勇者と悪魔
『そんじゃあ勇者様! 地図を見て下さい』
「チッ……」
ボスメイドは、もはや隠しもしなくなった鋭い目でヌイグルミを睨みつける。
そんな視線を気にした風もなく、ヌイグルミは拡大された地図に教鞭をビシッと突きつけた。
「この地図に三つのスタンプが記載されておりますね?」
確かに拡大された地図には、幾つか印がある……。
『ゲームは簡単……この三つの場所へ赴き中ボスを倒して紋章を獲得します。そして紋章を三つ得ることで魔王への扉が開かれるというゲームですね。実にRPG!』
地図の上部に描かれてある火山のような場所に、悪魔のようなマークが追加された。ここにいる魔王とやらを倒せば、この幻覚から醒めるのだろう。
確かに地図に照らし合わせてジャングルの奥に火山が見える。
しかし……
「おい、紋章が四つあるぞ……」
『……はぇえ“?』
ボスメイドの呟きに、長髪ヌイグルミは間抜けな声をあげて地図の前に回り込む。そして全身で疑問を表すように腰で首を捻った。
『四つ……ありますね』
「どういうことかしらね? ルールと違うようだけど」
ヌイグルミは短い腕を組んでフヨフヨと上下に揺れた後、ポンと手を打った。
『なるほど、私の想定よりメイドさんの『抵抗力』が弱かったんスね! 時間もなかったからここらへん甘くなってんなぁ。だから難易度の調整が入ったんだ。……あれ、メイドさんってもしかしてあんまり抵抗力がない?』
「……チッ、貴様が私を空帝候補のブリガンドと同じだと思ってるなら的外れだ。私の肉体は凡人に過ぎない。そもそも抵抗力とはなんだ?」
弱点を晒すようで不愉快だが、それよりもこの空間の情報が大事だ。
ボスメイドの質問にやはりヌイグルミは上を向いて考える。
『なんでしょうね? 単純な強さとか? ……すんません、私にもイマイチ何基準で抵抗力が決まってるのか分からないんスよね。なにぶん不慣れなもんで……』
「…………まぁいいわ。紋章を四つ集めて魔王を倒せば幻覚から醒めるのね」
『いえ〜す。それは間違いありません!』
ボスメイドはジャングルに向き直り歩き始める。
これはどれだけ早くゲームをクリアできるかが問題だ。
本来ならこんな、ふざけた現象に付き合う気はない。
だが、それしか道がないのならやるしかないだろう。
後ろからフヨフヨ付いてくる悪魔ヌイグルミにはイライラさせられるが、これは貴重な情報源だ。
ゲームに付き合う以上、ヌイグルミの言葉に嘘がないと信じなければ話にならない。
腹は立つが、少しは信用はできると思う。
なぜなら世界に丸ごと引き込むような、あり得ないほどの幻覚を作り出せるほどの存在だ。
それができるのに、わざわざルールを押し付ける意味が分からない。……こちらを馬鹿にするのが目的でないなら……だが。
「……まずは近くの紋章からね」
『おっとその前に雑魚戦ですよ』
「ッ!」
不意に近くに現れたイノシシのような動物。
そう、なぜかイキナリ現れたのでボスメイドは驚いて距離をとる。
見たこともない魔物だが、感じる圧はほとんどない。
体格も小ぶりのイノシシといったところだ。
「……ふッ」
ボスメイドは足に付けたナイフを投擲する。ナイフは真っ直ぐにイノシシへと吸い込まれる。
ボスメイドは肉体的には化け物達と比べ物にならないほどの凡人だ……。しかし、それは化け物達と比較した場合であり、ボスメイド自体は一般的に戦えるくらいはある。
しかし……
「ッ! 効いてない!」
『あ〜……』
ナイフはまるでゴム毬のようにイノシシに弾かれた。
『この世界では普通の攻撃は意味がありません。そういうルールです』
なんだそれは! だったらどうやって中ボスとやらを倒すのだ!
