メイドさん
赤い絨毯の廊下を猛スピードで滑走する美少女……。
「ふぃいいいい! どーも私です!」
ボスメイド様、この度はゲームの最速クリアおめでとうございます。
「お前以外にプレイしたヤツいねぇけどねー!」
そら最速だよね。
まぁソレを度外視しても、バグを見つけ出してRTAみたいなクリアをするとは思ってなかった。
いやまぁバグはあると思ってたんだけどね。それを利用されるとか思わんじゃん……。頭柔らかいねアンタ!
でももう一つの罠は掛かってくれたんじゃないかなぁ〜……掛かってるよな?
それなら私の置き土産は満足していただけたことでしょう。
ドリームクエストの世界でレベルアップを繰り返したボスメイドは、ゲームらしくパラメーターがアップしていった。力やスピードなんかもね。
ボスメイドはゲームを見事に適応してしまった。
……現実と感覚の変わらないゲームをね。
その結果、現実に戻ったボスメイドは、一時的に体の感覚が追いついてこなくなるはずだ。
これが元々身体能力の高いヤツだったら、変わった感覚は誤差として処理できるだろう。けどボスメイドは、自分で言っていたように、身体能力はこの世界基準で一般的だったんだ。
「慣れたアクションゲームの操作のクセが、他のゲームで出ちゃう感覚わかるぅ〜」
ジャンプとかメニューを開くボタンがゲームによって違うの戸惑うよね……。
まぁボスメイドが現実の感覚に慣れるまでどれくらい掛かるか知らんけど、すぐさま思い通りに動けるってことはないはずだ。
「今のうちに幼女ちゃん連れて脱出する!」
ボスメイドを視界ジャックした時に幼女ちゃんの捕まってる部屋の位置は把握している。
幸いこの飛行船には、ほとんど人が乗ってないから道中で見つかる心配もない。
「と、さすがに見張りはいるか……」
私は通路の陰に隠れて通路を窺う。
私の部屋がそうであったように、幼女ちゃんの牢屋の扉の前にも二人の男が立っている……。
「でもまぁ、コイツらってボスメイドほど私らを警戒してないからな……」
ボスメイドが特殊なだけだよ。
本人達は私たちのボディーガードくらいにしか思ってないんじゃないかな?
一応警護についてるけど、私達が脱出するとか思ってない。人数が限られて閉鎖された飛行船で気が抜けてるのもあるだろう。
そもそも、ガキ相手に警戒を持ち続けるほうが大変なんだよ。
「水滅玉……」
私は物陰に隠れながら、妖球を起動して、霧を発生させる……。相変わらず攻撃以外には便利な能力ですこと。
「……ん? なんか煙くないか?」
「いや、匂いはないな。火事じゃなくて霧だな……」
「船内だぞ」
「窓でも開いていて雲に入ったか?」
「……ちょっと見てくる」
よし……。
「炎滅玉……」
すかさず通路から炎が派手に見えるように発生させて、霧を濃くした。
「ッ! おい! 燃えてるぞ! 戻ってこい!」
「なんだと! なんでスプリンクラーが起動しない!」
おっとスプリンクラーとかあんのかよ……。
てか起動しないって炎滅玉の火ってどれだけ火力がないんだよ……。相変わらず見せかけの炎ですこと。壁すら焦げねぇ……。
いやもしかしたら、この世界のスプリンクラーは魔力に反応してんのかもしれんけどね……。そう思っとこう。
「うわ、煙が!」
「いや、煙じゃなくて霧だ! なんだこれ!」
見せかけの炎に釣られてやってきたところを、霧で視界を潰して横を通り抜けてコソコソ走る。
はい、しばらくワタワタしといてね。
出火場所のない火事現場を探してろ。
「はい到着……」
コチコチコチコチ……チーン!
扉にスキマを作って侵入……。通路を通って反対の扉もスキマでチーン! メイド部屋から牢屋にチーン!
扉多すぎんだよ! 牢屋だからって厳重にし過ぎなんだわ! 私じゃなかったら侵入できなかったぞ!
「うぃ〜ッス……お待たせ幼女ちゃん。早く脱出しようぜ」
幼女ちゃんは部屋で紅茶を飲みながら、テーブルに座ってた。優雅だなコイツ!
