笑う飛行船
コクピットの大窓の外に張り付いた長髪幼女は、中の人間を一人一人見渡す。
「……ッ」
そして最後にボスメイドを視界に入れると、首を捻りながら嬉しそうに目を細めた……。
「なんで……そんな所に……」
ボスメイドは、嫌な予感と長髪幼女の気味の悪さにドクンドクンと早くなる心臓を押さえる。
外に張り付いた長髪は、まるで挨拶でもするように手を振るとガラスに手を付き、ゆっくりと見せつけるようにズラす……。
「ッ! なにをッ!」
手をなぞったガラスが……黒く軌跡を残す……。
ペンキで塗りたくったように黒く染まる……。
いや、ようにではない……実際ガラスにペンキを塗りたくっているのだ。
コクピットにいる全員の視線を、さも気持ちよさそうに堪能した幼女は、不意に両手を離してガラスに立ち上がった。
【レディ……セット】
不思議と長髪幼女は落ちることもなく……次の瞬間、足の裏についたローラーがキュルキュルと回転するのが分かった。
そして、少女の姿が掻き消えるように凄まじいスピードで上へと消えた瞬間……。
「窓が!」
コクピットの前面を覆う大きな窓ガラスが真っ黒なペンキに染まっていた。
太陽が遮られ暗くなるコクピットだが、室内の灯りで暗闇になることはない。
ボスメイドはイラつきを抑えて船員に指示を出す。
「チッ! 視界を塞いだつもりか! 外の映像を回せ!」
「は、はい!」
窓ガラスを塞いだところで、外の映像を映せば飛行に支障はない。
長髪はこの護送艦ガヘラーバブルの上に行ったように見えた……ならば、船体の上の映像を映す。
黒くなったガラスの代わりに、船体上部を映す映像を浮かべると……。
「……いた」
ガヘラーバブルのピンクの船体上部を……長髪幼女が髪をなびかせて船尾の方へと滑走する映像が流れる。
嘘みたいに青い空と、海のような湖を背景に幼女が巨大飛行船の背中を走る。
違和感は……すぐに分かった。
少女が通った場所が黒く線が引かれている。
ピンクの船体に、真っ黒な軌跡を残している……。
そして、その真っ黒の線はジワジワと侵食して船体を黒く染め上げようとしていた。
それはまるで、ピンクのサナギの背中が割れて羽化をしようとしているようにも見える。
ボスメイドには、色が変わっているだけなのに真っ黒なナニかが背中から産まれようとしているように見えた……。
「…………まさ……か」
その光景を見たボスメイドは、呆然と、掠れる喉で呟く……。
そんなまさか……バカバカしい……。
そんな微かな、あり得ない考えが頭に浮かんで、すぐさま否定する。
そんな……ふざけた事をしようとしているワケがない……。
ゴクリと唾を飲み込み、肌に纏わりつく汗を掻くボスメイドに、背後から白髪幼女の小さな声が聞こえてきた。
「…………おまえバカだろ……」
口が引き攣る……。
まさか、そんなバカバカしい作戦を実行するハズがない……。したとして成功するはずがない……。
錆びついたような首を白髪幼女に向ければ、彼女は感情のこもらない瞳でボスメイドを見ていた……。
「……子供がおっきな飛行船なんてもってるワケないだろ? 子供ができるのは……精々【ラクガキ】くらいだよ」
ギリリと奥歯を噛み締めて、映像の長髪幼女を睨みつける。
分かってしまった……小悪魔がやろうとしている最後のイタズラに思い至ってしまった……。
本気で……本気でそんな下らなくて……これ以上ないほど自分にとって屈辱的な作戦を実行しようとしているのか?
「ふざけるなよッ!」
しょうもないほど滑稽で…………大胆な作戦が通るワケがないッ! どれだけ空想である自分をナメているのだ!
通るはずがない……そんな、悪ふざけのような子供騙し……そんな屈辱的な方法が通ってたまるものか!
「………………あ——」
そして……手元の『壊れた球体』を見て思考が一瞬止まってしまう。割れた『通信機器』を見て汗が一粒、地面へと落ちた……。
通る
……この策は……通ってしまう!
「……あ……あぁ……あああァァアア!」
違ったんだ! 解の巫女が通信機器を壊したのは、呼んだ飛行船を撃ち落とされないようにするためじゃない! 逆だ、撃ち落とすのを止められないようにする為だ!
私は……わたしは……
やがて長髪幼女が船体上部を船尾まで走り切った頃……ボスメイド自慢のメガロ級護送艦ガヘラーバブルは、ピンクの船体から『真っ黒な飛行船』へと姿を変えていた。
それはまるで、元々の魚のような形も相まって空に浮かぶ巨大な『クジラ』のように見えた。
映像に映る……船体上部に立つ長髪幼女は、満足そうに……そして悪そうにニィイイと笑う。
そして両手を広げて『如何でしょう?』とばかりに首を捻った。
その性格の悪い長髪幼女の背後に……真っ青な青空の向こうに……何かが小さく見える。
それは徐々に近づいてきた。
クジラみたいな黒色に変色したガヘラーバブルに向かってくる。
【お前はわたし達を大きく見過ぎた……】
私は……わたしは……
【いもしない化け物にたべられないといいね……】
……私は何と言った?
【通達する。現在本艦の空域に小悪魔による敵性メガロ級飛行船の恐れあり】
小悪魔が呼んだ飛行船なんてどこにもいなかったんだ……。いや、違う……
【所属不明の飛行船を発見次第……問答無用で撃ち落とせ】
小悪魔の呼んだ飛行船とは……この飛行船のこと。
この悪魔ども……
飛行船に敵の皮を被せて
味方に撃墜させるつもりだ……。
ボスメイドは、悲鳴を上げるように船員に大声をあげた……。
「警笛をならせ!」
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こちら巡回中の三番四番艦……
巡回中の空域にて、キャプテンから報告のあった未確認の『黒色飛行船』を発見した。
推定メガロ級敵性艦と認定。
キャプテンの指示により……
この黒色敵性艦を…………『撃墜』します。
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クジラのようなメガロ級護送艦の黒の模様が形を変え、ニィイイと飛行船が笑った。
そして、カパリと大きな口を開けると……
まるで威嚇をするように警笛を鳴らした。
それは本当にクジラのように……その空域の空をビリビリと震わせる。
そのクジラ型飛行船の上にチョコンと立つ長髪幼女は黒くなった飛行船を見て呟いた。
「感謝してもいいんだよ? だっせぇピンクの飛行船をマシにしてやったんスからねぇ〜……」




