ボスメイドの驚異的な適応能力
ボスメイドはヌイグルミの言葉にニコニコの顔から、わずかに目を細めた。
「なるほどぉ……それはなんですか?」
『…………』
ヌイグルミは答えない……。
「ゲームのことに関しては答えてくれると私は伺いましたよぉ?」
『…………はぁ』
ため息をはいたヌイグルミは、首をコキコキならすとニィイイっと笑った。
『メイドさん……あんたドジっ子メイドの仮面被ってる方が怖いわ』
「酷いですねぇ……長髪様はぁ」
『ふふ、いくらゲームに関することでも『抜け道』を答えるのは違いますね。教える義務はないッスよ。裏技を教えたらゲームにならないでしょ? 代わりに私はこのゲームで嘘はつきません』
「フェアであることを条件に私に幻覚を見せているということですよねぇ? 本当は……教えないんじゃなくて、『教えられない』のではないですかぁ」
『……適応早いね……まったく。でも出来るだけ答えましょう。どーやらメイドさんは気づいているようですからね』
ヌイグルミはワザと明るく振る舞うようにクルクルと回ると、ビシッと指のないヌイグルミの腕を向けてきた。
『メイドさん、アンタの考えてるとーりッス! このゲーム……『ドリームクエスト』は私が急いで作ったせいで『バグ』がある可能性が高い!』
ボスメイドは笑みを強める。
『本来なら別ゲームを混ぜてイベントの整合性を高めるリソースを割くべきだった』
「でも時間が足りなかったんですねぇ」
『そうッス。マニュアルで私がドリームクエストを作ったせいで、意図しない抜け道がある可能性が高いんですね。もちろん私はバグを起こすつもりで作ってはいませんけど』
「つまり……」
『そう……つまり、『製作者の想定外』……それがこの世界の抜け道だよ……』
「長髪様の意図していない仕様を私が発見することが出来れば、抜け道になりえる」
『簡単なことではないと思うッスけどね』
「いえいえ、既に当たりはついています」
『…………えマジで?』
ビクリと震えるヌイグルミに、ボスメイドは指を二本立てる。
「二つ質問がありますぅ……長髪様ぁ?」
『…………答えられる質問なら答えましょう』
「まずひとつ……このゲームをクリア出来ずにタイムアップしてしまった場合。現実ではどれ程の時間が経っていますか?」
『そうですね……約十五分です。意外に短いでしょ? 三日でクリアしたら五分といったところですね。クリア時間が短いほど、現実に戻る時間は早くなります』
「ふふ……それでは二つめ。私がこのゲームのバグを発見した場合。気づいた時点で修正をしますか?」
『………………いいえ。それはフェアじゃない。ただし進行不能の致命的なバグだったら修正します』
ボスメイドは『なるほどぉ……』と甘く毒のあるような声で笑うと歩き出した。
その後ろをヌイグルミはフヨフヨとついてくる。
『ち、ちなみにメイドさんの見つけたバグってなんですかね? 製作者としては気になるんですが……』
「確定ではありませんよぉ。長髪様の発言から予想した物ですぅ」
たどり着いたのは、さきほどボスメイドの心を折った霧のトカゲがいる洞窟。
『中ボスの霧トカゲ君。彼がバグですか?』
「いいえ、ですがこの霧のトカゲは攻略法に予想がついていますよぉ。冷静になれば簡単でした」
ボスメイドは壁に張り付く霧のトカゲに向かって指を動かす。そしてこのゲーム独自の能力を行使した。
「【突風紋】」
風が起こり、トカゲの纏っていた霧を払う。
「【鑑定紋】……ふふ、通りましたねぇ」
トカゲは霧を纏っている状態では鑑定が通らなかった。そして霧を払えば鑑定は通る。
この敵はギミック戦だったのだ。
プレイヤーは霧をどうにかすることを考える必要があったのだろう。
霧トカゲの弱点は『炎』。
霧が晴れたことでトカゲが襲ってくる。
「【加速紋】」
ボスメイドの動きが高速化して、トカゲにナイフを突きつける。
