虚像の化け物
「みんな集まったな……」
メガロ級飛行船……群体型護送艦ガヘラーバブル。
船の顔とでもいうコクピットは、操船に必要な機械と外を見渡せる透明の大窓のある場所だった。
緩やかに湾曲する大窓が、オシャレなラウンジを思わせるコクピットで、メイド服の女が鋭い目で集まった全員を眺める。
「雇った人員以外の船員は全てです。それで私は?」
そんな中、落ち着いた瞳の男が控えめに手を上げる。
小悪魔が乗船した時に艦長として紹介してきたジェスチャー紳士だ。
「ああ、ご苦労だった。もう艦長のフリはしなくていい。小悪魔にはバレている」
「畏まりましたキャプテン」
ボスメイドはコクピットを見渡す……。
十数人の少数船員たちだ。
実質的に飛行船を動かす操縦士とも呼べる人員は二人しかいない。
いや二人しかいないのではなく、二人で十分なのだ。
造船所勢力の造船技術なら、この全長数百メートルを誇るメガロ級護送艦を動かすのに人数はいらない。
あとは事情を知るボディーガードに、船の幹部ともいえるジェスチャー紳士を始めとした数人。
それだけで構わない。
「雇った人員は隣の区画に移動して貰ってます」
事情を知らない雇われの人員であるメイドやコックなどは、近くに待機させてある。
メガロ級護送艦という大規模な施設に対して、総勢二十名ほどという小規模な人員……。
これはボスメイドの部下がいないワケではなく、ましてや小悪魔をナメているからでもない。
むしろ逆だ……小悪魔を最大限に警戒しているからこその布陣。
増えれば増えるほど、ボスメイドの目が行き届かなくなる。少数だからこそ、狡猾な小悪魔の付けいる隙が減らせる。
それが大規模な護送艦に対して、小規模な人員という歪さを生んでいた。
「当船は明日、造船所の縄張りである空域に到達し、明後日の夕方には造船所に到着する見込みだ。総員それまで気を抜かずに事に当たれ……」
「「「はっ!」」」
緊張感を孕んだ船員達の雰囲気……それにボスメイドは内心舌打ちをした。
船員達の緊張感……それは自分というキャプテンに対するものだ……。
違うだろ……お前らが緊張感を持つのはキャプテンの自分ではなく、ボディーガードに囲まれて欠伸をしている『小悪魔』に対してだろ……。
そこまで考えて顔を振る……無理もないことだと。
これが小悪魔の恐ろしいところだ。
『警戒できない』
この状況において、船員たちは小悪魔を脅威と感じていないのだ。
やはり人員を絞って正解だった……。
子供の見た目である小悪魔を警戒するのは非常に難しい。
いくら勢力といっても……自分が警戒を怠るなと言っても、心の奥底まで子供に警戒を保てない。
……一度逃亡を許しているにも関わらずだ。
それが小悪魔の恐ろしいところ。
自分以外は小悪魔を本当に警戒することができないだろう。だからテレパスの異能が届く範囲で全員を管理する……。
管理し切れる人員だけに絞り、即座に小悪魔の行動に対して指示ができるようにする。
私だけは……私だけは小悪魔を見くびらない!
