自己満足
「それで……アンタ達何の用なのよ……」
椅子に座って足を組む尻軽女が、不機嫌そうにコチラを見下してくる。
どーも私です。
そうだよね。現状、間違いなく造船所勢力と関わりがなくて、利用できそうな大人……この尻軽ネーチャンを使わない手はない。
「いえいえ、尻軽姉さん。偶然ッスねぇ」
「誰が尻軽よ……不法侵入でぶっ殺すわよ」
いきなり殺すはねぇだろ……一回警察挟めよ。
直通で黄泉へ発送しようとしてんじゃねぇよアバズレ。
いやまぁ……警察も困るけどさ……。
「ふざけんなよ! アンタらどうやってこの部屋に入って来たんだよ!」
「開いてましたよ?」
グースカ寝ているこの尻軽ネーチャンを叩き起こしたらコレですわ。まぁまぁ落ち着いて、寝起きが悪いアバズレだなぁ。
「セキュリティどうなってんの、このホテル! 仮にもアイドルが宿泊してる宿よ!」
「ホント困ったホテルッスね!」
「イヤミで言ってんのよ!? ホテルは悪くないわよ!」
そりゃそーだ。
私らちゃんと不法侵入してきたんだからね。
いや、わりとシッカリとしたセキュリティのホテルだったよ? まぁでも、牢屋すら意味をなさない私と幼女ちゃんにとってはねぇ……バリアフリーの廃墟と変わんねぇんすわ。
「チッ!」
尻軽女は、私達に聞かせるように盛大に舌打ちをすると、椅子から立ち上がって部屋の扉をガチャガチャし始める。
「……」
そして、確実に鍵が掛かっていることを確認すると、とても嫌な顔で戻ってきた。そして頭を抱えて椅子に座り込んでしまった。
「なんなのよもぅ……この意味の分かんない不気味なガキども……」
疲れたように沈んだ声を漏らす尻軽女……。
そー言うなよ。こっちも手段を選んでいられないんだよね。
「……」
「んふふ……」
指の間から私をチラ見してくる尻軽女に、私は両手の人差し指を立てて笑ってやる。
それを見て尻軽女は口を引き攣らせる。
そうだね。これは前に『イカれアイドル暴行事件』の映像を見せてきたポーズだね?
「…………脅す気?」
おっと、少し交渉を焦りすぎたかな?
尻軽女の手が少しミキッと力を入れた気がした。
まるで、ここでコイツらを始末してやろうか? とでも言いそうな表情だね。
「ん〜アイドルがしちゃいけない表情ッスねぇ……」
「ッ……それをさせてんのはアンタらよ。要件を言いなさい……」
冷静になってくれてありがとう。
本当はアンタだって分かってるんだもんな?
ここで私らを殺すのは問題外……後始末で完全に詰むだろうしな。精々暴力止まりだ。
すると私らから映像が漏れる可能性もあるからね。
子供騙しだろうが、アンタは波風立てないようにするべきだ。まぁもっとも、本気で脅す気じゃない。
アンタと敵対するとしても、悪いのは私らだっていう自覚はあるよ。
仮にここを追い出されたとしても、報復で映像をバラ撒くつもりはないさ。……言わないけど。
でもね……ソレを建前に、少ぉ〜しだけ……交渉をして欲しかったんだよね。
「交渉のテーブルに乗ってくれて助かりますわ」
「お前らのは交渉じゃなくて脅迫でしょ。夜中に私の部屋に入っていいのはイケメンだけよ」
「美少女ですんませんねぇ。本題です……」
私は少し真面目な顔をして尻軽女を見つめる。
「お姉さんは……『造船所勢力』ではないよね?」
一応ね……これは確認しておきたい……。
尻軽女は、目を細めて探るような視線を向けてきたが、つまらなさそうに答える。
「…………アイドルよ。私達はツアーライブで造船所に来ているだけ。造船所の人間ではないわ」
ん? ん〜オケ。
ちょっと造船所って言い方が引っかかったけど、これはアレだ。『勢力』を知らないのね。
まぁいい、答えは変わらん。
「つまり、いつまでもこの造船所にいる訳ではない?」
「当たり前じゃない……ツアーよ。終わったら別の場所に行くわよ」
「オッケ! 分かりました!」
私は椅子から飛び降りると、幼女ちゃんから封筒を預かってテーブルに置く……。
「私達の目的は……『アンタとの繋がり』だ。これは迷惑料だと思って取っといて下さい……」
封筒の中身は金だ……。
アバズレは胡散臭げに封筒の中身を除くと、鼻で笑ってそれを投げ捨てた。
「はっ、アイドルとの繋がりに現金を渡すにしちゃ端金ね……。大したファンだわ」
「んふふ、ライブ代にしては安かったですかね?」
言いたいことは分かるよ。
封筒の中身は一万ネルス……つまり十万円だ。
十万円渡すから、個人的にお友達になってよって言うアイドルのファンなんていねぇだろうしね。
もちろん私達はテメーのファンじゃないし、アンタも勘違いなんてしないでしょうがね。
「言ったでしょ……迷惑料。アイドル姉さんがこの造船所を出ていく時、少しだけ私達に協力して脱出に手を貸して貰いたいんですよね」
「ふん、つまり……アンタ達は造船所の人間に見つかりたくないのね?」
尻軽女が、性格の悪そうな……それでいて嬉しそうに返す。
「はい、隠すつもりもないですよ。私らは造船所勢力に見つかるワケにはいかないッスねぇ」
私が淡々と答えると、尻軽女は当てが外れたかのような顔をして舌打ちをする。
はは、『私達の弱みを握った』……と思わせたかったんだよね?
