虫籠の観察
「さぁて、どんな感じになるかね?」
ベッドに置いた箱庭シミュレーターでは、ジオラマのように島と海が鎮座している。
ふむふむ、今のところ上手くいってるっぽいね。
自然景観的には問題なさそう。
私が今まで作った漠然とした森と山と水場の失敗箱庭より、植生が豊かな気がする。
「これはビオトープのゲームをリンクさせたからだよね?」
100%私の想像で作った箱庭に比べて、その他の要因が増えたからだろう。なんか島の自然が複雑になってんね。
「その分、何が起きるか分からない……」
たぶん、この箱庭シミュレーターはココから私の予想外の動きをしてしまうだろうね。
つまり私の思惑を超えて対処しきれなくなるはずだ。
もともと対処出来ずに滅ぼしてただろって?
それは……うん、そうなんだけどね。もっともっと私が対処出来ない動きをすると思う。
けどそれで良い……。
私の拙い知識から絞り出した生態系とは違って、ビオトープの生態系を流用したから上手くいくと信じたいね。
私の意思以外の要素を含んだ箱庭シミュレーターは、私の手を離れたぶん、安定性が増しているんだ。
そして私の箱庭シミュレーターに対するアクションにも正解という物がなくなるとみている。
「言っちゃえば……なる様になるんじゃね?」
うん、これ!
つまり生態系の食物連鎖により、どうなるか私にはサッパリ分かりませーん!
生き残る奴は生き残るし、絶滅するヤツはするだろう……。
けどそれが当たり前なんじゃねぇかな?
元の世界だってそうだろ? 恐竜は絶滅したし、シーラカンスはひっそりと生き残っていた。
つまり箱庭シミュレーターに何が起ころうが、それは生態系の一部です。
それが巡る事により……
「箱庭シミュレーターは育つ!」
そして繋がっている領域畑も育つ……と思ってる。
ゴメン、予想です。
いや、いい線いってると思うんだよねぇ……。多分いける。
「ままま、念の為にもう一つ箱庭シミュレーターを作っとくかな?」
私の超越者としての力的に、もう一つくらい箱庭シミュレーターを起動できそうだからね。
「はい……と言う事で、コチラに同じ箱庭を用意してみました。ドン!」
双子の箱庭とでも呼べる物がベッドに置かれる。
まぁアレよ。同じ様に作ってどんだけ違いが出るか実験の意味もあるから……。
箱庭Aと箱庭Bって感じですね。
「ほんじゃ様子見だね」
おっと、さっそく島の中に生物が発生したぞ。
木々の間をチロチロと動物が見え隠れする。
「ほぉ〜ん、見る見るうちに動物が増えてくね」
にゅふふ、相変わらずちょっと面白いね。
「おお、海から島に生物が上がってくる様になった!」
どうやらシーフレームのゲームをリンクさせたからだろうね。海の生態系が活発になっているようだ。
「つか……上陸した生物たちってシーフレームにいない生物なんだけど……なにこれ?」
い、いやまぁ予想はできる。
私の領域に近い箱庭シミュレーターは、独自の生態系と進化を繰り返して、もともとゲームの枠を飛び越えちゃったんだ。
これは完全に私の意思じゃ制御できなくなってるぞ。
すでに箱庭Aと箱庭Bの植生や生物が違いを見せてきたね。心なしか島の形すら変わってきてね?
同じように作って別物になってるのオモロ。
少し島の形を私好みに整えたろ。完全に円形の島より歪な方が自然ぽいだろ?
「よぉ〜しヨシ。AもBも立派な生態系を築いて育つんだぞ〜……」
う〜む、気持ち箱庭Aの方が生態系的に育ってる気がするね……。
とか思ってたら……
「なんかBの島が噴火したんですけど……」
え? 活火山だったの?
私それ知らねぇんだけど……。
「おわわわ。B島の生物が絶滅していく!」
ちょいちょいちょい! なんかアクション取るか?
結局、箱庭Bの島は真っ黒になっちゃた。
Bの方は失敗か……。
「ん? おお!? 箱庭B島が徐々に再生していく」
よく分からんけど、これも生態系か……。
しばらくBを見てたら今度はジャングルみたいになった。
「植生がだいぶ変わったね」
少し動物を追加してやろう……ホイっとな。
お前らが今後生き残るかは知らん!
「Aの方は……うん、順調だね。よしよし、お前は優秀だぞ」
そしてB島は嵐が吹き荒れております……。
何なのお前……私箱庭シミュレーターに天気の概念なんて追加してねぇんだけど……。
「お、A島にバイオーム要素が追加された!」
島の場所によって気候や植生が変わるんだって。
同じ島の中で砂漠や森林、草原なんかの違いが出てくるようだよ。
「そしてB島はいつの間にか氷河に包まれておりますね……」
神は何故これ程までにB島に試練を与えたもう……。
あ、神は私だわ……神は別に試練なんて課してなかったよ。ただ運が悪かっただけだわ!