ボスメイドは広めのコクピットに設置してある球体に触れる。触れた球体は淡い光を放つ。
「こちら新造艦ガヘラーバブル……キャプテンのシャネスだ。応答せよ」
それは通信装置。ボスメイドは造船所のある本島の部下に連絡を入れるために起動をする。
「…………あぁ、二日後の夕刻に到着する。艦の受け入れ準備を整えろ」
通信を終え一息つく。
「……ッ」
その背中に這い回るような視線が纏わり付いた……。
「解の巫女……そんなにコクピットが珍しいか?」
白髪幼女はコクピット内を赤く光る目で見渡しながら、最後にボスメイドへと視線を戻す。
「……めずらしいよ……初めてみたんだから」
「それで……解けそうか?」
「……むり。解の巫女をよくわかってる」
「…………」
やはり油断できない……。解ける場所を確認していたのか……。
魔力を解いてしまえる人智を超えた異能。
おそらく魔力に触れる必要があるのだ……。
だが、見るのは別なのだろう。見ただけで魔力の流れを察知してしまえる。
だから、艦を動かす重要な導線がある場所に白髪を置かないことにした。
見ただけで解いてしまえるなら、もはや止めようもない……。
導線のある場所に移動しようものなら、即座にボディーガードが止める手筈だ。
「……おまえ本当に警戒しすぎ」
「警戒し過ぎるということはない……」
白髪幼女は両肩をあげて呆れているようだ。
だがそれでいい……小悪魔という化け物に対して、警戒はこれでもたりない……。
――――――――――――――――――――――――
コクピットから見える大窓の外が暗くなり、星と月明かりに、何処までも続く海のような湖を照らす。
パキッ…………
「ッ!」
後ろから聞こえたわずかな物音に、ボスメイドは息を呑んで振り向く。
「…………なんだよ?」
持ち込まれた長いソファーに横になった白髪幼女が、お菓子の包みを開けた音のようだ……。
口にお菓子を放り込み、ムグムグと口を動かす白髪幼女は、こちらと対照的にリラックスしたものだ……。
「……」
ボスメイドは顔を歪めて再び暗い外を……その先にあるであろう造船所の浮遊島の方向を眺める。
オシャレだったコクピット内は、全員全てをこの部屋だけに集め、活動させるためにソファーやベッドが持ち込まれている。まるで災害のあった避難所のようだ。
だが、これも小悪魔を逃さないため……。
今も白髪幼女の側には二人のボディーガードが目を光らせている。もう二人は仮眠を取らせて交互に見張るのだ。
……おそらく造船所に着くまでに、長髪小悪魔が白髪小悪魔を取り戻そうと襲撃があるだろう。
油断はできない……。警戒を解いてはいけない……。
「キャプテン……食事を用意しました。そのあと仮眠を取るべきです」
副官が気遣わしげに声をかけてくる。見た目だけなら威厳のある男だ。もっとも艦長のフリは小悪魔にはバレていたが……。
「いや…………そうだな。貰おう」
断ろうとして……考えを改める。
食事や睡眠を抜いて判断力が落ちたら、それこそ小悪魔の思う壺だ……。
…………造船所まであと僅か……にも関わらず、造船所が酷く遠くに感じる。
――――――――――――――――――――――――
夜が明け、相変わらず外は湖が続く……。
護送艦ガヘラーバブルは造船所の空域に入った。
明日……明日だ……。明日の夕刻には造船所に着く。
そうすれば自分の勝ちだ……。
それまでは警戒を解かない。
――――――――――――――――――――――――
「来ない……」
ボスメイドは暗くなった外を眺めながら呟く。
日付は変わり、今日の夕刻には造船所に到着する。
なのに『長髪小悪魔』が姿を見せない……。
まさか本当に飛行船を脱出し、船内にはいない?
いや、居るはずだ……。
精神が削られる……。
白髪を取り戻そうと息を潜めているはずだ……。
外は……朝日に照らされて湖が輝き始めていた。
――――――――――――――――――――――――
日も登り、太陽が上に差し掛かった頃……。
「…………あふ」
白髪がソファーから起き上がり目を覚ました。
ボスメイドは少々の寝不足でクマのできた目を白髪幼女に向ける。
「…………なぜ長髪は来ない?」
「……ん? あぁオバケ姉ちゃんなら本当に飛行船から脱出したよ。おまえが勝手に船内にいると思い込んだだけ」
「お前を置いてか?」
「……」
白髪幼女は目を擦りながら、テーブルの飲み物を飲んでもう一度欠伸をする。
そして……
「ッ……」
まっすぐとこちらへ視線を向けてきた。
何を考えているか分からない瞳に、背筋がゾッとする。
そして、ジワリと白目が黒く染まり……不気味に赤く光だした……。
ボスメイドはゴクリと唾を飲み『来たか……』と警戒を強める。
ここまで沈黙を続けた小悪魔の、最後のイタズラの予感に目を細めた。
「……オバケ姉ちゃんは、まちがいなく飛行船を脱出したよ」
不気味に光る目で、白髪幼女は淡々と言葉を繋げる。
そしてコクピットを見渡すと、感心したように全く関係のないような事を呟いた。
「……おっきな飛行船だね」
「私が設計した自慢のメガロ級護送艦だ……光栄に思って欲しいわね。解の巫女であるアナタのために造ったんだからな……」
「……うん、とてもおっきな飛行船……でもね。わたし達小悪魔もおっきな飛行船を持ってたとしたら?」
「……」
「……オバケ姉ちゃんはね……その飛行船を取りに行ったんだよ」
「何を馬鹿な……」
小悪魔がメガロ級の飛行船を所持している?