だいぶこの世界にも慣れてきた。咄嗟に【加速紋】を発動する余裕もある。
「【炎熱紋】」
ギミックさえ解いてしまえば、霧トカゲはそれ程強敵ではなかった。
霧トカゲは消え去り、レベルアップのファンファーレが鳴り響く。
ギミックありのボス戦だけあって経験値がバカ高い……。
ボスメイドは手を握りしめて壁を叩く。
「不思議な感覚ですよ。確かに強くなってますぅ。超人になった気分ですよ」
レベルアップをしたことで、この世界で間違いなく強くなっている。これがこの世界の法則なのだろう。
ボスメイドは、そんなふざけた法則に柔軟な思考で適応する。
『パチパチ……お見事です』
そんなボスメイドの後方で、ヌイグルミが祝福するように手を叩いていた。
『霧トカゲ君のギミックを風で吹き飛ばすとは恐れ入ったッスわ。まぁ想定外ですけど、クリア出来たんなら仕様ッスね。驚いたけどバグとまでは言えないッスよ。次の中ボスも頑張ってね』
中ボスを倒したドロップアイテムである紋章の付いた石を拾ったボスメイドは首を捻る。
「あれぇ……突風紋で霧を吹き飛ばすのは想定外だったんですかぁ? 長髪様」
『え? それがバグと言っていたワケじゃないんすか?』
洞窟を引き返しながら、ボスメイドはドロップアイテムの石をヌイグルミに向ける。
「これが魔王への扉を開ける鍵ですよね?」
『そうッスよ。あと三匹がんばってね。ちなみに他の中ボスもギミック満載だから楽しみにしててくださいね!』
その言葉にボスメイドはピタリと足を止める。
そして……素早くヌイグルミを掴み上げると、邪悪に笑った……。
「他の中ボスは必要ない……」
ドジっ子メイドの仮面を脱ぎ捨て、獲物を狙うような鋭い目を向ける。
『…………どーいうことッスかね?』
「小悪魔……お前は言ったな? この世界の魔物はお前配置した魔物と、元からいる魔物の二種類いる」
『そうッスね……』
「そしてお前が配置した魔物は……『何度でも蘇る』」
『ま、まさか……』
【私の設置したモンスターは何度でも蘇りますよ。戦闘訓練に活用してね】
小悪魔ヌイグルミが自分で言ったことだ。
ボスメイドはヌイグルミを投げ捨て洞窟を引き返すと、そこには復活した霧トカゲが壁に張り付いていた……。
一度ギミックの暴かれた中ボスなど、ただの美味しい経験値でしかない……しかも何度でも蘇る。
そして再び鳴り響くレベルアップのファンファーレ……。
ボスメイドは霧トカゲの落としたドロップアイテムである紋章を拾うと、ヌイグルミに振り返った。
「……これが……この世界の『バグ』だ」
『やっべ……』
「扉に嵌め込む四つの紋章……全部形が同じだったわね? 全部コレでいいんじゃないのか?」
『……………………』
ヌイグルミは、ヌイグルミのクセに大きく息を吸い込んで叫んだ……。
――――――――――――――――――――――――
「フラグ管理ミスったぁああ!!」
どーも私です!
やべぇ! ボスメイドのことナメてた!
想定外だよ。私が配置したモンスターは復活する属性をつけてたんだけど、中ボスにも適用されてんじゃん。
しかも鍵である紋章も互換性あるぞコレ!
私はスキマからニュルンと飛び出して、メイドの休憩室に降り立つ。
クソッ! ボスメイドのヤロー、霧トカゲの周回を始めやがった! どんどんレベルアップしてやがる。
廊下に繋がる扉にスキマを生成する。
コチコチコチコチ……コチコチコチコチ……チーン!
ニュルン。
あいつ、たぶんクリアして出てくるぞ!
下手したら三分くらいで出てくるかもしれん……。
だぁああ! ミスった!
でも一応言い訳させておくれ!
「私はゲーム作りは素人なんだよ!」
初心者が足りない時間で作ったんだよ? 少しくらいバグがあっても仕方ないだろ!?
本来だったら、そのへん別のゲームを混ぜ込めばある程度ナアナアで出来たはずなんだよ。
でもリソースと時間が足りなかったんだよ!
