茜色の空を飛ぶ幼女
遠くを見渡せば……絵の具でぶちまけたような青空にピンクの飛行船が二隻。
その青空とピンクの配色のせいで熱帯魚のようだね。
「ふふふ、本当に呼んでやんの」
どーも私です。
ボスメイドの飛行船にラクガキして真っ黒なクジラみたいにしてやりました。
うっぷ、外は風が強いですね。まぁ船外にしてや緩やかだけど……魔法かなんかのお陰かな?
「よしよし、幼女ちゃん上手くやったね」
幼女ちゃんにお願いしてたのは二つ……。
一つは、ボスメイドが味方の飛行船を呼ぶように誘導すること。
これに関してはボスメイドが私達を警戒し過ぎだったね。『私達も飛行船もってんぞオラァ〜ん』で戦力を増強してきたわ。
まぁ幼女ちゃん任せだったけどね。上手くやってくれたようで何より。
「それにしても、本当に一声掛けるだけで呼び寄せるとは……」
ツリ目のメイドさんが言ってたけど、ボスメイドの立場って結構上みたいだね。
二つ目は、通信機器を破壊すること……。
正確には連絡取れないようになんとかしてって指示だったんだけどね。これはタイミングが重要だった。
呼んでから、連絡できないようにする必要があった。
「あとは私がそのタイミングで、飛行船に描いたラクガキを披露する」
するとどーなるかな? 答えは簡単……
「未確認飛行物体の出来上がりだ……」
造船所が支配する空域において、見覚えのないクジラのような飛行船。どうやら造船所は『ピンク』がトレードカラーみたいだからね。
しかも通信もないときた……。
ボスメイドの部下は、上司の指示通り攻撃をするよね?
タイミングバッチリだったでしょ。なんせ幼女ちゃんの視界をジャックしてたからね。
脱出する直前に能力を入れ替えて視界ジャックの能力を使ったんだ。色々制限のある能力だけど『強制』じゃなければ制限は緩和されるんだよ。
幼女ちゃんが『受け入れる』と宣言すれば簡易視界ジャックは可能なんだね。ちょいと効果範囲は弱くなっちゃうけど……。
「幼女ちゃんの、いざという時の決断力よ……」
あの子どんどん逞しくなってくなぁ……。
見てたけどボスメイドに対して平気な顔してブラフかましやがる。あいつロクな大人になんねぇぞ……。
「おっと、そろそろかな? それじゃあボスメイドさん……」
ボスメイドの呼んだ飛行船が、目視で分かるほど近くにやってきた。それを見て私はニヤニヤ笑う。
「私達は下船させてもらいますわぁ……」
――――――――――――――――――――――――
「キャプテン! 通信できません! 撃ってきます!」
部下の船員の悲痛な叫びに、ボスメイドが舌打ちをして走る。
「チッ! どけ! 操船を代わる! お前は障壁の演算にかかれ!」
「は、はい!」
味方の敵船という矛盾した戦艦二隻がキラリと光る。その先端が球体のエネルギーを溜めていた。
「魔道砲……撃墜するのに最適よね! マニュアル通りのいい部下を持ったわ!」
半ばヤケクソのように叫びながら、ボスメイドは操船をする機器に触れ計算を始める。
「対空砲……装備なし……迎撃チャフ……なし……歪曲…………チッ……なし」
ブツブツと呟きながらボスメイドは、飛行船の装備を上げながら却下を下す。
自分でデザインした飛行船なのだから、装備については自覚している。これは現状を打破するための確認作業だ。
「マニュアル操船……入射角を計算……船内の重力制御を計算……」
このメガロ級護送艦は……『護送艦』なのだ……。戦うためのデザインをしていない。
戦いという機能を減らして空いた分、要人を護送することに機能を充実させた飛行船だ。
「撃ってきます!」
対して相手は殲滅艦だ……。装備の質が違う……。
味方敵船の魔道砲が球体のエネルギーを射出してきた……。モニターに映るエネルギー球体は、近づくにつれ大きくなっていく。
距離があるからそう見えるが、実際はとんでもないスピードでソレは近づいて来ているのだ……。
「空舵いっぱい! 衝撃に備えろ!」
ボスメイドの宣言に、黒に染まった護送艦ガヘラーバブルが海面に飛び上がったクジラのように上を向く……。
エネルギー球体に向かって、まるでクジラのお腹を見せるような格好だ。
無防備な姿勢に見えるがボスメイドは続ける。
「障壁方向を右回転!」
「い、イエッサー!」
見当もつかない指示だが、ボスメイドの指示をすぐさま実行する彼女の部下は優秀だった。
エネルギー球体が胴体に着弾する瞬間、クジラの胴体が回転して球体の進行方向を逸らした。
ズズンと振動の起こる船内だが、クルクルとクジラは回転して姿勢を制御すると、船体の模様がニィイイと笑いを浮かべる。
その神技とも呼べる操船技術に、味方敵船の二隻が動揺して判断を迷っているのが分かった。
「………………ふぅ」
ボスメイドは額に掻いた汗を拭うとため息をはく。
乗り切った……
ボスメイドは安心するのも束の間、コクピットに空いた穴を確認する。
無傷とはいかなかったが、これくらいなら問題はない。これくらいで飛行不能になるような作りはしていない。
しかし……どうする?
ガヘラーバブルの装備は戦艦に比べると心許ない……
…………
………………でも、
……………………それでも……やれる。
相手を撃ち落とす事は可能だ。
ボスメイドは対抗してしまえるのを感じていた……。
でもそれは……。
「…………」
迷っているボスメイドの髪がバサバサと風に揺れる。
穴の空いた船体から、風が吹き込んでいるのだ。
そして考え事をしていたボスメイドは……気づいた。
「おい、お前……何をしている?」
穴を背に服をバサバサと、たなびかせる白髪幼女が無表情で立っていた。
白髪幼女は、こちらを見たボスメイドに対して、ペコリと頭を下げると口を動かす。
風の音で聞こえなかったが、その小さな口はこう呟いたのだ……。
【……おじゃましました】
駆ける!
