ホテルの ウ ワ サ……
「にゅん! どーも私、現実へ帰還です!」
「……もどった」
インダストリークラフトのゲームを乗っけた『箱庭シミュレーター』。そこで三日ほど作業してからスキマに戻って参りました!
「う? だぅう」
「おっと起こしちゃったかな?」
私達の声で目を覚ました赤ん坊が、目をパチクりさせてこっちを見る。
「だぶだー……」
そしてハイハイをするように、こっちへ向かってくる。
「おん? この子……ハイハイ出来たんだ……」
「……はじめてみた」
「だぶー」
私の揺れる髪に興味深そうに手を伸ばす赤子から、抱き込むように避難させる。
「ぶーぶー」
「不満そうにしてるところ悪いッスね。痛ぇんだよ引っ張られるとさ。つかキミ……今日はヤケにハイテンションじゃん」
いつもは寝てること多いんだけど、今は妙に活動的だ……。ん〜…………
「何と言うか……私達を認識している?」
「……たしかに、この赤子……今までは私達を個体として認識している感覚がなかった」
「成長って言うには短時間で変わりすぎじゃね」
「……というより、たぶん今までが違ったのかも」
つまりこのハイハイ状態がデフォルトで、今までが様子がおかしかったってこと?
「もしかして、寒空で放置されていたから弱ってたんかなぁ」
「……さぁ」
んで元気になったから活動的になったとか……。
それ実は結構危なかったんじゃねぇか!?
「……でもミルクは飲んでたし、弱っているようには見えなかった」
幼女ちゃんは赤ん坊を抱える。
すかさず赤ん坊は幼女ちゃんの髪を引っ張ろうとするが、それを避けながら目を赤く光らせた。
「…………もしかして……馴染んだ?」
「馴染んだって何がよ?」
幼女ちゃんは無言で赤ん坊の掴みを回避していたが、やがて赤ん坊の方が疲れたのかスヤスヤと眠ってしまった。
腕の中で眠る赤ちゃんを眺めながら、幼女ちゃんは『……推測になるけど』と前置きする。
推測だろうがとりあえず話してみな。
「……コイツが光って浮く現象……まだ何かは分からないけど、そのせいでコイツは半覚醒みたいな状態にあったのかも……」
「寝ぼけてた……みたいな?」
「……言ってしまえばそう。それが体に馴染んで負担がなくなったから元に戻ったのかも。浮く時の不自然なエネルギーが落ち着いてる」
「いい事……なんスよね?」
「……なんとも言えない。けど、これからコイツ更に活動的になるかも」
まぁ元気なのはいい事だ。
病気だったらお医者さんに見せないといけなかったところだね。不思議エネルギー由来なら、専門医がいるか怪しいけど。
「まぁこの風船赤ちゃんがワンパクになるとしたら、タイミング的にちょうど良かった」
「……なにが?」
「この子の為に開発した『新能力』をお見せしようじゃないかぁ」
「……あぁいってたね」
あ、淡白な反応……もうちょっと驚けよ。
自分で言うのも何だけど、お前は私に馴染みすぎだぞ……。
赤子といい幼女ちゃんといい、子供の順応は早いね!
まぁいいや、これを見ても淡白で居られるかな!?
私は幼女ちゃんの抱いている赤ん坊に両手を向ける。
「そぉ〜れ良い子だ…………『おくるみシャボン』!」
私の両手からシャボン玉が飛び出し、ゆっくりと赤ん坊を包み込む。そして、赤ちゃんはシャボン玉に包まれた。
よしよし、途中で動かれると上手く入れられないからジッとしてくれて助かった。ちと発動に繊細な能力なのよね。
そして……別に歌う必要はない!!
「……ぬ?」
シャボン玉に包まれた赤ん坊を見て幼女ちゃんが首をかしげる。よしよし、興味あるよね? 説明していいよね? よしするぞ!
