第十一話 証言は、誰のためにある
第十一話 証言は、誰のためにある
記録というものは、不思議なものだ。
紙の上に文字が残っていれば、人はそれを真実だと思いたくなる。
誰かが署名している。
日付が記されている。
公的な印章まで押されている。
ならば、そこに書かれたことは、確かな事実なのだろうか。
けれど、記録に残るのは、必ずしも起きたことのすべてではない。
誰かが見たこと。
誰かが聞いたこと。
誰かが、そうだったと信じたこと。
そして、ときには。
誰かが、そうであってほしいと願ったこと。
*
「つまり、二人は本当にプチ・トリアノンで奇妙な体験をしたと主張した。でも、それが十八世紀への時間旅行だったかどうかは、別の問題なんですね」
私は、机の上に広げた資料を見つめながら言った。
向かいに座る彼女は、うなずいた。
「そう。そこを混同すると、話は簡単になるけれど、歴史は簡単になりすぎる」
モーバリーとジョーダン。
一九〇一年、ヴェルサイユのプチ・トリアノンを訪れた二人の英国人女性は、そこで奇妙な体験をしたと、後年になって公表した。
周囲の景色が通常とは違って見えたこと。
見慣れない人々に出会ったこと。
そして、その場所に、過去の時代が重なったかのように感じたこと。
二人は、一九一一年に『アドベンチャー』という本を出版し、自分たちの体験を詳しく記した。
ただし、ここには重要な問題がある。
体験が起きたとされる一九〇一年と、それが本として公表された一九一一年のあいだには、十年の隔たりがある。
しかも、私たちが読めるのは、基本的に二人が後年に書き残した記録だ。
その場で録音された会話でもなければ、第三者が連続して撮影した映像でもない。
「じゃあ、嘘だったんですか?」
「それも、すぐには言えない」
彼女は、私の言葉を遮らずに答えた。
「本当に不思議な体験をした人が、あとから説明を試みることはあるでしょう。記憶は、本人にとっては鮮明でも、年月とともに整理されたり、別の記憶と結びついたりする。だから、本人が誠実であることと、その記憶が客観的に正確であることは、同じではないのよ」
私は、資料の端を指で押さえた。
本人が嘘をついていないとしても、記憶がすべて正しいとは限らない。
反対に、説明が不十分だからといって、本人が嘘つきだとも限らない。
歴史を調べるということは、どうやら、白か黒かを決める仕事ではないらしい。
*
「でも、マリー・アントワネットの首飾り事件も、似ていますね」
私は別の資料を引き寄せた。
そこには、十八世紀のフランスを揺るがした事件の名前が記されていた。
首飾り事件。
高価なダイヤモンドの首飾りをめぐり、王妃マリー・アントワネットの名が利用され、やがて王室そのものへの不信が深まっていった事件である。
宝石商のボーマーとバッサンジュは、もともとルイ十五世の愛妾デュ・バリー夫人に売ることを想定していた首飾りを抱えていた。
しかし、ルイ十五世が亡くなり、その計画は実現しなかった。
後に、ラ・モット伯爵夫人ジャンヌが、王妃の名を利用して首飾りを手に入れる計画を進める。
その過程では、王妃に似た女性ニコル・ルゲー・ドリヴァが、夜の庭園で王妃を装うという芝居まで行われたとされる。
だが、マリー・アントワネット本人が首飾りを注文したという証拠はなかった。
彼女は購入を断っていた。
それでも、事件の噂は王妃の名と結びついて広がっていった。
「王妃は浪費家だった。それは否定できない。でも、浪費家だったから、この事件でも悪いことをしたに違いない、と考えるのは違う」
彼女は、資料の一文を鉛筆で囲んだ。
「ある人について、すでに悪い評判がある。その人に関する新しい事件が起きる。すると、人は新しい事件の証拠を調べる前に、以前からの評判で答えを決めてしまうことがある」
「つまり、王妃に対する世間の印象が、証拠の読み方まで変えてしまった?」
「そういう可能性がある、ということね」
私は、首飾りの絵を見た。
数えきれないほどのダイヤモンド。
人間なら、一生かかっても使いきれないほどの価値。