私は廊下の先の扉にスキマを作って、手だけ出す。
そして妖球をばら撒いた。
「【水滅玉】!」
「うわ! なんだ!? 急に霧が!」
外にいるボディーガードに目眩しをして飛び出す。
そして幼女ちゃんの待つ牢屋へとダッシュした……。
ボスメイドの復活が近い……。
――――――――――――――――――――――――
ボスメイドが跳躍すると、目にも止まらぬスピードでモンスターの背後へと現れる。
そしてナイフを振れば……前方にいた五匹のモンスターが一撃で消え去る。
「ふふ、凡人の私がこんな動きが出来るなんてね……」
霧トカゲの周回により、ボスメイドは完全に人間をやめた動きをするようになっていた……。
レベルアップによる身体能力の上昇である。
この夢とも現実ともいえない空間の中では、ルールの押し付けもそうだが、こうやって対象に干渉することができる。
それがただの領域畑との違いだ。
そして、レベルアップをしまくったボスメイドのパラメーターは、このゲームのラスボスである魔王を軽く捻るくらいの強さになってしまっている。
『ねねね! メイドさ〜ん! 少し休憩しない? もうラストダンジョンだからさぁ!』
「必要ない」
思わぬRTAじみた攻略をしたボスメイドに、小悪魔ヌイグルミは非常に焦っていた。
そして、クリアに三日掛かると言われたこのゲームのラスボスに、わずか一泊二日で到着する。
『ふははは! よくぞたどり着いたな勇者! 我が魔王だ!』
ラスボスは……十メートルくらいの巨大なハムスターだった。そしてなんかボールに入っている。
『さぁ掛かってくるがいい!!』
「それお前が言うんだ……」
『り、リソースの節約で……』
魔王のセリフはヌイグルミが担当していた……。
ラスボス戦が始まり、魔王ハムスターは小さなハムスターボールに入った子分を召喚する。
「……ボールの色が違う? 【鑑定紋】。なるほど、色によって弱点属性が違うのね。そして、子分を倒すと魔王のバリアが剥がれる」
『頑張れ魔王ー! たぶん勝てないけど少しでも時間を稼ぐんだー!』
「【加速紋】」
スピードを上げる紋章術で迫る子分ハムスターを避ける。ボスメイドは完全にこの世界の法則に適応していた。
「【突風紋】」
ギミックである毒の噴射も、とっさに風で吹き飛ばすくらいの慣れようだ。
正直、ボスメイドはゲームのセンスがある。
いや、自身が弱いからこその適応力と精神力がある。
そして、このドリームクエストを長髪幼女の予想を遥かに超えたスピードでクリアしてしまった……。
『ば、バカな! 待て! 分かった! この島をお前に半分やろう! だから少しだけ待ってくんない!?』
消えゆく魔王ハムスターの前で、下から生えてくるエンドロールを押し込みながらヌイグルミは叫ぶ。
そんなヌイグルミに、ボスメイドはニッコリと笑うと……。
「黙れ……早く幻覚を解け……」
ヌイグルミを片手でグシャリと握りつぶした……。
その手から、まるでシーツを剥がしたように世界がめくれて、気づいたらボスメイドは元の豪華な牢屋に立っていた。
「……ようやく解けたか」
ボスメイドはポケットから懐中時計を取り出して確認する。
「三分くらい幻覚に囚われていたようね」
どうやら長髪小悪魔の言っていたことは嘘ではなかったらしい。
その本人は牢屋の中に既にいない。しかし、三分ならそう遠くまで逃げてはいないだろう……。
――――――――――――――――――――――――
「ぎゃーー!! 本当にクリアしやがったー!」
私は廊下をジェットブーツで滑走しながら絶叫する。
まじかよメイドさーん! あんたゲームのセンスあるよ! まさか二日も掛からずにクリアするなんて予想外だったわ!
お見事としか言いようがないね!
「くそ! 完全に予想外だったわ!」
…………
………………ゲームに関してはね……。
「んふ、んふふふ……」
いや、本当にね。凄いよアンタ……。
私の予想外のクリアだった……。
こんなに早くクリアされるなんて思ってなかったよ。
もちろん私はゲームについて一言も嘘は言っていない。早くクリアすれば、早く出てこられる。
わずか三分しかたってないだろ?
でもね……
「…………その上で……アンタはそのゲームをクリアするべきじゃなかった」
大人しくタイムアップを狙うべきだったんだ……。
――――――――――――――――――――――――
ボスメイドは入り口を鋭く睨む……。
「……待っていろ……すぐに捕まえてやる」
そして指を動かした……。
「【加速紋】! あがッ!」
ビターン!!
っと盛大にぶっ倒れるボスメイド……。
「…………」
急いで追いかけようとした結果……クセになった紋章術を使おうとしてしまったのだ……。
だが、ここはドリームクエストの世界ではない……。
「……」
ボスメイドは顔を赤くして立ち上がる……。
わりとヤベぇくらい恥ずかしいクセが付いてしまった。
そして立ち上がったボスメイドは、クニャリと足が曲がる。
「……なッ! 何が!」
ヨタヨタと酔っ払いのようにふらつくボスメイドは訳がわからないとばかりに驚愕の顔を見せる。
そしてドサリと倒れてしまう。
「……毒? いや、違う……体が重い……制御できない」
長髪小悪魔の『本当の罠』に思い至ったボスメイドは、ギリリと奥歯を噛み締めた……。
「……まさか」
それでもヨタヨタと立ちあがろうとして、また倒れる。
現実としか思えないようなドリームクエストを数十時間体験したボスメイドは……。
ゲームに必死で適応して、超人的な身体能力に慣れた凡人の体を持つ彼女は…………。
「……は、早く追わなければ!」
体の身体能力が急に変化したゆえの『バグ』を起こしていた……。
今度は現実に適応しないといけないのだ。