でもあくまで、そう思わせたかったってだけだろ?
アンタは造船所に私達を突き出すつもりなんてないんだからな……。
私達の弱みをという切り札を持ちたかったんだ。
だから面倒なことを抱え込むつもりもない……とね。
けど残念……最悪別にいいよ。追われていることに変わりはないし、その時はお前じゃなくていい。
お前は脱出する手段の一つだ。
それが伝わったから当てが外れたと思ったんだろ?
そんなやり取りをしていた時、幼女ちゃんが眠る赤ん坊を抱きながら尻軽女に話しかけてきた。
お? どーした幼女ちゃん。キミも交渉に混ざるかい?
「……おい尻軽」
「アンタら尻軽って言うのやめなさいよ……なによ」
「……風呂を借りるぞ」
「は? なんで今よ……」
「……コイツをいいかげん風呂に入れたい」
そういって幼女ちゃんは、赤ん坊を少し掲げる。
あ〜そうね。幼女ちゃん、そろそろ赤ちゃんを風呂に入れないといけないみたいなこと言ってたもんね。
本当だったらインダストリークラフトでお風呂工場を建てれば良かったんだけど……思ったより時間が掛かりそうだから当てが外れちゃったんだよね。
だからこの部屋の風呂を貸してもらおうとしてんのか……。尻軽女は頭をバリバリ掻いて、ぶっきらぼうに返答する。
「好きにしたら!?」
「……むぃ」
そう言って幼女ちゃんは、赤ちゃんを私に渡して、風呂を貯めに浴室に歩いていく。そして途中で軽く振り返ると、感情の篭らない瞳で尻軽女に声をかける。
「……おい尻軽。お前……『逃げてる』だろ……」
「ッ!」
幼女ちゃんの言葉に尻軽女の瞳が警戒に染まる。
「……お前……最初にわたし達とあったとき、着いてきていたのに気づいてた。追手に警戒していた。だから覆面も……顔を隠すため」
「……」
あらー、さすが逃亡者を見つけるのが上手な幼女ちゃん。なるほどね。コイツの覆面アイドルって、ネタじゃなくて顔を出せない理由があっただけか。
そしてありがとう。これでコイツを脅す材料が二つになったわ。そっちは一つでこっちは二つだから、交渉で有利になりましたわ。わっはっは!
「はぁ〜……」
尻軽女は長い長いため息を吐いて顔を覆う。そして放り投げた封筒を手に取った。
お、契約成立でいいッスかね? なぁに、損はさせませんってぇ!
「造船所でのツアーが終わって、出来るだけ協力する……それでいいわね? それが終わったら二度と関わらないでよ……」
「悪いッスねぇ……なんか無理させちゃったみたいでぇ」
「させたわよ!? 脅されたの!」
尻軽女が急に大声を出したせいで、赤ん坊が泣き出してしまった。
「うぉ〜っと、よ〜しよしよし! いい子だねぇ〜。怖いお姉ちゃんだね〜」
「コイツ腹立つわね!」
私は赤ちゃんをあやそうとするが泣き止まない。うぉ〜泣きやめ泣きやめ! 今度オモチャ買ってやるから泣き止んでよ!
赤ん坊の泣き声に、目の前の尻軽女はヒステリーでも起こしそうな顔で耳を塞ぐ……。
ゴメンねぇ、そういや子供の泣き声が嫌いなんだよね?
