ドリームクエスト
「……ゲーム……だと?」
空を見上げるボスメイドは、汗を流しながら埒外の存在へと姿を変え、ついに本性を現した長髪幼女を睨みつける。
そんなボスメイドの顔を顕微鏡でも眺めるように覗き込む長髪幼女は、地響きでもしそうな規模で目を細める……。
『ーーそうさ、ゲームだよ。ジャンルはそうだね…………『RPG』とかどうだい?ーー』
「誰が……誰が貴様の遊びに付き合うのよ……化け物め」
ゴクリと唾を飲み込み震える拳を握りしめる……。
その手の感触が、これは『現実』だと訴えてくる。
そんな筈はない……そんな筈ないのだ。
長髪幼女も自分でこれは幻覚だと自白している……。
だが、それ以外が全てを否定してくる。
『ーーにひひ、私はそれでも構わないッスよ? 参加するかどうかはメイドさんの勝手さ。でもそうだね……少しフェアじゃない。マップも広すぎるね……削ろうか……ーー』
削る? 意味は分からないが嫌な予感がした……。
「……何か……降ってくる?」
空から肌色の壁がゆっくりと、世界を分断するように降りてくる。
それだけで底知れない恐怖を覚えるが、あろうことかその壁は海と陸地を巻き込んで、はるか遠くに突き立った。
「……ッ!」
瞬間、地面が激しく揺れる。
衝撃に備えてボスメイドは体を丸めると、程なくして暴風が砂浜を襲う。
「いったい何を……」
肌色の壁が、ズズズズズズ……と大地を破壊して移動する。そして、再び肌色の壁は空へと帰っていった。
『ーー……こんな物かな?ーー』
満足気に天から呟く長髪幼女を恐る恐る見上げて、ボスメイドは呼吸を止めた……。
まさか……
まさか……そんな事のためにこれだけの現象を引き起こしたのか?
『ーーこれで遊びやすくなった……ーー』
この長髪幼女は……ゲームとやらの為に……
『島を潰した』のだ……。
アリの巣穴を弄るように、指で物理的に大地を作り変えた……。
幻覚だ……これは幻覚なのだ……
それでも……
彼女は……遊びで大地を作り変える幼女に恐怖を抱いた……。
『ーーさぁあてぇ……このままじゃ説明し辛いかな?ーー』
ニィイイ……と笑う長髪幼女に、ボスメイドは何をされるのかと目をつぶる……。
『それでは説明をしま〜ッス!』
妙に甲高い声が近くで聞こえた。
「……え?」
『まずはルールの方、よろしいですかね?』
顔の近くで、二頭身の小さなヌイグルミみたいなのが喋っていた……。
そして空を見上げれば、空を支配していた長髪幼女の顔は無くなっており、爽やかな青空が広がっている。
そしてまたヌイグルミに視線をやって首を捻ると、ヌイグルミも同じように首を捻る。
コウモリの羽が生えたヌイグルミ……おそらく長髪幼女を模した手のひらサイズのヌイグルミが自分を見ている。
『よろしおすか?』
「…………なんのだ?」
『いや、だからルールの説明ですよ』
「………………」
どうやら長髪幼女は、よほどボスメイドにゲームに参加させたいらしい……。
巨大幼女の威圧感がなくなったことで、ボスメイドは落ち着きを取り戻したのか砂浜に座り込む。
「誰がゲームに付き合うなんて言った……」
しょせん幻覚だ……どんなふざけた現象を起こそうが命令にしたがうつもりはない。
疲れたように座り込むボスメイドに、ヌイグルミは揺れる。どうやらわらっている……らしい。
『あはは、さっきも言った通り別に付き合わなくてもいいんスよ。私はただの解説係なんでぇ……』
「……解説係?」
『そそそ、解説係! 妖精さんみたいでカワイイっしょ!』
悪魔の間違いでは?
『メイドさんはねぇ。ゲームに付き合わなくても良い……。それでもこの場所からは、時間切れで脱出できるよ』
胡散臭い……それに本当のことを言っているとも限らない。
『でもここで耳寄りなお知らせ! ゲームをクリアすれば、すぐさま脱出できるんですよメイドさん!』
「……」
だから胡散臭い……。
「……信じられるか……それが本当なら、なぜそんな脱出手段を用意する」
長髪小悪魔は言った。
この幻覚は時間稼ぎだと……。
ならば、今頃現実では長髪幼女は牢屋から逃げ出している筈だ。
ならば何故……時間稼ぎに脱出手段を用意する?