穴の前に立つ白髪に向かってボスメイドは走る!
白髪幼女は……ボスメイドの手が届く瞬間…………
「ッ!」
後ろへと飛んだ……。
空に投げ出された少女に手を伸ばそうとして、ボスメイドの手は空を切る……。
そして彼女はその光景を見た……。
「「フンッ! セッ! フンッ! セッ!」」
「…………」
シャコシャコシャコシャコシャコシャコ!
…………自転車だ。
「「フンッ! セッ! フンッ! セッ!」」
シャコシャコシャコシャコシャコシャコ!
「……………………は?」
小悪魔の二人は『プロペラのついた自転車』を漕いでいた……。
そして、それで空を飛んでいた……。
「「フンッ! セッ! フンッ! セッ!」」
『ライド遊具の能力』
【モードチェンジ『プロペラ自転車』】
「…………」
必死に二人乗り自転車を漕ぐ小悪魔は、ボスメイドの視線に気づいてニッコリ笑うと手を振って……上へと消えていった……。
「…………」
ペタンと座り込んで呆然としているボスメイドの後ろで、扉がシュっと開く……。
「ヴィジー? すっごい揺れたけどどうすんの?」
ツリ目のメイド……先輩メイドだ。
「……」
「事情を知らないメイド達が怖がってんのよ。どうすんの? あの子達逃げたみたいだけど追いかけるの?」
「……」
ボスメイドはヌッと立ち上がると、数秒外を見てゆっくりと振り返った。
そして……
「皆さ〜ん。お疲れ様でしたぁ。逃げられちゃいましたねぇ〜」
ドジっ子のように、頭をポカリと叩く。
そしてニコニコ笑ったまま、指示を飛ばす。
「当機はこれから……『撃墜されたフリ』をしますぅ」
船員たちはボスメイドのセリフに、一瞬首を捻ったがすぐに察して動きを始める。
「了解です! 高度を下降、煙の代わりに煙幕を噴射して破損を演出します!」
「水面に不時着用意!」
そう……確かにボスメイドは、攻撃手段の少ないガヘラーバブルでも撃破することが出来たのだろう。
だが……意味がない。
小悪魔に逃げられたのなら、意味がない。
だから、この飛行船を撃破されたフリをすることにした。煙を噴かせて高度を下げ、水面に不時着する。
ここまで演出すれば、味方敵艦の追撃はない。
味方敵艦を撃破して小悪魔を追うこともできただろう……。だが、それはしない。
それは船員達の安全を犠牲にすることになる。
だからボスメイドは、キャプテンとしてそう決断したのだ……。
「……大変だったわね」
「せんぱぁ〜いぃ……」
ツリ目先輩メイドが、ボスメイドの背中に声をかけると、彼女は涙目で振り返る。
「あ〜はいはい、小悪魔は怖かったわね〜」
「本当ですよぉ〜」
下降する船体の表面が、ハラハラとチリのように剥がれ空へと消えてゆく……。
その剥がれた下からピンクの船体が覗かせた。
もう味方敵艦から攻撃される心配はないだろう……。
「アンタはいつまでも怖がりなんだから……」
「ふぇ〜ん」
造船所勢力の『空創』という立場まで成り上がった元メイド……。
彼女の本質は本来こっちだったのだろう。
彼女は成り上がるため狡猾で冷静な仮面を被ったが、本来はビビりで自分が弱者なことを自覚しているメイドだ。
だからこそ彼女は……『小悪魔勢力』にとって強敵だった……。弱者の戦い方を知っていたから。
だが、戦いの終わった今は、仮面を脱ぎ捨て元の性格を隠す必要はなかった。
「こりごりですよぉ。絶対もう関わりたくないですぅ〜」
「はいはい、そうね」
――――――――――――――――――――――――
「……」「……」「……ッ」「……セッ」
夕日が湖の水面を茜色へと染める。
「「フン……セッ……フン……セッ……」」
その上空を小悪魔が夕日に向かって自転車を漕ぐ……。
「……オバケ姉ちゃん……高度さがってる。しっかりこいで……」
「ひぃ〜、足がもうパンパンなんだけどぉ〜。もう疲れたッスわ……」
「……がんばって、陸地が見えるまでこぐよ」
「うげぇ〜……私徹夜でラクガキしてたんだから勘弁してよ〜」
ちなみに二人が飛んでいる先にあるのは『造船所』だったりする……。
むしろ他の陸地まで飛ぶのは現実的ではない。
「幼女ちゃぁ〜ん……私眠いんだけどー」
「……ねむいのは、わたしも一緒」
小悪魔は造船所に向かって足を動かす。
「嘘つけぇ! お前グースカ寝てたろ!」
「……ねてない」
「ずっと視界が真っ暗だったじゃねぇか!」
「……きのせい。それより覗き見やめて……」
「キミが拒否すればみれないよ」
オレンジ色に染まった空を飛ぶ……。
「……しゅみわりぃ能力……ジロジロみてんじゃねぇよ」
「口悪りぃんだけど、このクソガキ! どこで覚えてくんだよそんな言葉……前々から思ってたけど、キミ変な悪党と付き合いないよね?」
「……あるよ」
「あんの!?」
「……おまえ」
「…………」
造船所勢力が誇る『メガロ級の飛行船を落とした』という実績を引っ提げて……。




