。仮定が正しければ、事件の構造が変わる。間違いなら、ただの仮定に過ぎない。ここが怖かった。確信ではなかった。だが確かめなければ、先に進めなかった。


「密室について確認させてください」


 シリルが顔を上げた。


「封鎖魔法の痕跡は、内側から確認されましたか。それとも外側から」


 片眼鏡を外した。初めて見る動作だった。布で拭いて、戻した。


「内側から」


「痕跡の形状を、もう少し詳しく」


「窓枠全周に沿って。扉内側の縁に沿って。魔法的な痕跡は内向きに収束していた。鑑識の報告書では——内側から外へ向けて封じた形状、となっている」


「内側から外へ向けて封じた」


 繰り返した。頭の中で形を作った。部屋の中に誰かがいて、窓と扉を内側から封じた。魔法の痕跡が内向きに収束している。それが鑑識の解釈だった。


 だが。


「封鎖魔法を外から掛けた場合、痕跡の方向は」


 シリルの目が、ほんの僅かに動いた。


「外周から内側へ向かう」


「内向きの収束と」


「——見分けがつかない」


 シリルが立ち上がった。机の前に来た。紙を一枚取って、テーブルに広げた。部屋の輪郭を指で示した。


「外壁面から内側へ向けて魔法を掛けると。内側から掛けたのと同じ方向に痕跡が残る」


「誰かが中にいなくても」


「外から封鎖魔法を掛ければ、痕跡は内側から掛けたように見える」


 沈黙が落ちた。重い沈黙だった。


 封鎖魔法の構造を熟知していれば。どの方向から掛ければ内側から掛けたように見えるかを知っていれば。それは書物で学べる知識ではなかった。魔法理論の基礎では触れない領域だった。訓練を受けた者だけが持つ、実践的な知識だった。


「王立魔法捜査局の捜査官は、封鎖魔法の構造について訓練を受けますか」


 答えなかった。答えなかったことが、答えだった。


 窓の外が完全に暗くなっていた。



「台帳の名前を持つ局員が、封鎖魔法の外周収束技法を知っていたとすれば」


「外から密室を作ることができた」


「ルーファス様は名前を掴んでいた。だから呼び出された。密室は、外から封じることで作られた。犯人は内側にいなかった。いなくても、内側から封じたように見せられた」


 シリルが窓の外を向いた。暗い石壁が見えるだけだった。


「検証できるか」


 自分への問いのように聞こえた。


「局が保持している封鎖魔法の訓練記録があれば。外周収束と内周収束の技法が両方訓練されているかどうかが分かれば、可能性が証明されます」


「局内の記録に触れるには令状が要る」


「誰に申請しますか」


 机の天板を一度、指の腹で叩いた。沈黙があった。


「局長に、直接」


 平坦な声だった。直接、という言葉が重かった。通常の書類申請を迂回する、ということだった。なぜ迂回するのか、答えは聞かなかった。通常のルートに、信用できない者がいるから。それだけで十分だった。


「一つ確認していいですか」


「何を」


「局内に、この補助承認者欄の名前を庇う立場の人間がいる可能性がある。あなたはそれを前提にして、局長に直接申請を選んだ」


 シリルが振り返った。片眼鏡の奥の目が静かだった。


「前提にした」


「分かりました」


 それ以上聞かなかった。局の内部に何があるかは、シリルが対処する問題だった。自分が踏み込む領域ではなかった。



 シリルが外套の裾を整えた。扉に向かった。床の上で足音が一定の間隔を保っていた。手が取っ手に掛かった。


 止まった。


 振り返らなかった。扉を向いたまま言った。


「今夜の報告書に、あなたの名前を書く」


 予想していなかった言葉だった。


「レティシア・グレイが、補助承認者の特定に繋がる推定を行った、と」


 続きがあるのか、それだけなのか、分からなかった。蝋燭の炎が揺れた。


「ケロウの特定も。書架の訪問記録との照合も。封鎖魔法の構造的矛盾の指摘も。すべてを記録する。局長が読む報告書に」


「あなたが集めた記録があったからです」


「私が集めた。あなたが読んだ。どちらが欠けても、この地点には来なかった」


 扉が開いた。廊下の灯りが差し込んだ。外套の裾が揺れた。


「もう一つ」


 歩きながら言った。足音が廊下に続いた。


「封鎖魔法の方向に気づいたのは、あなたが最初だ。局の鑑識は見逃していた」


 足音が遠くなった。扉が閉まった。



 一人になった。


 蝋燭が一本燃えていた。机の上の七枚の紙が、光の輪の中にあった。


 座った。考えた。


 今夜、シリルが局長に会う。訓練記録が照合される。外周収束と内周収束の両技法が確認されれば、密室の構造的矛盾が証明される。証明されれば、犯人は内側にいなかったことになる。外から封じられる立場の者が、犯人の条件に加わる。


 まだ逮捕ではなかった。補助承認者欄の名前が犯人だと確定したわけでもなかった。局内に庇う者がいる可能性がある以上、記録を確保するだけでは足りないかもしれなかった。だが——線が一本になった。複数に見えた事件が、一つの流れの中にある。


 七枚の紙を重ねた。


 ケロウ。テスラ。アンブロス。台帳の承認手続き。書架への定期訪問。三年前の手紙。ルーファス様。密室。封鎖魔法。補助承認者欄の名前。


 局長が読む報告書に、自分の名前が載る。容疑者としてではない。捜査の推定を行った者として。


 最後の一枚の裏に、一行だけ書き加えた。


 封じの方向が、犯人の立場を示す。


 インクが乾いた。窓の外に星はなかった。曇り空が続いていた。


 眠れる気がしなかった。それでいいと思った。明日、シリルから連絡が来る。その先に何があるかは、まだ分からなかった。


 だが、自分の手で線を引いた。


 今夜はそれで十分だった。

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