その宝石をめぐって、人々は利益を求め、嘘をつき、他人を信じ、あるいは信じることをやめた。
けれど、宝石そのものは、誰が正しく、誰が間違っているかを語らない。
光を反射するだけだ。
*
「裁判では、どうなったんですか?」
「一七八六年、ジャンヌ・ド・ラ・モットは有罪になった。一方、ロアン枢機卿は無罪となった」
「王妃の名誉は回復したんですか?」
彼女は、すぐには答えなかった。
「裁判の結果と、人々の心に残る印象は、必ずしも一致しないのよ」
ロアンは無罪になった。
ジャンヌは処罰された。
しかし、事件によって傷ついた王室への信頼が、それだけで元に戻ったわけではない。
法廷で示された判断が、社会のすみずみまで同じ形で受け入れられるとは限らないのだ。
しかも、当時のフランスには、王室の支出だけでは説明できない財政問題が山積していた。
戦争による負担。
不公平な税制。
特権を持つ人々への反発。
改革を進めようとしても、既得権益との衝突を避けられない政治。
首飾り事件は、そうした問題を生み出した唯一の原因ではない。
けれど、すでに不信が積み重なっていた社会では、王妃の名を冠した醜聞が、強い印象を残すことになった。
「ひとつの事件が、すべてを壊したわけではない。でも、すでにひびの入っていたものを、さらに傷つけることはある」
彼女の言葉を、私はノートに書き留めた。
*
その日の夕方、私は二つの資料を並べていた。
片方は、一九〇一年のプチ・トリアノンで奇妙な体験をしたという二人の女性の記録。
もう片方は、一七八〇年代のフランスで、首飾りをめぐって起きた事件の記録。
時代も、場所も、性質も違う。
片方は、過去の時代に迷い込んだという、説明の難しい体験についての回想だ。
もう片方は、裁判記録や関係者の証言をもとに、歴史家たちが検討を重ねてきた事件だ。
両者を同じものとして扱うことはできない。
それでも、私には、ひとつだけ共通する問いが見えてきた。
人は、何を根拠に、誰かの話を信じるのだろう。
本人が強くそう信じているからか。
多くの人が同じことを言っているからか。
立派な肩書を持つ人が保証しているからか。
あるいは、その話が、自分の知っている世界の形にぴたりと収まるからか。
私は、首飾りの絵を裏返した。
そこに描かれていたのは、宝石ではなく、紙の裏面だった。
何も書かれていない。
その白さが、妙に気になった。
私たちは、記録に書かれたことを読む。
けれど、記録に書かれなかったことを、どう扱えばいいのだろう。
証言者が知らなかったこと。
証言者が見落としたこと。
証言者が語る必要を感じなかったこと。
そして、語れば自分に不利益が及ぶため、黙っていたこと。
空白は、必ずしも秘密の証拠ではない。
しかし、空白があるからといって、そこに何もなかったとも言い切れない。
*
私は、ノートの最後に、一行だけ書いた。
**証言を疑うことと、証言した人間を疑うことは、同じではない。**
その下に、もう一行を加えた。
**証拠が足りないことと、罪があることも、同じではない。**
マリー・アントワネットは、完全無欠の人間ではなかった。
彼女には、彼女自身の判断があり、失敗があり、特権的な生活があった。
しかし、その欠点を認めることと、彼女が関与していない事件まで背負わせることは違う。
歴史上の人物を、聖人にする必要はない。
だからといって、悪人に仕立て上げる必要もない。
私たちがすべきなのは、残された証拠を確かめ、確かなことと不確かなことを分け、わからない部分をわからないままにしておくことなのだろう。
窓の外は、すっかり暗くなっていた。
机の上では、二冊の本が並んでいる。
一冊には、過去の時代を見たという女性たちの記憶。
もう一冊には、首飾りをめぐって、王妃の名が利用された事件の記録。
私は、どちらの本も閉じなかった。
まだ、答えは出ていない。
けれど、答えが出ていないからこそ、調べ続ける意味がある。
首飾りは、誰の首にも掛けられなかった。
それなのに、その物語は、ひとりの女性の名に長く掛けられ続けた。
その重さを、私たちは本当に測ったことがあるのだろうか。