間一髪でイノシシの突進を掠りながらも回避する。
振り返って再度ナイフを投擲しようとするが、ボスメイドの前にフヨフヨとヌイグルミが飛んできて、腕をバッテンにする。
『ぶぶー! 視界の右上をご覧ください!』
言われて思わず視線をやると、なにかゲージのようなものが減っていくのが分かった。
そしてそのゲージがなくなった瞬間、視界が暗転する。
『えー、敵の攻撃によりHPがなくなりました』
そして次の瞬間、元の砂浜へ立っていた。
『おー、勇者様、死んでしまうとは残念でしたね。もう諦めます? ……むぎゅ!』
目の前のヌイグルミを掴んで引き寄せると、鷹のような鋭い目で睨みつけた。
「……おい、どういうことかしら?」
『いや、どーってヒットポイントが無くなって死んじゃったんですよ』
「カスっただけでか?」
『そういう世界なんで……ちょっとあのモンスターと戦うのは早かったみたいですね』
ボスメイドは思った……。
これ、とんでもないクソゲーかもしれない……。
――――――――――――――――――――――――
「【加速紋】」
ボスメイドが指で空中に紋章を描くと体が加速する。
イノシシの後ろへと回り込んだボスメイドは、ナイフを振り上げて尻に突き立てると唱える。
「【炎熱紋】」
ゴウとイノシシは燃え上がり、レベルアップのファンファーレが鳴り響く。
「ふぅ、このイノシシ……いつもここにいるわね」
『あ〜はい、このイノシシは私の配置したモンスターッスからね。あと私の設置したモンスターは何度でも蘇りますよ。戦闘訓練に活用してね』
「おい小悪魔……ショップだ」
『妖精さんって呼んでよ。はいはい、ようこそ武器屋へ。勇者様のレベルで装備できるのはこの辺だよ』
「……ナイフの上位版と突風の紋章術」
『まいどー!』
チャリンチャリーンと音を立てて、視界端のコインマークが減っていく。
どうやらこの世界の魔物は、ヌイグルミから購入した武器でしかダメージを与えられないらしい。
先に説明しろといったら『チュートリアルッスから』と言われた。……潰したい。
そしてそれ以外にこの世界では『紋章術』と呼ばれる魔術に似た現象もある。指で空中に描くのは面倒だが、属性攻撃には便利だ。
そして魔物は鑑定の紋章術で弱点が分かる。
これを駆使して進んでいくのだろう。
これに慣れるまで時間が掛かったが、この世界の理屈は分かった気がする。
ボスメイドはこの世界に適応し始めていた……。
「……ここか」
崖の下に重々しい両開きの扉が設置してある。
そしてその扉には、四つの凹みがあった。
「これに紋章を嵌め込むと開くのか……」
『そうッスよ。頑張って集めてね』
ボスメイドは中ボスを倒して紋章を集める前に、先に魔王の場所へと下見に来ていた。
情報は大事だからだ。
ボスメイドは扉の凹みを手でなぞって扉を押してみる。
「やはり、紋章を集めないと開かないか……」
『そりゃそーッスよ。そういうゲームなんですから』
まぁいい、開かないことが分かっただけだ。
戦い方も分かった。
それならばゲームに従って中ボスから紋章を得るまでだ。
ボスメイドは地図を確認してジャングルを進む……
そして……
「こんな……こんなの無理よ……」
砂浜で頭を抱えて心が折れていた……。
――――――――――――――――――――――――
『あ〜残念でしたね』
「……」
紋章を得るために倒さなくてはいけない4匹の中ボス……その1匹目で躓いた……。
というより、戦いにすらならなかった。
中ボスは霧の巨大トカゲで、攻撃が通じない。
鑑定の紋章術も通らない。
何度も挑戦したが、倒すビジョンが見えない……。
ボスメイドは分かってしまった。
『どうしますぅ〜? 諦めますか? メイドさぁ〜ん』
「…………このゲームは……クリアできない……」
自分は……クリアできないゲームをやらされているのだと……。