だが、小悪魔ヌイグルミは怪し気に笑った。
『ルールを提示する事で高まる強制力ってのもあるもんさぁ……』
少しだけ声色を落としたヌイグルミの言葉は、妙に真剣に見えた。
『変な話だけどね。脱出の手段を伝える事で、脱出を防ぐ強制力を高めてるんだ。私がコレを言うのも必要だからだよ』
「……」
『ルールを作りメイドさんに伝えることで、メイドさんを引き止める強制力を作ってるんだよ。だから私は提示したルールを守らないといけないし、フェアじゃないといけない……』
意味は何となく分かる……この幻覚が呪いの一種だと仮定して、ルールという条件を伝えることで呪いの効果を高めているのだろう。
このふざけた現象が、普通の呪術の法則に当てはまるかは別として……。
『そしてルールと言っている以上、クリア出来ないとフェアじゃない……ま、アレだよ。何度も言うけど、別にゲームに付き合わなくてもいい……その方が私にとって有利だしね。けどフェアじゃないから言うよ』
「……」
『どーしようもねぇんだからゲームに付き合って早く出る可能性に掛けた方がよくない?』
確かに……この状況はお手上げなのだ……。
おそらく遺物の力を借りた幻覚なのだろうが、打つ手が無さすぎる。
それに誠実にルールを示すことが、この異能の条件だと言われれば少しだけ納得もできる。
ならば指を咥えて闇雲に行動するよりは、ゲームに参加する方がいいだろう……。
「質問を……」
ヌイグルミに向かって問いかける。少しでも情報が必要だ……。
『この空間とゲームに関することなら受け付けますよ』
「……ゲームの推定クリア時間は?」
これだ。
待てば脱出できると言うが、何時間も掛かると言われたら小悪魔は逃げ仰るだろう。
だとしたらこの幻覚に囚われた時点で詰みとも言える。
だが、そんなに長くはないだろうと考える。
数時間も掛かるなら、そもそもルールを作らなくても拘束できるだろう。
この化け物は言った……ルールを作るから拘束出来るのだと……。ならばアチラもギリギリのはずなのだ。
ならば詰むほどの時間は掛からないだろう。
『ん〜……メイドさんの抵抗力もあるけど、ゲームクリアまでは順調にいって『三日』かな?』
詰んだわ。
ふざけんなよ、三日とか普通に考えて馬鹿げてる。
『んっふっふ。でも安心していいッスよ。この世界の時間の流れは外とは違うからね。この世界で何時間も過ごそうが、向こうはそんなに時間が立ってないよ』
当たり前のように言ったヌイグルミの言葉にゾワリと鳥肌が立つ……。
時間の流れが違う?
……なんだそれは。どんな現象だ……。
時間の流れは一定だ!
そんな当たり前の現象を、さも当然のように言うヌイグルミに恐怖を覚える。
ボスメイドは頭を振って気持ちを切り替える。
幻覚なら時間が引き延ばされて感じることもあるかも知れない……。
えらく長い夢を見た時と一緒だ。
…………一緒か?
「続きを……」
『了解ッス! じゃ最初にマップを用意しますね』
ピコン……と……
「………………ッ!?」
視界の隅に地図のような模様のアイコンが現れる……。
『んじゃメイドさん! そのマップを開くように念じてみて!』
ふ ざ け る な!
他人の視界に直接干渉してくるなど気味が悪すぎる!
ゾワワと地図アイコンに拒否反応を起こしたボスメイドは、虫でも払うように手を振った。
『ん? あぁ、すんませんねぇ。視界の邪魔にはならんと思うんですけど。まぁ悪いもんじゃねぇんで……それは私に悪意がないからメイドさんの視界に干渉できるんですよ。この世界の法則だと思ってください』
「……ッ」
悪意がないから出来る。
それはどんな世界の法則だ?
他人の視界に干渉するのは悪意のある呪いと一緒だ。
スーハースーハーと深呼吸をして落ち着ける。
「それで、どうすればゲームのクリアだ?」
『良くぞ聞いてくれました!』
ボスメイドの言葉に、ヌイグルミは腰に手を当ててグイッと仰反る。
『クリアはこの世界の魔王を倒すことです!』
「…………魔王?」
突如鳴り響く壮大な音楽……そして地面からニョキニョキと生えて空中に浮かぶロゴ……。
『〜ドリームクエスト〜 三つの紋章!』
叫んだヌイグルミがキラキラ光り、祈るようなポーズでボスメイドの前で態とらしく膝をつく……。
『選ばれしメイド勇者さまぁ……どーかこの世界を救ってください!』
「……」
悪魔が世界を救えと懇願してきた……。