『コメットデリバリー』
【おくるみシャボンの能力】
『おくるみ』ってのはアレね。赤ちゃんに巻いてるタオルみたいなヤツ。
「……これ……なんの役にたつの? なんかトラウマでゾワゾワするんだけど……」
微妙に顔色を悪くする幼女ちゃんが呟く。
それだ!? なんか私もゾワゾワすると思ってたんだよ。これアレだ。アレを思い出すんだよ。
遊園地で守神を自称していた化け物……。そうだね、ドレス女に私達シャボン玉に入れられて空の旅へご招待されたの思い出すもんね!
「あの遊園地強制退場ね……似てるけど全く別物ですから……この『おくるみシャボン』の利点はただ一つ」
「……ひとつ?」
「『赤ん坊の安全性』……それだけだよ。ひたすら頑丈で安全に極振りしているんだよね」
「……ふむ」
リソースは全て赤子の安全に特化させた。その分、このオクルミシャボンの安全性はかなりの物だと胸を張れるよ。
「……たしかに大事」
「だろ? 基本と言ってもいい。車に轢かれたくらいじゃビクともしない」
そしてちょっとした制限をつける事で、出力を上げている。
● 赤ん坊にしか使用できない。
当たり前だろって思う? んなこたぁない……。
これが私達にまで適用出来るんなら、かなりの防御力を誇ることになるからね。だから制限になる。
「この子を連れ歩くことで、安全を取るあまり逆に私達が活発に動くことが出来なくなる。逃げてるからね」
気兼ねなく逃げることができなきゃ、やってけない。
「そして急に浮くこの子……今はまだないけど、空中から急に落下したら? おくるみシャボンがあれば高い位置から落下しても大丈夫!」
「……え、それ、衝撃で中身までは……」
おい、グロい想像すんなよ。ちゃんと考えているから。それも含めて安全性よ。
「驚くことなかれ。このシャボンの中は常に『重力が一定』で『Gが掛からない』ようになっている!」
「……!」
幼女ちゃんが、目を見開いて僅かに腰を浮かす。
そして、シャボン玉を軽く揺らした。
徐々に揺れを大きくしていくが、中の赤ん坊は気にした様子もなくスヤスヤだ。
「……つかえる」
「気づいたね? この子を背負ったまま激しく動いても、この子に危険はないんだよ」
本来、背負って激しく動いたら赤ん坊に負担がデカいからね。
幼女ちゃんは、寝ている赤ん坊の様子を見て頷く。
「……有用と認める」
よく分からん幼女審査に認められたわ。ありがとう。
でもそこで、幼女ちゃんの眉がハの字になる。
「……たしかに有用…………でも……安全性だけかぁ」
言いたいこと分かるよ。
本来なら子育てに便利な能力を期待してたんだよね?
でもお出しされたのは安全性を重視した能力……。
でも必要だと分かるから、文句も言えないんだよね。
だからこそだよ。
「だからこそ……だ。キミにも手伝ってもらっただろ?」
「……ぬ?」
「『インダストリークラフト』。アレはこの『おくるみシャボン』の追加コンテンツだ」
「……意味はわからないけど、インダストリークラフトのゲームは便利にするために必要?」
「その通り!」
安全性は削れない……そして、子育てに便利な能力も欲しい。でも、必要にならないとソレが何なのかが分からないという子育ての知識の薄さ。
それを補うための箱庭シミュレーターによる、インダストリークラフトだ。
「グダグダ説明されても分からんよね。物は試しだ。実際にやってみよう。幼女ちゃん……この『おくるみシャボン』にあったらいいなぁ〜って機能はなに?」
「……急に言われてもパッと思いつかない」
「だろうね。でも安心して欲しい。その為の『後から追加できる機能』だ。試しに簡単に思いつくものを考えてみてよ」
幼女ちゃんは赤ん坊の入ったシャボンを見つめて『……ぬぬぬ』と考え込む。そしてボソリと呟いた。
「……なんでもいいの?」
「いいよぉ……」
「……まだ寒い時があるから温度調節」
「ほう、確かに!」
「……シャボン状態だと運びづらいから、手を使わずに背負えるようにする」
「……失念してたわ……確かに」
「……コイツそろそろ風呂に入れた方がよくない?」
「け、結構出るね。オーケーオーケー! 全て叶えましょう!」
じゃあゲーム画面から……いや、箱庭シミュレーターに連れて行った方が分かりやすいか?