……ありえない。
「……いまね。向かってるよ。ここに」
「………………下手なブラフだな。それはあり得ない。メガロ級飛行船がこの空域に向かっているなどと……」
ボスメイドは顔を振って、それを否定する。
あり得るはずがないだろう。そもそも既にこの空域は造船所勢力の縄張りだ……。
それほど巨大な所属不明の飛行船が、我が物顔で飛行など出来るはずがないだろう……。
どうやら小悪魔の最後の策は『ただの嘘』だったようだ……。
肩透かしのような顔でボスメイドはゆっくりと歩くと、通信機器である球体に触れた……。
そして……ギロリと白髪幼女へ鋭い視線を向けた。
「…………などと言うと思ったか?」
「……?」
「小悪魔なら……『あり得る……』」
「……マジかこいつ……」
ボスメイドは『小悪魔』をナメない……。
小悪魔があるというのなら……どんなにあり得なくとも……『あり得る』。
「こちら護送艦ガヘラーバブル! 応答せよ! 通達する! 現在本艦の空域に小悪魔による敵性メガロ級飛行船の恐れあり!」
ボスメイドは造船所にいる部下に通信を飛ばす……。
視線だけを白髪幼女に向けて笑いもせず睨みつけた。
「……七隻のメガロ級戦艦を飛ばす許可を出す! 所属不明の飛行船を発見次第……問答無用で撃ち落とせ!」
「…………チッ!」
白髪幼女は舌打ちをして、テーブルを飛び越えダイビングをする。
そして体から黒い靄を出して通信機会の球体の近くに潜らせると……ビキッと球体にビビが入った。
「ッ! 捕まえろ! それ以上機材に近寄らせるな!」
すぐさま白髪幼女は取り押さえられ、ソファーに戻される。
その光景をボスメイドは冷や汗を掻きながら、睨みつけた。
「通信機器を壊されたか……お前何なんだ……。短距離とはいえ遠隔で魔力を解いたのか?」
白髪幼女の体から出た黒い靄は、確かに遠隔で通信機器を破壊してのけた……。まだ奥の手を隠し持っていたとは驚愕だ。
いや、それよりも……
「恐ろしい……慌てて通信機器を壊したということは……本当なのか? 本当にメガロ級飛行船を引っ張ってきたと言うのか!?」
でなければ通信機器を壊す理由がない。
正直、メガロ級飛行船を連れてくるなど、9割方ブラフだと思っていたからだ。
「……おまえ凄いな……ほんとうに最後まで……わたし達をナメなかった」
だが防ぎ切った……。
手を打つことができた……これで小悪魔の呼んだメガロ級飛行船とやらは、味方の戦艦に撃ち落とされるだろう。通信が間に合って本当によかった……。
「当たり……前だ……お前達化け物を油断などするものか……。私は絶対にお前達をナメない! お前らは化け物だ!」
冷や汗を掻きつつ、自分に言い聞かせるように白髪幼女に宣言する。
白髪幼女は、ボディーガードに両肩を押さえられながらソファーに座り……静かに呟いた。
「……ほんとうに凄い……さいごの最後まで小悪魔を『化け物』として扱った……しんじられない」
「事実だ……小悪魔は化け物だよ」
「……うん……だから…………」
白髪幼女の細められた瞳を見た時……
ボスメイドは不意に……
何かを……失敗した気がした……
白髪幼女の口が、小さく動く。
「……だからお前は負けるんだ」
ドクンと心臓が跳ねる……。
「キャプテン! 窓を!」
船員の叫ぶ声が聞こえる……。
ドッドッドッドッとリズミカルに胸が鳴る。
「……お前は最後までわたし達を巨大な化け物だと『勘違い』したな……」
白髪幼女の呟く声を背景に、コクピットの大窓に視線をゆっくりと移す……。
窓ガラスの外側に……ベッタリと小さな人影がくっ付いていた……。
「……『巨大な小悪魔』という幻影を追い続けたな? ……だからお前は負けるんだ」
窓ガラスの外に張り付いていたのは『長髪小悪魔』だ。バサバサと外気の風がその長髪を揺らす。
長髪幼女が窓ガラスにくっついたまま、ニィイイと口を動かした……。
【どーも私です……】
「……いもしない化け物に……食われるといいよ……」