砂浜で打ちひしがれるボスメイドの周りを、悪魔のヌイグルミが煽るように飛び回る。
……言い返す気力もない。
『そうかそうかぁ〜……それは残念ですねぇ……』
コイツは悪魔だ……。
小悪魔という勢力としてではない。
人の心を蝕む悪魔だ。
『でも安心して下さい……』
ヌイグルミがニィイイっと笑った。
『ーーそれでいいんですよぉ……ーー』
「……ヒッ!」
地鳴りが起き、空から長髪幼女の顔が雲を突き破って現れる……。
『ーーただの時間稼ぎなんですからぁーー』
ガタガタと震えるボスメイドに、空いっぱいの長髪幼女は慈愛のような声色で語りかけてくる。
『ーーほんの少し、夢から醒めるのが遅れるだけです。逆にクリアしてもあんまり変わらないんですよぉ。ね……あきらめましょ?ーー』
ほら……メヲトジテ……
ボスメイドの座る足元から……黒い霧が立ち込め体を覆う。やがてそれは視界をも塞いで、ボスメイドを暗闇へと誘った。
ボスメイドは眠るように目を閉じる……。
……
…………
………………
「……そうか、クリアできないとは言わないんだな」
『ーー……なに?ーー』
ボスメイドはダンッと砂浜に片足を振り下ろすと指で紋章を結ぶ。
「【突風紋】」
自身を覆っていた黒い霧は晴れ、空の巨大幼女は姿を消していた。
そして浮いているヌイグルミに、ニヤリと笑った。
「小悪魔……お前、私の質問にクリア出来ないとは答えなかったな。つまり、ゲームはクリアできるようになっている」
『馬鹿な!? 完全に心は折ったはずだ!』
「待っていろ。すぐにクリアしてキサマを追ってやる」
『やっべ、負けそうなセリフ吐いちゃったよ……』
ボスメイドはキーキー囀るヌイグルミを無視して、砂浜の岩に腰掛ける。
そして手を合わせ、目をつぶって思考に潜る。
油断していたワケではない。
ただ、長髪は白髪の解の巫女と比べて、斜め上の化け物だった……。
恐ろしいには恐ろしいが、何よりも意味が分からない。起こってしまえば解の巫女より、よほど常識を超えたナニかだ……。
ならば適応しろ……長髪幼女は言った。
ここには『ルール』があり、フェアじゃないといけないと……。
常識を捨て、この世界に適応しろ。
ボスメイドは肉体的には凡人だ。一般人に毛の生えたような身体能力しかない。
しかし、彼女には突出した才能があった。
それは自身を弱者と認めるからこその才能……。
強者になればなるほど、その才能は比例して陰りやすくなる。
人智を超えた化け物にはもたぬ才能……それは……
『情報』の持つ力の大事さを忘れない才能……
相手を『観察』し、考える才能……
そして、それを狡猾に活かす才能……
力ある者がどうしても忘れてしまう才能だ。
力があるから、力でどうとでもなってしまう……。
人智を超えた力を持つからこそ、小細工など力で潰してしまえる……。
ボスメイド……ヴィジーは持たないからこそ情報の大切さを忘れない。
そんな力のない彼女は、空創という立場の力を手に入れるほどの成果を上げた。
力という才能だけで成り上がった者には到達できない警戒心が彼女にはあった……。
ボスメイドは合わせていた手を離すと、スッ……と目を開く。そしてヌイグルミに視線をやると、ニッコリと笑うと甘い声で囁いた。
「長髪様ぁ? 質問ですぅ」
『…………………………ゲームとこの世界のことでしたら答えますよ』
ヌイグルミは少しの間黙った後、フヨフヨ浮きながら答えを返す。
「そうですかぁ。では……」
間の抜けたドジっ子メイドの不気味な雰囲気に……長髪のヌイグルミは、ヌイグルミなのに汗が見えた。
「この世界に『抜け道』は存在しますかぁ?」
悪魔のヌイグルミは言っていた『時間がなかった』『不慣れ』だと……。
ヌイグルミの表情は分からない。
だが、短く答えた……。
『…………………………はぁい』




