表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転移先は密室殺人事件の渦中!? 悪役令嬢に憑依した私が、魔法世界で異能力探偵になります   作者: 堀吉 蔵人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/21

名前を出せない人物

しばらく不定期更新で進みます。

雪が積もっていた。水槽の縁に手をかけて外へ出ると、踝まで冷気に埋まった。昨夜からの積もり方だ。足跡の輪郭がまだ崩れていない。


 七歩分の跡を辿りながら、シリルは足元だけを見ていた。門扉に近づくにつれて踏み幅が変わる。小走りになったか、荷を持ち直したか、どちらかだ。


「話してください」


 歩きながら言った。前を向いたまま、こちらへ視線を向けない。


 前夜から話す。ルーファスが西塔へ呼び出されていたと聞いた時点から。


 声を抑えて順番に並べていくと、シリルは一度も遮らなかった。足跡の変化した地点で立ち止まり、また歩き出す。話の途中でも止まる。足元に用事があるときだけ立ち止まり、それ以外は歩きながら聞いている。


 門扉の前まで来たところで話が途切れた。


「グレゴールが言えませんと言った場面」


「はい」


「その前後に何がありましたか」


「台帳の立入許可者の名を聞いた直後です。複数おりますと言いかけて止まった」


 シリルが門扉の閂を確認している。外側から工具を差し込んで閂を動かした跡を、指の腹で辿る。手袋越しでも形を読んでいる。


「立入許可者のうち、名前の出せない者がいる」


「グレゴールがそう解釈できる言い方をしていました」


「立場ではなく、名前を出せない人物です」


 金属の縁を親指で確認した後、シリルは手を下ろした。振り向かないまま雪の面を見ている。


「昨夜、屋敷に来客はありましたか」


「夕方に一名。ただ正式な来客ではなく、裏口から入っていたようです」


「誰の裏口ですか」


「グレゴールが案内した出入り口です。公爵は夕食の席にいましたから、グレゴールが独断で通した相手だと思います」


 シリルが振り向いた。


「見ましたか」


「顔は見ていません。廊下の角で黒い外套の裾だけが見えました」


「女でも男でも入れる体格ですか」


 廊下の石の上の靴底の深さを思い出した。雪の中の足跡とは違う。


「男性の歩幅か、脚の長い女性のどちらかです」


 シリルは再び足跡の方を向いた。七歩の跡が外壁の向こうへ消えている。その先に続く道を目で追うようにして、一拍置いた。


「局員に命じて追わせます。今日中に宿場と人別に当たれば、昨夜の外来者の身元が出るかもしれません」


「出ますか」


「昨夜のように慎重に動く者なら、身元を隠しています。ただし七歩分の靴底の形は残っています」



 屋敷に戻るとグレゴールは書斎の前に立っていた。朝食の準備を終えて廊下に出てきた形だ。シリルの姿を見て背筋が伸びた。


「足跡がありました。北庭の外れから搬送路に入った者の足跡です」


 シリルの言い方は報告に似ていた。問いの形を取っていない。


 グレゴールの目が動いた。水槽の方角を向いた後、こちらを一瞬見た。確認するような視線だった。


「存じませんでした」


「立入許可者の名を全員教えてもらう必要があります」


「それは」


「一名でも隠れば、その一名が疑いの筆頭になります。逆に、名前が出た者は事件から遠ざかる」


 グレゴールは口を閉じた。廊下の先、朝の光が石の床に落ちている。手が制服の縫い目を探しているのが見えた。縫い目に指先を置いて、動かさないようにしている。


「台帳の許可者は三名おります」


 声が低かった。