「うお、A島がメッチャ育ってる! 生態系が活発になってんだね。これは成功じゃない?」
箱庭の縮尺が一定だから気付きにくかったけど、島もいつの間にかデカくなってるね。
「ちょっと覗いて見る?」
島が大きくなったせいで、動物たちが小さく表示されちゃって見えなくなっちゃったからね。
よし、入島!
私の意識がA島へと入り込む。
「おお凄い! 大自然じゃん!」
数キロに及びそうな『滝』を、私は崖の上から眺める。大迫力の滝に虹が掛かる。その下には何処までも広がるジャングルに、色とりどりの鳥が飛んでいた。
すっげ、私の感覚的には本当にその世界にいる感じ。
この世界を私が作ったと思うと感慨深いものがあるね。あ、あの尖った山は私が作った山じゃね?
ふふふ、これぞ神目線よ。
再び意識を現実に戻して箱庭Aを眺める。
ふむ、かなり順調。むしろ完成でいいんじゃね?
あれほど育ったら愛着も湧いてくるね。
そしてBは……
「アリクイが石器を使い始めて、他種族を滅ぼしまくってんだけど……」
こわ……B島どうなっとんねん……。
お前はどう進化したいんだよ……。
同じように育ててなんで変な風に育つの?
出来の良い兄と、碌でもない弟の双子を育ててる気分になるんだけど……。なんで弟はグレ気味なんだよ。
そしてB島では遺伝データと系統樹という機能がアンロックされたわ……。
え? どうする?
なんか突然変異を起こさせる機能もあるんだけど…………やめとこ。
「よし、こんなもんかな?」
結構箱庭も育ったね。
「何故かA島よりB島の方が育ってる扱いだね……」
生態系も上手く機能してるっぽい。意味わからん。
それじゃあ、この箱庭シミュレーターを領域畑に繋げてみるか……。
私は牢屋の部屋を見渡す。
この豪華な部屋は薄く領域畑が敷かれている。
今から作り上げた世界を領域畑に乗せる。
私は目を瞑って箱庭シミュレーターをベッドに押し込んだ……。
「…………成功だね」
見た目は変わらない……。
けど今この牢屋の中は、私の箱庭シミュレーターと境が曖昧になっている。
言っちまえば私の作ったダンジョンの『ドリームランド』に近い。
「……けど違うんだよね」
夢と現実の境目のような不思議空間だけど、もっと現実よりだ。
私はベッドから降りて部屋の噴水に歩み寄り、手を水に付ける。
すると……噴水から蔓のような木が生えて、赤い実を付けた。
私はソレをもぎ取って齧り付く……。
「モッチャモッチャ……んふふ」
現実に作用するほどの夢ってところかな?
この赤い実は、A島のジャングルになっていた果物だよ。
そう、この意味が分かるかな?
私は……箱庭シミュレーターで作られた物体を外に持ち出したんだ。無から有を作り出したと言っても良い。
もちろん無制限じゃないけどね……。
基本の箱庭は出来上がった。
ここからは私がどう手を加えるかで、領域畑の方向性が変わるかによるだろう。
箱庭シミュレーターに入り込む事もできた。
なんのゲームをリンクさせるかワクワクするね。
「でもまぁ、ここまでだね」
せっかく育ててもったいないけど、この牢屋の領域畑は脱出に使わせてもらう。
「……しかし、この実、すっぺぇ〜な」
作物を育てるゲームとリンクさせたら、美味しい物食べられるかな?
――――――――――――――――――――――――
ボスメイドは扉の前で一つ、深呼吸をする……。
そして、鷹のように鋭い目をフニャリと緩めると、柔らかな笑顔の仮面を貼り付ける……。
そして、調子を整えるように甘ったるい声で扉を開いた……。
「こんにちはぁ、長髪様ぁ。シーツの取り替えに来ましたぁ」
「あ、お疲れ様ッス」
長髪幼女はベッドに座りながら、入ってきたボスメイドに対して笑顔を見せる。
「それじゃあ、シーツを代えてる間は降りてて下さいねぇ」
「うぃッス」
素直にベッドから降りた長髪幼女は、何が楽しいのかシーツを代えているボスメイドの様子をニコニコ笑って観察しているようだ。
「ふふふ、なんですかぁ?」
この長髪幼女は誰がどう見ても胡散臭いが、白髪の解の巫女と比べると行動が大人しい……。
「いえいえ、そういえば造船所とやらはいつ頃到着しますかね?」
だが、油断をするとコチラから情報を得ようとする動きがある……。そして腹が立つほど自分達の情報は落とさない。
「さぁ……分かりませんねぇ。艦長なら知ってるんでしょうけど、私はメイドですからぁ」
だが、それはコチラも同じ事なのだろう。
「そうですかぁ。ふむ、ちょっと私行きたいところがあるんですけど……」
オズオズと話しかける長髪幼女の姿に、シーツを整える手がピクリと止まる。
「何処ですかぁ? 大浴場なら許可が降りますよぉ」
「大浴場、いいですねぇ。でも違うんですよ」
やはり胡散臭い……何を考えている?