幼女ちゃんは私をみると無表情で椅子を降りた。
「……わかった」
そして、カップをメイドさんに渡す……。
「……あ、お邪魔してますぅ〜」
ボスメイドじゃないよ。幼女ちゃん付きのツリ目メイドさんだ。やっべ……そういやいるよな。
牢屋に侵入してきた私に、ツリ目メイドは驚く様子もなく澄まし顔だ。
「はいようこそ、長髪様も紅茶を飲まれますか?」
「い、いや。ちょっと忙しいので結構ですかねぇ……」
「そうですか。自信があったので残念です」
「…………」
えっと、このツリ目さん。どういうつもりかね?
侵入者の私に焦るでもなく、捕まえようとするワケでもない……。
幼女ちゃんから受け取った空のカップを台車に置いている。
「えと、私ら逃げようとしてますけど?」
思わず聞いちゃったよ……なんでお前そんなに余裕やねん。もしかして油断させて後ろから襲い掛かろうとかしてねぇだろうな?
「そのようですね」
「……止めないんスか?」
「それ、メイドの仕事ですか?」
「……」
……違うね。
けど、もっと何かあるでしょうよ。
私が警戒して見ていると、ツリ目メイドはカップに紅茶を淹れてテーブルに座るとグテェ……と突っ伏した。
「あ〜久々の仕事疲れたわ〜。あ、まだ居たの?」
「急に砕けたなおい……客の前ですよ」
この姉ちゃん、元の性格はこんな感じなのかねぇ……。私達を油断させる芝居だったりする?
「その客が帰るのならメイドの仕事は終わりよ」
「客が帰るまではお仕事なのでは?」
「逃げるんでしょ? ならもうお客様じゃないわ」
「確かに!」
無銭飲食する奴に敬意を払う店員はいねぇか!
「でもこう……引き止めるとかないもんスかね? 私らからしたら逆に警戒しちゃうというか……」
「面倒臭い子ね……あの子みたいだわ」
ツリ目を少し眠そうにして紅茶を飲むと、メイドさんは横目で見てきた。
「メイドさんは、ボスメイドに怒られると思わないんですかね?」
「だから捕まえるのはメイドの役目じゃないでしょ? あなた達を捕まえたいのはあの子の問題よ……」
あの子……ねぇ。ボスメイドのことだよな?
「メイドさんてボスメイドとどんな関係?」
「知らないの? メイドの先輩後輩よ」
ん〜……どっちだコレは……。
嘘ついてんのか? それとも本当のこと言ってるとか……ボスメイドがボスだと知らない?
……いや、違う。このツリ目は『あの子の問題』と言っている。
「じゃあお姉さんは実はお偉いさんだったり?」
「早く逃げたいんじゃないの? 仕事が終わったから私もゆっくりしたいんだけど……」
ツリ目は面倒くさそうに、ため息をはく。
お疲れのところ悪いね。単純にアンタの考えが分かんなくて警戒してんだよ。
すぐさま逃げるのが正しいのは分かってんだけどね。少し情報も欲しい。
「早く逃げたほうが身の為だと思うけどねぇ……なら、ほんの少しだけあの子の手助けだと思って答えるわ」
メイドは肩を上げて顔を向けてきた。
「私が元お偉いさんとかいう質問はイエス」
「……やっぱり?」
「ええ、元メイド長をしていたわ」
「……そ、それはお偉いさんですね」
す、すんません。もうちょっと別のお偉いさんを想像してました! いやメイド長もお偉いさんですよ!