「本家の家令として私、亡くなったルーファス様、それともう一名」


「その方の名は」


「申し上げられません。私の一存ではお答えできない立場の方です」


 シリルは即座に返さなかった。廊下に間が広がった。グレゴールは視線を下げている。足元を見ているのではなく、何かに耐える形だ。


「公爵閣下の一存でもお答えできない立場ですか」


「はい」


 一語だった。


 シリルが歩き出した。書斎を通り過ぎて廊下の先へ向かう。追いかけながら、グレゴールの手が縫い目から離れたのが見えた。



 図書室に戻ると、局員の一人が書架の前で待っていた。夜間に取り寄せた資料を機の上に広げている。


「封じの刻印について調べました」


 局員が紙を差し出した。シリルが受け取って縦に走り読む。


 何かを見て、紙を機に置いた。一度こちらを見た後、局員に告げた。


「北庭の聞き込みを続けてください。水槽の周囲の足跡を記録させること」


 局員が出た後、シリルは窓の方を向いた。


「封じの刻印が確定しました」


「どこの部署ですか」


「王立魔法捜査局の内偵部です」


 体温が落ちた感覚があった。


「内偵部は局内の不正を扱います。局員の横領、規則違反、上位者の指示に反する動き。外部には存在を公表していない部署です」


「その刻印がなぜここに」


「昨夜ここへ入った者が内偵部の関係者だったか、内偵部の文書を持ち出していたか、あるいは両方です」


 窓の外に北庭が見える。水槽は庭師の作業台の陰に入って見えないが、方角はわかる。


「ルーファス様は内偵部と接触があったと思いますか」


 シリルは答える前に数秒あった。


「黒檻台帳の立入許可者に内偵部の者がいる。その者を台帳に記載したのが誰かを調べれば、ルーファスとの接触の有無がわかります」


「台帳の記載は誰がするのですか」


「本来は王立書記局です。しかし台帳が公爵家の書庫で保管されていた理由は、まだ確認できていません」


 また一つ、答えの出ない場所が増えた。


 機の上の紙が目に入った。シリルが走り読んだ紙だ。手前から読める向きになっている。意図的に置いた形かどうかは判断できないが、文字は読める。


 内偵部の封じ印の規定と、使用者の範囲。最後の行に小さい文字が追記されていた。「現在の担当者は停職中につき印の使用権は一時凍結」という記述だ。


「停職中の人物が昨夜ここに来た可能性があります」


 シリルが振り向いた。


「その文字まで読みましたか」


「読める位置に置いてありました」


 一拍後、シリルは紙を手に取って裏返した。確認の動作ではなく、追記部分の精度を見ている。


「停職の理由は記載されていません」


「グレゴールが名前を出せない人物の、停職です」


「続けてください」


「停職中の内偵部員が、公爵家の書庫に保管された台帳の立入許可を持っている。昨夜、搬送路から入って公文書を焼いた。ルーファス様と台帳が接触した場所で、二人がかりで何かを運んだ」


 口に出すと形になった。ただ一点、まだ合っていない部分がある。


「ルーファス様が殺された動機が、この経路に入っていません」


「なぜだと思いますか」


 問い返された。


 考える。ルーファスが知っていたことを並べていく。台帳の存在、内偵部との接続、帳簿の抹消記録。昨夜西塔へ呼び出された経緯。呼び出したのが誰か、まだわかっていない。


「ルーファス様が台帳の内容を使って何かをしようとしていたか、台帳の内容を誰かへ漏らそうとしていたか、どちらかではないかと思います」


「根拠は」


「焼かれた公文書の量です。薬草炉の灰の量からして、複数枚の文書を一度に燃やした跡でした。一人の人間の記録だけではあれだけの量にならない。複数の人物に関係する資料が焼かれた」