一応1日で3日入れるように設定した箱庭シミュレーターだけど、まだ時間も残ってるから説明くらいはいいだろ。『インダストリークラフト』の箱庭に行くぞ。
「つーことで、ほい」
「……ゲームの草原に戻された」
戻されたとか言ってるけど、キミが拒否してないから入れられたんだからね? キミが入る気なかったら入れられねぇのよ? 言わないけど……。
「……それで……どうするの?」
「んふふ、チュートリアルは終わりだ。【ゲームステージ解禁】」
【温度調節工場設計図 解禁】
【おんぶ紐工場設計図 解禁】
【お風呂工場設計図 解禁】
ズズンと地面が揺れ、拠点以外の景色が姿を変える。
変わった後は、元の草原に見えるが遠くの景色が違っていた。山の位置が違う。水場の位置が違う。森の位置が違う。
拠点を除いた全部が……マップが変わった。
この箱庭シミュレーターに置いて、インダストリークラフトというゲームは、元のゲームを逸脱したと思って貰っていい。
正直、私にも何が起きるのか不明だ。
「さぁ幼女ちゃん。持っている設計図が増えているはずだよ? 見てみなよ」
幼女ちゃんは自分のUIを操作して、インベントリから新たに追加された設計図を取り出す。
【温度調節工場設計図】
【おんぶ紐工場設計図】
【お風呂工場設計図】
全部幼女ちゃんの望んだ機能だよ。
「ここは『おくるみシャボン』と繋がっている。そしてこの世界でその工場を建設することで『おくるみシャボン』は新しい能力を手に入れることができるんだ」
「……建てればいいの?」
「いーや、建設、のちにその施設が維持が出来たと見なされたらだね。工場だからエネルギーをバカスカ食うだろ? そのエネルギーも安定供給して一定期間稼働状態にすればクリアだね」
「……この設計図……たいへん」
「んふふ、そうだろうね。対価はこの世界での私達の労りょ…………ちょ、何コレ!? メッチャ複雑じゃん!」
えぇ……知らん素材がいっぱいなんだけど……。
ミケライト鉱石ってなに? 見たことないんたけど……。タルジャンの心臓って何? モンスターの素材?
なんで設計図の施設を作るのに、別の知らん設計図があるの?
「……特にお風呂工場がヤバい」
「が、がんばろうね?」
「……工場を建てる場所も整地しないと建てられない」
「明日からコツコツ……やりましょ。とりあえず現実に戻ろうや」
スキマに戻ってきた私達は、とりあえずゲームのことは一旦置いておいて、コレからのことを話し合うことにした。
「『おくるみシャボン』のお陰で、この子を連れて出歩きやすくなったね。これからどーする?」
「……まずはこの造船所の浮遊大陸から脱出の手段を確保する」
「確保だけ?」
「……赤子の親探しもある。コイツは造船所で拾ったんだから、親も造船所に住んでいる可能性あり」
確かに、親探しが先決か……でも、情報が全くないから手をつけられないもんね。だから先に脱出手段だけ用意しとくのね。
「つってもねぇ……たぶん飛行船だよね? 造船所勢力に見つからずにってのは難しいねぇ」
「……いちおう、当てはある」
ほう? 聞かせてもらおうか?