「違うんですかぁ? それなら私が付いていけば許可も降りるかもしれませんねぇ」
ボスメイドは鋭くなりそうな目を丸メガネの下に隠して、長髪幼女へと向ける。
「本当ッスか? と言っても部屋の中なんですけどね。ちょっと来て欲しいんですよ」
そう言って長髪幼女は噴水の方を指差す。
「いやぁ〜よかったよかった。ちょっと見せたい物があって」
「あらあら、引っ張らないでくださいよぉ。ちゃんと行きますからぁ」
ボスメイドの手を引いて、噴水に誘う長髪幼女の姿に少し拍子抜けしたような気持ちになる。
しかし……
「ッ……」
何があったワケではない……ただ……
なにか嫌な予感がした……
「んん? どうかしましたか?」
足を止めれば、手を引いていた長髪幼女が不思議そうに返す。自分が止まれば長髪幼女も一緒に止まってしまう……弱々しいただの子供の腕力。
だが……それでも嫌な予感が止まらない。
「来てくれるんでしょ……ねぇ? メイドさぁん」
上を向くように振り向いた長髪幼女の口がニィイイと弧を描く……。
その目は細められ、黒目の存在しない真っ黒な真珠のような……。
虫の複眼のような瞳がコチラを覗いていた……。
「クッ!」
白髪幼女より動きが大人しいと言っても、この長髪だって『小悪魔』だ。油断していたワケではない。
異常を察したボスメイドは、手を振り払って距離をとった……。
背中にガサリと樹木が当たる。
長髪幼女はニヤニヤ笑ったまま、ボスメイドを見ていた……。
「…………ッ」
そして違和感に気づいた……。
なぜ……室内に樹木がある?
視線を背中に向ければ、そこには曲がりくねった木がある。
そして慌てて長髪幼女に視線を戻せば……
そこには長髪幼女の姿はなく……
「…………馬鹿な」
ソレどころか、ボスメイドは『ジャングル』の真っ只中に立っていた。
キョロキョロと視線だけを辺りに飛ばす。
何が起きた? 何故ジャングルにいる?
「……高度な幻覚の異能?」
口から出た言葉にすぐさま否定をしたくなる。
むせ返るような植物の匂い……
そこかしこから聞こえる鳥の鳴き声や原生生物の気配……
ザワザワと風に揺れる木々の擦れる音……
現実としか思えない……もはや幻覚の方が恐ろしい。
これが幻覚ならどれほど強力な異能なのだ……。
どうしても分かってしまう……これは現実で…………『世界が変わった』のだと。
『ーーおや? もう演技はいいんですかね?ーー』
何処からともなく長髪幼女の声がジャングルに響く。
「ッ…………えぇ、そっちも演技は止めたようだな……」
ジャングルの湿度によるものか、ボスメイドの顎から汗が滴る。
「……たいした幻覚だ」
『ーー幻覚? ふふ、そうッスねぇ。メイドさんからしたら確かに幻覚と変わらないかな?ーー』
あんがいアッサリと幻覚と認めたものだ。
それが逆に不気味に思える……。
『ーーでもね、ここは夢だけど間違いなく『現実』だよ? まぁメイドさんにはどっちでもいいか。私は今から逃げさせてもらうつもりだけど、足止めくらいに思って貰えば良いよーー』
ドクドクとうるさく鳴る心臓を気取られないように、深呼吸をする。
そして神経を研ぎ澄ますように目を閉じた……。
『ーーそれでねぇ。メイドさんには宣言しなきゃいけない。このまま待っていれば、メイドさんはもちろん脱出できる。でも私は追ってきて欲しくないワケだーー』
「…………そっちか!」
ボスメイドは長髪幼女の声に向かってジャングルを走る。
『ーー………………そこで……だーー』
ジャングルを抜けた先は、『砂浜』だった。
長髪幼女の姿はない……。
「いったいどこに……」
ザワザワと風が吹く……。
違和感を感じて空を見上げた。
雲が……ある地点から円状に動いて避けていく……油汚れに洗剤を垂らしたように……。
それはまるで、今から隕石が降ってくるような光景。いや、そんなレベルではない……。
空から大地という世界が降ってくるような……
もっともっと大きな物体が、雲の上から迫ってきている。
やがてそれは、雲を散らして現れた……。
「…………ふざけるな……」
『目』だ……。
いや、最初に見えたのが目であって……それは……
「……こんな馬鹿馬鹿しいことがあってたまるか……」
空を覆うような
長髪幼女の顔だ……。
まるで虫籠の中を観察しているように。ドアの覗き穴から覗く顔のように、空から自分を見ている。
「……あ……ぅ……」
巨大生物にコチラをジッと視認されているという、根源的な恐怖。
そして……まるで空が割れるように……
長髪幼女の口が三日月に開かれる……。
それだけで大気が震える……。
『ーーさぁあ……ゲームの始まりだーー』
止まらない汗がボスメイドの顔を濡らす。
もはや……もはや、こんなもの……
神の領域だ……。