 シリルが機に指を置いた。音ではなく、指の置き方で考えていることがわかる。


「それはルーファスが持ち出したのか、搬送路に入った者が持ち込んで焼いたのか」


「ルーファス様が一人で搬送路を使って運んだとすれば、引きずった跡は一本のはずです。実際は二人がかりの跡でした」


「持ち込んだのは外から来た者だった可能性がある」


「はい。ルーファス様は搬送路の中で待っていた。外の者が文書を持ち込み、二人で確認した後に焼いた。その後に何かが起きた」


 その先は言葉にならない。搬送路の隠し部屋から西塔の密室までの距離と時間が、まだ繋がっていない。


 シリルが立ち上がった。


「ルーファスが西塔で発見されたのは朝の第五刻です。搬送路に足跡が残っていた時刻と、西塔で何かが起きた時刻の前後を確認する必要があります」


「グレゴールが昨夜ルーファス様の部屋を確認した時刻を、まだ聞いていません」


「次に聞くことです」


 廊下へ出る前に、機の上の紙を手に取ってポケットへしまった。



 グレゴールは食堂の入口に立っていた。朝食の確認のためだと、立ち方でわかる。


「昨夜、ルーファス殿の部屋を最後に確認したのは何刻ですか」


 グレゴールは一拍置いた。


「第二刻の少し前でございます。鍵のかかった状態を確認しました」


「中から鍵がかかっていましたか」


「はい。鍵穴から光がなかったため、内側から差されておりました」


「第二刻から第五刻の間、部屋の前を通ったのは誰ですか」


 グレゴールが視線を動かした。記憶を辿る動きだ。


「夜番の者が第四刻前後に廊下を回っています。ただ西塔の回廊は通常の経路に入っていないため、夜番が近づくことはありませんでした」


「昨夜の夜番を担当したのは誰ですか」


「リーと申します者です。下の廊下番です」


「今日の午後に話を聞きます」


 グレゴールは頷いた。それ以外に動きがなかった。


「グレゴール」


 シリルが名前を呼んだ。


「あなたが昨夜、ルーファス殿の部屋の前を第二刻に確認したとき、下の扉の閂はかかっていましたか」


 グレゴールの手が制服の縫い目を探した。


「かかっておりました」


「確認しましたか、それとも普段通りだと思いましたか」


 沈黙が続いた。食堂の中から椅子を引く音がして、また静かになった。


「確認は、しておりませんでした」


 声が低かった。


 シリルは何も言わなかった。廊下の先へ歩き出した。グレゴールは動かなかった。


 追いかけながら、背後でグレゴールが立ち続けているのが気配でわかった。制服の縫い目から手を離しているはずだ。



 廊下の角を曲がったところでシリルが立ち止まった。


「閂が確認されていなければ、外から閂を開けた者が先に屋敷に入っていた可能性があります」


「搬送路を通って西塔まで」


「封鎖魔法が使えない環境でも、鍵さえあれば扉は開けられる。搬送路から書庫へ上がり、書庫から西塔へ続く廊下を使えば、誰とも会わずに移動できます」


「グレゴールは搬送路の外側の出口を知っていましたか」


「知っていました。グレゴールの写しに外側の出口の記述があります」


「では閂の状態を確認しなかったのは」


「不注意か、確認した上で何も言わないことにしたか、どちらかです」


 シリルが歩き出した。


「今日中に搬送路の外側出口の周囲の聞き込みと、内偵部の停職者の身元を照会します。局に戻って指示を出す必要があります」


「屋敷を出るのですか」


「一時間で戻ります。その間」


 足が止まった。こちらを向いた。


「監視札の痛みが出たらすぐに局員に言ってください。今日は外に出ないようにしてください」


 命令に近い言い方だった。ただ声の硬さが普段より少なかった。


「わかりました」


 シリルは頷いて廊下を進んだ。角を曲がって見えなくなった後も、足音が続いた。



 一人になると、体温の変化に気づいた。


 寒い。北庭で雪の中にいた時間が体に残っている。手首の監視札が冷えた金属の重さで皮膚に当たる。


 廊下の窓から北庭が見えた。水槽の方角に局員が二人立っている。足跡の記録をしている。


 七歩分の跡の持ち主が昨夜ここにいた。公文書を焼いて、閂を開けて屋敷に入った。内偵部の停職者で、公爵家の台帳の立入許可を持っている。グレゴールが名前を出せない人物だ。


 炉の灰の崩れ方を思い出した。複数枚の紙を束ねて燃やした跡。封じの金具は一個だった。一束の公文書のために人が死んだのか、公文書が証拠になる何かを隠すために人が死んだのか、まだどちらかわからない。


 内偵部が扱う案件は局内の不正だ。局員の横領か、上位者の規則外の命令か。その記録が台帳の中にあって、ルーファスがそれを掴んでいた。


 シリルが内偵部の封じを見た瞬間の、手の止まり方があった。


 知っていたか、心当たりがあったか。


 廊下の石が冷えている。足の裏から体温が奪われていく。監視札の金属が腕に当たる。逃げられないための道具が、今日は奇妙に頼りになる感触で腕にある。



 昨夜の来客が裏口から入って廊下の角に現れた方向がある。黒い外套の裾が消えた先だ。そこから続く廊下を、まだ確認していない。


 一時間でシリルが戻る。局員が北庭にいる。屋敷の外には出るなと言われた。廊下の中を歩くことは禁じられていない。


 裏口の方角へ歩き出した。


 右手の廊下が続いている。窓がなく、ランプが等間隔に並んでいる。昼の光が届かない経路だ。正規の来客を通す廊下ではない。使用人と荷物を動かすための経路だ。


 廊下の突き当たりに扉があった。


 鍵穴がなかった。引き手だけある。引くと開いた。


 向こうは資材置き場だった。棚に布の束、縄、工具が収まっている。普段使いの倉庫だ。奥の壁に小窓がある。外に面した採光窓だ。


 小窓の縁に何かあった。


 近づいて縁を見た。外側の縁、石の角に繊維が引っかかっている。黒い繊維だ。外套の生地と同じ色だ。小窓の下の床に、砂が落ちていた。外の地面の砂だ。


 小窓は内側から錠がかかる形だが、錠が開いている。


 窓から外を見た。倉庫の外は裏庭で、塀が近い。塀の際に足跡があった。昨夜の雪の上だ。塀の外から乗り越えた跡、着地の深い窪みが二か所。


 裏口ではなかった。


 グレゴールが案内した来客と、昨夜搬送路に入った者は、同一人物ではない。


 塀を乗り越えて直接倉庫の小窓から入った別の者がいた。


 北庭の七歩の足跡の主とも、別の者かもしれない。


 昨夜この屋敷に、少なくとも二人が独立して侵入していた。


 手首の監視札が鈍く疼いた。体が動けと言っているのか、戻れと言っているのか、区別がつかなかった。

お読みいただきありがとうございました ! 面白いなと思っていただいた方は評価・ブックマークなどいただけると作者の励みになります !

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