そして、尻軽女は痺れを切らしたのか、私の腕から赤ん坊を引ったくると腕の中であやし始める……。
すると、赤ん坊はスヤスヤと眠り始めた。
「手慣れてるッスね……」
「……ガキよりマシって感じよ」
尻軽女は面倒くさそうに呟く。
「……」
「……」
しばらく無言が続いたあと、尻軽女は軽く口を開いてきた……。
「アンタら……この赤ん坊の姉じゃないわね?」
おっと、やっぱ気になるよねぇ……明らかに親なしで幼女二人が赤ん坊を世話してんだからさぁ……。普通じゃねぇわな……。
「ん〜……まぁ……はい、言っちまえば、拾ったんすよねぇ。そんで面倒を見てるだけッスよ。少なくとも、親を探してから造船所を脱出するつもりですわ」
それを聞いた尻軽女は、……ひどく『醜悪』に笑った。
「はっ、この子も可哀想にねえ? ガキの『自己満足』に付き合わされてるんだからあ……」
「……」
それは私達を蔑むような、煽るような顔だ。
脅された仕返しのつもりなのだろう……。
「ガキの『おままごと』よねえ。拾ったあ〜? アハッ……ペットか何かだと思ってんの?」
「耳が痛いッスね」
「なあに? 自分たちは捨てられた赤ん坊を拾った『慈愛』の少女だなんて思ってんの?」
目を細めて……ゲスを見るような視線を私に向けてくる。それでいて口だけはニヤニヤと笑みを浮かべていた……。
「くだらないわねえ……自分たちの自己満足に、赤ん坊を巻き込んで不便を掛けさせる。分かる? この子に必要なのはお前達ではなく……親なのよ」
尻軽女の蔑みに、私は両肩を上げて答える。
「アハッ! お前達はそんなくだらない事でこの子を不幸にしようとしてるのぉ! お前らは偽善者ですらないわ! 警察に届ければ良かったのよ!」
尻軽女の言葉は止まらない。よほど私達に不満が溜まっていたらしい。
「当ててあげましょうか? 警察に届けられない理由があるんでしょう……」
「当たってますねぇ」
「だったら、警察の目の届くところに放置して保護されるのを待つべきだったわね。アンタ達のエゴに付き合わされたこの子は不幸よね〜?」
楽しそ……。でもねぇ『自己満足』ってのは間違ってないかな?
「んふふ、本当に耳が痛い……。本当は我々も一度は見なかったことにして、そしてもう一度は警察の近くに放置することを考えました」
「でもしなかったんでしょう? その時点でアンタ達のお遊びだったのよ」
うん、ところで……赤ちゃんが光ってんなぁ……。
「…………え?」
楽しそうにライブしてるところ悪いんだけど……私達が警察に丸投げしなかった理由がソレだよ……。
「な、なんなの! ど、何処に行くのよ! キャー!」
フワフワと浮遊し始めた赤ん坊を抱き寄せようとした尻軽女が、一緒に天井近くまで浮いていく。
「本当に耳が痛いッスわ……見捨てたかったよ。私達は赤ん坊の世話をしている場合じゃないってのにさ。でも……流石に後味悪いってね」
「ねえ! 何なのこれ! あんた私に何したのよ!」
「私が何かしたワケじゃないッスよ。したのはその赤ちゃんですわ。幼女ちゃ〜ん! 頼むわ!」
私が叫ぶと浴室にお湯を張っていた幼女ちゃんが、トコトコ走ってきて浮いている二人に手を向ける。
すると黒い霧が出てきて二人を包み、徐々に高度を下げ……ベッドに着地した。
「サンキュー幼女ちゃん」
「……ぬ」
そして幼女ちゃんはまた浴室へと戻っていった。
「お分かりですか?」
「……」
ベッドで赤ん坊を抱きながら、呆然と目を見開くアバズレは……私の言葉に見開いた目を向けてくる。
「放って置きたかったんスよ……。でもね、仮に警察に預けても今の現象を防げない。ウチの幼女ちゃんは、少し特殊な力が使えるから対処できるんですわ……」
私らにも葛藤はあったんだよ。
でもね、その子を連れて行かないってのは『見捨てる』のと一緒なんだ。さすがにだろ?
そうさ……これは『自己満足』だよ。
「今は幼女ちゃんが『対処法』を探ってくれているところです」
「……」
「もしかしたら親は対処法とか知ってたんすかねぇ?」
やがて、尻軽女は片手で顔を覆い……ボソリと呟いた。
「…………知らないわよ」
「ねぇ〜……なんとかなんねぇッスかね」
疲れたような私の言葉に……尻軽女は、お腹で眠る赤ん坊を見て大きくため息を吐いた。
「何なのよもぅ……ただでさえ大変なのに厄介ごと持ち込まないでよ……」
はっはっは、スマンね。巻き込んで。
でもね! 安心して欲しい!
「んふふ、巻き込んだお詫びはしますよ。損はさせませんわ」
「あんな端金で背負うには重すぎるわ……」
そうですか、お金だけじゃダメ?
仕方ないなぁ〜!
「お姉さんさぁ……アイドルのレッスンって大変なんじゃない?」
「……そうよ、私だけ無茶な振り付けをマネージャーに押し付けられて殺しそう……」
し、死にそうじゃないんだ……。
「リゾートでイケメンとの癒しが欲しいわ」
「リゾートねぇ……いいね。仮に……存分に時間を気にせずにリゾートでレッスンできる場所があるとすればぁ?」
イケメンはちと用意できないんスけどね。
あとちょ〜っとお前……仕事手伝えや……。