でもそういう事じゃねぇんだわ。
「ふふ、冗談よ。私はただのメイド……」
「先輩後輩ってのは?」
「それは本当。この場合……あの子がおかしいのよ」
「……というと」
「あの子、元々ただのメイドだもの……私はあの子がメイドだったころの上司なの。今回、アナタ達を護送するのにあの子に雇われたのよ」
元々メイドがなんで、造船所のお偉いさんになってんのよ。私の微妙な表情に、ツリ目メイドは薄く笑う。
「なんでメイドだったあの子がキャプテンやってんのって顔してるわね。言っておくけど、深い理由なんてないわよ。単純にメイドから『成り上がった』のよ……」
「……」
「野心や出世欲の強い子だったけどね。あの子はライバルを蹴落とし、持ち前の警戒心で自分を排除しようとした者を騙し……果てには造船所という勢力の『空創』という立場まで登り詰めたわ……ただの凡人のメイドがね……」
…………ヤバい。
話を聞いてる場合じゃなかったかもしれない。
ボスメイドは私達に対して『特攻』だ。
凡人でありながら造船所のお偉いさんまで成り上がったボスメイドは『弱者』の戦い方を心得ている。
……私達小悪魔を必要以上に警戒することができる。
「今のあの子はもう弱者じゃないわ……」
弱者から強者へと力を付けた存在が、私たちという弱者に警戒を向ける。子供の私達に一般メイドのフリをしてまで油断させる強者とか過剰警戒だ。
私達の最大の武器である『油断させる』ことが通じない。まっすぐ強敵として目を離さない。
「あの子を虐げていた上司は、今や顔色を伺って震えているわ。あの子が一言声を掛ければ、数多の部下がメガロ級戦艦を引っ提げて動く……」
私と幼女ちゃんは、続きを聞かずに部屋から飛び出した。
「元……弱者のメイドにね……」
――――――――――――――――――――――――
「く……はっ…………チィッ」
元弱者のボスメイドは、床に這いつくばって匍匐前進をしていた。
「小悪魔めッ!」
鬼のような形相で通路を進む。
体が言う事を聞かない……。急に身体能力の落ちたボスメイドは、感覚の違いに歩行すら困難になっていた。
一時的なものだが、脱走を許している状況では致命的なバグだ。
油断していたワケではない……。
だが、あんな物は警戒して避けれるものではない。
メイドのフリをして油断させ、弱点を探るつもりだった。どうやらそれは向こうも同じだったようだが……。
大人しかったはずの長髪は、まるで世界の支配者かのようなふざけた幻覚を見せてきた。
改めて震えるほどの『化け物』だ。
だが、あくまで幻覚……体に影響を及ぼすほどの強力な幻覚だが、あれが無制限に使える異能のはずがない。
おそらく遺物を使っての、待ち伏せをした異能だ。
「次に出会った時がキサマの最後だ!」
殺すという意味ではない。
タイムアップという意味でだ。造船所に着くのは二日後……そこで引渡しをすれば自分の勝ちだ。
そのあとなら逃げ出すなりなんなりすればいい……だが、この飛行船……ガヘラーバブルからは逃がさない。
「……ッ」
ようやく廊下の扉を開く……。
「キャプテン! いったいどうしました!」
外にいたボディーガードが、床に這いつくばる自分に目を丸くする。
「お前らこそ何をしている! なんだこの煙は!」
腹這いの情けない姿で叱咤をすれば、ボディーガードは背筋を伸ばしながら答えた。
「はっ! 急に煙が吹き出して……どうやら煙ではなく霧のようです!」
「チッ!」
どうやら長髪が逃げるための目眩しをしていたらしい。
ボディーガードの手助けで、なんとか立ち上がる。
「小悪魔が逃げた! すぐに追うぞ! 【突風紋】! …………あ」
そして思わず霧を晴らそうと指を動かした……。
「「………………………………」」
意味の分からない呪文にボディーガードが無言になる……。静寂が霧の中に広がった。
「………………いいから私を担いで走れ! 体の自由が効かない!」
「「……は、はっ!」」
顔を赤くしたボスメイドが、脱走した小悪魔を捕獲しようとボディーガードに担がれて動き出す……。
呪いのような後遺症に悩まされながら。
――――――――――――――――――――――――
ボディーガードとボスメイドが立ち去った後……霧の立ち込める廊下でわずかに光が灯る……。
空中に薄く光るソレは軌跡を残しながら、その場で文字を書くように印を作り……小さく弾ける。
夢が…………現実を侵食する。
密閉されたはずの飛行船内で、どこからともなく微弱な風が吹く……。細やかなその風はゆっくりと霧を晴らした……。
【突風紋】
それは、ふざけたゲームをRTAしたボスメイドへの祝福なのかもしれない……。