「……造船所勢力と関わりのない利用できるヤツを、わたし達は知っている」
「あ〜、確かにそれしかねぇか……接触するかぁ」
――――――――――――――――――――――――
「もう頭くるわ!! ボケマネージャーが! あんな振り付け覚えられるか!? だからアンタはイケメンになれないのよ!」
ホテルの部屋に帰ってきた女は、上着をベッドに叩きつけて毒付く。
「チッ、腹立つわね……街に出てイケメンでも引っ掛けてこようかしら?」
少し前に脅して保証制度を取らせた『アバズレ尻軽覆面アイドル』だ。
「ふん、それがいいわ! 男なんてちょっと演技してやればコロリよ」
だいぶゴミみたいな彼女のセリフだが……中身はそれに輪をかけてゴミである。
この尻軽アイドルは、イケメンは好きだが、基本的に男は騙して利用するのが正しい使い道だと本気で思っている。だが、それを男に悟らせないタイプの、手のつけられないクズ女である。
あと借金もある。
アイドル時も覆面で顔を隠しているので、わりとやりたい放題だ。
「そう決まったらシャワーを浴びて街へ繰り出すわよ!」
ストレス解消が決まったのなら動きは早い。
レッスンの汗を流して、ホテルの鏡でメイクをする。
手慣れたものだ。
「ふふふ、待ってなさい。まだ見ぬイケメンた……………………………………………………………………………………………………………………」
そして、鏡の前でメイク道具を手に持ったまま、尻軽アイドルはピタリと動きを止めた……。
「………………………………」
その瞳は小刻みに揺れ、メイク道具を持った手はブルブルと震える。
気のせい……
気のせいよね?
鏡に映る自分の顔が青くなっているのが分かる。
メイクをしていたのだから、視線は自分の顔にあった。
だが……
鏡に映る自分の後ろで……
左から右へとナニかが通り過ぎた気がしたのだ……。
ホテルの一人部屋なのだ……自分以外、居るはずがない……。灯りを消した廊下だ。
ドクンドクンと心臓が鳴る……。
ゴクリと唾を飲み込む。
「………………そんなワケないじゃない」
悪い考えを振り払うように立ち上がると、廊下の灯りをつける。そしてベッドの部屋を覗いた……。
ナニも居ない……。
やっぱり気のせいだ……。もしかしたらレッスンで疲れているのかもしれない。今日は街遊びをやめようか?
だぁだぁ
「ッ!!」
バッと後ろを振り向く……。
いま……クローゼットの中から……
『赤ん坊』の声が聞こえなかったか?
「はぁはぁはぁはぁ」
確かめたくない……確かめたくないが……
確かめないと、ずっと引きずることになる。
震える手で、クローゼットに手を掛けて勢いよく開け放つ。
「…………気のせい……ね」
空っぽだ。何もない。
でも、そうだ……。
今日の街遊びはやめにしよう。
寝てしまえ。寝て、次に起きた時はもう朝だ……。
ベッドに潜り込んで頭まで布団を被る。
「……………………」
そういえば……このホテル……。
『出る』という噂があるらしい……。
馬鹿馬鹿しい噂話だ。
どうせライバルホテルの嫌がらせだろう。
尻軽アイドルは、そう、思い込むことにした。
頭まで布団を被るのは、まるでその噂を信じているようで急に気恥ずかしくなってくる。
布団から顔を出し、新鮮な空気を吸うと薄目を開いた。
ほら、何も居ないじゃない……。
視界に映るのは、ベッド越しに見える窓のカーテンだけ。
暗闇の部屋で、外の月明かりが僅かにカーテンを照らす。
そして……それは……
横になった視界の右から生えてきた
ベッドの下からズズズ……と黒い影が生えてくる。
「ッ!!」
パニックを起こす精神とは裏腹に、尻軽女は無言を貫いた……。
まるでその影は、ベッドの横で立ちながら自分を覗き込んでいるかのようだ。
そして……その暗い影は目を赤く光らせ、自分を見ていた。
「ヒッ!!」
限界だった……衝動的に布団を被ってブルブルと震える。気のせいだ気のせいだ気のせいだ!!
このまま眠ってしまえ。
モゾリ……
「ッ!!」
モゾリ……
何かが腹部を這い上がってくる感触がする。
そして布団の中で彼女は……
目を開いてしまった……。
「だぁ……だぁ……ぶぁぶぅ…………」
赤子が……布団の中に……
自分のお腹に乗っていた……
そこで意識は遠のいていった…………。
「あれ? 寝ちゃったよ。寝つきのいい尻軽ネーチャンだな」
「……おこすか?」
「だぁぶだぁぶ」




